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1章
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ある日の授業後、夜叉は鬼子母神と毘沙門天の住むマンションに訪れた。
阿修羅がおらずとも気軽に遊びに来てほしいと誘われたのもあるし、夜叉の特訓に付き合ってもらったり近況を報告するためでもある。
そして毘沙門天の愛犬であるハニーに会うため。夜叉がリビングに姿を現すと勢いよく跳びはね、小さくてふわふわとした尻尾を全力で振って出迎えた。心なしか表情も喜んでいるように見える。カーペットの上をぐるぐると周り、夜叉が近づいてくると彼女にとびついた。
「おわっふ! ハニーは今日も元気だね…また後でお散歩に行こうね」
夜叉の言葉を理解したのかどうなのかは分からないが、彼女に頭を撫でられるとハニーは元気に一声鳴いた。
授業後はここへ来て着替えた後、阿修羅とランニングをするのが習慣だったが最近は毘沙門天とハニーと散歩をするようになった。
それでも時々1人でランニングをしている。たまに和馬も付き合ってくれる。さすがに跳躍訓練は行えないが、絡新婦と一戦交えた時に自信がついた。
今までは狭く障害物が多くある街で跳んでいたが、あの日は海に放たれた水槽の魚のような気分だった。どこまでもどんなようにも跳べる。夜の跳躍訓練で確実に力がついているのだ。
「おかえりなさい。今日も暑いわね」
キッチンからトレーを持った鬼子母神が現れた。トレーの上にはアイスティーが入ったグラスが3つ並んでいる。
「遊んでくれる相手が1人減ったけど夜叉ちゃんがいれば寂しくないな。な、ハニー」
リビングのテーブルの横に座る毘沙門天は、戻ってきて隣に伏せたハニーの背中を”よしよし”とさすった。
同じようにテーブルの前に座ってバッグを下ろし、夜叉は自分の前に置かれたアイスティーを見て礼を言った。グラスの中の氷がカラン、と音を立てた。
「学校始まってどう?」
「まだ暑いのが嫌ですね…」
「季節に文句を言っても仕方ないわよ」
鬼子母神は夜叉の前に座り、グラスを傾けた。短い水色の髪が涼しげだ。横の髪をかきあげると閉ざされた右目がのぞく。
夜叉はアイパッチで覆った右目にふれ、左目を斜め下へ向けた。
「あの…ずっと思っていたんですけど。力を開放している時って性格が変わるんですか?」
「性格?」
「はい。ずっと聞くに聞けなかったんですけど。今まで阿修羅に手を上げられたことなかったのにあの日初めて傷つけられました…。なんでだろってしばらく考えてみたら、そういえばあの時はいつもの阿修羅じゃなくなっていたな、って思って」
「夜叉ちゃんは時々鋭いな…」
ハニーを撫でながら毘沙門天は感心したように息を吐いた。夜叉は左目をわずかに見開いて表情を強張らせた。
「じゃあやっぱり…」
「あぁ。だが性格が、と言うよりは人格が変わる。単に力が開放されているからというわけでもない。何かのきっかけで豹変してしまう」
「私が阿修羅と同じようにならなかったのはそういうことですかね…」
「おそらくは。暴走するきっかけは人によって違う。俺も鬼子母神も何度か力を開放したことがあるが自我を失ったことはない」
暴走するきっかけ。確かに日奈子の夢に入って絡新婦と対峙した時、既に2人とも右目を開いていた。彼はいつものように冷静さを保っていたし夜叉を鼓舞していた。
「阿修羅は血に酔ったのだろう。あれだけ血を浴びていたし、いつもだったらどんな相手でもあんなむごい仕打ちを受けさせない し、何より君の声が耳に入らないわけがない。まして傷つけることもね」
毘沙門天に見つめられ自分の頬を手でそっとふれた。阿修羅に爪で引っかかれた直後、流れ落ちるほど出血していたが今では傷跡が残ることなく綺麗に癒えた。
「だから力を開放することを嫌う者は多い。頭領たちもはっきりと止めはしないが推奨はしていない」
「あなたたちがあの時力を開放するのを私たちが止めなかったのは、夢の中に入るには力が必要だったから。きっと大丈夫だと高を括っていたせいだわ…」
鬼子母神は額を押さえて首を振った。阿修羅が夜叉を傷つけたと知った時、彼女は誰よりも怒って殴りつけた。近くで見ていた夜叉がドン引くほど。
あの時は怒りに任せて阿修羅を怒鳴りつけていた鬼子母神だが、あの日の真実が判明してからは思い出しては悔やんでいる。そんな彼女にかける言葉が見つからず、鼻を鳴らして身を寄せてきたハニーをそっと撫でた。
阿修羅がおらずとも気軽に遊びに来てほしいと誘われたのもあるし、夜叉の特訓に付き合ってもらったり近況を報告するためでもある。
そして毘沙門天の愛犬であるハニーに会うため。夜叉がリビングに姿を現すと勢いよく跳びはね、小さくてふわふわとした尻尾を全力で振って出迎えた。心なしか表情も喜んでいるように見える。カーペットの上をぐるぐると周り、夜叉が近づいてくると彼女にとびついた。
「おわっふ! ハニーは今日も元気だね…また後でお散歩に行こうね」
夜叉の言葉を理解したのかどうなのかは分からないが、彼女に頭を撫でられるとハニーは元気に一声鳴いた。
授業後はここへ来て着替えた後、阿修羅とランニングをするのが習慣だったが最近は毘沙門天とハニーと散歩をするようになった。
それでも時々1人でランニングをしている。たまに和馬も付き合ってくれる。さすがに跳躍訓練は行えないが、絡新婦と一戦交えた時に自信がついた。
今までは狭く障害物が多くある街で跳んでいたが、あの日は海に放たれた水槽の魚のような気分だった。どこまでもどんなようにも跳べる。夜の跳躍訓練で確実に力がついているのだ。
「おかえりなさい。今日も暑いわね」
キッチンからトレーを持った鬼子母神が現れた。トレーの上にはアイスティーが入ったグラスが3つ並んでいる。
「遊んでくれる相手が1人減ったけど夜叉ちゃんがいれば寂しくないな。な、ハニー」
リビングのテーブルの横に座る毘沙門天は、戻ってきて隣に伏せたハニーの背中を”よしよし”とさすった。
同じようにテーブルの前に座ってバッグを下ろし、夜叉は自分の前に置かれたアイスティーを見て礼を言った。グラスの中の氷がカラン、と音を立てた。
「学校始まってどう?」
「まだ暑いのが嫌ですね…」
「季節に文句を言っても仕方ないわよ」
鬼子母神は夜叉の前に座り、グラスを傾けた。短い水色の髪が涼しげだ。横の髪をかきあげると閉ざされた右目がのぞく。
夜叉はアイパッチで覆った右目にふれ、左目を斜め下へ向けた。
「あの…ずっと思っていたんですけど。力を開放している時って性格が変わるんですか?」
「性格?」
「はい。ずっと聞くに聞けなかったんですけど。今まで阿修羅に手を上げられたことなかったのにあの日初めて傷つけられました…。なんでだろってしばらく考えてみたら、そういえばあの時はいつもの阿修羅じゃなくなっていたな、って思って」
「夜叉ちゃんは時々鋭いな…」
ハニーを撫でながら毘沙門天は感心したように息を吐いた。夜叉は左目をわずかに見開いて表情を強張らせた。
「じゃあやっぱり…」
「あぁ。だが性格が、と言うよりは人格が変わる。単に力が開放されているからというわけでもない。何かのきっかけで豹変してしまう」
「私が阿修羅と同じようにならなかったのはそういうことですかね…」
「おそらくは。暴走するきっかけは人によって違う。俺も鬼子母神も何度か力を開放したことがあるが自我を失ったことはない」
暴走するきっかけ。確かに日奈子の夢に入って絡新婦と対峙した時、既に2人とも右目を開いていた。彼はいつものように冷静さを保っていたし夜叉を鼓舞していた。
「阿修羅は血に酔ったのだろう。あれだけ血を浴びていたし、いつもだったらどんな相手でもあんなむごい仕打ちを受けさせない し、何より君の声が耳に入らないわけがない。まして傷つけることもね」
毘沙門天に見つめられ自分の頬を手でそっとふれた。阿修羅に爪で引っかかれた直後、流れ落ちるほど出血していたが今では傷跡が残ることなく綺麗に癒えた。
「だから力を開放することを嫌う者は多い。頭領たちもはっきりと止めはしないが推奨はしていない」
「あなたたちがあの時力を開放するのを私たちが止めなかったのは、夢の中に入るには力が必要だったから。きっと大丈夫だと高を括っていたせいだわ…」
鬼子母神は額を押さえて首を振った。阿修羅が夜叉を傷つけたと知った時、彼女は誰よりも怒って殴りつけた。近くで見ていた夜叉がドン引くほど。
あの時は怒りに任せて阿修羅を怒鳴りつけていた鬼子母神だが、あの日の真実が判明してからは思い出しては悔やんでいる。そんな彼女にかける言葉が見つからず、鼻を鳴らして身を寄せてきたハニーをそっと撫でた。
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