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第三章 大型新人
お仕事を見学させてください
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「さあて。今日も特大スクープを狙うにゃ!」
もふもふのしっぽをブンブンと振り、バックパックの両紐を握りしめて気合を入れた鈴華は、緑の茂みの中で一眼レフの設定をいじり始めた。空が白んでくる頃から場所探しを始め、ようやくベストポジションに陣取った。
準備が整えば、あとは待つのみ。目の前のボロ屋敷に住む「獲物」が現れるまでただひたすら気配を消す。
「あの、ここで何をしているんですか」
「夜討ち朝駆けはスクープの基本にゃ。そんなことも分からなくて記者をやってるのかにゃって……佐和子、どうしてここに!」
丸かった瞳孔が縦にのび、鈴華は飛び上がる。
「えっと。鈴華さんの取材に同行させていただきたいと笹野屋さん……編集長にお願いしまして。許可をいただきました。つきましては、今日はご一緒させていただいてもいいでしょうか」
永徳から鈴華が現れそうなエリアを事前に聞いていた佐和子は、彼女がここにやってくる直前に到着していた。真正面から彼女に頼み込んでも逃げられてしまうだろうと踏んだからだ。
「グータラ」と編集部員に揶揄されていようとも、本来は仕事のできる彼のこと。鈴華の行動はお見通しのようである。
「なんであんたがついてくるにゃ! 邪魔だにゃ! ああっ、もう! ほら、ターゲットが逃げてしまったにゃ!」
舌打ちをする鈴華の視線の先にいたのは、一台の火車。それは瞬く間に炎を吹き出し、空へと駆け上がっていく。
「私まだ駆け出しの編集記者なもので。できれば鈴華さんのお仕事を見学させていただき、色々と学ばせていただきたいなあと」
「……はあ、つまり監視ってわけだにゃ。やってみろにゃ! 人間ごときに付きまとえる鈴華様じゃないにゃ!」
そう言い終わるか言い終わらないかのうちに、鈴華は鋭い爪で近くの木に駆け上り、突風の如き勢いで遠ざかっていく。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
あやかしが本気を出せば、こんなにも凄まじい勢いで移動できるのかと圧倒される。ただ、こちらもこのまま逃すつもりはない。
佐和子はポケットから根付けを取り出した。この根付けの飾りは、小さな貝を二つにわり、それぞれちりめん生地で包み、再び縫い合わせたものになっている。それを両手で擦り合わせるようにすれば、たちまち閉じ合わせられた貝の隙間から、黄金の龍が現れた。
「玉龍さん、お願いします」
永徳の眷属である玉龍は、普段は笹野屋家の玄関に飾られた額縁の中で眠っている。こうして用事のある時だけ呼び出し、仕事を与えているらしい。今回は根付けに一時お引越しをしてもらう形で、佐和子の仕事を手伝ってもらうことになった。
「乗る時はツノを掴むといいよ」という永徳のアドバイスに従いながら、玉龍の背中にお邪魔すれば、龍は凄まじい咆哮をあげて空へと勢いよく飛び出していく。
悲鳴をあげる余裕もないまま、玉龍は高度をどんどんあげていった。
なんとか気絶しないように踏みとどまり、佐和子は目を皿のようにして彼女の姿を探す。
「あ、いた! 鈴華さん!」
鈴華は木に飛び移りながら火車を追っている。こちらには気づいていないようで、一心不乱にターゲットを追っているようだ。
「あの火車に乗っているのはいったい誰なんだろうな」
鈴華は平和的なネタを嫌う。それよりもスキャンダルや、派手で注目を集めやすいネタを意識して追っているようだった。そして書き上げた記事を、あやかし瓦版のどの記事よりも目につきやすい場所に無断で載せた。
「とにかく、追ってみるしかないか」
なぜそんなことをするのか、まだ佐和子には分からない。だからまずは、彼女のことを知ってみようと思った。手柄への執着と目に見えるほどの焦り。飄々としているが、彼女もかつての自分のように、何かに苦しみながら仕事をしているように思えてならない。
––––もしそうなら。無意味な苦しみから、解放してあげたい。……お節介かもしれないけど。
白い化け猫の姿を捉えた玉龍は、蛇行し、気づかれないように細心の注意を払いながらあとをつけていった。
◇◇◇
低く、腹の底に響くような声が誰かの名前を呼ぶ。
沈みかけていた意識が、その声につられるようにして水面に戻ってきた。
目を開ければ、白鳥が片翼のようなものが視界にる。
「米村」
それが自分を呼んでいたことに気づき、老婆は目を擦る。
少し前まで張りのあった肌はこの短い間にしぼんでしまった。一気に老け込んでしまったその顔で、米村は目の前にいる誰かの姿をもう一度瞳に映す。
「お館様……?」
翼に見えていたのは白い長髪。絹のようなその長髪が、開け放たれた病室の窓から吹き込む風によって泳いでいたのだ。
黒いスーツを着た白髪の男は、苦しそうな顔を一瞬見せると、ため息をついた。
「人間というのは儚く脆い。富士子に続けてお前も、とは」
「ご足労いただきありがとうございます。……若様には、内緒にしていてくださいませね」
二人の合間に沈黙が満ちる。その様子を、着物を着た老婆が静かに見守っていた。
もふもふのしっぽをブンブンと振り、バックパックの両紐を握りしめて気合を入れた鈴華は、緑の茂みの中で一眼レフの設定をいじり始めた。空が白んでくる頃から場所探しを始め、ようやくベストポジションに陣取った。
準備が整えば、あとは待つのみ。目の前のボロ屋敷に住む「獲物」が現れるまでただひたすら気配を消す。
「あの、ここで何をしているんですか」
「夜討ち朝駆けはスクープの基本にゃ。そんなことも分からなくて記者をやってるのかにゃって……佐和子、どうしてここに!」
丸かった瞳孔が縦にのび、鈴華は飛び上がる。
「えっと。鈴華さんの取材に同行させていただきたいと笹野屋さん……編集長にお願いしまして。許可をいただきました。つきましては、今日はご一緒させていただいてもいいでしょうか」
永徳から鈴華が現れそうなエリアを事前に聞いていた佐和子は、彼女がここにやってくる直前に到着していた。真正面から彼女に頼み込んでも逃げられてしまうだろうと踏んだからだ。
「グータラ」と編集部員に揶揄されていようとも、本来は仕事のできる彼のこと。鈴華の行動はお見通しのようである。
「なんであんたがついてくるにゃ! 邪魔だにゃ! ああっ、もう! ほら、ターゲットが逃げてしまったにゃ!」
舌打ちをする鈴華の視線の先にいたのは、一台の火車。それは瞬く間に炎を吹き出し、空へと駆け上がっていく。
「私まだ駆け出しの編集記者なもので。できれば鈴華さんのお仕事を見学させていただき、色々と学ばせていただきたいなあと」
「……はあ、つまり監視ってわけだにゃ。やってみろにゃ! 人間ごときに付きまとえる鈴華様じゃないにゃ!」
そう言い終わるか言い終わらないかのうちに、鈴華は鋭い爪で近くの木に駆け上り、突風の如き勢いで遠ざかっていく。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
あやかしが本気を出せば、こんなにも凄まじい勢いで移動できるのかと圧倒される。ただ、こちらもこのまま逃すつもりはない。
佐和子はポケットから根付けを取り出した。この根付けの飾りは、小さな貝を二つにわり、それぞれちりめん生地で包み、再び縫い合わせたものになっている。それを両手で擦り合わせるようにすれば、たちまち閉じ合わせられた貝の隙間から、黄金の龍が現れた。
「玉龍さん、お願いします」
永徳の眷属である玉龍は、普段は笹野屋家の玄関に飾られた額縁の中で眠っている。こうして用事のある時だけ呼び出し、仕事を与えているらしい。今回は根付けに一時お引越しをしてもらう形で、佐和子の仕事を手伝ってもらうことになった。
「乗る時はツノを掴むといいよ」という永徳のアドバイスに従いながら、玉龍の背中にお邪魔すれば、龍は凄まじい咆哮をあげて空へと勢いよく飛び出していく。
悲鳴をあげる余裕もないまま、玉龍は高度をどんどんあげていった。
なんとか気絶しないように踏みとどまり、佐和子は目を皿のようにして彼女の姿を探す。
「あ、いた! 鈴華さん!」
鈴華は木に飛び移りながら火車を追っている。こちらには気づいていないようで、一心不乱にターゲットを追っているようだ。
「あの火車に乗っているのはいったい誰なんだろうな」
鈴華は平和的なネタを嫌う。それよりもスキャンダルや、派手で注目を集めやすいネタを意識して追っているようだった。そして書き上げた記事を、あやかし瓦版のどの記事よりも目につきやすい場所に無断で載せた。
「とにかく、追ってみるしかないか」
なぜそんなことをするのか、まだ佐和子には分からない。だからまずは、彼女のことを知ってみようと思った。手柄への執着と目に見えるほどの焦り。飄々としているが、彼女もかつての自分のように、何かに苦しみながら仕事をしているように思えてならない。
––––もしそうなら。無意味な苦しみから、解放してあげたい。……お節介かもしれないけど。
白い化け猫の姿を捉えた玉龍は、蛇行し、気づかれないように細心の注意を払いながらあとをつけていった。
◇◇◇
低く、腹の底に響くような声が誰かの名前を呼ぶ。
沈みかけていた意識が、その声につられるようにして水面に戻ってきた。
目を開ければ、白鳥が片翼のようなものが視界にる。
「米村」
それが自分を呼んでいたことに気づき、老婆は目を擦る。
少し前まで張りのあった肌はこの短い間にしぼんでしまった。一気に老け込んでしまったその顔で、米村は目の前にいる誰かの姿をもう一度瞳に映す。
「お館様……?」
翼に見えていたのは白い長髪。絹のようなその長髪が、開け放たれた病室の窓から吹き込む風によって泳いでいたのだ。
黒いスーツを着た白髪の男は、苦しそうな顔を一瞬見せると、ため息をついた。
「人間というのは儚く脆い。富士子に続けてお前も、とは」
「ご足労いただきありがとうございます。……若様には、内緒にしていてくださいませね」
二人の合間に沈黙が満ちる。その様子を、着物を着た老婆が静かに見守っていた。
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