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7章

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 たすけて。

 そう声に出そうとしても思うように大声が出ない。果たして、声が出せたところで助けがくるのかも分からない。このに今まで、自分と自分を追いかける女以外に登場人物を見たことが無かった。

「はっ…はぁ…」

 足が重たい、呼吸が苦しい。

 枯れ木がところどころ生えた夜、ぼんやりとした赤い光が照らす中で日奈子は今日も走っていた。

 物心ついた頃からだろうか、毎日ではないが頻繁に見る夢だった。生まれた時から体が弱いことを両親から聞かされていたが、この夢を見るようになってからはさらにひどくなった気がする。本当の原因はこの夢なのではないかと疑っており、幼い頃に仲が良かった少年にだけ話したことがある。

「…あうっ」

 足を取られてその場に転んだ。いつものパターンだ。女の着物に描かれた蜘蛛が出した糸でとらえられる。そして今日も彼女に首筋をかまれて血を吸いつくされるのだ。

 脇腹を蹴られて仰向けに転がされると、結いあげた髪がほつれた女と目が合った。真っ赤に充血した目は人間に見えず、恐ろしい妖怪の類のようだった。

「うっ…うぅ…」

 我ながら情けないうめき声しか上げられない。両手で首を絞められて息が細くなっていく。苦し気に目をわずかに開くと、女の口に牙のような鋭い歯が鈍く光った。

「がぁっ…」

 突然女が声を上げて目の前から消え、日奈子の体が開放されたように軽くなった。絞められていた首から手が離れ、空気が喉に急に入り込んで咳き込んだ。日奈子にまたがっていた女は横へ吹っ飛び、脇腹を押さえてうずくまっている。

「ぐぅ…」

「悪夢の正体は貴様だな」

 女は獣のようなうなり声を上げて体を起こした。その前には、日奈子に背を向けるようにして立つ人物が女を見下ろしていた。

 濃い桜色の髪をおだんごにして残った部分は横に垂らし、水色の短い着物をまとって膝丈のスパッツにサイハイブーツを履いている。その姿はどこか見覚えのあるような気がしたが、そんなことは今はどうでもいい。

 自分の夢に登場人物が増えるのは初めてのことだ。しかも”悪夢の正体”と話した。これが夢の中と知ってのことなのか、はたまた日奈子が夢の中で作り上げた救世主なのか。

我々・・が来たからには消えてもらうぞ、絡新婦じょろうぐも

 女のなりをしているわりには凛々しく張りのある声で、袖からのぞく握った拳は岩のように力強く見えた。

「くもって…?」

 確かに女の着物には巨大な蜘蛛の絵が描かれているが…。日奈子はこれまで女の正体について考えたことがなかったが、突然現れた人物がなぜそんな名前で呼んだのか。

 一体何者なのかとその背中に問いかけようとしたら、隣にまた別の人物が現れて日奈子に向かって親指を立てた。

「もう大丈夫。こんな夢とは今日でおさらばだよ」

「あなたは確か────」

 名前を言おうとしたら、目の前の彼女は頬を引くつかせてごまかすように笑った。先ほどの人物と同じく濃い桜色の長い髪を持ち、ポニーテールにしている。その髪色と同じ着物は先程のおだんごとおそろいの形で足にはブーティー。明らかに2人は仲間だと分かる格好をしていた。

「桜木さん?」

「バレた…!────あっ、えっと誰かなそれは」

 苦笑いで済まそうとする彼女は瑠璃色の瞳と深紅の瞳を左右で輝かせている。学校で見たことのある同級生はアイパッチをしていたから別人の可能性が高い。自分の夢の中だから、印象が強い人物を勝手に作り上げただけの可能性もある。

 彼女は絡新婦と対峙する仲間らしき人物と着物の女を一瞥してから、日奈子の額に指を当てて焦った調子で口を開いた。

「彼氏や家族たちが、あなたが目覚めるのを待ってる。早く行ってあげて」

「でも、あなたたちは…?」

「大丈夫、あの蜘蛛女は私たちで片付けるから。全てを終わらせてこの夢から脱出するから気にしないで」

 彼女は日奈子を安心させるようにオッドアイの瞳を優しく細め、日奈子の額に当てた指で彼女のことを押した。

 その瞬間に、後ろに崖か穴があるかのように日奈子の体は急降下して同時に意識も失った。
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