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第7章 ミセス・グリフィン

ミセス・グリフィン(1)

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 メドレーに戻ってから二週間が過ぎようとしていた。
 お披露目会までは後三日。
 進展は・・・ない。
 メドレー、警察が全勢力を持って銀貨から得た手がかりを元にヌエとマナを捜索するも髪の毛一本の手がかりを得ることが出来なかった。
 グリフィン卿は、王族、貴族達にお披露目会の延期と中止を求めた。
 敵はどこに潜んでいるか分からない。
 誰が敵になるかも分からない。
 そんな危険な状態でお披露目会なんてするべきではない、と。
 しかし、グリフィン卿の嘆願は、聞き入れてはもらえなかった。
 理由は簡単。
 見栄だ。
 王国の面子にかけて騎士崩れ如きの暴動で王子と姫のお披露目会を中止することなんて出来ない。
 そしてそれ以前に王族も貴族も今回の事件の重要性も危険性も理解出来ず、むしろ対応出来ないメドレーや警察の怠慢だと責め立てたのだ。
 その話しを聞いて戦争の時もそうだったのではないかと私は思った。
 彼らは、安全な王宮の中で戦いもせずに報告だけを聞いて絵空事を浮かべ、下らない野次と指示を飛ばしていたのではないか?
 それが戦争の犠牲者を増やすことになるとも知らずに・・。
 そう思うと今回の事件の発端ではあるがリヒト王子と帝国の姫の行動は英断と呼べるのかもしれない。
 どんな形でせよ何百年終えることのなかった戦争を停戦させることが出来たのだから。
 そしてお披露目会が中止にならないことは私にとっては朗報だった。
 今の私にとってヌエと、マナを討ち取ることこそが存在意義なのだから。

 乾いた音を上げて模擬用の大鉈が砕け散る。
 私は、乾いた小枝のように砕けた木製の大鉈の刃を見て嘆息する。
 もう何本目だろう?
 あまりにもろ過ぎる。
 私は、従者の1人を呼んで壊れた模擬用の大鉈を渡し、新しい物を受け取る。
 空気に恐怖が伝染したのを感じる。
 私を囲むように立っている完全武装のメドレーの戦士達が一様に恐怖を表情に走らせる。
 私の足元には数名の同じように完全武装した戦士達が気を失って地面を舐めている。
 私は、冷徹に目を細めて彼らを見る。
 私がいるのはメドレーの宿舎の奥に造られた鍛錬場の中庭だ。
 メドレーに戻ってから私は昼夜問わず彼らと実戦さながらの稽古を行っている。
 鍛錬場と言っても何かある訳ではない。
 木板の敷き詰められた広い道場に訓練用の模擬剣、槍等が置かれ、日夜訓練を行うだけ。
 中庭だって似たようなもたのだが、気持ちの良い風と日差し、黴と汗にまみれた悪臭がないだけこちらの方が数倍マシだ。
 幼い頃、私はこの鍛錬場で大人達に混じってグリフィン卿の指導の元に稽古に励んだ。
 強くなる。
 国の役に立つ。
 それだけを思って激痛と友達になりながら修業した。
 しかし、それを懐かしいとは思わない。
 そんなことを思う必要もない。
 私は、彼らに模擬用の大鉈の切先を向ける。
 メドレーの戦士達は身体をびくりっと震わせる。
 ちなみに彼らに持たせているのは模擬ではなく本物だ。
 そのくらいしないとハンデにならない。
「何を怯えてるのです?」
 私が言うと彼らの表情が凍りつき、歯を打ち鳴らす。
 そんなに冷たい声かな?
 まあ、どうでもいいけど。
「さあ、かかってきなさい。私からは攻撃しないから」
 私は、大鉈を構えもせず、両手を広げる。
 どこから攻めてきてもいいように。
 彼らは、互いの顔を見合って頷くと武器を構える。
 いい構え・・・だと思う。
 私は、だらりと両手を下げて脱力する。
 彼らは、一斉に私に襲い掛かる。
 連携の取れたいい動き・・・だと思う。
 次の瞬間、悲鳴と絶叫が迸る。

「お風呂は沸いてる?」
 私は、恐怖に顔を引き攣らせる従者に粉々に砕けた模擬の大鉈を渡して質問する。
 従者は、声を震わせながら「はいっ」と答える。
 私の背後には先程まで各々の武器を振り回し、私と稽古に励んでいた戦士達が白目を剥いて地面を舐めていた。
 数刻は目を覚まさないだろう。
 目覚めた時にはこの撃ち合いが少しは経験になって強くなってるのかな?
 分からないけど。
 私は、もう一人の従者からタオルを受け取ると背中を向けて立ち去ろうとする。
「エガオ」
 低い声が飛んでくる。
 私は、声の方を向くとグリフィン卿が固い表情で鋭い目をさらに鋭くして私を睨んでいる。
 私は、グリフィン卿に身体を向けてヘソの辺りに手を当てて小さく頭を下げる。
 しかし、グリフィン卿は表情を変えずに地面に倒れ伏す戦士達を見る。
「これはどう言うことだ?」
 グリフィン卿の質問の意味が分からず私は首を傾げる。
「ただの稽古ですが?」
「ただの稽古で何故ここまでズタボロにする必要がある⁉︎」
 グリフィン卿は、声を荒げる。
「お前にはお披露目会に向けて彼らの指導と実力の底上げを頼んだはずだ!」
「そのつもりですが」
「これでは底上げどころか負傷者を増やすだけだろう!」
 いつの間にか白衣を着た救護班が彼らの介抱を行っている。
 グリフィン卿が従者の誰かから話しを聞いて連れてきたのだろう。
「彼らは貴重な戦力なんだ。お前だって分かってるだろう⁉︎」
 貴重?
「無駄な犠牲の間違いではないですか?」
 私の言葉にグリフィン卿の表情が青ざめる。
「こんな短い時間で彼らを鍛えたところで無意味です。獣にもオーガにも勝てません」
 実際に武器を重ねてみたから分かる。
 彼らでは変貌した獣やオーガには勝てない。
 せめてイーグルくらいの実力者が数人いれば話しは別だが手合わせしても彼の足元に及ぶものはいない。
 時間の無駄だ。
 ちなみにイーグルは命を取り留めたがら現在も治療に当たっており、当日に復帰できるかは未定だ。
「だがお前1人で戦う訳にはいかないだろう!敵はどこにから来るか分からんのだぞ!」
「そうですね」
 私は、肯定する。
 グリフィン卿は、ほっとした表情を浮かべる。
 しかし、次の瞬間、再び顔色が変わる。
「ですから彼らには現れたら即私に知らせるよう命令を出してください。どこにいようが必ず私が仕留めますので」
 私の言葉にグリフィン卿は、唇を震わせる。
「マナを・・仕留めるのは私です」
 誰にもマナに手は出させない。
 彼女もそれを望んでいる・・はずだ。
 私は、自分の手を見る。
 白く固い手。
 模擬戦だから当然だが血で汚れているはずなんてない。
 それなのに私にはこの手がべったりと血で汚れているように見えた。
「お風呂に入ってきますので失礼します」
 私は、グリフィン卿に頭を下げて背中を向ける。
 グリフィン卿が私の背中に向けて手を伸ばし、何かを告げよとして引っ込めた。
 私は、気づかないふりをして去った。
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