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7章

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「…その恨みから怪物に成り果てたのだな。なぜ彼女を狙った?」

『理由などない。今までずっとこうしてきたのじゃ。魂が枯れたら次の女に変えるのみぞ』

「それが許されるものか。今すぐここから出ていけ…!」

「阿修羅!」

 夜叉の隣から飛び立った阿修羅の目は開ききっていた。彼に向かって手を伸ばしたがすでに遅い。

 阿修羅は絡新婦の胴体に飛び蹴りをくらわせた。女は唾液を吐き出してよろめき、そのまま仰向けに倒れた。倒れた場所から暴風が生まれて夜叉のおさげを激しく煽り、彼女は腕で目を覆った。

「話せば分かりそうだったのに…阿修羅も何もあそこまでブチギレなくてもいいのに」

 絡新婦には悪い気もしたが、そもそも彼女が日奈子の夢に現れて夜な夜な生き血をすすらなければこんなことにはならなかった。日奈子が病弱になることも、委員長が余計に心配することも、夜叉と阿修羅が力を開放することも。

 夜叉は顔を覆っていた腕を離し、阿修羅も交えて話し合おうとしたが────目の前には目をそらしたくなるような惨状が広がっていた。

「阿修羅…?」

 夜叉は硬直して怯えた表情で彼の後ろ姿を見つめていた。夜叉の呼ぶ声にいつもだったら瞬時に振り向くのに、今日は聞こえなかったように何の反応も示さなかった。仰向けの絡新婦に覆いかぶさって蜘蛛の手足を肉がちぎれる音を不気味に立てながら引きちぎっている。

 手足を胴体から引っこ抜く阿修羅は着物を返り血で染めていた。彼は何か言うでもなくその作業を続けていた。しかし口元には笑みを浮かべて目を見開いている姿は鬼のよう。冷静沈着で突発的な動きを見せない彼の姿はなかった。

「阿修羅!」

 夜叉は彼と息絶えたのであろう絡新婦がいる方向へ走り出した。これで日奈子の悪夢を解決したことになったとは思えない。阿修羅の様子が明らかにいつもと違う。夜叉は彼の腕を止めようと手を伸ばした。

「やめなよ! こんなの阿修羅らしくないよ…死んでるのにさらに痛めつけるなんて人のすることじゃ────痛っ」

 パシン。夜叉の手は未だ振り向かない阿修羅の手によってはたかれ、その拍子に彼の爪が夜叉の頬を引っかいた。

 彼のこんな拒絶の仕方は初めてだ。信じられないのとショックで自分の頬に手をやるとわずかにぬるっとした感触があり、人差し指の先が赤く染まっていた。思い出したように頬が熱くなり、ひりひりとした痛みで顔をしかめた。

 今まで阿修羅に傷つけられたことはない。彼は異常と言っていいほど夜叉に従順で、彼女を守るとさえ宣言していた。

「あ…」

 夜叉は呆然として震える手を見つめていたが意を決したように阿修羅の首根っこの襟を掴んだ。

「やめなさい! 蜘蛛から何も聞き出せなかったじゃない! 報告はどうすんのさ」

 再び阿修羅の血まみれの手刀がとんできたが今度は交わし、その手を取って捻り上げて目を閉じた。彼は暴れて抵抗しているが何の計算もない動きなので夜叉でも片手一本で封じ込める。そしてありったけの力を手刀にこめて彼の首根っこにくらわせた。阿修羅はおとなしくなってその場に沈んだ。

「もう…」

 阿修羅を静かに寝かせた後、左右で色の違う瞳で絡新婦の亡骸を見つめた。背中から蜘蛛の足が生えて後ろが裂けた着物は彼女の血で染まり、結いあげた髪はほつれて結いがとけている。よく見るとそこにも血がこびりついて赤黒く変色していた。

 彼女と話したのは少しだけだったが説得したら日奈子の悪夢から出ていってくれそうな気がしていた。代わりに誰かの夢に侵入していいよ、とは絶対に提案しないが死神にお願いして成仏させようかなくらいは考えていた。

 それにしても今まで何人が彼女の悪夢の餌食になったのだろう。それを断ち切ったと思えば今回の任務は成功と言えるのかもしれない。

(この人も遊女だったんだ。苦界に生きた遊女…)

 舞花は朱雀以外の男に買われることなく一生を終えた。朱雀に心から愛されて。しかし誰もがそうして遊女としての年季を終えるわけではない。若さや美しさを花が散るように失うごとに男の愛情も遠ざかっていった者だっているだろう。この彼女のように。

 せめて供養はしてやらねば。

 死神に教わった帰り方のまじないごとを口の中でぶつぶつとつぶやくと、疲れて瞬時に眠りにつく時のように意識がすとんと落ちた。
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