Eternal Dear7

堂宮ツキ乃

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3章

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 昼休みが終わりに近づくと、外に出ていた生徒たちは校舎内へ戻っていく。と言ってもここ最近の厳しい寒さのせいで、校庭へ出る者は少ない。

 その時刻、学園の敷地の一歩手前に1人の精霊がいた。

 制服ではなく、黒い忍装束しのびしょうぞくに身を包んでいることから、生徒ではないことは分かる。

 白い肌になめらかな黒髪、爪には真っ赤なマニキュア。

 彼女は9割の憎しみと1割の懐かしさが混ざりあった感情で、無表情に学園を見つめていた。

 やがて表情を苦々しくすると、およそ1年前の情景を思い浮かべた。自分がこの学園の生徒で会った時のことを。

(まだいるのかしらね…万年留年に、花巻山の『花』…)

 彼女────まがい、もとい立花たちばなは眉間にシワを寄せ、唇をかんだ。それは鮮やかな紅色。

 白い肌と紅い唇という対照的な2つが合わさって、憎しみをたたえた美しい女の姿になった。

 そんな立花は己の姿を知らず学園のことを見続けていたが、ふと学園に向かって手を伸ばした。

 しかし手を上げかけたところで、見えない壁にぶつかったような感覚があった。ついでに言うなら壁が立花に対して拒絶したように、静電気が走った。

 これはアマテラスが張っている結界だ。これはどの学園にもある。不審だと思われる者、よからぬことを考えている者が学園の中に入ろうとするならば、結界が自動的にシャットアウトする。

(こんな者で私────いいえ、私たち・・・ほどの存在がそちらに入れないとでもお思い? 見くびらないでちょうだい、アマテラス様…)

 彼女は妖艶にほほえみ、懐に手を入れてある物を取り出した。

 それは灰色の小さな巾着。紐をゆるめて袋を逆さにし、中の物を手の平の上で転がした。

 冬のわずかな陽光を受けて小さな光を放つ、とけない氷の破片。

 彼女は手をぎゅっと握り締めてから破片を指先で持った。

 そして目には見えない結界に向かって、破片で線を描き始める。自分ひとりがくぐり抜けられるくらいの大きな長方形。

「この程度の結界、私たちにとってはどうってことないわ。こちらには精霊でありながら神に等しい御方がいるのだから。フフ…」

 1人でつぶやき、不気味に口元を歪ませる。

 明らかに怪しげな彼女は、転校処分を受けた直後に天災地変てんさいちへんの1人となった。もちろん、学園には通っていない。

 以前の自分を捨て黒に染まり、彼女にとって神である精霊に仕えることを決めた。

 そんな不逞な輩が、アマテラスが張る結界の内に入ることはできないはずだった。

 しかし。

 立花は間の前の結界の内に手を伸ばし  一歩踏み込んだ・・・・・・・

 結界からの拒絶反応は何も無く、いともあっさりと。



 昼休みが終わった教室で焔は、次の授業の準備をしていた。

 教科書、ノート、問題集、筆記用具。全て机の上に出し、制服のポケットからスマホを取り出して肘をついた。

 通知は無し。

 着信もなし。

 麓から連絡が来たらいいのにな、と考えてしまうのはもはや一種の癖になっていた。

 しかし、よく考えてみれば彼女は寮で直接伝えるタイプ。焔は同じ風紀委員で毎日顔を見れるから、と。それはそれでうれしい。自分は彼女と距離が近いのだと。

(やっぱ俺って、あのコが好きなのかなー…)

 唐突だが、この時はいつもより素直に答えが出せそうだった。

 扇や霞ほど熱烈ではないが、焔は麓に対して友人以上の感情を持っている。

 1人の女として好きだと。

 だがそれは叶わない想いだと、以前から悟っていた。

 自分は恋愛に関して積極的になれない。正直、風紀委員で一番女慣れしていない。

 そんな自分の初恋が実るわけがない。残念ながら未熟者だから。

(それに引き換え、凪さんは無愛想だけど割とフツーに女子と話しているよな。それに麓の前だと、笑ってる秒数が長い)

 それだけ聞くとまるで焔が凪を好きみたいだが。その凪は屋上で寝ているのか、教室にはいない。

 麓には万物を癒すという能力を持っている。それはどうも、彼女が対象物に触れている時だけではないらしい。常にマイナスイオンを発し、誰彼構わず心に潤いを与えている。

 焔自身も麓といる時はおだやかさに包まれる。山の中で、木陰で一休みしているような。もしかしたら凪にもその効果が発揮され、あの凝り固まった(?)顔面筋肉をほぐしているのかもしれない。

(…ま、いいことだ。凪さんのキレる回数だって減るわけだし。いちいち蒼のサド発言に突っかかることも少なくなるだろうし…待てよ。じゃっ、最近のあの人が妙におとなしいのは、麓のひそかな能力のおかげ?)

 焔はここしばらくの凪の様子を思い出す。口数は元々少ないのがさらに減り、キレて突拍子のない行動を起こすこともなく、連鎖反応で寮長がヘアピンを投げなくなった。今では凪の不自然さにですら心配するほどだ。

 近頃の寮の雰囲気はおだやかだ。しかしそれはよく言えば、の話で。焔にとっては静かすぎる。

 麓がここへ来てからのように、全員でワイワイと騒ぎたい。扇と霞が麓のことを誘惑して。それを凪が止めたり。寮長が”うるさい”とヘアピンを投げつけたり。間一髪でそれをかわした凪に蒼がサディスティックな笑みを浮かべて。こめかみに軽く血管を浮かせた凪のことを、焔と光と麓で笑って────。

(そうだ。最近変なのは凪さんだけじゃない。麓だって急に笑わなくなった…)

 以前の麓のポジションと言えば、バカやっている連中のことを見て笑う、というもの。

 そのほほえみはバカを嘲笑するでもなく、呆れたような苦笑でもなく。

 焔の持つボキャブラリーで言うなら、何もかも優しく包み込む慈愛に満ちた天使のほほえみ。麓は風紀委員のことを見守っていた。

 そのはずなのに、今はなくなりつつある。

 気づけば彼女は、存在が薄れてしまいそうな儚く切ない表情が多くなった。クリスマスの時はまだ笑顔を見せていたのに。

 思い当たりは特にないと思いたかった。

 焔は人目もはばからずに、肩を上下させてため息をついた。

 まだ授業は始まらない。外を見ると、森に囲まれた学園の敷地から校庭に侵入してくる、明らかに怪しい黒ずくめの人物が見えた。

(…っ!?)

 目を見開き、立ち上がった。自分が行かないと────と、スマホをポケットに戻したら、後ろから肩をつかまれて座らせた。

「来たのか…」

 冷たく低い声。見なくても誰だか分かる。

「アイツって誰スか、あきらさん」

 おとなしく座った焔は、後ろの席へ振り返った。かれはそれに答えない。

「…少し、外の様子を見てくる。真面目な風紀委員のお前はここで授業を受けてな」

「あっ! ちょっと!」

 彰は立ち上がり、足早に教室を出た。なんという速さ。人間に近いとは言え、力量は侮れない。

 焔は彰の身を案じた。
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