ポーカーフェイス

堂宮ツキ乃

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五章 童顔刑事と麗音家

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 夏休みが終わった。

 八月が終わる直前に台風が発生し、夏休みが伸びるかと誰もが期待した。

 だが台風は勢力を落とし、アルトたちが住んでいる地域に到達する頃には熱帯低気圧に変わった。

「あーあ。家でもう少しダラダラできると思ったのに」

 アルトと双子は通学路を並んで歩いた。雨上がりで快晴。空気が涼しい。八月中の命の危険を感じる暑さはどこへやら、秋の気配さえ感じた。

「予想進路しょっちゅう変わってたよな」

「赤い円、急になくなったね」

 残念そうな双子の間で、アルトはスポケットからマホを取り出した。台風が騒がれている間はこれで予想進路をチェックしていた。

 あまりにも自然に手に取ったので、双子はアルトの新しいアイテムをスルーするところだったようだ。

「あれ!? スマホ買ってもらったの!?」

「あれだけいらないって言ってたのに……」

「ばあちゃんたちが新しいの買いに行った時一緒に」

 アルトは白く光沢するスマホを二人に掲げた。

「早く言ってよ~。知ってたら遊びに行ってたのに。とりあえず番号教えて」

「いやいや。お前、宿題を終わらすのに必死だったじゃん。どちみち外に出られなかったって」

 ハルヒはバッグをあさり、ミカゲもさりげなくスマホを手に取る。

「これでいつでも話せるね!」

「……うん」

 この反応が嬉しかった。最近はスマホで気軽に連絡を取り合うことに憧れを持ち始めていたのだ。きっと二人も喜んでくれると思っていた。

「スマホカバーはつけないの?」

「んー今はいいかな」

「そう? こうやってステッカーを挟めるからクリアなヤツがおすすめ!」

 ハルヒはアルトの前でスマホを裏返してみせた。

 カバーの枠は水色で、背面はクリア素材。スマホの背中には袴姿で刀を構えたキャラのステッカーが挟んであった。きっと彼女の推しだ。

 アルトは慣れない指でなんとか連絡先を交換した。律子と弦二郎に教えてもらったが、”その内アルトの方が使いこなせるようになる”と笑っていた。

「じゃあさじゃあさ、タイムとも交換しなきゃだよね……?」

「い……いいよ」

「なんでー? 文章の方が話しやすいかもしんないのにー」

「たっアイムは優等生だから学校に持ってきてないだろ」

 企み顔のハルヒに対して苦い顔のミカゲ。ハルヒはともかく、ミカゲの考えていることは分からないがアルトは首を振った。

 スマホは持ってきてはいけない、と校則に明記されているわけではない。だが、校内にいる間はさわらないのが暗黙のルールだ。だからスマホを持ち込まない、という生徒もいる。中には授業中に机の中でいじる者もいるが。










 朝のホームルームの代わりに、体育館で二学期の始業式が行われた。

 数週間前、ここで夏祭りが行われていたことを思い出すと切なくなる。特に校長先生の長い話を聞いている間なんかは。

 アルトは長時間の体育座りがしんどくて段々と背中が丸まっていく。

 校長先生、生徒指導の川添の話の後、市内大会の結果発表が行われた。各部活の活躍した生徒たちがメダルやトロフィー、表彰状を披露する。

 二年生が個人戦で活躍した、というめざましい成績に体育館はどよめきに包まれた。前に出た彼らの顔は照れくさそうで口元がゆがんでいた。

 その後、始業式は一旦終わったがその場で待機するように指示が出た。

 生徒たちの気が抜けた息が不協和音をかなで、アルトも足を伸ばした。今のうちと言わんばかりにおしゃべりを始める生徒もいる。

 その中で後方から聞こえる声が色めきたった。

(ん……?)

 黄色い声に思わずアルトも振り返った。

 集会は背の順で整列する。そのため、小柄なアルトは前から数えた方が早い位置にいる。後ろで何か起きても把握できないことが多い。

「さっきからいたイケメンだ!」

「新しい先生?」

「この時期に異動はないっしょ? 実習生でしょ」

「ウチのクラスに来てー!」

 どうやら伝言ゲーム式で前の方まで話が回ってきたようだ。アルトの周りの女子たちも、何事かと振り返った。

 彼女たちの視線の先には、確かにこの学校では見慣れないイケメンがいた。教員列の後方でパイプ椅子に座っている。

 チョコレート色の短髪、綺麗に整えられた眉、鼻筋が高い鷲鼻。全体的に整ったパーツは申し分ない。だが、アルトは彼の好戦的な瞳に肩を縮みこませた。

 一見、ヘーゼルナッツ色の大きな瞳はかわいらしく見える。しかし、時折まぶたが鋭い角度で瞳を半分隠す。まるで獲物を見つけたように。片頬を上げた様子も相まって。

 すると、前方からマイクのスイッチを入れる雑音が響いた。生徒たちが注目すると、舞台の真下で川添がマイクを握っていた。

「えー……。今から特別授業を行います。警察署から特別講師として刑事さんがみえました。拍手」

 川添の声は歯切れが悪い。彼にしては珍しい。マイクで話す回数は校長や教頭の次に多いはずだ。

 生徒たちがおもむろに拍手をすると、例のイケメンが立ち上がった。立ち上がると意外にも小柄で、ミカゲと並んだら後輩に見えるかもしれない。よく見ると色白で、とても刑事には見えない。

 女子たちは黄色い声を上げ、彼はまるでアイドルのように笑顔をふりまき始めた。手を振る女子を見つけるとそれに応える。

 ダークブラウンのスーツも真緑のスリッパも、彼が振りまくきらめきで舞台衣装に見えてくる。

(不思議な人……)

 アルトは彼の笑顔に警戒心が和らいだ。好戦的な様子は消え、今はただの優しいお兄さんだ。

 彼は川添の元にたどり着くと、口元を動かした。おそらく川添にしか聞こえない声量だろう。川添はムッとすると、彼に渡そうとしたマイクを自分の口元に戻した。

「刑事の鷹野たかのさんです。俺と同じくこの中学出身で、俺の一年後輩です。今日はネットリテラシーについて教えてもらいます」

 川添はぶっきらぼうに鷹野にマイクを押し付け、教員が並んでいる列へ向かった。

 鷹野は一礼すると、顔を上げてにっこりと笑った。





 特別授業はスマホ依存症とその対策、SNSで知り合っただけの人と会わない、写真を要求されても応えてはいけない、というもの。つい最近スマホを持つようになったアルトにとってためになる授業だった。

 女子たちのほとんどが鷹野の顔に見とれ、内容が身に入ってなさそうだ。アルトの教室では女子生徒が鷹野のことで盛り上がっている。

 始業式が終わった教室では夏休みの宿題の回収が行われた。各教科の係の生徒がワークブックやプリントを集め、教科担任の元へ運ぶ。

 川添は理科のワークの他に作文や習字の宿題を回収して職員室へ下りた。

 アルトはその後を追いかけるように教室を出た。一枚のプリントをスカートのポケットに押し込んで。

 彼に話しかけると”ちょうどよかった”と言われ、作文の束を持たされた。

「どうだった、夏休みは」

「楽しかったです。ハルヒとミカゲと色々出かけました」

「よかったな。青春してんじゃん」

 青春、という響きは新鮮だ。今まで自分とは縁のないものだと思っていた。

 彼に続いて職員室に入り、作文をデスクに置いた。その時に重ねていた原稿用紙が机に広がってしまった。慌てて重ね直そうとすると、川添の手が伸びてきた。

「……なんだこれ。真っ白じゃねぇか」

 夏休みの作文はなんでもいいから原稿用紙三枚分書け、というもの。ちなみにアルトは夏祭りをテーマにした。一人寂しく夏祭りに来た男が生徒の叔母について話を聞きだすシーンを、早く川添に読んでもらいたいものだ。

 アルトは例の真っ白な原稿用紙をのぞきこんだ。一枚目の端に名前だけ書いてあり、三枚をまとめて二つ折りにしている。

「ヒデのですね……」

「アイツ……。ネタあんだろ! 準優勝しただろ!」

 川添はデスクに原稿用紙を叩きつけ、眉間にシワを寄せた。

「おーい川添先生、今いいですか?」

 川添はヒデへの文句をアルトにこぼした。が、校長に呼ばれて背筋を正した。

 校長は職員室の隅にある扉から体をのぞかせている。職員室と校長室は扉一枚で隔てられ、行き来しやすくなっている。

「はい! 今行きます!」

「キャラ変わりすぎ……」

「これが大人だ。……あ、ごめん用事あったよな。ここで待っててくれ」

 はい、と返事をしようとしたら校長室への扉が大きく開かれた。キィー、という音に注目すると、鷹野が校長の後ろから顔をのぞかせた。

「アルトちゃん……?」

 彼は呆けた顔をしていたが、アルトがぎこちなく会釈をすると顔を綻ばせた。

 それは特別授業では見せなかった、心からの優しいほほえみだった。

「アルトちゃん……。大きくなったね」

 その瞬間、高野のスーツが警察の制服に変わった。ように見えた。

『あまり悪質であればお宅の出版社を訴えますよ? こんなに小さな子ども相手にしょうもねぇ……』

 幼い頃、アルトがこちらに引っ越して来たばかりのこと。惨殺事件で両親を亡くした幼い娘の声を残したい、と週刊誌が何社もパン屋に押しかけてきた。それは事件から五年、という節目の年にも。その時に助けてくれたのが彼だ。

 当時、鷹野は交番に勤めており、アルトにとって身近なお兄ちゃんだった。パトロール中に会うと子どもに手を振ったり、敬礼をしてくれて誰からも人気のある人だった。

 あんなによくしてもらっていたのにいつの間にか忘れていた。

 アルトと話していない時の彼の雰囲気が、まるで猛禽類のようだからか。

「おや。鷹野さんと知り合い?」

 そういうことなら、とアルトは川添と共に校長室へ入るように促された。
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