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4章
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昼食の後、2人はフラフラと橋駅付近を散策していた。
凪は用事だけ済ませてさっさと帰る、ではないらしく、まだ予約したケーキなどを取りに行こうとしない。
麓もせっかく橋駅に来たのだから、ゆっくりといろんな店を回りたいと思っていたのでちょうどいい。
ふと、ショーウインドーにアクセサリーが飾られている店を見つけた。
「わ…綺麗」
つい見とれて、麓はショーウインドーの中をのぞきこんだ。彼女に会わせて凪も立ち止まる。
「ジュエリーショップか」
「はい」
見入っていると、いいことを思いついた。目の前の指輪はシルバーでシンプルな作りだが、凪に似合いそうだ。拳を握ったり、海竜剣を使いこなす、頑丈で美しい手。
これまで凪には、(彼は頑なに認めないが)何度かプレゼントをしてもらったり、奢ってもらったり、何かとお世話になっている。
「凪さんはアクセサリーに興味はありますか?」
「は? なんでいきなり」
そこで今までのお返しをしようと思った、という経緯を話したが、彼は厳しい顔で首を横に振った。
「いい。そういうの、いいから。っつーか見ろ、値段を。おめーの今の所持金飛ぶぞ」
「あ、ホントだ…」
「若いモンがあんま高いモンに手ェ出すな。もうちょい年取って、自分で稼げるようになってから買いな…って、そもそもこれは結婚する人間たちが買うものだけどな」
「結婚する人間が?」
よくよく店内に見ると、カップルが肩を寄せ合ってショーケースをのぞいていたり、店員と向かい合って座って指輪の試着をしていた。
「婚約指輪とか結婚指輪とか…。なんなら、恋人になった男に買ってもらいな」
遠回しにお返しのことは断られた。
自分たちの間柄を考えたら、指輪なんて特別なものはありえない。
ごめんなさい、と麓は小さく謝った。
その後の時間はあっという間に過ぎていくようだった。
ウインドーショッピングをしておやつを食べて、他愛のない会話をして。
あれ以来気まずい雰囲気になることはなく、傍からみたらあっさりとした付き合いにカップルのようだった。
凪はホットコーヒー、麓はタピオカミルクティー。その後は予約した商品を受け取りに行った。
その間に空は濃紺色に変わっていく。2人は広小路を歩いて市電乗り場に向かいながら、駅の向こう側を見やった。
「日が暮れてだいぶ寒くなってきましたね」
麓は午後は外していた手袋を再び身に着けた。凪はダッフルコートのポケットに片手を突っ込み、マフラーをゆるく巻いていた。
「風邪引く前にさっさと帰ろうぜ。アイツらも腹空かせて待ってるだろうし」
「はい」
「あり? 麓? 麓じゃん!」
徐々にテンションが上がっていく声に麓は振り向いた。そこには、しばらくぶりの懐かしい顔があった。嬉しくて麓の顔は綻んでいく。
「雛さん!」
「久しぶりだね、元気にしてた?」
「はい! 雛さんもお元気そうで何よりです。髪を伸ばされたんですね」
「うん。どうかな?」
嵐の陸上部の先輩は肩に大きなトートバッグをかけ、肩先まで伸ばした髪をさらっと手で払って見せた。
雛は今年の三月に学び舎を巣立った。卒業前に大学の推薦入試で合格を勝ち取っており、今は大学に通っている。大学でも陸上部に所属し、人間の友人も多くできて毎日が充実して楽しい、と彼女は話した。今は大学は冬休みだ。
彼女は八百万学園にいた時から変わらない、明るく快活な声で笑った。
「…で」
急に笑いを静めると、雛は麓の細い肩をガシッとつかんだ。麓の肩がビクッとはねる。
「クリスマスにこんな所でどうしたのさ!? しかも凪先輩と2人っきりで!」
最後の言葉を強調させた雛の目は、好奇心に輝いている。麓は若干、身を退きながら答えた。
「どうもこうも…クリスマスパーティーの買い出し来ただけですよ」
「えー? デートじゃないんですか凪先輩!!」
雛が突然凪に話を振り、彼は驚いて咳き込んだ。彼は麓から離れた場所で待っていた。
「なんで俺に話を振るんだよ…大体よォ、学年はおめーの方が上だったじゃねェか。別に先輩なんて呼称、つけんでも」
「卒業したら学年も何もありません。歳の方が大事ですよ」
2人は過去に同じクラスになったことがある。当たり前かもしれないが。
凪は落ち着き払った声で頭をかいて、荷物を持ち直した。
「デートなわけねェだろーが。ただの買い出しだ買い出し…って、なんだその顔は。つまんねーなーって顔に書いてあるぞ」
「やー、だって男女2人でクリスマスに出歩いてるなんて、カップルしかいないでしょ! なのにあんたら2人は…」
「ただの同じ風紀委員だけど?」
「本当に~? 実は2人だけで過ごすんじゃないんですか? 性なるよr…」
「黙っとけダチョウ女」
凪は雛の額をはたいて黙らせた。扇や霞相手と違って力を抜いている。
「うわ! 久しぶりにきましたね。あんま嬉しくないニックネームですけど…」
「足が速いのを褒めてんだ。ありがたく思いなー」
冗談交じりに凪はおどけてみせた。雛と仲がいいんだ、彼と共通の友人であったことに麓は少しだけ嬉しくなった。
「…ま、ダチョウ女は勉強も部活もがんばってますよコノヤロー」
雛は腰に手を当て、得意げに胸をそらした。そして彼女は麓の頬をフニフニと人差し指でつつく。
「麓~。この鬼畜先輩にいろいろ買ってもらった? 彼氏じゃなくても、男にはおねだりの1つでもしておくんだよ。得するから」
「申し訳ないのでいいです…」
「消極的になっちゃって。でも、そこがいいコ!」
雛はポン、と麓の頭に手を乗せてニカッと笑った。
「大学行って、やりたいことがあるのか?」
「もっちろん。小学校の教員免許を取得したいんです」
その時────凪の瞳がわずかに見開いたように、麓には見えた。
彼は視線をそらし、妙な間を開けてから口を開いた。
「…そうか。教員免許な。資格があれば将来、役に立つし」
「それもありますけど。私、子どもが好きなんです。あの無邪気な笑顔を見ていると、元気が出てくるから。子どもは宝って、人間が思うのとは違うかもしれないけど、いい言葉だなって思ってます」
雛の顔は決心に満ち溢れ、まぶしかった。しかし、対照的に凪の顔は重く沈んでいった。
麓が心配そうに彼の顔をのぞいても、気づくことはなかった。
凪は用事だけ済ませてさっさと帰る、ではないらしく、まだ予約したケーキなどを取りに行こうとしない。
麓もせっかく橋駅に来たのだから、ゆっくりといろんな店を回りたいと思っていたのでちょうどいい。
ふと、ショーウインドーにアクセサリーが飾られている店を見つけた。
「わ…綺麗」
つい見とれて、麓はショーウインドーの中をのぞきこんだ。彼女に会わせて凪も立ち止まる。
「ジュエリーショップか」
「はい」
見入っていると、いいことを思いついた。目の前の指輪はシルバーでシンプルな作りだが、凪に似合いそうだ。拳を握ったり、海竜剣を使いこなす、頑丈で美しい手。
これまで凪には、(彼は頑なに認めないが)何度かプレゼントをしてもらったり、奢ってもらったり、何かとお世話になっている。
「凪さんはアクセサリーに興味はありますか?」
「は? なんでいきなり」
そこで今までのお返しをしようと思った、という経緯を話したが、彼は厳しい顔で首を横に振った。
「いい。そういうの、いいから。っつーか見ろ、値段を。おめーの今の所持金飛ぶぞ」
「あ、ホントだ…」
「若いモンがあんま高いモンに手ェ出すな。もうちょい年取って、自分で稼げるようになってから買いな…って、そもそもこれは結婚する人間たちが買うものだけどな」
「結婚する人間が?」
よくよく店内に見ると、カップルが肩を寄せ合ってショーケースをのぞいていたり、店員と向かい合って座って指輪の試着をしていた。
「婚約指輪とか結婚指輪とか…。なんなら、恋人になった男に買ってもらいな」
遠回しにお返しのことは断られた。
自分たちの間柄を考えたら、指輪なんて特別なものはありえない。
ごめんなさい、と麓は小さく謝った。
その後の時間はあっという間に過ぎていくようだった。
ウインドーショッピングをしておやつを食べて、他愛のない会話をして。
あれ以来気まずい雰囲気になることはなく、傍からみたらあっさりとした付き合いにカップルのようだった。
凪はホットコーヒー、麓はタピオカミルクティー。その後は予約した商品を受け取りに行った。
その間に空は濃紺色に変わっていく。2人は広小路を歩いて市電乗り場に向かいながら、駅の向こう側を見やった。
「日が暮れてだいぶ寒くなってきましたね」
麓は午後は外していた手袋を再び身に着けた。凪はダッフルコートのポケットに片手を突っ込み、マフラーをゆるく巻いていた。
「風邪引く前にさっさと帰ろうぜ。アイツらも腹空かせて待ってるだろうし」
「はい」
「あり? 麓? 麓じゃん!」
徐々にテンションが上がっていく声に麓は振り向いた。そこには、しばらくぶりの懐かしい顔があった。嬉しくて麓の顔は綻んでいく。
「雛さん!」
「久しぶりだね、元気にしてた?」
「はい! 雛さんもお元気そうで何よりです。髪を伸ばされたんですね」
「うん。どうかな?」
嵐の陸上部の先輩は肩に大きなトートバッグをかけ、肩先まで伸ばした髪をさらっと手で払って見せた。
雛は今年の三月に学び舎を巣立った。卒業前に大学の推薦入試で合格を勝ち取っており、今は大学に通っている。大学でも陸上部に所属し、人間の友人も多くできて毎日が充実して楽しい、と彼女は話した。今は大学は冬休みだ。
彼女は八百万学園にいた時から変わらない、明るく快活な声で笑った。
「…で」
急に笑いを静めると、雛は麓の細い肩をガシッとつかんだ。麓の肩がビクッとはねる。
「クリスマスにこんな所でどうしたのさ!? しかも凪先輩と2人っきりで!」
最後の言葉を強調させた雛の目は、好奇心に輝いている。麓は若干、身を退きながら答えた。
「どうもこうも…クリスマスパーティーの買い出し来ただけですよ」
「えー? デートじゃないんですか凪先輩!!」
雛が突然凪に話を振り、彼は驚いて咳き込んだ。彼は麓から離れた場所で待っていた。
「なんで俺に話を振るんだよ…大体よォ、学年はおめーの方が上だったじゃねェか。別に先輩なんて呼称、つけんでも」
「卒業したら学年も何もありません。歳の方が大事ですよ」
2人は過去に同じクラスになったことがある。当たり前かもしれないが。
凪は落ち着き払った声で頭をかいて、荷物を持ち直した。
「デートなわけねェだろーが。ただの買い出しだ買い出し…って、なんだその顔は。つまんねーなーって顔に書いてあるぞ」
「やー、だって男女2人でクリスマスに出歩いてるなんて、カップルしかいないでしょ! なのにあんたら2人は…」
「ただの同じ風紀委員だけど?」
「本当に~? 実は2人だけで過ごすんじゃないんですか? 性なるよr…」
「黙っとけダチョウ女」
凪は雛の額をはたいて黙らせた。扇や霞相手と違って力を抜いている。
「うわ! 久しぶりにきましたね。あんま嬉しくないニックネームですけど…」
「足が速いのを褒めてんだ。ありがたく思いなー」
冗談交じりに凪はおどけてみせた。雛と仲がいいんだ、彼と共通の友人であったことに麓は少しだけ嬉しくなった。
「…ま、ダチョウ女は勉強も部活もがんばってますよコノヤロー」
雛は腰に手を当て、得意げに胸をそらした。そして彼女は麓の頬をフニフニと人差し指でつつく。
「麓~。この鬼畜先輩にいろいろ買ってもらった? 彼氏じゃなくても、男にはおねだりの1つでもしておくんだよ。得するから」
「申し訳ないのでいいです…」
「消極的になっちゃって。でも、そこがいいコ!」
雛はポン、と麓の頭に手を乗せてニカッと笑った。
「大学行って、やりたいことがあるのか?」
「もっちろん。小学校の教員免許を取得したいんです」
その時────凪の瞳がわずかに見開いたように、麓には見えた。
彼は視線をそらし、妙な間を開けてから口を開いた。
「…そうか。教員免許な。資格があれば将来、役に立つし」
「それもありますけど。私、子どもが好きなんです。あの無邪気な笑顔を見ていると、元気が出てくるから。子どもは宝って、人間が思うのとは違うかもしれないけど、いい言葉だなって思ってます」
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