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3章

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 授業後。

 さっさと帰ろうというタイプの夜叉は早々にスクールバッグに教科書やらノートやらを詰め込んで持ち上げ、瑞恵と彦瀬の元へ歩み寄った。

 2人も早く帰って宿題を片付けたりバイトに行きたいタイプなのでそういう点でも夜叉と気が合う。

「そろそろバスの時間だし行くかー」

「今日もバイト…社畜…」

「そういうの聞いてるといつか就職するの怖くなってくるよ…」

「ほんそれ。Tw〇tterでもブラック企業のうんたらって出てくるしねー。働きたくない」

「働きたくないねー」

 ある意味現代っ子らしいことを力なく話しながらグランドの横にある舗装された道を進む。グランドには運動部の生徒がランニングをしたりストレッチをしたりと、軽い準備運動を始めている。

 スクールバスの乗り場に着くと瑞恵と彦瀬は夜叉に手を振ってから乗り込み、夜叉はそれを見送ってから1人で帰路についた。藍栄高校から徐々に離れると他校の生徒が姿を見せ始める。皆同じように下校中なのだろう。

(和馬も帰ってるかな…この前一緒に買い出しに行ったからまっすぐ帰ってくるかな)

 今日は買い物に行かなくていい日。スーパーが行う割引やタイムセールは和馬が把握しており、時々夜叉におつかいを頼むことがある。

「…~♪」

「…?」

 歌声が聞こえる。複数人で歌っているような。

 振り向くと他校の女子高生が2人して同じ歌を口ずさみながら歩いていた。

 夜叉はすぐに正面を向いて歩みを止めることはなかったが、そのフレーズだけが耳に残った。

(『いけない恋なの? 誰にも言わないわ いいえ言えないの』…か)

 禁忌の香りがした。と言うと大げさかもしれない。しかしごく普通の恋の歌にしては重い。恋愛経験が無い夜叉に思いついたのは重々しい罪の香りのする単語だった。

「てか…道端で突然歌い出すの恥ずかしくね?」



「へぇ。珍しいね、さくらが相田光守以外の曲を調べるなんて」

「たまにはねー。見聞を広げようかと」

 夜叉が帰宅すると和馬に出迎えられた。やはり買い物には行っていないらしい。リビングでスマホ片手にお茶の入ったマグを持ち上げる夜叉の背中で、和馬は彼女のスマホをのぞきこんだ。

 某動画サイトのアプリで再生しているのは、先日やまめに教えてもらった歌手『美百合』の最新曲のMV。

 白い長い髪に金色の瞳。ホワイトタイガーのようだとばかり思っていたけど、改めて見たら戯人族の1つである白虎の頭領に似ている。彼女は夜叉よりも身長は低いけど剣を持ったら右に出る者はいない。自分よりも大柄な青龍のことでさえ拳一突きで制圧できる。

 この歌手、美百合にはそんな力はないとは思うが。細い手足に首筋。画面の中の彼女は藍栄高校の制服の1つ前のモデルのものを着用している。制服姿に違和感が感じられないあたりやはり同年代なんだろう。

 夜叉はテーブルに肘をついて彼女の歌声に聴き入った。和馬は晩御飯の支度を始めるのかエプロンを身に着けている。

 画面の中の美百合は家事をする和馬や宿題が残っている夜叉のことは知らず、机や椅子を少なく配置した教室で歌っている。

『好きよ 星空の下でも お日様の下でも 2人寄り添っていたい』

 時々カメラ目線になったり、伏し目がちに机をなでたり、廊下を歩きながら教室札を見上げたり。中庭に出て振り返って淡くほほえんでみたり。このミュージックビデオのロケ地となった高校に通っている身としては見慣れた場所が次々に映し出されるのは嬉しい。校内で美百合の新曲が話題になるのに対して時間はかからなかった。

 このロケが行われた3日間を全てのぞきに行った皆勤賞のやまめは、罰として神崎の仕事を1ヶ月手伝うことになった。初めこそブーブーと文句を垂れていた彼女だが、帰りのホームルームが終わってから神崎と職員室に向かう後ろ姿は少し浮足立っている。

────みゆりん好きなのにいたなんて全く分からんかった…! 不覚すぎてショック…明日学校行くのやめよっかな。

 そう言って落ち込んではいたがやまめは元気に毎日登校している。美百合のコンサートのチケットを確保できているからだろう。

『抱きしめてふれてなんて わがままかしら 口にする前に唇が近づいた』

「豚丼と親子丼どっちがいい?」

「んー…親子丼」

「了解」

 和馬は背を向けてたまねぎを刻み始めた。彼がこうして晩御飯を二択制にすることは時々ある。

 そうしている間に美百合のミュージックビデオが終わってNow on saleという文字とCDジャケットが映し出され、おすすめ動画として美百合の過去の楽曲のリンクが貼られていた。

「…ふぅ」

「どうしたの?」

「うん、なんか惹き込まれた」

「今人気だもんね。うちのクラスの女子からもよく美百合って聞くもん」

 夜叉はだし汁を作り始めた和馬をよそ目に、美百合の神秘的にも見える横顔に人間的じゃない美しさを感じていた。
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