Eternal Dear7

堂宮ツキ乃

文字の大きさ
上 下
10 / 20
4章

しおりを挟む
「ロークにゃん。外見て、外」

「…あ、雪だ」

 灰色の空からちらほらと舞ってきた白い雪。窓に当たったそれは、淡く溶ける。

 麓や光、3年生勢は本館の理科室にて授業を受けている。今の時間は自習。今日の授業内容が早めに終わったのだ。教師の指示で問題集に取り組んでいる。

 理科室は大きなテーブルに、背もたれのない椅子が4つ並べられている。テーブルの間には実験器具を洗えるような蛇口がある。

 麓と光は右の窓際の一番後ろの席を取っていた。

 特別教室での席は原則自由で、2人は大体この辺りに座っている。理由は…ただ単に光が教師から遠い席を好むから。麓はそれに巻き込まれて彼の隣。もちろん、あらしつゆつるも。

 光が麓に声をかけたのに気づき、蔓もシャーペンを置いて窓の外を眺めた。

「ほーお…最近はほんまによう雪が降るな。富橋は一体どうなってまうんやろな。列島のほぼ中央だけど、雪国の仲間入りも近いんか?」

「しゃべってないで手を動かす」

「はいはい…って露はや!? もう半分終わったんか」

「化学式は得意」

「そうなん? 実は反対に文系が苦手やったり…」

「…減らず口」

「じゃかしいわ! …俺の言葉を遮ったっつーことは、図星だったんか~?」

 露は黙り込み、机を消しゴムで乱暴にこすり始めた。消しカスがみるみるうちに増えていく。

 ニンマリと笑みを深くしている蔓は、露がムッとした表情で作業しているのを眺めている。彼女は消しカスを丁寧に下敷きの上に寄せ集め、蔓のことを睨み────彼に向かって払い投げた。

「うぇぶっ!? 何しとんじゃおんどれはァ! 授業中やぞ今は!」

「ムカついたから」

「だからってこないなことするヤツはおらんやろ!」

「ここにいる」

「授業中にやっていいことと悪いことっつーもんがあるわ!」

「じゃあ…今度は放課に」

「時は関係あるか!」

 蔓と露がバチバチと火花を散らし始めた所で、蔓の隣の嵐がため息をついて仲介に入った。

「みんな笑ってるよ~? 不毛な争いはやめなって」

「これは正当な争いじゃあ!」

「どこが。すっっごいガキ」

 嵐の白々しい目で、蔓と露が教室内を見渡した。全員、忍び笑いをもらしている。教壇に立っていたはずの教師は、空いている椅子を持ってきて教卓に突っ伏し、眠っている。

「早く言って」

 露が恨めしそうに小さくつぶやいた。嵐はシャーペンを回しながらニヤつく。

「だって犬も食わぬような喧嘩だし? 邪魔しちゃ野暮かと思って」

「ちょお待ちや! 犬も食わぬってなんなん? ん?」

 さっきの羞恥から学んだのか、蔓も声を抑えている。嵐はニヒヒと笑って彼の肩をはたいた。

「あ、一言忘れていたや…犬も食わぬような夫婦喧嘩・・・・だっけ?」

「なるほど…よう分かりましたわ嵐ちゃん…って、ドアホ! ダァホ! ドツいたろか!?」

 蔓は再び爆発した。ガラの悪い兄ちゃんになりつつある。

 しかし嵐は怖気づくことなく、飄々としていた。

「蔓が聞いたんでしょー。あたしはそれに答えただけですー」

「表出ろやぁ! ガチで喧嘩したる。俺のこと見くびっとんなぁ。あ?」

「つるーにょ、騒ぎすぎだって…ガラ悪すぎて引くよ」

 たまりかねた光が手に、彼の能力である異輝星いきせいを浮かび上がらせている。その瞳は黒く影を落としていた。

「光ぅ! キャラ変わっとるで!」

「だってつるーにょがうるさいんだもん」

「能力使うのはやめようや、な?」

「こうでもしなきゃ静かにならないと思って」

「わ…分かったから、謝るからその物体は消そう。な?」

 蔓に懇願されて異輝星はブラック光とともに消えた。

 その後は全員真面目に問題集に取り組んだ。麓は話の輪に入らず、降りしきる雪を眺めながら考え事に没頭していた。

(天候を左右できるのは精霊しかいない…だったらこの雪は、あの人が降らせているの?)

 黒い和服に黒い長髪、赤い瞳。

(また会ってしまったらどうしよう? もう、目を合わせるなんて怖いよ…)

 誰にも相談できない、敵と関わっていたこと。

 しかし麓は、実際に会った零のことをそこまで悪い精霊には思えなかった。それは誰にも打ち明けられないことなのだけど。

 零に憎悪を抱けないのは、彼が優しくしてくれたからか。あれは表面上の優しさには見えなかった。

(最低だ、私。今までいろんな精霊が────露さんからだって話を聞かせてもらったのに)

 ふれられた手は体が芯から凍っていきそうな冷たさだったが、手が冷たい人は心が温かいと言う。だから彼も、実はそうではないか。

 伝承で聞いた彼の前世は、道徳から外れた極悪なものだった。だが、それよりも麓は信じたかった。面と向かって話した、ありのままの彼のことを。

 だから麓は誰にも言えないし、憎めない。誰かに言いつけて彼を死に追いやるようなことはできない。

(雪の精霊として、清廉潔白な姿で生まれ変わったのなら。再び悪に目覚めて姿形を変えても、心の奥底は綺麗なままじゃないの?)

 外では雪がやみ、少しだけ太陽が顔をのぞかせた。その陽光を受け、積もった雪がキラキラと反射する。

 雪は白くて、光る姿は宝石のようで綺麗だ。

 ふれれば手がかじかむけど、高揚感は隠せない。

 かつて花巻山にいた時、雪が降ると獣たちは楽しそうに走り回っていた。薄く積もった雪の上で。

 量は多くないから雪合戦をしたり、雪だるまを作るような派手な遊びはできない。それなのに今年の積雪量は例年にないもので、山の獣たちがどうしているのか気になる。喜んでいるのか、おかしいと思っているのか。

 最近は誰かに言えることが少ない。こうして自分の中で溜め込むのは、いつしかの時・・・・・・とよく似ている気がした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

Eternal dear6

堂宮ツキ乃
恋愛
 花巻山(はなまきざん)の女精霊、麓(ろく)。  精霊が集まる学園に入学した彼女と、イケメン風紀委員たちとの学園生活はドキドキさせられっぱなし?  この時期にかいな、というまさかのクリスマスシーズンな回をお届け。  まさかの令和に入ってから、更新再開です。よろしくお願いします。前回の更新は去年の夏じゃないか。

Eternal Dear3

堂宮ツキ乃
恋愛
 花巻山(はなまきざん)の女精霊、麓(ろく)。  精霊が集まる学園に入学した彼女とイケメン風紀委員たちとの学園生活はドキドキさせられっぱなし? ──── ついにきた第3弾! 初めての方もそうでない方もぜひ(ペコリ) 今回の表紙は変態…ではなく、教師コンビの扇(おうぎ)と霞(かすみ)です。

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

婚約破棄の夜の余韻~婚約者を奪った妹の高笑いを聞いて姉は旅に出る~

岡暁舟
恋愛
第一王子アンカロンは婚約者である公爵令嬢アンナの妹アリシアを陰で溺愛していた。そして、そのことに気が付いたアンナは二人の関係を糾弾した。 「ばれてしまっては仕方がないですわね?????」 開き直るアリシアの姿を見て、アンナはこれ以上、自分には何もできないことを悟った。そして……何か目的を見つけたアンナはそのまま旅に出るのだった……。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

処理中です...