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第4話 一日遅れの記念日

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信二が茜との関係をどうしていくかについて。



 それはある程度ではあるが、屋上での昼休みの時間を通して固まったようだ。




『今の表面的な関係はこれからも続けていくということ』



 

 ただでさえ彼女を見知らぬ『修平』に寝取られて気が狂いそうだったのに、ここまで冷静に落ち着いて、これからのことを決定した信二はある種の狂気を持っているのかもしれない。



 果たして、その狂気はどこからきたのだろうか。それがなければ信二は多くの彼女を寝取られた男性と同じように、関係を修復不可能にしていたことだろう。



 しばしば、落ち着いている人は理性的だと世間は言う。確かにそういった人のほうが建設的な会話は可能になり、意味のある議論を交わすことができるだろう。



 ただし、その理性と呼ばれているものが何に支配されているか。それを私たちはもう少しちゃんと考えたほうがいい。



 落ち着いているともいえる、信二の理性は何に支配されているのか……



 信二は一体これから何になろうとしているのかについて……




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 



 放課後になった。



 約束通りに今日は信二と茜は、一日遅れになったが一周年記念日を一緒に過ごすことになる。



 いや、『一周年+1記念日』とでもいっておこうか。




「ねぇ……信二。今からたくさん楽しもうね。昨日の分も取り返すくらいに」



 茜が放課になった瞬間に信二の席へとかけてきた。茜にしてはやけに積極的だった。今この瞬間ははっきりと信二のことだけを意識していることが伝わってくる。




(昨日の分を取り返すって……。それは僕とこれから乳繰り合うってことか。ってそんなわけないよな。どういう心境で言ってるのか僕には理解できないな、茜)




 信二は心のなかで、茜を軽くディスる。



 しかし、さっきの茜の発言で、明らかに信二のことを体の関係では見ていないことが伝わってきた。やましい感情が茜からは何も伝わってこないのだ。



 これには、さすがの信二も心に来るところがあったようだ。



 少しだけ顔が……いや、かなり顔が引きつっていた。痙攣をおこしているふうでもあった。



 さすがに、そんなにすぐには割り切れないのが人間っていう感情を持った生き物の特徴であり、どうしようもなく人間らしいところでもある。




「記念日忘れてたお前がそんなこと言うなよ!!」



 信二はあきれながら、茜にそう言った。しかし顔はすでに、いつもの茜との関係のものに戻っている。



 信二はかなり器用な男のようだ。感情のコントロールがとてもうまい。



「出た、お前が言うなよ理論!私それ嫌い!」

「なんでだ!!」

「だってどんなに正しいこと言ってもさ、その人が失敗したことで揚げ足をとって、不条理に正当性をなくそうとする行為でしょ、それ!」



 茜がぷくぅっと頬を膨らませてぶりっ子する。無駄に可愛いのやめてほしい……



「そうだな!!ああ!!そういう側面ももちろんあるさ!!でもな!!それは揚げ足を取る側が間違っているときにしか通用しないぞ、茜!!僕は間違っているのか?」

「ごめんなさい私が間違っていました許してください記念日を忘れてた私が悪ぅございましたほんとに申し訳……」



 茜が本当に不貞腐れてしまうまえに、信二は茜の頭にぽんと手を置いて、その髪を優しく梳かすようになでた。



「あはは、茜はすぐに折れるんだから。あはははははは!!!!!!!」




 信二がそうやって言いながら大声で笑うと、茜もそれにつられるように笑い始めた。



「あはははっはははははははは!!!!!」



 もとから、真剣に言い合いをしているわけではない二人はすぐに笑顔で向き合い、笑いあってから、帰る支度を始めた。



 そこには、いつもの光景があった。気さくで順風満帆なカップルの姿がそこにはあった。



 いつもの表面的な恋人の関係がそこにはあった。



 それを見ていた周りのクラスメイトは……



「またやってるよ、あのオシドリ夫婦……」

「もう役所に結婚届出してきてもいいんじゃない。年齢の一つや二つ許してくれるでしょ、こんなに仲いいところ見せられたら」

「他所よそでやれぇやああああああああああああああああああああああああ」




 多くは温もりのある、そんな友好的な視線を向けていたが、中にはカップルの存在自体を否定するような声が聞こえてくる。



 いつもの教室の空気がそこにはあった。




「じゃあ、いこっか信二」

「ああ、いこう」




 信二は先に準備を終えた茜の手に引かれて教室を出た。

 

 駆けていく廊下から見える17時前の外の景色はまだまだ明るくて、眩しくて……

 体育館から聞こえるバドミントン部の威勢のいい掛け声。

 グラウンドから聞こえる野球部の奏でる金属音と陸上部のスターターピストルの弾ける音。



 その一瞬の間に込められた青春の光景。



 そのなかにいる信二は……




(ああ……。なんか現実から……、日常から浮いてる気分だ)




 そう強く、感じずにはいられなかった。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




 その日。



 信二と茜はなんなく『一周年+1記念日』を終えた。



 デートスポットの定番ともいえる、夜景がきれいに見える場所へ行き、空中に浮かんでいるようなエスカレーターを体験してきた二人。



 その間、二人は楽しく過ごしていた。それは確かだ。



 しかし、魔境と化した東京の、美しいくもあり恐ろしさすら覚える夜景をぼんやりと見つめている間、二人は確実に異なることを考えていた。



 夜景を見つめ、考えること。



 それは将来のことだろうか。日々のなかで生じる些細ささいな悩みだろうか。



 それともこの景色を共有したいと思う大切な人のことだろうか。



 信二は夜景を眺めているとき。



 ちらっと覗き見したときの茜の虚ろな、物思いにふけっているような瞳を一生……



 一生忘れないだろうと、そのとき思った。




「綺麗だね」

「ああ、そうだな」




 二人は夜景を見ながら一回だけキスを交わした。



 軽く触れるようなキスを交わした……




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




 深夜。

 信二の自室にて。




「さて……始めるとするかな」




 信二は勉強机に向かいながら、ぽつりとそう呟いた。




「誰がいいだろうか……」




 信二は何を考えているのだろうか。



 それは恋についてだろう。

 人類がどうしようもなく囚われて離れられない、恋という感情についてだろう。

 

 それがどんなに間違っていたとしても、どんなに世間から認められないものであっても。



 恋について盲目になるということは……



 絶対に大切なことだ。

 そのはずだ。




「誰と付き合おうか……」




 信二の声が暗闇のなかに不気味に響いた。




【続く】
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