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1章
Part 34 『刀匠は夢を語る』
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家に戻って俺はコンに謝ることにした。気持ちの整理なんて出来てなんかいない。はっきり言って、今でもウチガネさんには長生きしてほしいと思っている。
けれど、コンだって思っていないはずはない。そのことを忘れて自分だけ取り乱していたことが申し訳なく思った。
コンは、それに「気にしないでくださいっす。」といってすぐに食事を済ませた。
そして、ウチガネさんが目を覚ましたのは、夜になった頃だった。
相変わらず、顔色はあまり良くないが、意識はしっかりしているようだった。
ウチガネさんは、俺の顔を見ると少しバツの悪そうな顔をして「悪かったな。驚かせちまった。」と頭を下げてくる。
「いえ・・・その大丈夫ですか?」
「ああ、ちょっと、集中しすぎた。ちゃんと仕事は終わらせてやるさ。」
やはり、仕事を辞めるという発想はないようだった。最初から分かっていたことであったが、それでも少しがっかりした気持ちを抱きながら俺は大丈夫です。と答えた。
俺の表情を見て気づいたのか、ウチガネさんは、「そうか、コンから聞いたのか。」と呟いた。
「俺の寿命はもうすぐ終わる。」
その言葉がまるで鋭利な刃物のように突き刺さる。他の皆の表情も暗い。分かっていた事ではあったのだが本人から再度聞かされてしまうと否が応でも実感させられてしまう。
しかし、ウチガネさん自身には、表情の暗さは微塵も感じない。もう、心残りなどはないと言わんばかりだった。
「後悔はないんですね。」
「ない。ってはっきり言えりゃあ良いんだがな。色々あるさ。獣耳の可愛い女と会いたいとか、獣耳の可愛い娘が欲しいとか」
「それ後悔じゃなくて欲望っすよ。師匠」
コンが小さく笑いながらツッコミを入れる。本当に相変わらずの人だ。
「まあ、半分冗談は置いておいて、逆なんだよ。このまま俺が完成させねぇと後悔しちまう。誰も文句言えねぇような最高の剣を打つっていう夢を叶えてねぇ」
「夢ですか・・・」
「ああ。俺は、長い時間を生きてきた。それこそ、500年や600年以上だ。人間からしてみりゃあ、途方も無い時間を生きてきた。だが、生きてただけだった。飯食って、働いて、寝て、その繰り返しだ。そこに意味がなかったとは言わない。だけど、俺の中に何もないことに気付いたんだ。」
「なにもない・・・」
「俺がこのまま死んでも何一つ残らないってことにだ。」
生きてきたと証明できる何か、自分という存在が確かにここにいたのだと分かるような何かが欲しいとウチガネさんは続けた。
「好きな女見つけて子供を作るでも良い、歴史の教科書に載るような偉業でも良かった。だけど、何よりも先にここに辿り着いちまった。そんでまあ、間違いなくとびきりの才能までセットだ。震えたね。これしかねぇと思ったよ。」
次元の違う才能をたまたま発見してしまった。けれど、確かにそんなものが見つかったのだったら確かに突き詰めようと思うのも頷ける。自分に何の才能があるかはっきり分かれば、将来、悩むこともないのにと思ったことが俺にもある。
「そこからは、一直線だった。誰もが認めるような最高の一振りを作る。それだけの目標に毎日、剣を作ってきた。それが叶わないなんてのは、死んだもんと同じだ。馬鹿だとは思うだろうがな。」
馬鹿だと笑うなんて出来るはずがない。全身全霊で刀を作るということに向き合ってきた人をどうして笑えるのか。夢のために死ぬのは愚かか? 愚かだという人もいるだろう。だけれど、そんなに簡単に捨てられる様なものなら夢ではないと俺は思う。そんなものは、ただの願望で、夢ではない。
俺は、ウチガネさんの話を聞いて心を決めた。
「分かりました。俺は、ウチガネさんの仕事を止めません。あなたの夢が叶う時まで見届けます。」
それが俺なりの彼への恩返しなのだと思った。生きた証を、研鑽の証をこの目にこの心に刻み込む。俺はそう誓ったのだった。
けれど、コンだって思っていないはずはない。そのことを忘れて自分だけ取り乱していたことが申し訳なく思った。
コンは、それに「気にしないでくださいっす。」といってすぐに食事を済ませた。
そして、ウチガネさんが目を覚ましたのは、夜になった頃だった。
相変わらず、顔色はあまり良くないが、意識はしっかりしているようだった。
ウチガネさんは、俺の顔を見ると少しバツの悪そうな顔をして「悪かったな。驚かせちまった。」と頭を下げてくる。
「いえ・・・その大丈夫ですか?」
「ああ、ちょっと、集中しすぎた。ちゃんと仕事は終わらせてやるさ。」
やはり、仕事を辞めるという発想はないようだった。最初から分かっていたことであったが、それでも少しがっかりした気持ちを抱きながら俺は大丈夫です。と答えた。
俺の表情を見て気づいたのか、ウチガネさんは、「そうか、コンから聞いたのか。」と呟いた。
「俺の寿命はもうすぐ終わる。」
その言葉がまるで鋭利な刃物のように突き刺さる。他の皆の表情も暗い。分かっていた事ではあったのだが本人から再度聞かされてしまうと否が応でも実感させられてしまう。
しかし、ウチガネさん自身には、表情の暗さは微塵も感じない。もう、心残りなどはないと言わんばかりだった。
「後悔はないんですね。」
「ない。ってはっきり言えりゃあ良いんだがな。色々あるさ。獣耳の可愛い女と会いたいとか、獣耳の可愛い娘が欲しいとか」
「それ後悔じゃなくて欲望っすよ。師匠」
コンが小さく笑いながらツッコミを入れる。本当に相変わらずの人だ。
「まあ、半分冗談は置いておいて、逆なんだよ。このまま俺が完成させねぇと後悔しちまう。誰も文句言えねぇような最高の剣を打つっていう夢を叶えてねぇ」
「夢ですか・・・」
「ああ。俺は、長い時間を生きてきた。それこそ、500年や600年以上だ。人間からしてみりゃあ、途方も無い時間を生きてきた。だが、生きてただけだった。飯食って、働いて、寝て、その繰り返しだ。そこに意味がなかったとは言わない。だけど、俺の中に何もないことに気付いたんだ。」
「なにもない・・・」
「俺がこのまま死んでも何一つ残らないってことにだ。」
生きてきたと証明できる何か、自分という存在が確かにここにいたのだと分かるような何かが欲しいとウチガネさんは続けた。
「好きな女見つけて子供を作るでも良い、歴史の教科書に載るような偉業でも良かった。だけど、何よりも先にここに辿り着いちまった。そんでまあ、間違いなくとびきりの才能までセットだ。震えたね。これしかねぇと思ったよ。」
次元の違う才能をたまたま発見してしまった。けれど、確かにそんなものが見つかったのだったら確かに突き詰めようと思うのも頷ける。自分に何の才能があるかはっきり分かれば、将来、悩むこともないのにと思ったことが俺にもある。
「そこからは、一直線だった。誰もが認めるような最高の一振りを作る。それだけの目標に毎日、剣を作ってきた。それが叶わないなんてのは、死んだもんと同じだ。馬鹿だとは思うだろうがな。」
馬鹿だと笑うなんて出来るはずがない。全身全霊で刀を作るということに向き合ってきた人をどうして笑えるのか。夢のために死ぬのは愚かか? 愚かだという人もいるだろう。だけれど、そんなに簡単に捨てられる様なものなら夢ではないと俺は思う。そんなものは、ただの願望で、夢ではない。
俺は、ウチガネさんの話を聞いて心を決めた。
「分かりました。俺は、ウチガネさんの仕事を止めません。あなたの夢が叶う時まで見届けます。」
それが俺なりの彼への恩返しなのだと思った。生きた証を、研鑽の証をこの目にこの心に刻み込む。俺はそう誓ったのだった。
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