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4章
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翼は胸がしめつけられるような思いで悩みを聞いていた。相談者の顔を見ることができず、左腕を握り締めている。表情も硬い。
悲しい内容に同情しているから、というわけではない。全く同じ体験を自分もしたからだ。
彼女の異変に気づいていないのか気づいていないフリなのか。アヤトは相談者の顔を見つめて静かに話を聞いている。
「……叶わないって思ってるけど、もしかしたらって気持ちが捨てられないんです」
「先生に恋か~。若いね~情熱的だね~」
「ほ……本気です! 若気の至りとかじゃないです」
おとなしい見た目をして、自分の恋を恥ずかし気もなくさらけだした彼女────佳乃。
彼女はアヤトにほほえみかけられ、顔を赤くした。
「魔女さんとてs……お兄さんのこと、睦月君から聞いて私もお話したくなったんです」
「口コミ? アイツいい仕事したな。ねぇ翼ちゃん────翼ちゃん?」
「え、あっ、そうね! 睦月君、すっごくいいコだった」
「ん? 間違ってはないけど話聞いてなかっただろ」
「ごめん、ちょっとボーッとして……」
「顔色悪いな……。部屋で休みなよ。このお嬢さんの話は俺が責任持って聞くから」
「もしかしてご迷惑でしたか……?」
佳乃が不安げに顔を曇らせると、翼は挙動不審なほど激しく首を横に振った。何か言わなきゃ、と口を開いたがアヤトの方が早かった。
「最近暑かったり寒くなったりで気温差が激しかっただろ? 体がついていかなくて疲れが出たんだと思う」
「でも……」
「大丈夫。あなたは優しい気遣いのできるコなのね……。あなたも体調管理、気をつけてね」
翼が弱々しくほほえみかけると、佳乃は納得していない様子だったがぺこりと頭を下げた。
「じゃあアヤト、あとはお願いします……。ごめんね佳乃ちゃん……。私はここでリタイアするわ。それとこの男はこう見えて世話焼きだから。話をよく聞いてくれるよ」
「はい。あの……お大事に」
「ありがとう」
椅子から立ち上がると、アヤトに腰を支えられた。そこまでしなくて大丈夫と、その手から逃げようとしたら耳元に顔を寄せてきた。
「その顔のワケ……あとでじっくり聞かせてもらうからな」
どうやら彼には見抜かれていたらしい。部屋に引っ込むのは体調不良ではないこともお見通しなのだろう。
口を開く前に”じゃあおやすみ”と頭をなでられた。
彼に気を許しているのを知っているのか、よく距離を詰められるようになった。ふれられる回数も増えた。しかし、今日は胸が高鳴ることも顔が赤くなることもない。
本当にふれてほしい人のことを思い出してしまったのだ。翼は自室に引っ込んでベッドに突っ伏し、掛け布団を深くかぶった。
(私も……先生が好きだった。結ばれるのは無理だって分かってたけど、好きなだけで幸せだった)
佳乃の気持ちが痛いほど分かる。過去の自分と重ねて余計につらくなってしまった。
制服の自分と、スーツに白衣の彼。
着ている物が違えば立場も年齢も違う。彼に想いを伝える勇気なんてかけらもなく、未練たらたらのまま卒業して早九年。彼もいい歳だから結婚しているだろう。
(奥さんになった人はきっと、綺麗で優しい人なんだろうな……)
もし彼と結ばれる運命をたどっていたら。彼の優しいほんわかとした笑顔に見つめられ、幸せな日々を送っていただろう。
彼の隣に立つ自分を想像し、なんて儚い夢なのだろうとまどろみながら眠りの世界へおちていった。
悲しい内容に同情しているから、というわけではない。全く同じ体験を自分もしたからだ。
彼女の異変に気づいていないのか気づいていないフリなのか。アヤトは相談者の顔を見つめて静かに話を聞いている。
「……叶わないって思ってるけど、もしかしたらって気持ちが捨てられないんです」
「先生に恋か~。若いね~情熱的だね~」
「ほ……本気です! 若気の至りとかじゃないです」
おとなしい見た目をして、自分の恋を恥ずかし気もなくさらけだした彼女────佳乃。
彼女はアヤトにほほえみかけられ、顔を赤くした。
「魔女さんとてs……お兄さんのこと、睦月君から聞いて私もお話したくなったんです」
「口コミ? アイツいい仕事したな。ねぇ翼ちゃん────翼ちゃん?」
「え、あっ、そうね! 睦月君、すっごくいいコだった」
「ん? 間違ってはないけど話聞いてなかっただろ」
「ごめん、ちょっとボーッとして……」
「顔色悪いな……。部屋で休みなよ。このお嬢さんの話は俺が責任持って聞くから」
「もしかしてご迷惑でしたか……?」
佳乃が不安げに顔を曇らせると、翼は挙動不審なほど激しく首を横に振った。何か言わなきゃ、と口を開いたがアヤトの方が早かった。
「最近暑かったり寒くなったりで気温差が激しかっただろ? 体がついていかなくて疲れが出たんだと思う」
「でも……」
「大丈夫。あなたは優しい気遣いのできるコなのね……。あなたも体調管理、気をつけてね」
翼が弱々しくほほえみかけると、佳乃は納得していない様子だったがぺこりと頭を下げた。
「じゃあアヤト、あとはお願いします……。ごめんね佳乃ちゃん……。私はここでリタイアするわ。それとこの男はこう見えて世話焼きだから。話をよく聞いてくれるよ」
「はい。あの……お大事に」
「ありがとう」
椅子から立ち上がると、アヤトに腰を支えられた。そこまでしなくて大丈夫と、その手から逃げようとしたら耳元に顔を寄せてきた。
「その顔のワケ……あとでじっくり聞かせてもらうからな」
どうやら彼には見抜かれていたらしい。部屋に引っ込むのは体調不良ではないこともお見通しなのだろう。
口を開く前に”じゃあおやすみ”と頭をなでられた。
彼に気を許しているのを知っているのか、よく距離を詰められるようになった。ふれられる回数も増えた。しかし、今日は胸が高鳴ることも顔が赤くなることもない。
本当にふれてほしい人のことを思い出してしまったのだ。翼は自室に引っ込んでベッドに突っ伏し、掛け布団を深くかぶった。
(私も……先生が好きだった。結ばれるのは無理だって分かってたけど、好きなだけで幸せだった)
佳乃の気持ちが痛いほど分かる。過去の自分と重ねて余計につらくなってしまった。
制服の自分と、スーツに白衣の彼。
着ている物が違えば立場も年齢も違う。彼に想いを伝える勇気なんてかけらもなく、未練たらたらのまま卒業して早九年。彼もいい歳だから結婚しているだろう。
(奥さんになった人はきっと、綺麗で優しい人なんだろうな……)
もし彼と結ばれる運命をたどっていたら。彼の優しいほんわかとした笑顔に見つめられ、幸せな日々を送っていただろう。
彼の隣に立つ自分を想像し、なんて儚い夢なのだろうとまどろみながら眠りの世界へおちていった。
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