義手の探偵

御伽 白

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説得

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 2001の部屋はエレベーターを出てすぐの部屋だった。玄関のドアの前に立つとシロノは、深呼吸をしてから、インターホンのボタンを押した。

 部屋の奥からお決まりの機械音が鳴り、しばらくしてから、足音が近づいてくる。

 ドアが開くと桐生 真斗が顔を出した。怪訝な表情を浮かべながら、シロノを見て、その背後に来ている誠と玲子の姿を見て、小さく呟いた。

「どうやって俺の家が分かったのかと思ったが、果穂から聞いたのか」

 どうやら、シロノが自分の住所を知っているのを不審に思いながら招き入れたようだった。

 喫茶店で見たことのある二人の顔を見て、方法を思い至ったようであった。

「まあ、いいや。中に入ってくれ。玄関でする話じゃないんだろ?」

 真斗に招かれて中に入ると部屋は、白を基調としたシックな印象のリビングに案内される。

 大きなテレビやオーディオ機器などが置かれた部屋で、向かい合うように白のソファが置かれている。

 真斗に促されるまま、シロノ達はソファに腰掛ける。

「奥さんは今、どこに?」

 真斗以外の人の気配がないことに気づいたシロノはそう尋ねた。

「ああ、悠美? 悠美は仕事で出掛けてるよ。俺は、在宅業だけど、悠美はアパレルの仕事してるから」

 台所でヤカンに水を入れて温めながら、真斗は三人の飲み物を用意を始める。

「それで縁結びの話って聞いたけど、君が縁結びをしてくれた女の子なんだ?」

「はい。シロノといいます。こちらのお二人は、誠さんと玲子さんです。私一人だと上手くお話出来ないかもしれないので、一緒に来ていただきました」

「こんなに綺麗な女の子だなんて、知らなかったな。あの時は、暗くてよく見えなかったけど」

「いえ、綺麗だなんて」

 3人分の紅茶を持ってきて真斗は、向かいのソファに座る。

 表面上は、好青年で特に問題のある人物には見えない。女癖の悪さがあると誠は調べていたが、気になるほどではない。

(もしかしたら、縁結びの効果で桐生の人格も矯正されているのかも知れない)

 誠はそう考えながら、置かれた紅茶を飲みながらそんなことを考える。

 幻想遺物の効果は、お互いに作用しているはずなので、片方にだけ、影響が出るとは考え難い。

 真斗は最初から恋人のことが好きだったので、影響が小さいのかもしれない。

 そもそも、幻想遺物は理屈では説明出来ない事象を起こすものである。そのため、明確に法則性や効力を説明することが難しい。

 そこを研究するのが面白い所ではあるが、今はそこを詳しく深掘りする余裕はない。

(でも、縁結びの効果があるのなら、もしかしたら悠美さんのためを思って縁切りも受け入れてくれるかもしれない)

「それで急ぎで話さないといけないことって?」

「縁結びの効果で恋人の方に悪い影響が出てるみたいなんです。もしかしたら、自殺してしまうかもしれません」

 シロノの言葉に悠人は目を丸くする。突然に自殺と言われれば当然だ。

「・・・・・・自殺? いきなり、なんでそんなことを?」

「縁結びをした際にはまだ恋人ではなかったそうですね。それなのに過剰に縁を結んでしまって、恋人さんに悪影響が出ているんです」

「実際に私がビルから自殺しそうになってる悠美さんを止めた」

 シロノの言葉に玲子が続いた。言い逃れ出来ないようにする必要がある。

「その時に悠美さんが、しつこく言い寄られて最後に一度だけと言う約束で恋人の振りをして縁結びをしたと話してた」

 玲子は追い討ちをかけるように付け加えていく。

 流石にそこまで言われて言い逃れをするのが難しかったのか、真斗は少したじろいだ様子を見せる。

「た、確かに縁結びの時は嘘をついた。けど、それがなんで自殺なんてことになるんだ。あんなのは、ただの願掛けでしょう?」

「幻想遺物というものをご存知ですか?」

「幻想遺物?」

 真斗はシロノの言葉に首を傾げる。聞き慣れないような素振りをして見せるため、シロノは幻想遺物について軽く説明する。

 それについて、真斗は頷きながら、聞いている。誠はその様子を怪訝な表情を浮かべながら見ていた。

 わざわざ、悠美を騙して、シロノの縁結びを行う時点で、幻想遺物について知識があるだろうと予測出来ていた。

 実際、真斗の振る舞いは明らかに白々しい。幻想遺物に関する説明を受けても非常に淡白で、興味がなさそうだ。信じていないというよりは、知っていることを教えられているような退屈している表情だ。

「つまり、シロノさんの幻想遺物で無理に縁を結んだせいで、悠美がおかしくなっていると。そういう訳ですか?」

「そうです。なので、縁結びの糸を切らせていただきたいんです」

「いやいや、そんな突拍子もない話を信じろという方が無理がありますよ。確かに願掛けを依頼しましたが、それで心を病むって言われてもねぇ」

 馬鹿にするような言動で真斗はそう言った。その振る舞いを見て、誠は確信する。

(この人、オカルトのせいにして、縁切りを拒否するつもりだ)

「だいたい、お二人もその幻想遺物ってのを信じてるんですか? いい大人が」

「でも実際に悠美さんは自殺しようとしていた」

「それすらあなた達の虚言じゃないんですか? よしんばそれが事実だったとして、マリッジブルーってやつかもしれません。結婚が近づくと気持ちが重たくなるというじゃないですか。今後は、そんなことがないようにしっかりと支えていくつもりですよ」

「幻想遺物の存在を信じていないのに騙して悠美さんを縁結びに連れて行ったんですか?」

 誠の質問に対しても特に動揺することなく、真斗は頷いて答えた。

「ええ、僕の中でこれを区切りにしようと思っただけです。長い間、アプローチをしていましたが、受け入れられなかったので、これを最後にしようと思って一日だけ恋人になってほしいとお願いしたんです。そこで、たまたま、巷で話題になっていた縁結びの話が耳に入ってきた訳です」

「でも、実際に縁結びの効果は出てる訳でしょう?」

「それが何か? 確かにすごい偶然だとは思いますよ。でも、それが幻想遺物の効果だと説明出来ないですよね。一日のデートで気持ちが通じ合ったとは考えられないんですか?」

 あくまで原因は、縁結びの効果ではなく、アプローチの結果であると主張する真斗に対して三人とも反論が出てこない。

 証拠がなければ、裁くことが出来ない。現状、それらの因果関係を具体的に説明出来ない時点で、非常に分が悪い交渉になってしまう。

 論理的に考えれば、シロノ達の話よりも真斗の発言の方が正しいのだ。

 フィクションに出てくる産物の存在を信用しろという方がおかしい。

「信じていないなら、糸を切ることに対して拒否するんだ」

「因果関係は、どうあれ、僕達が付き合うきっかけになった物を切るなんて出来ないでしょ。そこまでする義理はないよ」

 玲子の発言に対して真斗は肩をすくめる。余裕の表情を浮かべて諭すように答えた。

「大体、良い歳して幻想遺物だとか、そんな物が本気であると思ってるんですか? 証拠になるものがあるなら見せてみてくださいよ」

 得意気に言い放つ真斗の様子に玲子は、「ここにある」と言い返した。

 玲子は、右手のオペラグローブを外して、義手を真斗の前に向けた。

(玲子、ちょっとイライラしてるな)

 真斗は、玲子の様子を見て心境を察する。表面上は、何気ない様子を見せているが、明らかに空気感がピリついている。

 幻想遺物である義手を真斗に直接見せたことから、推測出来る。

「そうなんですよ。玲子の右腕は幻想遺物なです。見てくださいどういう原理で動いてるか分からないでしょ?」

 誠が出来るだけ波風を立てないようにフォローを入れるが、真斗は引く気がないようで、呆れたように溜息を吐いた。

「確かに不思議な見た目の義手ですが、それで何か特別なんですか?」

 試すような挑発的な表情を浮かべる真斗に対して玲子は、「試してみる?」と義手をゆっくりと真斗に向けた。

 表情の変わらない玲子の圧力に身の危険を感じて、思わず立ち上がって玲子から距離を取った。

「な、何をするつもりだ⁉︎」

「ただ、触るつもりだったけど? 幻想遺物の力を知りたいみたいだし、身を持って体験してもらったら良いと思って」

「いや、やっぱりやめておくよ。ただ、実を言うと糸を切ることは出来ないんだ。以前にコーヒーをこぼしてしまってね。汚いから捨ててしまったんだ」

「さっきと話が矛盾してませんか? さっきは、縁結びした思い出の品だから切れないと仰ってましたよね」

「話ている間に思い出したんだ。もしかして、悠美が不安定になっているのもそれが原因なのかも」

 とりあえず、今日はお引き取り願えるかなと話題を打ち切って真斗は立ち上がる。

「それなら、部屋を探させてくれませんか?」
 苦し紛れとは思いながらも誠はそう提案する。その言葉に露骨に不快感を見せて、真斗は言葉を返した。

「そこまでする義理はない。なんなら、警察を呼んだって良いんだぞ?」

 それ以上の追求を拒否する真斗に誠は正攻法では、難しいと確信した。 

 警察を呼んで不利になるのは、間違いなく誠達である。荒唐無稽なことを言い回る異常者だと思われても仕方ない。ここからさらに強硬手段に出ると通報されてしまうかもしれない。誠としても警察沙汰にはしたくない。

 誠は小さく溜息を吐いて落とし所を探すことにした。

「わかりました。では、また何かあった場合にご連絡させて頂きたいので、連絡先を教えてもらっても良いですか?」

「まあ、それぐらいなら。ただ、仕事中で出られない可能性もあるけど」

「はい。それは勿論です」

 誠はスマホを取り出して、真斗と連絡先を教えてもらいスマホに入力していく。その様子を真斗が訝し気な表情で見ている。

「何か?」

「あんた、変なスマホケースを使ってるんだな」

 訝し気に見ていたのは、スマホではなくケースの方だったようで、誠は少し顔を顰めそうになるのを堪えて愛想笑いを浮かべる。

「あはは、結構、おしゃれだと思うんですけど」

「いや、そんなケースなら付けない方がましだと思うけど、使いにくそうだし」

 まさか、そんな関係性の低い相手にも言われるとは思ってなかっただけに心にくるものがある。

(そんなに酷いかなぁ。このバナナケース)

 誠は腑に落ちない思いをしながら、スマホをポケットにしまった。 
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