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4章
Part 290『天罰』
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***
別に手を抜いたとか、適当に仕事をしたとかではなかった。自己の過信、呪いへの意識の低さが招いた事だった。
作品の手順を一つ間違えただけだ。本来の呪術の手順として、最初に呪いの代償になる飾りを彫り、それに呪術の文字を書き込む。呪術をかける上での基本的な順番である。しかし、これが前後しても呪術自体は発動する。彫刻を彫り込み、完成させる事が出来れば、問題なく成立する。
では、何故、厳密に順番が決められているのか。それは、呪術に使用する文字が神様との契約書であり、破ることは本来許されないからである。
呪いを解く場合においてもそれ相応の代償を支払って、いくつもの手順を踏む必要があるのだ。
文字を彫り込む技術を使用する呪術士は、この石を代償として奉納するので、この性質を変えてください。とお願いする。それは、文字を書き込んだ時点で確定される。
そのため、文字を先に書き込んでしまうと、その石を確実に神に捧げなくてはいけない。
たとえ、失敗したとしても・・・・・・
神に失敗作を奉納する。それがどれだけ神の怒りをかうのか、修行不足の俺は理解していなかった。
ただ、教えだからと、何も考えずに実行していただけだった。
だから、妻が誤ったやり方で、作業を行ってしまったことに気がつかなかった。
そして、普段ならミスをしてもやり直せる。その意識が不幸にも失敗を呼び込んでしまった。
天罰の存在は知っていても、その恐ろしさは、知らなかった。
突然、苦しみだす嫁、床をのたうち回り叫ぶ。今まで聞いたことのない甲高い絶叫が辺りに響き渡る。
それに呼応するように体が、勢いよく膨らみ、そして、人の形を奪った。
その光景は、地獄だった。嫁だったものは、肉の巨大な球体に変化していた。しかも、その球体は、心臓の鼓動のように大きく脈動し、明らかに人間とも生き物ともつかない、忌まわしき風貌をしているのに、それが今この瞬間にも生きている事がはっきりと実感できた。
肉の鼓動はどんどんと早くなる。それにつられるように、俺の心臓も張り裂けそうなほど、暴れまわった。
次の瞬間だ。球体は、粘土をこねる様にうねったかと思うと人間の形を作り始める。
変化が安定するまでの間は、嫁は蠢き、辺りに体をぶつけて、傷を増やしていた。しかし、その傷もありえない速度で再生した。それを何度か繰り返すと嫁は、大人しくなり、変化も止まり、人間的な形になっていた。
人間をこねて、無理矢理に形だけ整えた様なそれは、おおよそ、人間とはかけ離れた化物の姿をしていた。
傍目からでもわかるほど、左右非対称な体、異常に膨れ上がった右腕と枯れ木のように細く折れてしまいそうな左腕、自重のバランスの悪さからか、右側に傾いている。
口だったものは、まるでヒルの様な円形の不気味な形状で、多層構造になっており、時折、中の歯が擦れ合い金属の様な嫌な音を響かせていた。
左右にあったはずの瞳は、縦に並んで付いている。しかし、それだけ異常な姿をしているのにその瞳は、取ってつけた様に人間の瞳と同じだった。
その体を支える足も上半身ほど歪ではないものの、人間のものとは思えない、異常に発達した筋肉が剥き出しになった。
俺は、嫁への心配よりも先に恐怖した。これが人間なものか。込み上げてくる吐き気と溢れてくる涙に身を任せた。
嫁は、おおよそ人間の言語とはかけ離れた獣の様な、音を出すばかりでコミュニケーションが成立しているような気がしなかった。
しかし、そのバランスの悪い体のせいか、嫁はほとんど動こうとしなかった。
ただ、餌を与えられる雛鳥のように、腹が減れば口から耳障りな金属音を響かせる。
このままでは、誰かに露見してしまうと、嫁を隔離するために家を建てた。食事となる魚も近くでいくつも取れる。
意思疎通は難しくとも食事を与え続ける限りは、動くことはない。それが、絶望の中で見つかった唯一の幸運だった。
一度は、呪いを手放そうと考えた。嫁をこんな姿にするものなど二度と触るものかと。
しかし、自分にはこれしかない。数十年の間、呪いのために技術を磨き、その技術を商売としてきた俺にとって、呪いという技術を失うことは、自分自身の存在を否定することと同義だった。
ならば、嫁を救うための作品を作り上げよう。俺はそう誓ったのだ。
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別に手を抜いたとか、適当に仕事をしたとかではなかった。自己の過信、呪いへの意識の低さが招いた事だった。
作品の手順を一つ間違えただけだ。本来の呪術の手順として、最初に呪いの代償になる飾りを彫り、それに呪術の文字を書き込む。呪術をかける上での基本的な順番である。しかし、これが前後しても呪術自体は発動する。彫刻を彫り込み、完成させる事が出来れば、問題なく成立する。
では、何故、厳密に順番が決められているのか。それは、呪術に使用する文字が神様との契約書であり、破ることは本来許されないからである。
呪いを解く場合においてもそれ相応の代償を支払って、いくつもの手順を踏む必要があるのだ。
文字を彫り込む技術を使用する呪術士は、この石を代償として奉納するので、この性質を変えてください。とお願いする。それは、文字を書き込んだ時点で確定される。
そのため、文字を先に書き込んでしまうと、その石を確実に神に捧げなくてはいけない。
たとえ、失敗したとしても・・・・・・
神に失敗作を奉納する。それがどれだけ神の怒りをかうのか、修行不足の俺は理解していなかった。
ただ、教えだからと、何も考えずに実行していただけだった。
だから、妻が誤ったやり方で、作業を行ってしまったことに気がつかなかった。
そして、普段ならミスをしてもやり直せる。その意識が不幸にも失敗を呼び込んでしまった。
天罰の存在は知っていても、その恐ろしさは、知らなかった。
突然、苦しみだす嫁、床をのたうち回り叫ぶ。今まで聞いたことのない甲高い絶叫が辺りに響き渡る。
それに呼応するように体が、勢いよく膨らみ、そして、人の形を奪った。
その光景は、地獄だった。嫁だったものは、肉の巨大な球体に変化していた。しかも、その球体は、心臓の鼓動のように大きく脈動し、明らかに人間とも生き物ともつかない、忌まわしき風貌をしているのに、それが今この瞬間にも生きている事がはっきりと実感できた。
肉の鼓動はどんどんと早くなる。それにつられるように、俺の心臓も張り裂けそうなほど、暴れまわった。
次の瞬間だ。球体は、粘土をこねる様にうねったかと思うと人間の形を作り始める。
変化が安定するまでの間は、嫁は蠢き、辺りに体をぶつけて、傷を増やしていた。しかし、その傷もありえない速度で再生した。それを何度か繰り返すと嫁は、大人しくなり、変化も止まり、人間的な形になっていた。
人間をこねて、無理矢理に形だけ整えた様なそれは、おおよそ、人間とはかけ離れた化物の姿をしていた。
傍目からでもわかるほど、左右非対称な体、異常に膨れ上がった右腕と枯れ木のように細く折れてしまいそうな左腕、自重のバランスの悪さからか、右側に傾いている。
口だったものは、まるでヒルの様な円形の不気味な形状で、多層構造になっており、時折、中の歯が擦れ合い金属の様な嫌な音を響かせていた。
左右にあったはずの瞳は、縦に並んで付いている。しかし、それだけ異常な姿をしているのにその瞳は、取ってつけた様に人間の瞳と同じだった。
その体を支える足も上半身ほど歪ではないものの、人間のものとは思えない、異常に発達した筋肉が剥き出しになった。
俺は、嫁への心配よりも先に恐怖した。これが人間なものか。込み上げてくる吐き気と溢れてくる涙に身を任せた。
嫁は、おおよそ人間の言語とはかけ離れた獣の様な、音を出すばかりでコミュニケーションが成立しているような気がしなかった。
しかし、そのバランスの悪い体のせいか、嫁はほとんど動こうとしなかった。
ただ、餌を与えられる雛鳥のように、腹が減れば口から耳障りな金属音を響かせる。
このままでは、誰かに露見してしまうと、嫁を隔離するために家を建てた。食事となる魚も近くでいくつも取れる。
意思疎通は難しくとも食事を与え続ける限りは、動くことはない。それが、絶望の中で見つかった唯一の幸運だった。
一度は、呪いを手放そうと考えた。嫁をこんな姿にするものなど二度と触るものかと。
しかし、自分にはこれしかない。数十年の間、呪いのために技術を磨き、その技術を商売としてきた俺にとって、呪いという技術を失うことは、自分自身の存在を否定することと同義だった。
ならば、嫁を救うための作品を作り上げよう。俺はそう誓ったのだ。
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