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7-2 わたしはあなたの side B
9 甲音乙音
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「それは……どうして、ふふ、そうなったのかなあ」
けたけたと笑い続ける弘だけでなく、紀美もあからさまに耐えて、でも少し漏れている。
「……あながち間違いでもないのでは?」
「ちょ、ロビン、追い打ちは、ふふ、卑怯ー! あははは」
タオルを目に押し当てたままのロビンの一言に、ひー、もうダメ、と言いながら弘が椅子の背もたれに縋りつきながら、しゃがみ込む。
何かツボに入らせてしまったようだが、織歌としては、ただ思い浮かんだことを言っただけ――確かに少しばかり面白い図だとは思ったけど――である。
「はー、ここ最近で一番笑った……三角座りか、みちっとしてるかは置いといて、ええ、閉じ込める目的なのはそうです。うーん、サイズ感によってはみちっとするか……」
一頻り笑ってから、織歌の見解の重要な点を肯定した弘だが、その最後にとってつけて呟いた一言に、今度は紀美が耐えられなかったらしく、ふはっ、と噴き出した。
「はは、弘、どうして……はー、うん、他にもアドナイ、ツァバオト、シャダイ、エロヒム、アグラといった神の代名詞や称号のヘブライ文字やそのアルファベット転写が使われたり、聖書の詩篇が用いられたり、ミカエルやガブリエルといった天使の名前を使ったり……後は普通の文字じゃなくて、所謂河の流れ文字や天使文字って言われる文字を使ったりね」
「河の流れ文字? 天使文字……?」
聞いたことのない文字の名前に、織歌は首を傾げた。
「うーん、日本の神代文字に比するのも微妙なんだけど、要は元の字に対して宛てた別の記号だね。初出は一応アグリッパの『オカルト哲学について』。河の流れ文字も天使文字もヘブライ文字と対応してる」
「はっはっは、神代文字は基本看板に偽りありですからねえ、あれ。上代日本語八母音説を取らなくても、万葉仮名の書き分けに対して字数がない」
ねー、と謎に弘と紀美が目を合わせて、意見のすり合わせをしている。
タオルを目から離したロビンが口を開いた。
「そもそも、テトラグラマトンが単体で有効なところからして、一考の余地ありなんだけどね」
「ええっと、唯一神の名前の文字を指すんですよね?」
「それ以前に、四文字の言葉以上の意味はないよ、この言葉。テトラが四で、グラマトンが文字……正確に言うと文字で構成されたもの、になるか」
テトラポッドのテトラと一緒だろうとは思っていたが、その意味の重さに反して、随分とシンプルな原義だな、と織歌は思う。
「まあ、それだけで、というのはある意味、キリスト教的かなあ、と思いますけど」
「……うーん、それは、否定できないけどね。そもそも文字というのが重要。ねえ、センセイ?」
「え、ああ、うん」
ロビンの話の振りに、紀美がこちらをくるりと振り返った。
「特に古代、文字を読む、書くという行為ができたのは極々限られた者達だけだ。言葉は音であって、文字という記号ではなかった。言葉においては先に音が生まれたことは明白だ。そして、時代が下っても、相当の間は、身分階級の一定層以上でなければ、書くことは困難だったしね」
「だから、文字には特にそういう方向性があったんだよ」
ロビンの言葉に、織歌は今度は逆側に首を傾げた。
けたけたと笑い続ける弘だけでなく、紀美もあからさまに耐えて、でも少し漏れている。
「……あながち間違いでもないのでは?」
「ちょ、ロビン、追い打ちは、ふふ、卑怯ー! あははは」
タオルを目に押し当てたままのロビンの一言に、ひー、もうダメ、と言いながら弘が椅子の背もたれに縋りつきながら、しゃがみ込む。
何かツボに入らせてしまったようだが、織歌としては、ただ思い浮かんだことを言っただけ――確かに少しばかり面白い図だとは思ったけど――である。
「はー、ここ最近で一番笑った……三角座りか、みちっとしてるかは置いといて、ええ、閉じ込める目的なのはそうです。うーん、サイズ感によってはみちっとするか……」
一頻り笑ってから、織歌の見解の重要な点を肯定した弘だが、その最後にとってつけて呟いた一言に、今度は紀美が耐えられなかったらしく、ふはっ、と噴き出した。
「はは、弘、どうして……はー、うん、他にもアドナイ、ツァバオト、シャダイ、エロヒム、アグラといった神の代名詞や称号のヘブライ文字やそのアルファベット転写が使われたり、聖書の詩篇が用いられたり、ミカエルやガブリエルといった天使の名前を使ったり……後は普通の文字じゃなくて、所謂河の流れ文字や天使文字って言われる文字を使ったりね」
「河の流れ文字? 天使文字……?」
聞いたことのない文字の名前に、織歌は首を傾げた。
「うーん、日本の神代文字に比するのも微妙なんだけど、要は元の字に対して宛てた別の記号だね。初出は一応アグリッパの『オカルト哲学について』。河の流れ文字も天使文字もヘブライ文字と対応してる」
「はっはっは、神代文字は基本看板に偽りありですからねえ、あれ。上代日本語八母音説を取らなくても、万葉仮名の書き分けに対して字数がない」
ねー、と謎に弘と紀美が目を合わせて、意見のすり合わせをしている。
タオルを目から離したロビンが口を開いた。
「そもそも、テトラグラマトンが単体で有効なところからして、一考の余地ありなんだけどね」
「ええっと、唯一神の名前の文字を指すんですよね?」
「それ以前に、四文字の言葉以上の意味はないよ、この言葉。テトラが四で、グラマトンが文字……正確に言うと文字で構成されたもの、になるか」
テトラポッドのテトラと一緒だろうとは思っていたが、その意味の重さに反して、随分とシンプルな原義だな、と織歌は思う。
「まあ、それだけで、というのはある意味、キリスト教的かなあ、と思いますけど」
「……うーん、それは、否定できないけどね。そもそも文字というのが重要。ねえ、センセイ?」
「え、ああ、うん」
ロビンの話の振りに、紀美がこちらをくるりと振り返った。
「特に古代、文字を読む、書くという行為ができたのは極々限られた者達だけだ。言葉は音であって、文字という記号ではなかった。言葉においては先に音が生まれたことは明白だ。そして、時代が下っても、相当の間は、身分階級の一定層以上でなければ、書くことは困難だったしね」
「だから、文字には特にそういう方向性があったんだよ」
ロビンの言葉に、織歌は今度は逆側に首を傾げた。
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