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鉄の竜
鉄の竜(3)
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金属同士の激しくぶつかり合う音と火花が飛び散る。
暗黒竜の王の身体が大きくよろけ、爪の先端が胸から抜ける。
ロシェの身体は、そのまま力なく崩れ落ち、地面に倒れる。
暗黒竜の王の顔面は大きく凹み、棘によって表面が切り刻まれていた。
暗黒竜の王の顎から苦痛と怒りの唸りが上がる。
「ロシェさん!」
ヘーゼルが駆け寄り、ロシェを抱き起こす。
暗黒竜の王の無機質な赤い目が怒りに燃え上がり、ロシェとヘーゼルを睨みつける。
「土の巨人の壁!」
リンツの詠唱が終わる。
暗黒竜の王の左右の土が盛り上がり、巨大な手を形成し、虫を叩くように叩き潰す。
暗黒竜の王は、両手と鉄傘のような翼で土の巨人の壁を防ぐも、砕くことも弾くことも出来ず、そのまま押さえつけられる。
「こんなもんで・・、我を・・・」
暗黒竜の王は、憎々しげに呻く。
しかし、リンツはそれを無視してロシェに駆け寄ると胸の傷を確認し、長衣の中から治癒薬を取り出すと蓋を開いてロシェの傷口にかける。
傷口から白い煙が上がり、傷口が塞がっていく。
ロシェは、目を開ける。
「リンツ様・・」
「よく頑張ったっす」
リンツは、ロシェの着物の裾をいじって露出した胸元を隠し、半分以上残った治癒薬の瓶をロシェに握らす。
「全部飲むっすよ」
それだけ言うとリンツは、暗黒竜の王に向く。
ヘーゼルも並ぶように立つ。
「ヘーゼル」
「心得てます」
そう言うとヘーゼルは、両手を祈るように合わせる。
暗黒竜の王は、雄叫びを上げて竜両手と鉄笠のような翼を広げる。
土の巨人の壁が砕け、土塊に戻る。
「手前ら・・・」
暗黒竜の王の無機質な目が沸る。
「楽に死ねると思うなよ!」
精製された石油の臭いが強くなる。
暗黒竜の王の顎から茶色い液体が溢れる。
ロシェは、嫌な予感がして2人に叫ぶ。
「リンツ様!ヘーゼル様!」
しかし、2人は振り返ることはなく、リンツは詠唱し、ヘーゼルは祈るように手を合わせる。
暗黒竜の王は、顎を思い切り噛み締める。
火花が飛ぶ。
その瞬間、精製された石油の燃え上がる臭いと共に巨大な炎が暗黒竜の王の顎から放たれ、ロシェ達を飲み込む。
周りの木々が焼ける。
草が地面が焼け焦げる。
暗黒竜の王の哄笑が響き渡る。
「風と土の戯れ」
炎の中からリンツの声が響く。
風が巻き起こり、辺りの地面から砂利と土くれ、小岩が舞い上がると螺旋を描きながら暗黒竜の王の身体を包み、叩きつける。
土くれと砂利と小岩が暗黒竜の鋼鉄の身体を叩きつける。
暗黒竜の王は、予期しなかった攻撃に呻く。
精製された石油の臭いを残したまま炎が消える。
ヘーゼルを中心に稲光る光の大きな壁がロシェ達を包み込む。
神鳴の壁。
勇者の資質を持つものだけが出来る最強の防御の盾。
しかし、これだけの防御の盾を張れる勇者はいない。
ヘーゼル以外には。
それが暗黒竜の王の炎の全てを防ぐ。
「さすが防御の天才っす」
リンツは、笑う。
「嬉しくありません」
ヘーゼルは、脂汗を浮かべたまま祈るように両手を合わせる。
暗黒竜の王の爪が神鳴りの壁を叩きつける。しかし、壁は王の爪の先も通さない。
しかし、暗黒竜の王は何度も何度も爪を壁に叩きつける。
ヘーゼルの表情が歪む。
どれだけ強力な攻撃を防げる壁でもそれを使うのはあまりにも脆弱な勇者の少年。
触れれば命を掠め取られるような攻撃を受け続ける精神的負荷、儚い体力、そして拙い技量では強大な壁を維持するのは不可能であった。
ヘーゼルの鼻腔から血が重く流れる。
神鳴の壁が硝子のように霧散する。
ヘーゼルは、力尽きてその場に倒れ込む。
暗黒竜の王の顎が醜く歪んでほくそ笑む。
両腕と鉄笠のような翼を広げる。
リンツの魔法もロシェの棘付き鉄球も届かない上空から火炎放射をしようと企み、上空に飛びあがろうとする。
しかし、できない。
両足に根が生えたように動かない。
暗黒竜の王は、足を見て驚愕する。
両足を土で出来た無数の腕が掴み、暗黒竜の王の動きを封じていた。
「土の巨人の壁コンパクト盛りだくさんヴァージョン!」
リンツは、勝ち誇ったように胸を張って樫の木の杖の先端を向ける。
土の巨人の壁は、蔦のように伸びて、暗黒竜の王の身体を縛り上げる。
「風と土の戯れは囮っすよ。私の魔法なんかじゃ鉄ゴーレムの装甲を破れる訳ないっすからね!本来の目的はあんたの動きを封じることっす!」
暗黒竜の王は、封じ込められた手足の動きを解こうと踠く。
「こんな事に何の意味が・・」
「あるっすよ」
リンツは、嘲るように笑う。
「あんたを倒せる人に戻ってくる時間とヒントを与えるのに十分に意味ありっす!」
暗黒竜の無機質な赤い目が滑るように揺れる。
刹那。
森の中から白い影が飛び出す。
猛禽類のような双眸が暗黒竜の王を射抜く。
その目に暗黒竜の王は恐怖を覚えた。
白い影・・アメノの斬撃が振り下ろされる。
鬼気迫る一撃。
しかし、刃の無効化を施された身体に傷を付けることなんて出来るはずがないと暗黒竜の王は高を括った。
シャリンッ。
鈴の音のような音が空間に響く。
金属の落下する音が地面を揺らす。
それは切り落とされた暗黒竜の王の鋼鉄の首であった。
ロシェとヘーゼルに驚愕が浮かぶ。
リンツは、右手を握りしめ、勝利の声を上げる。
アメノが静かに地面に降り立つ。
猛禽類のような目が落ちた暗黒竜の王の首を見据える。
「な・・何故・・だ?」
落ちた暗黒竜の王の首の顎が動き、声を発する。
胴体は、土の巨人の壁に全身を絡まれたまま彫像のように立っている。
その気味の悪さにリンツは露骨に顔を顰める。
「核の心臓が胴体にあるから首を斬ったくらいじゃ死なないっすね」
暗黒竜の王の首がアメノを睨む。
「我の身体に刃は通じな・・い。あの人間種はそう言って・・た。なのに・・なっ」
暗黒竜の王の首は絶句する。
アメノの右手に握られた物を見て。
それは鞘に納められたままの刀であった。
「刃で斬れないなら他の物で斬ればいい。それだけだ」
アメノは、白い髪に絡まった葉をウザそうに取りながら言う。
暗黒竜の王の無機質な目に絶望が浮かぶ。
「うまく言ったすね」
リンツは、アメノの横に立つと少し翳りのある笑みを浮かべる。
アメノが暗黒竜の王に吹き飛ばされた直後、すぐさまリンツは戦闘状況の把握を開始した。
敵に吹き飛ばされた程度でアメノに何かあるとは思わない。むしろ刃の聞かない相手への情報を正確に掴む必要がある。
その為にリンツはロシェが酷い事をされても敢えて何もせず、状況と分析把握をした。
敵が意思を持ったゴーレムであること。
竜の心臓を持ち、性能も竜そのものであり、ロシェでなくても感じられる精製された石油の臭いから火くらいなら吹けるであろうこと。
装甲が硬く、アメノ以外では破壊するのは困難なこと。
そして刃無効化以外は施されていないこと。
そしてリンツは作戦を立て、アメノに伝えたのだ。
勝つ為の作戦を。
「お前の声は騒がしい」
アメノは、左耳に手を当てると綿毛のよつな2枚羽の小さな蝶をつまみ取る。
本来なら蜜を啜る部分の口の部分がリンツに似た唇の形になっている。
口移し蝶と言う遠く離れた相手に伝令や情報を伝える魔法だ。
短時間の間に3つの魔法を間髪入れずに行使し、尚且つ勝つ為の最善の戦略を立てる。
リンツの魔法使いのとしての素質と優秀さが伺える。
「ロシェには悪いことしたっす」
リンツは、申し訳なさそうに傷は癒えたもののダメージの回復せず、地面に座り込むロシェを見る。
アメノは、小さく息を吐く。
「状況が状況だ。後で飯でも奢ってやれ」
「今回の報酬が尽きるっすね」
保護施設での食べっぷりを思い出し、リンツは肩を竦める。
アメノとリンツは、暗黒竜の王の首に近寄る。
暗黒竜の王は、無機質な赤い目に憎悪を込めて2人を睨む。
アメノは、鞘に納まったままの刀の先端を暗黒竜の首に向ける。
「お前をゴーレムにしたのは誰だ?」
「・・・知らん」
暗黒竜の王が憎々しげに答えた瞬間、鞘の先端が暗黒竜の王の胴体を貫く。
鞘に赤黒い血が伝い、暗黒竜の王の口から絶叫が漏れる。
首を斬られても何も感じないが、心臓には生々しく痛覚が残っているようだ。
「端っこを削っただけだ」
アメノは、暗黒竜の王の胴体から刀を抜くと、今度は胸の真ん中に鞘の先を当てる。
「今度は、真ん中を穿つ」
アメノの猛禽類のような赤い目がきつく細まる。
「どうせ喋ろうが殺すんだろうが⁉︎」
アメノは、首を横に振る。
「お前は今回の事件のキーだ。協力すれば命は奪わん。俺の仲間の魔法使いに引き渡す」
アメノは、鞘の先端で暗黒竜の王の胸をコンッと叩く。
「喋らないならこれで終いだ」
暗黒竜の王は、悔しげに顎を噛み締める。
「さっきも言ったが・・俺は何も知らねえ」
暗黒竜の王は、呻くように話す。
「気がついたらこんな身体にされてた。そこにいた人間ののことも何も知らねえ」
「気がついたことぐらいはあるだろう?」
アメノは、冷淡に言い、鞘の先端で暗黒竜の王の胸をコンコンッ叩く。
「・・・実験・・」
暗黒竜の王は、吐き出すように言う。
「実験?」
リンツが首を傾げる。
「あの人間が言ったんだ。"これは崇高な実験です。これがうまくいけばもう一度あの人に会える"・・とか訳のわからねえ事を抜かしてやがった」
「会える・・?」
アメノは、小さく呟く。
「あの人に・・?」
アメノの猛禽類のような目が揺れる。
「我が知ってるのは・・これだけだ。後は我以外にもたくさんのこの身体が並んでいて、移植用の心臓がガラスの筒の中に浮かんでた」
「大量の・・ゴーレム?」
ヘーゼルがロシェに身体を支えられながら起きる。
「まさか・・・魔王崇拝者達による実験?」
「てことは・・あの人って言うのは魔王?」
リンツの表情が青ざめる。
アメノは、猛禽類のような目を細める。
「知ってるのはそれだけか?」
「ああっ・・そうだ」
暗黒竜の王は、無機質な赤い目でアメノを睨む。
アメノは、小さく息を吐いて刀を下ろす。
暗黒竜の王の目からホッとしたような安堵が表れる。
しかし、次の瞬間、アメノの右手が閃光となり、暗黒竜の王の両手と両足と翼を鞘に納めたまま切り落とされる。
暗黒竜の王の目が驚愕に震える。
「油断したところを襲われても面白くないのからな」
アメノは、切り落とした手足を蹴り上げて崖の下に落とす。
「お前があの娘にしたことを少しでも味わえ」
アメノの言葉にロシェの目が大きく震え、枷のような大きな傷跡のある手首に触れる。
「リンツ。伝令を頼めるか?魔術学院に輸送の依頼を」
アメノが言うとリンツは顔を顰める。
「私の話しなんて聞いてくれるっすかね?」
「俺の名を出せば平気だろう」
「それもそうすっね」
リンツは、頷くと樫の木の杖を構えて詠唱を始めようとした。
刹那。
グギャッ。
暗黒竜の王の首から短い苦鳴が上がる。
アメノとリンツは、同時に首を見る。
無機質な赤い目から光が消えている。
「臭いが・・」
ロシェが座ったまま口を開く。
「竜の臭いが消えました」
アメノはら猛禽類のような目を大きく開き、地面に転がっている竜の胴体に近づき、鞘を振るって胸を切り裂く。
鋼鉄の胸の板が剥がれ落ちる。
赤い血溜まりが溢れ、2人の足元を濡らす。
血が流れ尽きると現れたのは虚無の空間。
ガランドウであった。
アメノとリンツがお互いの顔を見合わせる。
「どうなってる?」
アメノは、猛禽類のような目をきつく細める。
リンツは、ガランドウの胸の中を覗き込むとその奥に小さな魔法陣が描かれているのに気づく。
「輸送」
リンツは、唇を噛み締める。
「どうやら私達も実験の一部だったみたいっすね」
リンツの言葉にヘーゼルは目を震わせる。
アメノは、唇を小さく歪ませる。
ロシェは、嘘のように静まり返った焦げ臭い光景をただただ見ていることしか出来なかった。
暗黒竜の王の身体が大きくよろけ、爪の先端が胸から抜ける。
ロシェの身体は、そのまま力なく崩れ落ち、地面に倒れる。
暗黒竜の王の顔面は大きく凹み、棘によって表面が切り刻まれていた。
暗黒竜の王の顎から苦痛と怒りの唸りが上がる。
「ロシェさん!」
ヘーゼルが駆け寄り、ロシェを抱き起こす。
暗黒竜の王の無機質な赤い目が怒りに燃え上がり、ロシェとヘーゼルを睨みつける。
「土の巨人の壁!」
リンツの詠唱が終わる。
暗黒竜の王の左右の土が盛り上がり、巨大な手を形成し、虫を叩くように叩き潰す。
暗黒竜の王は、両手と鉄傘のような翼で土の巨人の壁を防ぐも、砕くことも弾くことも出来ず、そのまま押さえつけられる。
「こんなもんで・・、我を・・・」
暗黒竜の王は、憎々しげに呻く。
しかし、リンツはそれを無視してロシェに駆け寄ると胸の傷を確認し、長衣の中から治癒薬を取り出すと蓋を開いてロシェの傷口にかける。
傷口から白い煙が上がり、傷口が塞がっていく。
ロシェは、目を開ける。
「リンツ様・・」
「よく頑張ったっす」
リンツは、ロシェの着物の裾をいじって露出した胸元を隠し、半分以上残った治癒薬の瓶をロシェに握らす。
「全部飲むっすよ」
それだけ言うとリンツは、暗黒竜の王に向く。
ヘーゼルも並ぶように立つ。
「ヘーゼル」
「心得てます」
そう言うとヘーゼルは、両手を祈るように合わせる。
暗黒竜の王は、雄叫びを上げて竜両手と鉄笠のような翼を広げる。
土の巨人の壁が砕け、土塊に戻る。
「手前ら・・・」
暗黒竜の王の無機質な目が沸る。
「楽に死ねると思うなよ!」
精製された石油の臭いが強くなる。
暗黒竜の王の顎から茶色い液体が溢れる。
ロシェは、嫌な予感がして2人に叫ぶ。
「リンツ様!ヘーゼル様!」
しかし、2人は振り返ることはなく、リンツは詠唱し、ヘーゼルは祈るように手を合わせる。
暗黒竜の王は、顎を思い切り噛み締める。
火花が飛ぶ。
その瞬間、精製された石油の燃え上がる臭いと共に巨大な炎が暗黒竜の王の顎から放たれ、ロシェ達を飲み込む。
周りの木々が焼ける。
草が地面が焼け焦げる。
暗黒竜の王の哄笑が響き渡る。
「風と土の戯れ」
炎の中からリンツの声が響く。
風が巻き起こり、辺りの地面から砂利と土くれ、小岩が舞い上がると螺旋を描きながら暗黒竜の王の身体を包み、叩きつける。
土くれと砂利と小岩が暗黒竜の鋼鉄の身体を叩きつける。
暗黒竜の王は、予期しなかった攻撃に呻く。
精製された石油の臭いを残したまま炎が消える。
ヘーゼルを中心に稲光る光の大きな壁がロシェ達を包み込む。
神鳴の壁。
勇者の資質を持つものだけが出来る最強の防御の盾。
しかし、これだけの防御の盾を張れる勇者はいない。
ヘーゼル以外には。
それが暗黒竜の王の炎の全てを防ぐ。
「さすが防御の天才っす」
リンツは、笑う。
「嬉しくありません」
ヘーゼルは、脂汗を浮かべたまま祈るように両手を合わせる。
暗黒竜の王の爪が神鳴りの壁を叩きつける。しかし、壁は王の爪の先も通さない。
しかし、暗黒竜の王は何度も何度も爪を壁に叩きつける。
ヘーゼルの表情が歪む。
どれだけ強力な攻撃を防げる壁でもそれを使うのはあまりにも脆弱な勇者の少年。
触れれば命を掠め取られるような攻撃を受け続ける精神的負荷、儚い体力、そして拙い技量では強大な壁を維持するのは不可能であった。
ヘーゼルの鼻腔から血が重く流れる。
神鳴の壁が硝子のように霧散する。
ヘーゼルは、力尽きてその場に倒れ込む。
暗黒竜の王の顎が醜く歪んでほくそ笑む。
両腕と鉄笠のような翼を広げる。
リンツの魔法もロシェの棘付き鉄球も届かない上空から火炎放射をしようと企み、上空に飛びあがろうとする。
しかし、できない。
両足に根が生えたように動かない。
暗黒竜の王は、足を見て驚愕する。
両足を土で出来た無数の腕が掴み、暗黒竜の王の動きを封じていた。
「土の巨人の壁コンパクト盛りだくさんヴァージョン!」
リンツは、勝ち誇ったように胸を張って樫の木の杖の先端を向ける。
土の巨人の壁は、蔦のように伸びて、暗黒竜の王の身体を縛り上げる。
「風と土の戯れは囮っすよ。私の魔法なんかじゃ鉄ゴーレムの装甲を破れる訳ないっすからね!本来の目的はあんたの動きを封じることっす!」
暗黒竜の王は、封じ込められた手足の動きを解こうと踠く。
「こんな事に何の意味が・・」
「あるっすよ」
リンツは、嘲るように笑う。
「あんたを倒せる人に戻ってくる時間とヒントを与えるのに十分に意味ありっす!」
暗黒竜の無機質な赤い目が滑るように揺れる。
刹那。
森の中から白い影が飛び出す。
猛禽類のような双眸が暗黒竜の王を射抜く。
その目に暗黒竜の王は恐怖を覚えた。
白い影・・アメノの斬撃が振り下ろされる。
鬼気迫る一撃。
しかし、刃の無効化を施された身体に傷を付けることなんて出来るはずがないと暗黒竜の王は高を括った。
シャリンッ。
鈴の音のような音が空間に響く。
金属の落下する音が地面を揺らす。
それは切り落とされた暗黒竜の王の鋼鉄の首であった。
ロシェとヘーゼルに驚愕が浮かぶ。
リンツは、右手を握りしめ、勝利の声を上げる。
アメノが静かに地面に降り立つ。
猛禽類のような目が落ちた暗黒竜の王の首を見据える。
「な・・何故・・だ?」
落ちた暗黒竜の王の首の顎が動き、声を発する。
胴体は、土の巨人の壁に全身を絡まれたまま彫像のように立っている。
その気味の悪さにリンツは露骨に顔を顰める。
「核の心臓が胴体にあるから首を斬ったくらいじゃ死なないっすね」
暗黒竜の王の首がアメノを睨む。
「我の身体に刃は通じな・・い。あの人間種はそう言って・・た。なのに・・なっ」
暗黒竜の王の首は絶句する。
アメノの右手に握られた物を見て。
それは鞘に納められたままの刀であった。
「刃で斬れないなら他の物で斬ればいい。それだけだ」
アメノは、白い髪に絡まった葉をウザそうに取りながら言う。
暗黒竜の王の無機質な目に絶望が浮かぶ。
「うまく言ったすね」
リンツは、アメノの横に立つと少し翳りのある笑みを浮かべる。
アメノが暗黒竜の王に吹き飛ばされた直後、すぐさまリンツは戦闘状況の把握を開始した。
敵に吹き飛ばされた程度でアメノに何かあるとは思わない。むしろ刃の聞かない相手への情報を正確に掴む必要がある。
その為にリンツはロシェが酷い事をされても敢えて何もせず、状況と分析把握をした。
敵が意思を持ったゴーレムであること。
竜の心臓を持ち、性能も竜そのものであり、ロシェでなくても感じられる精製された石油の臭いから火くらいなら吹けるであろうこと。
装甲が硬く、アメノ以外では破壊するのは困難なこと。
そして刃無効化以外は施されていないこと。
そしてリンツは作戦を立て、アメノに伝えたのだ。
勝つ為の作戦を。
「お前の声は騒がしい」
アメノは、左耳に手を当てると綿毛のよつな2枚羽の小さな蝶をつまみ取る。
本来なら蜜を啜る部分の口の部分がリンツに似た唇の形になっている。
口移し蝶と言う遠く離れた相手に伝令や情報を伝える魔法だ。
短時間の間に3つの魔法を間髪入れずに行使し、尚且つ勝つ為の最善の戦略を立てる。
リンツの魔法使いのとしての素質と優秀さが伺える。
「ロシェには悪いことしたっす」
リンツは、申し訳なさそうに傷は癒えたもののダメージの回復せず、地面に座り込むロシェを見る。
アメノは、小さく息を吐く。
「状況が状況だ。後で飯でも奢ってやれ」
「今回の報酬が尽きるっすね」
保護施設での食べっぷりを思い出し、リンツは肩を竦める。
アメノとリンツは、暗黒竜の王の首に近寄る。
暗黒竜の王は、無機質な赤い目に憎悪を込めて2人を睨む。
アメノは、鞘に納まったままの刀の先端を暗黒竜の首に向ける。
「お前をゴーレムにしたのは誰だ?」
「・・・知らん」
暗黒竜の王が憎々しげに答えた瞬間、鞘の先端が暗黒竜の王の胴体を貫く。
鞘に赤黒い血が伝い、暗黒竜の王の口から絶叫が漏れる。
首を斬られても何も感じないが、心臓には生々しく痛覚が残っているようだ。
「端っこを削っただけだ」
アメノは、暗黒竜の王の胴体から刀を抜くと、今度は胸の真ん中に鞘の先を当てる。
「今度は、真ん中を穿つ」
アメノの猛禽類のような赤い目がきつく細まる。
「どうせ喋ろうが殺すんだろうが⁉︎」
アメノは、首を横に振る。
「お前は今回の事件のキーだ。協力すれば命は奪わん。俺の仲間の魔法使いに引き渡す」
アメノは、鞘の先端で暗黒竜の王の胸をコンッと叩く。
「喋らないならこれで終いだ」
暗黒竜の王は、悔しげに顎を噛み締める。
「さっきも言ったが・・俺は何も知らねえ」
暗黒竜の王は、呻くように話す。
「気がついたらこんな身体にされてた。そこにいた人間ののことも何も知らねえ」
「気がついたことぐらいはあるだろう?」
アメノは、冷淡に言い、鞘の先端で暗黒竜の王の胸をコンコンッ叩く。
「・・・実験・・」
暗黒竜の王は、吐き出すように言う。
「実験?」
リンツが首を傾げる。
「あの人間が言ったんだ。"これは崇高な実験です。これがうまくいけばもう一度あの人に会える"・・とか訳のわからねえ事を抜かしてやがった」
「会える・・?」
アメノは、小さく呟く。
「あの人に・・?」
アメノの猛禽類のような目が揺れる。
「我が知ってるのは・・これだけだ。後は我以外にもたくさんのこの身体が並んでいて、移植用の心臓がガラスの筒の中に浮かんでた」
「大量の・・ゴーレム?」
ヘーゼルがロシェに身体を支えられながら起きる。
「まさか・・・魔王崇拝者達による実験?」
「てことは・・あの人って言うのは魔王?」
リンツの表情が青ざめる。
アメノは、猛禽類のような目を細める。
「知ってるのはそれだけか?」
「ああっ・・そうだ」
暗黒竜の王は、無機質な赤い目でアメノを睨む。
アメノは、小さく息を吐いて刀を下ろす。
暗黒竜の王の目からホッとしたような安堵が表れる。
しかし、次の瞬間、アメノの右手が閃光となり、暗黒竜の王の両手と両足と翼を鞘に納めたまま切り落とされる。
暗黒竜の王の目が驚愕に震える。
「油断したところを襲われても面白くないのからな」
アメノは、切り落とした手足を蹴り上げて崖の下に落とす。
「お前があの娘にしたことを少しでも味わえ」
アメノの言葉にロシェの目が大きく震え、枷のような大きな傷跡のある手首に触れる。
「リンツ。伝令を頼めるか?魔術学院に輸送の依頼を」
アメノが言うとリンツは顔を顰める。
「私の話しなんて聞いてくれるっすかね?」
「俺の名を出せば平気だろう」
「それもそうすっね」
リンツは、頷くと樫の木の杖を構えて詠唱を始めようとした。
刹那。
グギャッ。
暗黒竜の王の首から短い苦鳴が上がる。
アメノとリンツは、同時に首を見る。
無機質な赤い目から光が消えている。
「臭いが・・」
ロシェが座ったまま口を開く。
「竜の臭いが消えました」
アメノはら猛禽類のような目を大きく開き、地面に転がっている竜の胴体に近づき、鞘を振るって胸を切り裂く。
鋼鉄の胸の板が剥がれ落ちる。
赤い血溜まりが溢れ、2人の足元を濡らす。
血が流れ尽きると現れたのは虚無の空間。
ガランドウであった。
アメノとリンツがお互いの顔を見合わせる。
「どうなってる?」
アメノは、猛禽類のような目をきつく細める。
リンツは、ガランドウの胸の中を覗き込むとその奥に小さな魔法陣が描かれているのに気づく。
「輸送」
リンツは、唇を噛み締める。
「どうやら私達も実験の一部だったみたいっすね」
リンツの言葉にヘーゼルは目を震わせる。
アメノは、唇を小さく歪ませる。
ロシェは、嘘のように静まり返った焦げ臭い光景をただただ見ていることしか出来なかった。
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天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
『王家の面汚し』と呼ばれ帝国へ売られた王女ですが、普通に歓迎されました……
Ryo-k
ファンタジー
王宮で開かれた側妃主催のパーティーで婚約破棄を告げられたのは、アシュリー・クローネ第一王女。
優秀と言われているラビニア・クローネ第二王女と常に比較され続け、彼女は貴族たちからは『王家の面汚し』と呼ばれ疎まれていた。
そんな彼女は、帝国との交易の条件として、帝国に送られることになる。
しかしこの時は誰も予想していなかった。
この出来事が、王国の滅亡へのカウントダウンの始まりであることを……
アシュリーが帝国で、秘められていた才能を開花するのを……
※この作品は「小説家になろう」でも掲載しています。
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