16 / 34
4章
3
しおりを挟む
あの後特に住吉について言及することはなく解散し、自由に過ごせる部屋の1つに和馬と昴の姿を見つけた。
「おっすやーちゃん」
「うーっす」
アコースティックギターを手にあぐらをかいている昴に、夜叉は軽く手を挙げて和馬の隣に座った。
畳の部屋に足の短い長机が三列ほど置かれた部屋がいくつかある。クラスごとに分けられているというわけではないので生徒は自由に、仲がいい者同士で好きな部屋を使っている。
昴と和馬以外にも生徒は何人かおり、それぞれ自由にゲームで遊んだりボードゲームやカードゲームを繰り広げていた。
和馬の手元をのぞきこむと彼は英語の夏休みのワークに取り組んでいた。夜叉は正座をして頬杖をつき、窓から吹き込む風を浴びてぼやいた。
「宿題か。私も持ってこようかな…」
「そうしなよ。早く終わらせよ」
「おっ。そしたら俺の分ついでにやってくんない? それか写させて」
「こらバンドマン。学生なんだからバンド活動と勉学を両立させな」
力なく返事をした昴は不満げな表情で、ギターで柔らかな音色を奏で始めた。夜叉たちが路上ライブを見に行った時には見たことのないギターだ。聞けば今は曲作り中で次はささやかなバラードを目指しているのだとか。
「普段おとなしいコが明るく笑ってるとそのギャップにやられそうじゃん? そんな感じの曲に仕上げたいんだよね」
「早瀬はアーティストなんだなぁ…。楽器とは無縁だから曲を作る題材とか思い浮かぶ理屈が分かんない」
「楽しみにしてるよ。…でもネタバレしちゃって大丈夫なの?」
「うん、もうそれっぽい告知はしているからさ。してなくても和馬とやーちゃんだったら構わんぜ」
昴は得意げに鼻を鳴らした。和馬は苦笑い、夜叉は”はいはい”と軽く受け流す。
それから夜叉も夏休みのワークと筆記用具を持って来て和馬の隣に並んだ。2人の前に長机を挟んであぐらをかく昴は、小さく音を鳴らしながらノートに時々書き込んだ。
学校の自販機で買って来たであろう紙パックのジュースを和馬が飲みながら、問題を二度見してジュースを机に置いた。
「何々…”アレックスはギターを弾きながら私にほほえみかけました”…ってイケメンじゃん!」
「じゃあ俺が再現するわ」
問題文を読み上げた和馬に反応して昴が軽く弦を爪弾き、2人に向かって片目を閉じてみせた。他に女子がいたらキャーと色めくところだろうが2人はあいにくそういった属性は持ち合わせていない。
しかし近くにいた女子の群れがこっそりと見ていたのか、口元を手で押さえながら顔を見合わせて興奮気味に机を叩いている。
「やーちゃんにもあれくらいドキドキしてほしいんだけどな~」
「それはないね」
「あーちゃんがいない間にめっちゃアピったろうと思ってたのに…」
「その阿修羅はもうすぐ参戦だよ」
その名前に昴の顔が少し青くなった。夜叉に近づこうとするたびに彼女を守るように立ちはだかる白いリボンのおさげ。彼もやまめのように合宿は途中参加だ。
ただし彼の場合、男の娘なので入浴問題が厄介である。どうするのかは聞いていない。
「あーちゃんも家の用事とかで途中参戦なの?」
「まぁそんなところみたい」
夏休みが始まったら少しだけ戯人族の間に帰ってちょっとした仕事をすると、夏休み前に聞いた。夜叉も行くべきかと聞いたら、合宿が終わってからでいいと言われた。戯人族の間にいる舞花がそれを望んでいるらしい。合宿を楽しんでからでいい、と。
(あぁいうのが母親らしいって言うのかな)
夜叉は数学のワークに飽きて国語のワークにシフトチェンジした。手を止めたついでにシャーペンの芯も補充しておく。
舞花と常に共にいなくなってから数か月経つ。そろそろ実の娘に会いたいものだろう…なんて考えたら自分はめちゃくちゃ愛されていると思い込んでいるのではないかと恥ずかしくなった。
もしも…もし仮に舞花がそう考えていたとして、夜叉がこちらの世界での行事を楽しむことを優先していたら親としての愛情なのかなと心にじんわりとあたたかさが広がった。
昴のギターの音色が心地いい。気温は高いが立地のせいで日差しはそれほどきつくなく、窓からの風は少し冷たくて気持ちがよかった。
「おっすやーちゃん」
「うーっす」
アコースティックギターを手にあぐらをかいている昴に、夜叉は軽く手を挙げて和馬の隣に座った。
畳の部屋に足の短い長机が三列ほど置かれた部屋がいくつかある。クラスごとに分けられているというわけではないので生徒は自由に、仲がいい者同士で好きな部屋を使っている。
昴と和馬以外にも生徒は何人かおり、それぞれ自由にゲームで遊んだりボードゲームやカードゲームを繰り広げていた。
和馬の手元をのぞきこむと彼は英語の夏休みのワークに取り組んでいた。夜叉は正座をして頬杖をつき、窓から吹き込む風を浴びてぼやいた。
「宿題か。私も持ってこようかな…」
「そうしなよ。早く終わらせよ」
「おっ。そしたら俺の分ついでにやってくんない? それか写させて」
「こらバンドマン。学生なんだからバンド活動と勉学を両立させな」
力なく返事をした昴は不満げな表情で、ギターで柔らかな音色を奏で始めた。夜叉たちが路上ライブを見に行った時には見たことのないギターだ。聞けば今は曲作り中で次はささやかなバラードを目指しているのだとか。
「普段おとなしいコが明るく笑ってるとそのギャップにやられそうじゃん? そんな感じの曲に仕上げたいんだよね」
「早瀬はアーティストなんだなぁ…。楽器とは無縁だから曲を作る題材とか思い浮かぶ理屈が分かんない」
「楽しみにしてるよ。…でもネタバレしちゃって大丈夫なの?」
「うん、もうそれっぽい告知はしているからさ。してなくても和馬とやーちゃんだったら構わんぜ」
昴は得意げに鼻を鳴らした。和馬は苦笑い、夜叉は”はいはい”と軽く受け流す。
それから夜叉も夏休みのワークと筆記用具を持って来て和馬の隣に並んだ。2人の前に長机を挟んであぐらをかく昴は、小さく音を鳴らしながらノートに時々書き込んだ。
学校の自販機で買って来たであろう紙パックのジュースを和馬が飲みながら、問題を二度見してジュースを机に置いた。
「何々…”アレックスはギターを弾きながら私にほほえみかけました”…ってイケメンじゃん!」
「じゃあ俺が再現するわ」
問題文を読み上げた和馬に反応して昴が軽く弦を爪弾き、2人に向かって片目を閉じてみせた。他に女子がいたらキャーと色めくところだろうが2人はあいにくそういった属性は持ち合わせていない。
しかし近くにいた女子の群れがこっそりと見ていたのか、口元を手で押さえながら顔を見合わせて興奮気味に机を叩いている。
「やーちゃんにもあれくらいドキドキしてほしいんだけどな~」
「それはないね」
「あーちゃんがいない間にめっちゃアピったろうと思ってたのに…」
「その阿修羅はもうすぐ参戦だよ」
その名前に昴の顔が少し青くなった。夜叉に近づこうとするたびに彼女を守るように立ちはだかる白いリボンのおさげ。彼もやまめのように合宿は途中参加だ。
ただし彼の場合、男の娘なので入浴問題が厄介である。どうするのかは聞いていない。
「あーちゃんも家の用事とかで途中参戦なの?」
「まぁそんなところみたい」
夏休みが始まったら少しだけ戯人族の間に帰ってちょっとした仕事をすると、夏休み前に聞いた。夜叉も行くべきかと聞いたら、合宿が終わってからでいいと言われた。戯人族の間にいる舞花がそれを望んでいるらしい。合宿を楽しんでからでいい、と。
(あぁいうのが母親らしいって言うのかな)
夜叉は数学のワークに飽きて国語のワークにシフトチェンジした。手を止めたついでにシャーペンの芯も補充しておく。
舞花と常に共にいなくなってから数か月経つ。そろそろ実の娘に会いたいものだろう…なんて考えたら自分はめちゃくちゃ愛されていると思い込んでいるのではないかと恥ずかしくなった。
もしも…もし仮に舞花がそう考えていたとして、夜叉がこちらの世界での行事を楽しむことを優先していたら親としての愛情なのかなと心にじんわりとあたたかさが広がった。
昴のギターの音色が心地いい。気温は高いが立地のせいで日差しはそれほどきつくなく、窓からの風は少し冷たくて気持ちがよかった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました
加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました
結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください>
私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる