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動き出す
恋人らしさ
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一通り、私が知っておくべき範囲の「囮作戦」の概要を聞いた後、さまざまな誓約書やら秘密保持情報契約書やらにサインをすることになった。書類を書きながら説明の内容を頭の中で反芻したが、やはり現実感がない。
そして目下、受け入れなければいけない設定の一つに、私は明らかな不快感をあらわにしていた。––––「杉原尚史を『恋人役』として、身辺に置くこと」。確かに恋人なら、四六時中一緒にいたとしても怪しまれないし、キンバリーの目の前で彼氏発言をしてしまっているので、彼が演じるしかないのだけれど。
初手でうっかり軽率な行動をしてくるような男だし。この先また同じことがないとも言えない。協力する手前、安全のためにも、敵組織に向けたポーズとしても、この設定を受け入れなければならないのだが、どうにもスッキリ受け入れられない自分がいた。
「じゃあ、とりあえず、これで説明は以上になりますので。早速、デートにでも行ってらっしゃい!」
お節介おばさんを前面に押し出したような華やかな笹嶋さんの笑顔に、私はゲンナリした。
「笹嶋さん、これ、本当に必要ですか? 恋人設定。SPみたいな人たちにこっそり張り付いてもらったりすることはできないんですか」
不服そうな私の反応に、彼女は形だけ申し訳なさそうなお詫びのポーズを作った。
「ごめんねええ。でも、でもよ? 罠の周りに明らかに包囲網が張られている状況下で、ホシが飛び込んでくると思う? 思わないでしょ?」
「そりゃあ、まあ……」
「いいことを教えてあげましょう」
にっこりといやらしい笑みを浮かべた笹嶋さんは、こっそりと私に耳打ちした。
「デート費用、多少贅沢しても経費で落ちるわよ」
「……本当ですか?」
「最重要案件ですから」
経費で落ちる、というパワーワードに、私の頭はもう反論するというコマンドをとることをやめた。それっぽく見せながら、公費でちょっとした贅沢を楽しめるというなら、コスパは悪くないと思ったのだ。
(断じて税金の無駄遣いじゃないわ。だって、身の危険を冒して任務に取り組んでるんだもの!)
途端にやる気を見せた私を見て、杉原さんは呆気に取られた様子で、私の顔と笹嶋さんの顔を見比べていた。この二人の関係性を詳しく説明されていないからわからないが、彼女の方がだいぶベテランで、おそらくこの人の方が経験が浅いのだろう。
「じゃあ……行きますか」
遠慮がちにそう言った杉原さんは、おずおずと私の前に手を差し出した。初対面の時のカッコつけたいけすかないイケメンの演技はどこへ行ったのか、なんだか若干自信なさげで、それが奇妙な気恥ずかしさを生んでいた。
「いや、ちょっと、手は」
躊躇っていると、笹嶋さんは私たちの手首をそれぞれ掴んで、無理矢理にガッチリと握り合わせた。
「はい! 恋人役なんでしょ。国家予算をかけているんだから、しっかりね!」
どうやら笹嶋さんは、私を動かすためには「お金」を前面に出した方がいいと思ったようで。「予算」を強調しながら、不自然に握手を交わした格好の私と杉原さんの背中を、強引に警視庁本庁舎の裏口に向けて押し出した。
「杉! しっかり美冬ちゃんをエスコートするのよ!」
まるで親戚のおばさんにお見合いを応援されるような形で庁舎を追い出された私は、なんとも言えないいづらさを感じていた。
そして目下、受け入れなければいけない設定の一つに、私は明らかな不快感をあらわにしていた。––––「杉原尚史を『恋人役』として、身辺に置くこと」。確かに恋人なら、四六時中一緒にいたとしても怪しまれないし、キンバリーの目の前で彼氏発言をしてしまっているので、彼が演じるしかないのだけれど。
初手でうっかり軽率な行動をしてくるような男だし。この先また同じことがないとも言えない。協力する手前、安全のためにも、敵組織に向けたポーズとしても、この設定を受け入れなければならないのだが、どうにもスッキリ受け入れられない自分がいた。
「じゃあ、とりあえず、これで説明は以上になりますので。早速、デートにでも行ってらっしゃい!」
お節介おばさんを前面に押し出したような華やかな笹嶋さんの笑顔に、私はゲンナリした。
「笹嶋さん、これ、本当に必要ですか? 恋人設定。SPみたいな人たちにこっそり張り付いてもらったりすることはできないんですか」
不服そうな私の反応に、彼女は形だけ申し訳なさそうなお詫びのポーズを作った。
「ごめんねええ。でも、でもよ? 罠の周りに明らかに包囲網が張られている状況下で、ホシが飛び込んでくると思う? 思わないでしょ?」
「そりゃあ、まあ……」
「いいことを教えてあげましょう」
にっこりといやらしい笑みを浮かべた笹嶋さんは、こっそりと私に耳打ちした。
「デート費用、多少贅沢しても経費で落ちるわよ」
「……本当ですか?」
「最重要案件ですから」
経費で落ちる、というパワーワードに、私の頭はもう反論するというコマンドをとることをやめた。それっぽく見せながら、公費でちょっとした贅沢を楽しめるというなら、コスパは悪くないと思ったのだ。
(断じて税金の無駄遣いじゃないわ。だって、身の危険を冒して任務に取り組んでるんだもの!)
途端にやる気を見せた私を見て、杉原さんは呆気に取られた様子で、私の顔と笹嶋さんの顔を見比べていた。この二人の関係性を詳しく説明されていないからわからないが、彼女の方がだいぶベテランで、おそらくこの人の方が経験が浅いのだろう。
「じゃあ……行きますか」
遠慮がちにそう言った杉原さんは、おずおずと私の前に手を差し出した。初対面の時のカッコつけたいけすかないイケメンの演技はどこへ行ったのか、なんだか若干自信なさげで、それが奇妙な気恥ずかしさを生んでいた。
「いや、ちょっと、手は」
躊躇っていると、笹嶋さんは私たちの手首をそれぞれ掴んで、無理矢理にガッチリと握り合わせた。
「はい! 恋人役なんでしょ。国家予算をかけているんだから、しっかりね!」
どうやら笹嶋さんは、私を動かすためには「お金」を前面に出した方がいいと思ったようで。「予算」を強調しながら、不自然に握手を交わした格好の私と杉原さんの背中を、強引に警視庁本庁舎の裏口に向けて押し出した。
「杉! しっかり美冬ちゃんをエスコートするのよ!」
まるで親戚のおばさんにお見合いを応援されるような形で庁舎を追い出された私は、なんとも言えないいづらさを感じていた。
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