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4章
Part 287『報われない』
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俺は、乱丸に事情を説明した。乱丸は、終始呆れた表情を浮かべながら、俺の話を聞いていた。
「なるほど、まあ、好きな女のために急いでるってのは、分かった。ただ、勝手にやっちゃダメだろ。」
「分かってる。けど、春までもうすぐだ。この調子で間に合う保証はないだろ。」
「努力の方向性が、おかしいって言ってんだよ。その熱量をなんで、言われたことに向けないんだ?」
「それは・・・・・・そうだけど、今回の石像が完成しても次の課題が出るかもしれないし、石像にほんの少し削り残しがあったぐらいで、最初からやり直しとか言われるんじゃ、ずっと時間が、かかってしまうだろ。」
「削り残しね・・・・・・。こりゃあ、報われないな。」
乱丸は、哀れむような事を呟いた。俺のことかと思ったが、すぐに「あ、お前じゃなくて、おやっさんな。」と念を押してきた。
「そりゃあ、お前さんの境遇にも同情はするけどな。だが、そうやって正攻法から逃げた奴にかける言葉はない。」
「別に逃げてない。」
「逃げてんだよ。お前は、約束を破った。辛いから楽な道へ逃げたんだよ。」
返す言葉を探したけれど、言葉はすぐには出てこない。逃げている。自分の感じている後ろめたさがそれを否定する事を許さなかった。
「普通はな。呪術なんてのは、技術が完璧になるまでは、覚えさせないもんだ。お前みたいなのが出て来るからだ。」
少なくとも俺はそうだった。と乱丸は、俺に言葉を放つ。乱丸も呪術を習う時に俺と同じような事をしたのだろう。
知識を与えられるのは、俺より後だったということになる。
「だけど、おやっさんは、お前に先に知識を教えた。その意味が分かるか? 約束を守ると信頼してだろ。」
「信頼」
・・・・・・そうだ。本当に呪術を使ってほしくないなら、最初から技術を身につける前に知識を教えないのが正解だ。
篝さんも最初から分かっていたはずだ。けれど、それでも、俺に先に教えてくれたのは、俺を信頼してくれていたからだったのだ。
それを裏切ってしまった。与えられたものを当たり前だと思って、そこの配慮に全然頭が回っていなかった。
自分本位で相手がどう思っているかも考えていなかった。
「だから、報われねぇなって言ってんだよ。まあ、これで終わりなら、これから先どうなろうと知ったこっちゃないだろうけどさ。」
乱丸は立ち上がると「そんじゃあ、俺は帰るわ。お前も気をつけて帰れよ。まあ、川沿いを歩いて帰れば無事に帰れるだろ。」と素っ気なく言い放ち、背を向けて歩き出す。
足音が遠ざかっていく。けれど、俺は、まだ、動き出す気にはなれず、そのまま、川を眺めていた。
結局、俺が焦ってただけなのか。篝さんも別に俺に嫌がらせをしていた訳でもない。むしろ、焦る俺に十分配慮してくれていたのだ。
「・・・・・・かっこ悪いな・・・・・・俺」
本当にかっこ悪い。自分自身に呆れて涙さえもう出ない。
じゃりじゃり、と背後から土を踏む音が聴こえて、乱丸が引き返してきたのかと振り返る。
しかし、そこにいたのは、乱丸ではなく篝さんだった。
「なるほど、まあ、好きな女のために急いでるってのは、分かった。ただ、勝手にやっちゃダメだろ。」
「分かってる。けど、春までもうすぐだ。この調子で間に合う保証はないだろ。」
「努力の方向性が、おかしいって言ってんだよ。その熱量をなんで、言われたことに向けないんだ?」
「それは・・・・・・そうだけど、今回の石像が完成しても次の課題が出るかもしれないし、石像にほんの少し削り残しがあったぐらいで、最初からやり直しとか言われるんじゃ、ずっと時間が、かかってしまうだろ。」
「削り残しね・・・・・・。こりゃあ、報われないな。」
乱丸は、哀れむような事を呟いた。俺のことかと思ったが、すぐに「あ、お前じゃなくて、おやっさんな。」と念を押してきた。
「そりゃあ、お前さんの境遇にも同情はするけどな。だが、そうやって正攻法から逃げた奴にかける言葉はない。」
「別に逃げてない。」
「逃げてんだよ。お前は、約束を破った。辛いから楽な道へ逃げたんだよ。」
返す言葉を探したけれど、言葉はすぐには出てこない。逃げている。自分の感じている後ろめたさがそれを否定する事を許さなかった。
「普通はな。呪術なんてのは、技術が完璧になるまでは、覚えさせないもんだ。お前みたいなのが出て来るからだ。」
少なくとも俺はそうだった。と乱丸は、俺に言葉を放つ。乱丸も呪術を習う時に俺と同じような事をしたのだろう。
知識を与えられるのは、俺より後だったということになる。
「だけど、おやっさんは、お前に先に知識を教えた。その意味が分かるか? 約束を守ると信頼してだろ。」
「信頼」
・・・・・・そうだ。本当に呪術を使ってほしくないなら、最初から技術を身につける前に知識を教えないのが正解だ。
篝さんも最初から分かっていたはずだ。けれど、それでも、俺に先に教えてくれたのは、俺を信頼してくれていたからだったのだ。
それを裏切ってしまった。与えられたものを当たり前だと思って、そこの配慮に全然頭が回っていなかった。
自分本位で相手がどう思っているかも考えていなかった。
「だから、報われねぇなって言ってんだよ。まあ、これで終わりなら、これから先どうなろうと知ったこっちゃないだろうけどさ。」
乱丸は立ち上がると「そんじゃあ、俺は帰るわ。お前も気をつけて帰れよ。まあ、川沿いを歩いて帰れば無事に帰れるだろ。」と素っ気なく言い放ち、背を向けて歩き出す。
足音が遠ざかっていく。けれど、俺は、まだ、動き出す気にはなれず、そのまま、川を眺めていた。
結局、俺が焦ってただけなのか。篝さんも別に俺に嫌がらせをしていた訳でもない。むしろ、焦る俺に十分配慮してくれていたのだ。
「・・・・・・かっこ悪いな・・・・・・俺」
本当にかっこ悪い。自分自身に呆れて涙さえもう出ない。
じゃりじゃり、と背後から土を踏む音が聴こえて、乱丸が引き返してきたのかと振り返る。
しかし、そこにいたのは、乱丸ではなく篝さんだった。
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