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1-2 逆さまの幽霊 side B

6 逆さまと呪い

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紀美きみはしばみいろの目にはその端々はしばしに、光の加減で緑色に見える部位がある。まあ、はしばみいろの光彩にはままある事だが。
紀美きみの場合、それが見える程度にわずかに目を伏せた時、その目つきや首のうつむき加減は、紀美きみが思考を整理しながら話している時のクセだ。

だった?」
「うん。、それが文化的に持つ意味、ロビン、キミ、とっくにわかってるだろ?」

紀美きみが組んで浮かせている方の足を軽く揺らして、かすように薄く笑う。

「……またのぞきとか、あまさか、帰らせたい来客に対するホウキの立て方もだっけ? というかセンセイの得意分野で言えば『諷歌そへうた倒語さかしまこともっ妖気わざはひ掃蕩はらへり』でしょ?」
「うわ、ロビン、よく『日本書紀』なんて覚えてるね……」

自分から振っておきながら、予想外の答えでそんなにおお袈裟げさに引かないでほしい。
そういう非難を込めた視線をじっとりと紀美きみに送ると、紀美きみは降参と言うように両手を上げる。

「ロビン、目が怖い、目が」
「怖くしてるから」
「キミの場合、時々うっかりそれだけじゃないから困るの」
「それは昔の話」

そうすっぱりと切り捨てて、まばたきついでに、わずかに紀美きみから視線をずらせば、紀美きみがほっと息をついた。

「で、センセイの言いたかったところは、さかさ、というか、ぎゃく、それ自体がまじないじみた概念をふくんでるってことでしょ」
「そうそう、それそれ。普通であるに対して、はその反対だから、で異常なんだよ」
「……普通、そこで引き合いに出すなら、ハレとケじゃない?」

裏の裏の裏は裏というような少し回りくどい論理運びに、数瞬考える時間を取って理解してから、ロビンは自身の知る中で一番わかりやすい概念を取り出す。
しかし、紀美きみくちびるとがらせて、口を開く。

「ハレとケで言えば、確かに異常なのはハレの方だけど、ハレはどうしてもだろう?」
「ああ、うん、そういえば、そこは諸説あるもんね」
「だったら、で分けた方が手っ取り早い」

けろりと言ってのけた紀美きみに、ロビンはひっそりとため息をつく。
――こういった所が、やっぱりセンセイの難だ。
よぎったその考えを頭のすみに追いやりながら、ロビンは軽く肩をすくめてみせた。

「つまり、逆さまの幽霊っていうのはまじない的概念をふくめたの姿の幽霊ってこと?」
「そう。加えると、逆さまの亡者という図自体がその亡者の未練の強さだとか、恨みの強さを表すと考えられるものでもあるんだ。『東海道とうかいどう四谷よつや怪談かいだん』のおいわさんの絵とか、あれってよくよく見ると、提灯ちょうちんの中からぞろりとぶら下がって、上半身……というかこう、アシカとかオットセイみたいに身体からだを起こしているような図だろ?」

そんな言い方をされたせいで、ロビンの頭の中で、一瞬、幽霊絵とアシカとオットセイが並ぶ。
たとえとしてわからなくはないけれど、まずあってはならない絵面えづらだ。
というわけで、そう判断したロビンは表情を変えることなく、頭の中からアシカとオットセイを叩き出した。
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