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閑話2 蛍招き

序 蛍を追いかけて

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如何いかに夏のは長くとも、難関校を受ける塾生が帰る頃には空には残照だけしか残っていない。
肩に夏期講習の参考書と文房具を入れたトートバッグをげて歩きながら、色気のない反射材製のキーホルダーをつけっぱなしで良かった、などと思いつつ、暗い道を行く。
そんな暗がりの中、緑味を帯びた黄色、というのか、黄色みに寄った黄緑、というのか。
その軌跡に蛍光としか言えぬ色の残光を残して、ふらふらとした頼りない軌道で、一匹の蛍が舞う。
それを視界に入れて、目で追って、そして、すれ違う。
その時に奈月なつきは思わず身をひるがえして、その蛍を追っていた。
なんでだかはわからないけれど、追っていた。

まわりこそそれなりに開発はされているが、奥地に当たるこの辺りは全然開発の目処めどはたたず、田んぼと畑が広がっている。
その用水路から、例年わずかながらも蛍が育つのは知っていたし、今までも見てきた。
けれど、なんでか、今年のその蛍からは目が離せずに、奈月なつきは追っていた。

「ダメだよ」
「ひっ」

その腕を、突然につかまれて、短い悲鳴が口から転がり落ちた。
急に止められた反動で転びそうになった身体は、つかまれた腕を支点にぐるりと方向転換させられて、そのままもう片方の肩をつかまれる事で静止した。
肩の辺りで先日切ったばかりの髪が、そのいきおいで振られて、首筋に少しちくちくする。

このあたりでまばらな街灯の、丁度その下で、奈月なつきを捕まえ、向き合ったのは見知らぬ人物だった。
染めているにしては柔らかな、色素の薄い髪を前髪は左に流して、後ろはゆるりと一つにたばねたその人は、つかんだ奈月なつきの上腕と肩を放して、同じく色素の薄い目を細めてほのかに微笑ほほえんで口を開いた。

「ごめんね」

優しそうな、でも胡散臭うさんくさそうな綺麗なその人は、にこにことしながらそう言う。
その見た目といい、声といい、判別がつきにくいが、肩に感じる女性にしては骨ばった手の感触から、男だと奈月なつきは思った。

「あれは。アレはか、か、だから」
「え……」
「キミ、何か嫌なこととか、気にかかってることでもあるの? それとも……調子が悪かったり、今年新盆にいぼんの家族でもいるのかな?」

プライベートに踏み込む質問を発したその人は、ぽかんと見上げる奈月なつきに、軽く首をかしげた。
少し長めのクリーム色のTシャツの上から薄手の紺のカーディガン、そしてカーキの少し緩いズボンというシンプルな出で立ちだが、やはり素材がいいとここまでえるか、と奈月なつきは思う。
が、そこから先に話を進めた方がいい気がした。
けれど、何を言うべきか。

「あの、えっと」
「ああ、ごめんごめん、完全に不審者だもんね、僕」

そう言って笑ったその青年の目は一瞬だけ、緑に見えた。
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