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昔話1 ロビンの話
Arthur O'Bower 3
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すっと人差し指を立てた手を目線の高さまで持ち上げる。
「さて、それでは、もう一つ」
「あらあら、よくばりなのね」
「彼の母親は?」
遮った言葉が終わり次第、すぐに問うても、にこにこと彼女は笑ったままだ。
「あら、だって、この子を庇ったのですもの。私の子らを養うに丁度よいと思わなくて?」
それは想定外の情報だ。
思わず訊き返す。
「庇った?」
「ええ、シーラはその子の母親で、取り替え子として返されそうになったこの子を助けたのだもの。私達を焼き払い、照らし出す忌まわしき火と、私達を切り裂き、薙ぎ払う忌まわしき鉄とから、私達の子とされたこの子を取り返したのだもの」
なら、保護をするべきでなくて? とエインセルは微笑む。
ああ、やっぱり、妖精の子をしっかり養えば、妖精が本来の子を返してくれる――妖精の乳母の文脈を倒置したのか。
「少しばかり遠回りでも、シーラはちゃあんと、本当の子がわかったのだもの。それなら、節穴のごとき目を曇らせたつまらぬ虫に踏みつぶされる前に助けてあげるべきだし、私の子にも良く接してくれるでしょう」
さっきまで雀程度で済んでたのに、ロビンのおばあちゃんもお父さんもひどい言われようである。
そんな考えはおくびにも出さない。
「それは確かに一理はありましょう。けれど、それを彼は望みませんし、彼女も彼と離れる事を望んではないのでは?」
「そうね、だから、いっしょに行きましょうと言ったのに」
すっと温度が下がった。
脳内で黄色のライトがちかちかと点滅するイメージが浮かぶ。あ、やばい。
「貴方がしゃしゃり出て来るんだもの」
突如として変化した空気感に鳥肌が立つ。ぐっと手を握って、震えるのを堪えた。
笑顔のような表情を貼り付けたエインセルが、こきり、と首を傾げた。
「貴方が、いなければ、この子もあの子も私の子となったのに」
「……それはなりません」
「ふふ、怯えているのに大胆で、どうやっても曲がらないのね、貴方。曲がるぐらいなら、折れるおつもり?」
然るべきおそれは覚えて当然。
そういうものであるべしと定めたのは人なのだから。
それが僕の信条で、提唱するものだから、これは当然。
「ふふふ、うふふふふふ、あはは、ああ、なんて強情っぱりだこと! なんて、なんて腹立たしくて、可愛そうで、妬いてしまいそうなのかしら」
向かい側から、エインセルが椅子の上に膝を乗せて、身を乗り出す。
並の男であれば、溺れかねない美しい白い腕が伸びてくる。
冷ややかなのに、息が詰まるほどに湿った、咽せ返るような花の青さと甘さの混ざった不吉な空気が、鼻を通って肺を満たす。
――動じてはならない。退いてはならない。染まってはならない。
ひたり、とその一際冷たい指先が頬に触れて、そのまま爪を立てて食い込む。
エインセルは片膝をテーブルに乗せて、掌で僕の頬を包み込んで顔を上に向けさせる。
かちゃん、とカップが倒れる音。かしゃん、と皿が触れ合う音。ぐちゃり、とパイが潰れた音。
赤く長く波打つ髪が僕の顔に落ちかかり、何の感情を読み取るべきかもわからない玉虫色の目が、上から至近距離で覗き込んでくる。
「さて、それでは、もう一つ」
「あらあら、よくばりなのね」
「彼の母親は?」
遮った言葉が終わり次第、すぐに問うても、にこにこと彼女は笑ったままだ。
「あら、だって、この子を庇ったのですもの。私の子らを養うに丁度よいと思わなくて?」
それは想定外の情報だ。
思わず訊き返す。
「庇った?」
「ええ、シーラはその子の母親で、取り替え子として返されそうになったこの子を助けたのだもの。私達を焼き払い、照らし出す忌まわしき火と、私達を切り裂き、薙ぎ払う忌まわしき鉄とから、私達の子とされたこの子を取り返したのだもの」
なら、保護をするべきでなくて? とエインセルは微笑む。
ああ、やっぱり、妖精の子をしっかり養えば、妖精が本来の子を返してくれる――妖精の乳母の文脈を倒置したのか。
「少しばかり遠回りでも、シーラはちゃあんと、本当の子がわかったのだもの。それなら、節穴のごとき目を曇らせたつまらぬ虫に踏みつぶされる前に助けてあげるべきだし、私の子にも良く接してくれるでしょう」
さっきまで雀程度で済んでたのに、ロビンのおばあちゃんもお父さんもひどい言われようである。
そんな考えはおくびにも出さない。
「それは確かに一理はありましょう。けれど、それを彼は望みませんし、彼女も彼と離れる事を望んではないのでは?」
「そうね、だから、いっしょに行きましょうと言ったのに」
すっと温度が下がった。
脳内で黄色のライトがちかちかと点滅するイメージが浮かぶ。あ、やばい。
「貴方がしゃしゃり出て来るんだもの」
突如として変化した空気感に鳥肌が立つ。ぐっと手を握って、震えるのを堪えた。
笑顔のような表情を貼り付けたエインセルが、こきり、と首を傾げた。
「貴方が、いなければ、この子もあの子も私の子となったのに」
「……それはなりません」
「ふふ、怯えているのに大胆で、どうやっても曲がらないのね、貴方。曲がるぐらいなら、折れるおつもり?」
然るべきおそれは覚えて当然。
そういうものであるべしと定めたのは人なのだから。
それが僕の信条で、提唱するものだから、これは当然。
「ふふふ、うふふふふふ、あはは、ああ、なんて強情っぱりだこと! なんて、なんて腹立たしくて、可愛そうで、妬いてしまいそうなのかしら」
向かい側から、エインセルが椅子の上に膝を乗せて、身を乗り出す。
並の男であれば、溺れかねない美しい白い腕が伸びてくる。
冷ややかなのに、息が詰まるほどに湿った、咽せ返るような花の青さと甘さの混ざった不吉な空気が、鼻を通って肺を満たす。
――動じてはならない。退いてはならない。染まってはならない。
ひたり、とその一際冷たい指先が頬に触れて、そのまま爪を立てて食い込む。
エインセルは片膝をテーブルに乗せて、掌で僕の頬を包み込んで顔を上に向けさせる。
かちゃん、とカップが倒れる音。かしゃん、と皿が触れ合う音。ぐちゃり、とパイが潰れた音。
赤く長く波打つ髪が僕の顔に落ちかかり、何の感情を読み取るべきかもわからない玉虫色の目が、上から至近距離で覗き込んでくる。
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