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二章 本編へ
生徒会室に呼ばれました
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長い廊下をしばらく歩いて行く。
ふとアトラスたちが立ち止まった。
その目の前には大きな扉があり、『生徒会室』と書かれたプレートが貼られていた。
ゲーム内では馴染みの景色だが、実際に目の当たりにすると、とても緊張する。
前世でも、生徒会というものは無縁の存在だったから、余計に強張る。
関係者以外が入ってもいいものかしら……。
「中にはエリオットとクロノスしかいないはずだから、そんなに緊張しないでいいよ」
そんな私の様子に気づいてか、アトラスがにこやかに声をかけてくれた。
「そんな緊張するなって。あの二人なら緊張する必要はないんだぞ?」
ニュクスが笑いながら私の肩に手を置く。
ハデスとアルテミスが睨んでいるのは見ないふりしよう。
「失礼します」
アトラスが生徒会室の扉を開ける。
「……アリエスか」
ちょうど扉のすぐそばにクロノスがいて、私を見つけて名前を呼ぶ。
書類を抱えている。重そうだ。
お邪魔だったかしら。
「あっ!アリエスちゃんだ~!急に呼んでごめんね~」
奥のソファーに座っていたエリオットが、書類を置き、立ち上がって私の元に来る。
ソファーの前にある机には、大量の書類が置かれてあった。
私の後ろで、ハデスとアルテミスが何故か殺気を放っている。睨むよりも怖いよ。
「この間アリエスちゃんがアドバイスをくれたお陰でね、僕たちの評価が上がったんだよ~。だから、そのお礼を言いたくて呼んじゃったの。ありがとうね」
「本来なら、こちらから出向いて行かなければならないのだが……。済まない」
エリオットの言葉を引き継ぐ様にクロノスが話す。
ちらりと書類の山に視線を向けつつ、申し訳なさそうに眉を下げる。
それだけ仕事が溜まっていたら、仕方ない。
というか、すごい量の書類だ。
平気ですよと言って微笑む。
「アリエスちゃん優しい~。本当にありがとう~」
にこーっと笑いかけるエリオット。
ファンが見たら発狂しそうだ。
(生徒会に入れと言われるのかと思ってしまったわ……)
ゲーム本編では、入学式後のイベントでエリオットたちに気に入られたヒロインが、生徒会に入るよう頼まれるシーンがある。
あれ、デジャヴ。
今と同じ様なシーンを、ゲームで見た覚えがあった。
今と同様のシチュエーションで、ヒロインが生徒会室に呼ばれて出向くと、そこには生徒会長含む生徒会メンバーたちがいて、生徒会の一員になって欲しいと言われているスチルがあるのだ。
生徒会のメンバーが勢ぞろいした絵で、美形がいっぱいで画面が華やかだった。
生徒会メンバーが全員揃っている訳ではないし、そもそも生徒会長がいないから、ゲームのイベントとは無関係だろうと思う。
(もしかしなくても、私ヒロインに起こるはずのフラグ折りまくってる……?)
肝心のサナは、授業が休みになったと浮き足立った様子で教室を出て、どこかへ行っていた。
(そういえば、サナはヒロインなのに、シナリオに沿った行動はしていない様だけれど……。というか、教室と寮でくらいしか会わない気がする……)
自分がいる事によって、なにか変わっているのだろうか。
私の意識がどこかへ行っているのに気づいたハデスが私の肩にそっと触れる。
「姉さん、大丈夫?」
私の額にそっと手を当てる。
「……大丈夫よ。少しぼーっとしていただけだから、気にしないで。……心配してくれてありがとう」
自分を気遣ってくれるハデスに嬉しくなって、えへへと笑う。
「アリエスちゃん、具合悪いの?……そんな状態なのに、呼んじゃってごめんね?」
エリオットが申し訳なさそうに謝罪する。
「平気ですよ。ちょっと緊張してしまって……」
私がそう言うと、そっかぁ~と返してくれた。
「緊張する様な事、なんにもないんだけれど~、やっぱり馴染みがないと、生徒会って響きだけで緊張しちゃうよね~」
うんうんと頷いて、私の意見に同意してくれる。
アルテミスは心配そうな視線を向けてくれている。
心配かけてごめんね。
私の具合が悪いからと、アルテミスとハデスが強引に腕を掴む。
エリオットは、気にした風もなく手を振ってくれた。
「アリエスちゃん~。またこうやって呼ぶかもしれないけど、来たくなかったら断ってくれていいからね~。それと、いつでも遊びに来てね~。またね~」
「また」
クロノスも返事をくれた。
「ぜ~ったい遊びに来てね~!」
手をブンブンと大きく振っている。
子供の様で可愛らしい。
すぐに帰ってしまう事を謝罪をしつつ、生徒会室を出る。
「今日は悪かったね」
大きな扉をそっと閉じながらアトラスがそう言ったが、私は「気にしないでください」と言って、小さく手を振る。
まだ申し訳なさそうな雰囲気のアトラスが、「寮まで送る」と言ったが、何故かハデスとアルテミスが断った。
「僕たちがいるので平気です」
「私たちがちゃんとついていますので、平気ですわ」
あの……言われたのは私なのだけれど。
私も断るつもりだったからまあいいかと、心の中で独り言。
ハデスたちに付き添われたまま、寮へと戻る。
一人で大丈夫だと言ったけれど、二人は頑として首を縦には振ってくれなかった。
送ってくれるのは嬉しいのだけれど、通り過ぎる人皆を警戒する様に睨むのは控えて欲しいと思った。
ハデスは女子寮には入れないので、女子寮の手前で残念そうにじっと視線を私に向ける。
「姉さん……ちゃんと休んでね」
念を押された。
「うん。ありがとう」
休むよ、多分。
どこか勝ち誇った様な表情でハデスを見たアルテミスは、そのまま部屋まで送ってくれた。
部屋に着くまでの短い時間、アルテミスと語らう。
「私、女で良かったわ。でなければ、こうして貴女を部屋まで送ってあげられないもの。ーーーそんな事よりも、前に私たちが言った言葉を覚えていますの?」
少し怒った様な顔を作って問う。
(前に言った言葉?)
私が思い出そうと頭をひねっていると、やっぱりと言われてしまった。
覚えてない訳じゃないよ、思い出せないだけで……!
「『何かあったら、ちゃんと私たちに言ってちょうだい』と、そう言ったのよ。貴女の事だから、きっとその場で頷いて忘れていると思ったわ」
ひどい言われようだが、思い出した。
私がエレボス先生に対して、言い知れぬ恐怖を抱いて考え事に没頭して、そして皆で昼食をとった後に言われた言葉だ。
「私たちはそんなに頼りないかしら」
寂しそうな声色で告げられて、違うと否定する。
「頼りないのではなくて、とてもささいな事を気にしてしまうから、その度に言うのが気が引けてしまうのよ」
素直にそう告げると、アルテミスは、「何かある度に一々言いなさい。友人、なのだから。ーーーでなければ怒るわ」と、以前と同じ言葉を言った。
そんな会話があった後、私の部屋の前に着く。
アルテミスは部屋に入りたそうな様子だったから声をかけたのだが、部屋には入らないと断って、「ちゃんと休みなさいよ」とだけ言って自分も部屋に帰って行った。
ありがとうと言うと、気にしなくていいわとそっぽを向かれた。
耳が少し赤かったのが見えたから、照れているのかしら。
そうだとしたら、可愛すぎる。
ツンデレか。
考え事をしてぼーっとしてしまっただけで、こんなに心配してくれるなんて、申し訳ない気持ちもあるけれど、嬉しい気持ちの方が強い。
(私の周りは優しい人ばかりだ……)
少しだけベッドに横になろうと思い、自分のベッドへ向かう。
ふと隣のベッドに何か気配を感じて視線を向けると、サナが自分のベッドに腰掛けていた。
着替えたのか、昼間見た服とは違ってラフでシンプルな服装だ。
退屈そうに両足をぶらぶらとさせたり、足を組んでみたりしている。
窓の外を眺めて口を尖らせていたが、私に気づくとばっと凄い勢いで振り返った。
勢いが良すぎて、少し怖かった。
「サナさまは、部屋にいたのですね」
怖かった感情を押し殺しつつ私がそう話しかけると、サナは「ええ」とだけ答える。
何かあったのだろうか。
昼間よりも、少し顔色が悪い気がする。
私が問いかける前に、サナに問われた。
「ねえ、アリエス。貴女って転生者よね」
転生者。
頭をガツンと殴られた様な衝撃が走る。
このゲームのキャラクターがそんな言葉を言うはずがないし、知り得るはずがない。
だから、サナも同じ転生者なのだとわかった。
(まあ、名前が固定の名前でなかった時点で、なんとなく察しはついていたのだけれど。というか、『サナ』という名前は本名なのかしら)
名前を変換できる乙女ゲームなどで、自分の名前を入れると言うのはよく聞く話だ。
(好きなキャラクターに名前を呼ばれたいものね)
私と友人は、ヒロインの『ニケ』という名前が気に入っていたので、名前の変更はせずに物語を進めていた。
(トーマス先生に名前を呼ばれたくて、自分の名前を入れていた事もあるけれど……)
あれは恥ずかしかったと自分の中で後悔。
名前を呼ばれるのはすごく嬉しかったのだけれど。
「サナさまは、転生者なのですか?」
しらばっくれる様に聞き返す。
「白々しいわね。貴女が転生者な事くらいわかるわよ。馬鹿にしないで」
一蹴されてしまった。
可愛らしい顔が、少しだけ歪む。
「このゲームにはね、『アリエス・ベル・ナイトレイ』なんて名前のキャラクター、存在しないのよ」
それは知っている。
けれども、私という存在は、今ここにいる。これが現実だろう。
ゲームで見ていた前世での事実と、内側に入った今世での事実は異なっていても不思議ではない。
私が沈黙しているのを、論破できたと思ったのだろうか、ふんっと鼻を鳴らす。
せっかくの可愛らしい顔が歪んでしまってもったいない。
「そもそもナイトレイ家には、ハデスしかいないのよ。それも養子。実子はいないの。貴女はこの世界の異分子なのよ」
それも知っている。
知った上で、私はこの世界に生きている。
お父さまとお母さまが与えてくれた命だ。
だから、このゲームの世界に元々存在しない『アリエス・ベル・ナイトレイ』だが、私は私としてこの生を全うするつもりだ。
「どうしてただのモブでしかない貴女が、攻略キャラクターたちや他のキャラクターたちと親しくなっているのよ、おかしいでしょう!」
声を荒げられても困る。
私の役割よと憤慨している。
(私に怒られても……)
「……確かに私は転生者で、このゲームには存在しないキャラクターよ。けれど、私という人間はここに存在している。それに、攻略対象の人たちと私が親しくなっていたとしても、それは友人として親しくさせてもらっているだけよ」
「でもハデスは違うでしょう!友人なんかじゃないわ!」
「ハデスは私の大切な家族よ」
「……家族だからって仲良くする必要なんてないでしょう!」
そういう言い分もあるだろう。
家族だから、だとか、友人だから、だとか。
「私は、自分に関わってくれる人たちと仲良くしたいと思っているわ」
ゲームをしている時から思っていたが、このゲームのキャラクターたちは、それぞれに心の闇の様なものを抱えていて、心からの笑顔なんてハッピーエンドでしか見られなかった。
だからこそ、自分がこうやって関われる今は、皆には笑顔でいて欲しいと思っている。
ただのモブでしかないし、そもそも目立つ事が苦手なのだ。
けれども、元来のお人好しでお節介焼きな性格のお陰で、私の今がある。
サナが苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべる。
「…………そんなの綺麗事じゃない」
「そうね。けれど、今私と関わってくれている人たちは皆笑顔になってくれているわ」
だから幸せなのと付け加える。
「それに、タナトスと婚約だなんて!ゲームではタナトスに婚約者なんて存在しなかったわ!だって、最終的にヒロインと結ばれるんだもの」
それは確かにそうだ。
思わず納得してしまう。
ヒロインと結ばれるという結末があるからこそ、婚約者というものは存在しなかったのだろうから。
「けれど、それは私の意思で結ばれた婚約ではないわ」
きちんと事実を伝える。
国王が決めたのよね、確か。
「だからって……」
怒っているのか、感情を露わにして、拳を作って強く握りしめている。
ヒロインという立場からすれば、当然の反応だろうと思う。
しばらくの間無言だったサナが、はぁーと大きく長いため息を吐いて、少しして口を開く。
拳は解かれていたし、言葉に怒気がなくなっていたから、今は怒りの感情はないのだろう事がわかる。
「そんな事はどうだっていいのよ。私が聞きたかった事はそんな事じゃないの」
どうでもいいと思っているなら聞かないで欲しかった。
とは口が裂けても言えない。
「では一体、何を聞きたかったの?」
一拍置いて、息を吸い込む。
「貴女、一体誰推しなの?」
真剣すぎる表情で私に問いかける。
ふとアトラスたちが立ち止まった。
その目の前には大きな扉があり、『生徒会室』と書かれたプレートが貼られていた。
ゲーム内では馴染みの景色だが、実際に目の当たりにすると、とても緊張する。
前世でも、生徒会というものは無縁の存在だったから、余計に強張る。
関係者以外が入ってもいいものかしら……。
「中にはエリオットとクロノスしかいないはずだから、そんなに緊張しないでいいよ」
そんな私の様子に気づいてか、アトラスがにこやかに声をかけてくれた。
「そんな緊張するなって。あの二人なら緊張する必要はないんだぞ?」
ニュクスが笑いながら私の肩に手を置く。
ハデスとアルテミスが睨んでいるのは見ないふりしよう。
「失礼します」
アトラスが生徒会室の扉を開ける。
「……アリエスか」
ちょうど扉のすぐそばにクロノスがいて、私を見つけて名前を呼ぶ。
書類を抱えている。重そうだ。
お邪魔だったかしら。
「あっ!アリエスちゃんだ~!急に呼んでごめんね~」
奥のソファーに座っていたエリオットが、書類を置き、立ち上がって私の元に来る。
ソファーの前にある机には、大量の書類が置かれてあった。
私の後ろで、ハデスとアルテミスが何故か殺気を放っている。睨むよりも怖いよ。
「この間アリエスちゃんがアドバイスをくれたお陰でね、僕たちの評価が上がったんだよ~。だから、そのお礼を言いたくて呼んじゃったの。ありがとうね」
「本来なら、こちらから出向いて行かなければならないのだが……。済まない」
エリオットの言葉を引き継ぐ様にクロノスが話す。
ちらりと書類の山に視線を向けつつ、申し訳なさそうに眉を下げる。
それだけ仕事が溜まっていたら、仕方ない。
というか、すごい量の書類だ。
平気ですよと言って微笑む。
「アリエスちゃん優しい~。本当にありがとう~」
にこーっと笑いかけるエリオット。
ファンが見たら発狂しそうだ。
(生徒会に入れと言われるのかと思ってしまったわ……)
ゲーム本編では、入学式後のイベントでエリオットたちに気に入られたヒロインが、生徒会に入るよう頼まれるシーンがある。
あれ、デジャヴ。
今と同じ様なシーンを、ゲームで見た覚えがあった。
今と同様のシチュエーションで、ヒロインが生徒会室に呼ばれて出向くと、そこには生徒会長含む生徒会メンバーたちがいて、生徒会の一員になって欲しいと言われているスチルがあるのだ。
生徒会のメンバーが勢ぞろいした絵で、美形がいっぱいで画面が華やかだった。
生徒会メンバーが全員揃っている訳ではないし、そもそも生徒会長がいないから、ゲームのイベントとは無関係だろうと思う。
(もしかしなくても、私ヒロインに起こるはずのフラグ折りまくってる……?)
肝心のサナは、授業が休みになったと浮き足立った様子で教室を出て、どこかへ行っていた。
(そういえば、サナはヒロインなのに、シナリオに沿った行動はしていない様だけれど……。というか、教室と寮でくらいしか会わない気がする……)
自分がいる事によって、なにか変わっているのだろうか。
私の意識がどこかへ行っているのに気づいたハデスが私の肩にそっと触れる。
「姉さん、大丈夫?」
私の額にそっと手を当てる。
「……大丈夫よ。少しぼーっとしていただけだから、気にしないで。……心配してくれてありがとう」
自分を気遣ってくれるハデスに嬉しくなって、えへへと笑う。
「アリエスちゃん、具合悪いの?……そんな状態なのに、呼んじゃってごめんね?」
エリオットが申し訳なさそうに謝罪する。
「平気ですよ。ちょっと緊張してしまって……」
私がそう言うと、そっかぁ~と返してくれた。
「緊張する様な事、なんにもないんだけれど~、やっぱり馴染みがないと、生徒会って響きだけで緊張しちゃうよね~」
うんうんと頷いて、私の意見に同意してくれる。
アルテミスは心配そうな視線を向けてくれている。
心配かけてごめんね。
私の具合が悪いからと、アルテミスとハデスが強引に腕を掴む。
エリオットは、気にした風もなく手を振ってくれた。
「アリエスちゃん~。またこうやって呼ぶかもしれないけど、来たくなかったら断ってくれていいからね~。それと、いつでも遊びに来てね~。またね~」
「また」
クロノスも返事をくれた。
「ぜ~ったい遊びに来てね~!」
手をブンブンと大きく振っている。
子供の様で可愛らしい。
すぐに帰ってしまう事を謝罪をしつつ、生徒会室を出る。
「今日は悪かったね」
大きな扉をそっと閉じながらアトラスがそう言ったが、私は「気にしないでください」と言って、小さく手を振る。
まだ申し訳なさそうな雰囲気のアトラスが、「寮まで送る」と言ったが、何故かハデスとアルテミスが断った。
「僕たちがいるので平気です」
「私たちがちゃんとついていますので、平気ですわ」
あの……言われたのは私なのだけれど。
私も断るつもりだったからまあいいかと、心の中で独り言。
ハデスたちに付き添われたまま、寮へと戻る。
一人で大丈夫だと言ったけれど、二人は頑として首を縦には振ってくれなかった。
送ってくれるのは嬉しいのだけれど、通り過ぎる人皆を警戒する様に睨むのは控えて欲しいと思った。
ハデスは女子寮には入れないので、女子寮の手前で残念そうにじっと視線を私に向ける。
「姉さん……ちゃんと休んでね」
念を押された。
「うん。ありがとう」
休むよ、多分。
どこか勝ち誇った様な表情でハデスを見たアルテミスは、そのまま部屋まで送ってくれた。
部屋に着くまでの短い時間、アルテミスと語らう。
「私、女で良かったわ。でなければ、こうして貴女を部屋まで送ってあげられないもの。ーーーそんな事よりも、前に私たちが言った言葉を覚えていますの?」
少し怒った様な顔を作って問う。
(前に言った言葉?)
私が思い出そうと頭をひねっていると、やっぱりと言われてしまった。
覚えてない訳じゃないよ、思い出せないだけで……!
「『何かあったら、ちゃんと私たちに言ってちょうだい』と、そう言ったのよ。貴女の事だから、きっとその場で頷いて忘れていると思ったわ」
ひどい言われようだが、思い出した。
私がエレボス先生に対して、言い知れぬ恐怖を抱いて考え事に没頭して、そして皆で昼食をとった後に言われた言葉だ。
「私たちはそんなに頼りないかしら」
寂しそうな声色で告げられて、違うと否定する。
「頼りないのではなくて、とてもささいな事を気にしてしまうから、その度に言うのが気が引けてしまうのよ」
素直にそう告げると、アルテミスは、「何かある度に一々言いなさい。友人、なのだから。ーーーでなければ怒るわ」と、以前と同じ言葉を言った。
そんな会話があった後、私の部屋の前に着く。
アルテミスは部屋に入りたそうな様子だったから声をかけたのだが、部屋には入らないと断って、「ちゃんと休みなさいよ」とだけ言って自分も部屋に帰って行った。
ありがとうと言うと、気にしなくていいわとそっぽを向かれた。
耳が少し赤かったのが見えたから、照れているのかしら。
そうだとしたら、可愛すぎる。
ツンデレか。
考え事をしてぼーっとしてしまっただけで、こんなに心配してくれるなんて、申し訳ない気持ちもあるけれど、嬉しい気持ちの方が強い。
(私の周りは優しい人ばかりだ……)
少しだけベッドに横になろうと思い、自分のベッドへ向かう。
ふと隣のベッドに何か気配を感じて視線を向けると、サナが自分のベッドに腰掛けていた。
着替えたのか、昼間見た服とは違ってラフでシンプルな服装だ。
退屈そうに両足をぶらぶらとさせたり、足を組んでみたりしている。
窓の外を眺めて口を尖らせていたが、私に気づくとばっと凄い勢いで振り返った。
勢いが良すぎて、少し怖かった。
「サナさまは、部屋にいたのですね」
怖かった感情を押し殺しつつ私がそう話しかけると、サナは「ええ」とだけ答える。
何かあったのだろうか。
昼間よりも、少し顔色が悪い気がする。
私が問いかける前に、サナに問われた。
「ねえ、アリエス。貴女って転生者よね」
転生者。
頭をガツンと殴られた様な衝撃が走る。
このゲームのキャラクターがそんな言葉を言うはずがないし、知り得るはずがない。
だから、サナも同じ転生者なのだとわかった。
(まあ、名前が固定の名前でなかった時点で、なんとなく察しはついていたのだけれど。というか、『サナ』という名前は本名なのかしら)
名前を変換できる乙女ゲームなどで、自分の名前を入れると言うのはよく聞く話だ。
(好きなキャラクターに名前を呼ばれたいものね)
私と友人は、ヒロインの『ニケ』という名前が気に入っていたので、名前の変更はせずに物語を進めていた。
(トーマス先生に名前を呼ばれたくて、自分の名前を入れていた事もあるけれど……)
あれは恥ずかしかったと自分の中で後悔。
名前を呼ばれるのはすごく嬉しかったのだけれど。
「サナさまは、転生者なのですか?」
しらばっくれる様に聞き返す。
「白々しいわね。貴女が転生者な事くらいわかるわよ。馬鹿にしないで」
一蹴されてしまった。
可愛らしい顔が、少しだけ歪む。
「このゲームにはね、『アリエス・ベル・ナイトレイ』なんて名前のキャラクター、存在しないのよ」
それは知っている。
けれども、私という存在は、今ここにいる。これが現実だろう。
ゲームで見ていた前世での事実と、内側に入った今世での事実は異なっていても不思議ではない。
私が沈黙しているのを、論破できたと思ったのだろうか、ふんっと鼻を鳴らす。
せっかくの可愛らしい顔が歪んでしまってもったいない。
「そもそもナイトレイ家には、ハデスしかいないのよ。それも養子。実子はいないの。貴女はこの世界の異分子なのよ」
それも知っている。
知った上で、私はこの世界に生きている。
お父さまとお母さまが与えてくれた命だ。
だから、このゲームの世界に元々存在しない『アリエス・ベル・ナイトレイ』だが、私は私としてこの生を全うするつもりだ。
「どうしてただのモブでしかない貴女が、攻略キャラクターたちや他のキャラクターたちと親しくなっているのよ、おかしいでしょう!」
声を荒げられても困る。
私の役割よと憤慨している。
(私に怒られても……)
「……確かに私は転生者で、このゲームには存在しないキャラクターよ。けれど、私という人間はここに存在している。それに、攻略対象の人たちと私が親しくなっていたとしても、それは友人として親しくさせてもらっているだけよ」
「でもハデスは違うでしょう!友人なんかじゃないわ!」
「ハデスは私の大切な家族よ」
「……家族だからって仲良くする必要なんてないでしょう!」
そういう言い分もあるだろう。
家族だから、だとか、友人だから、だとか。
「私は、自分に関わってくれる人たちと仲良くしたいと思っているわ」
ゲームをしている時から思っていたが、このゲームのキャラクターたちは、それぞれに心の闇の様なものを抱えていて、心からの笑顔なんてハッピーエンドでしか見られなかった。
だからこそ、自分がこうやって関われる今は、皆には笑顔でいて欲しいと思っている。
ただのモブでしかないし、そもそも目立つ事が苦手なのだ。
けれども、元来のお人好しでお節介焼きな性格のお陰で、私の今がある。
サナが苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべる。
「…………そんなの綺麗事じゃない」
「そうね。けれど、今私と関わってくれている人たちは皆笑顔になってくれているわ」
だから幸せなのと付け加える。
「それに、タナトスと婚約だなんて!ゲームではタナトスに婚約者なんて存在しなかったわ!だって、最終的にヒロインと結ばれるんだもの」
それは確かにそうだ。
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「けれど、それは私の意思で結ばれた婚約ではないわ」
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「だからって……」
怒っているのか、感情を露わにして、拳を作って強く握りしめている。
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「そんな事はどうだっていいのよ。私が聞きたかった事はそんな事じゃないの」
どうでもいいと思っているなら聞かないで欲しかった。
とは口が裂けても言えない。
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