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4章
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帰りのホームルームが終わると、生徒たちはまばらに帰り始める。
ある者は連れ立って、ある者は部活へ。
その中に当然、麓もいるわけで。彼女はバッグに教科書やノートをしまっていた。今日あった授業の中で復習が必要な教科や、明日予習が必要な教科など。
先に帰る支度ができた嵐は、麓の席の横に来た。
「麓ー。帰ろー」
「うん。ちょっと待ってて」
光は霞についていった。職員室で勉強をしているのだろう。光は文系が苦手で、霞によく熱心に教わりに行っている。
寮に戻ってきた麓は、自室で宿題をしていた。
教科書の問いをノートに書き写し、それを解いていく。しかし途中で手をとめ、ため息をついた。
早めに帰ってきて取り組んでいたのに、大して進んでいない。よっぽど集中できていないのだろう。
(こんなんじゃダメなのに。考え事してたらいけない…)
気を取り直して再びシャーペンを手に取ると、ドアをノックする音が聴こえた。
返事をするとドアが開き、扇が顔をのぞかせた。
「麓ちゃんやっほー。遊びに来たよ」
「扇さん」
実は心の中でひそかに、ドアの向こうにいるのが凪であることを期待していた。しかし、そんなことは口が裂けても言えない。
がっかり気味なのを隠し、微笑で上書きした。
「そうだよ。君の様子が気になってね」
「様子?」
「宿題やってるかなーって。ま、しっかり者の麓ちゃんならやってると思ってたよ」
扇は気づかなかったようで、いつも通りの笑顔で麓の近くへ寄った。
片手は机の上におき、開かれた教科書とを見下ろした。
「ふーん…理科?」
「はい。今は化学をやっています。────その前に…」
「ん?」
「私の部屋には入らないって、凪さんがおっしゃっていましたよね…?」
思い出すのはここに来て初めての定期テストのこと。教師である扇と霞が自ら、麓に勉強の手ほどきをすると申し出たが、凪により麓の部屋に入ることは禁止となった。この、よからぬことを考えている2人だけは。
扇はそんなこともあったっけ、というような顔をしてすぐにへらっと笑った。
「別によくねー? 最近の凪はそういうこと言わなくなったしさ。もう諦めたんじゃない? コイツら何言っても聞かねーからもう知らね。的な」
最近の凪。その言葉だけで、重ね乗せた上辺だけの笑顔は剥がれ落ちてしまう。頬が強張ってきたのが自分でも分かる。咄嗟に顔をわずかに伏せたからか、扇は妙な間を空けて話し始めた。
「前の不愛想とは明らかに違う市ね。話しかけてもおとなし過ぎるというか。元の口数もそんなに多くはないけどさ。何があったか知らないけどああいう態度は失礼! 仮面をかぶってでも何でもないように答えろや…」
それは凪に向けているのだろうが、麓自身にも響いてくる。扇は叱っているようだが、表情は寂しそうだった。
”最近の凪”だけじゃなく、”最近の麓”も妙だとよく言われる。
自分の気分で周りへの態度は変えないべきだ。余計な心配と迷惑をかけてしまう。…というのを、今この瞬間に学んだ。
「そうですよね。気を付けなきゃダメですよね」
麓がうんうんとうなずいた拍子に、頬に熱いものが伝わった。
それがなんなのか悟る前に、扇の手がそれを拭い去っていた。
「なんで麓ちゃんが泣くの?」
彼にそう優しく声をかけられると、一度流れ出した涙は次々とこぼれ落ちていく。
今まで全てを自分の中に溜め込んでいた分が、涙となって心からあふれ出していくようだ。
「何も…ありません。ごめんなさい」
「なんで謝るの? 君は何もしてないじゃない」
「でも…」
そこから言葉は続けられなかった。嗚咽が邪魔をしたわけじゃない。全て話すことをためらってしまった。
扇は麓が突然泣き出したことに詮索しなかった。ただ黙って彼女のそばにいた。
彼は麓の泣き止んだのを見届けると頭をそっとなで、彼女の目線と合わせるようにかがんだ。
「何かあったら、いつでも相談して。君が話せる時まで俺は待ってる。俺は…君の味方だから」
麓の耳元にこそばゆい感覚を残し、扇は彼女の頬にふれた。たった今、甘くささやいた唇で。そっと優しく、軽く甘いリップ音を立てて。
何をされたのか理解できずに真っ赤な目で硬直した麓を残して、扇は部屋のドアを後ろ手で閉めた。
さっきのは一体。
────俺は…君の味方だから。
優しく気遣う言葉、大切な物にそっとふれるような唇。扇のそれら全てを、麓は生々しく覚えている。
(お気遣い、ありがとうございます。私もあなたみたいになりたい。誰かを包み込めるくらいの優しさを持つ者に)
扇のおかげで久しぶりに気が晴れた気がする。かすかにだけど、心からの笑みが浮かべられる。
「寮長さんのお手伝い、しないとね」
夕方の日課である夕飯の準備の手伝い。麓は自分に気合を入れる意味で声を発した。
料理をしていればもっと気が軽くなる。
ピシャリと両手で両頬を叩くと、麓は机の上を片付け始めた。宿題は夕飯の後にでもしよう。きっとその方が集中できる。
ある者は連れ立って、ある者は部活へ。
その中に当然、麓もいるわけで。彼女はバッグに教科書やノートをしまっていた。今日あった授業の中で復習が必要な教科や、明日予習が必要な教科など。
先に帰る支度ができた嵐は、麓の席の横に来た。
「麓ー。帰ろー」
「うん。ちょっと待ってて」
光は霞についていった。職員室で勉強をしているのだろう。光は文系が苦手で、霞によく熱心に教わりに行っている。
寮に戻ってきた麓は、自室で宿題をしていた。
教科書の問いをノートに書き写し、それを解いていく。しかし途中で手をとめ、ため息をついた。
早めに帰ってきて取り組んでいたのに、大して進んでいない。よっぽど集中できていないのだろう。
(こんなんじゃダメなのに。考え事してたらいけない…)
気を取り直して再びシャーペンを手に取ると、ドアをノックする音が聴こえた。
返事をするとドアが開き、扇が顔をのぞかせた。
「麓ちゃんやっほー。遊びに来たよ」
「扇さん」
実は心の中でひそかに、ドアの向こうにいるのが凪であることを期待していた。しかし、そんなことは口が裂けても言えない。
がっかり気味なのを隠し、微笑で上書きした。
「そうだよ。君の様子が気になってね」
「様子?」
「宿題やってるかなーって。ま、しっかり者の麓ちゃんならやってると思ってたよ」
扇は気づかなかったようで、いつも通りの笑顔で麓の近くへ寄った。
片手は机の上におき、開かれた教科書とを見下ろした。
「ふーん…理科?」
「はい。今は化学をやっています。────その前に…」
「ん?」
「私の部屋には入らないって、凪さんがおっしゃっていましたよね…?」
思い出すのはここに来て初めての定期テストのこと。教師である扇と霞が自ら、麓に勉強の手ほどきをすると申し出たが、凪により麓の部屋に入ることは禁止となった。この、よからぬことを考えている2人だけは。
扇はそんなこともあったっけ、というような顔をしてすぐにへらっと笑った。
「別によくねー? 最近の凪はそういうこと言わなくなったしさ。もう諦めたんじゃない? コイツら何言っても聞かねーからもう知らね。的な」
最近の凪。その言葉だけで、重ね乗せた上辺だけの笑顔は剥がれ落ちてしまう。頬が強張ってきたのが自分でも分かる。咄嗟に顔をわずかに伏せたからか、扇は妙な間を空けて話し始めた。
「前の不愛想とは明らかに違う市ね。話しかけてもおとなし過ぎるというか。元の口数もそんなに多くはないけどさ。何があったか知らないけどああいう態度は失礼! 仮面をかぶってでも何でもないように答えろや…」
それは凪に向けているのだろうが、麓自身にも響いてくる。扇は叱っているようだが、表情は寂しそうだった。
”最近の凪”だけじゃなく、”最近の麓”も妙だとよく言われる。
自分の気分で周りへの態度は変えないべきだ。余計な心配と迷惑をかけてしまう。…というのを、今この瞬間に学んだ。
「そうですよね。気を付けなきゃダメですよね」
麓がうんうんとうなずいた拍子に、頬に熱いものが伝わった。
それがなんなのか悟る前に、扇の手がそれを拭い去っていた。
「なんで麓ちゃんが泣くの?」
彼にそう優しく声をかけられると、一度流れ出した涙は次々とこぼれ落ちていく。
今まで全てを自分の中に溜め込んでいた分が、涙となって心からあふれ出していくようだ。
「何も…ありません。ごめんなさい」
「なんで謝るの? 君は何もしてないじゃない」
「でも…」
そこから言葉は続けられなかった。嗚咽が邪魔をしたわけじゃない。全て話すことをためらってしまった。
扇は麓が突然泣き出したことに詮索しなかった。ただ黙って彼女のそばにいた。
彼は麓の泣き止んだのを見届けると頭をそっとなで、彼女の目線と合わせるようにかがんだ。
「何かあったら、いつでも相談して。君が話せる時まで俺は待ってる。俺は…君の味方だから」
麓の耳元にこそばゆい感覚を残し、扇は彼女の頬にふれた。たった今、甘くささやいた唇で。そっと優しく、軽く甘いリップ音を立てて。
何をされたのか理解できずに真っ赤な目で硬直した麓を残して、扇は部屋のドアを後ろ手で閉めた。
さっきのは一体。
────俺は…君の味方だから。
優しく気遣う言葉、大切な物にそっとふれるような唇。扇のそれら全てを、麓は生々しく覚えている。
(お気遣い、ありがとうございます。私もあなたみたいになりたい。誰かを包み込めるくらいの優しさを持つ者に)
扇のおかげで久しぶりに気が晴れた気がする。かすかにだけど、心からの笑みが浮かべられる。
「寮長さんのお手伝い、しないとね」
夕方の日課である夕飯の準備の手伝い。麓は自分に気合を入れる意味で声を発した。
料理をしていればもっと気が軽くなる。
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