乗り鉄けもニキ

鷹尾(たかお)

文字の大きさ
上 下
36 / 41

めでたし、めでたし、かさ石

しおりを挟む
暗い山の中を、精一杯走り続ける熊。

かさ石まであと少しだ。
先程からずっと走りっぱなしのため、体力の限界が近い。
空を見ると、星達の動きも段々と遅くなってきた。

「今度はどうだろうね?」

モトクマが、疲れきって歩きに切り替えている熊に喋り掛けた。
熊は、息が切れて答える気力は無い。
心の中で「間に合えばいいな」と思うだけだった。
しかし、結果は……。

「……。間に合わなかったね。」

遠くで宙に浮きながら母親を見下ろす子供を見つけ、モトクマが残念そうに言った。

「どうする?またリセットする?」

「いや、いい。」

仮想空間の早送り対策が思いつかないため、結局何度リセットしても結果は同じだろう。
熊は、宙に浮く子供へゆっくりと近づいて話しかけた。

「あの……。こんばんは。」

どうしよう。
声をかけてはみたものの、何を話していいか分からない。
そもそも、こんな小さい子に言葉が通じるのだろうか。
なかなか掛ける言葉が見つからない熊を見て、モトクマが代わりに口を開いた。

「せっかく人間に産まれたのに、残念だったね。」

熊は一瞬、ドキッとした。
モトクマは許してくれているが、モトクマの人間転生という夢を妨害している身としては、申し訳ない気持ちになる。
そして、30代になれた自分は本当に幸運なのだと思った。
誰でも人間になれるわけでは無いし、誰でも大人になれるわけでも無い。

「いえ。…まぁ、そうですね。私の人生は短かったですが、幸せじゃなかった訳ではありませんし…。」

高めの声でやけに大人びた口調の子供が、倒れている母親を見下ろした。
石になった我が子を大切そうに抱き抱えているその姿は、死してもなお我が子に愛情を注ぎ続けている。

「生きる事って、難しいですよね。私達幽霊は、神様と一緒に空から見ています。応援しています。熊さんも頑張ってください!」

仮想空間内では死んでいない設定の熊が、昔話のバーチャルキャラクターに励まされた。
実際にこの子供自体には、魂すら無い。
しかし、モデルとなった子供は昔存在しただろう。
そして、昔話と言うものには語り継いできた沢山の人の想いが詰め込まれている。
小柄な見た目とは裏腹に、この子の発する言葉は重みが違う気がした。

「あ、ありがとうございます…。」

熊は子供に向かって、ぺこりと頭を下げた。

「大変だと思いますけど、頑張ってくださいね。もし何かに迷ったら、あなたの中の本当の心に耳を傾けて下さい。あなたの中の、子供心に耳を傾けてみて下さい。」


こうして熊とモトクマは、最後まで大人な対応だった子供に見送られ、昔話のかさ石を終了した。




「ギンただいまー。」
「お待たせしました…。」

仮想空間から紫電車に戻ってきた2人は、車内で様子を見ていたギンに声をかけた。

「おう、お疲れ!」

ギンは短くねぎらいの言葉をかけると、報告書の用紙を熊に差し出した。

「ありがとうございます。」

熊はそれを受け取り、いつものように記入し始めた。

『報告者氏名 モトクマ
夢の内容 かさ石(昔話)

出稼ぎに行ったきり帰ってこない夫を探して、母と子が山に入り倒れてしまう話である。
皮膚病だったと思われる子供は、石になってしまう内容だ。
この昔話は親子の供養と、地元の子供達の健康を祈って語り継がれてきた物語であろう。』

ここまで書くと、熊は手をぴたりと止めた。
いや、止まってしまったのだ。
いつもはこの後に、用紙いっぱいに自分なりの解釈を書いて提出する。
しかし今回は、何度がんばってもシナリオを変える事が出来なかった。
傘かぶり石の時の様に、救ってあげられなかった。

「あんなにいい子だったのに…。」

熊はぽつりと呟いた。
死んでしまった自分の事より、生きている設定の俺の事を気遣っていた。
体は子供だったが、魂の年齢は俺よりもきっと上だろう。
そんな年上の子供が、最後に俺へアドバイスをくれていた。

「貴方の中の、本当の心に耳を傾けてください。貴方の中の、子供心に耳を傾けて下さい。」

…どういうことだろうか。
わがままな意味の子供な心という事では無いよな。
本当の心…。
てか、“本心”と“子供心”って一緒なのか?
ちょっと違う気がするけども…。

頭の中がこんがらがってきた熊は、唸りながら頭を抱えた。

「熊兄が報告書に手こずるなんて珍しいな。その内容だけだったら、ただの説明じゃん。」

「でもでも大丈夫だよ兄ちゃん!たとえ今回が内容不十分で報酬ゼロだとしても、貯金があるから。運賃は払えるよ!?」

モトクマは体から、七宝柄のがまぐち財布を取り出して熊に見せた。

「お前それ、いくら入ってるんだ?」

ギンに聞かれたモトクマは、財布を開けて中を確認した。

「んーとね。…12文。」

「ギリギリじゃねーか。」

その後しばらく考え続けたが、次の駅に着くまでに昔話の新しい解釈は出て来なかった。


ガタン……ゴトン……。

紫電車は徐々に速度を下げ、モトクマと熊が目指していた駅にとうとう着いた。
車内からだと全体がよく見えないが、ちゃんとした建物がある駅だ。
ホームにいる動物の数も、今までよりは若干多い気がする。

「お前ら準備しろー。降りるぞー。」

外の様子を見ていた熊とモトクマに向かって、ギンが声を掛けた。

「あ、はい。モトクマ、財布と石持った?」

「財布は持ったけど、石は消えたよ。」

「うん。ん?消えた」

席から立ち上がろうと、一度モトクマから目を離した熊が二度見した。

「ああ、大丈夫だよ兄ちゃんw役目が終わった夢のかけらは消えるんだよ。そしたらまた、新しい夢が生まれるの。きっと今頃、前の夢より素晴らしい夢のかけらが無人駅に転がっているよ。」

「へー、そういうシステムなんだ。」

「そう、だから持ち物は財布だけ。んで、財布は兄ちゃんが持ってて!僕はちょっと、オコゼさん達に見つからない様に隠れているからー。」

そう言うとモトクマは、小さくなって熊の耳の中へ隠れた。

「ご乗車ありがとうございまーす。一般のお客様は駅の改札口までお進みくださーい。報告書をお持ちの方は、電車内の両替機に提出した後に、改札口までお進みくださーい。」

マイクを使って案内をするネズミの指示に従い、乗客達はぞろぞろと駅の改札を目指す。

「お疲れ様でした。報告書はこちらへどうぞ。」

順番が回ってきた熊に向かって、紫電車のネズミ車掌はほがらかに言った。

「あ、はい。」

ウィーン。

熊は報告書を両替機へ入れた。
そして集計の結果、やはり内容不十分と判断されたため今回の報酬は支払われない事となった。

「申し訳ありません。今回の報酬はゼロでございます。このまま改札口までお進みいただき、そちらで運賃の精算をお願いします。」

「あ、はい。ありがとうございました。」

モトクマから受け取った財布を手に、熊は車掌へお辞儀をした。

「ご乗車ありがとうございました。紫色は第七チャクラの色です。魂や自然・宇宙との霊的繋がりに困ったら、またいつでもご乗車ください。」

「??…霊的繋がり??」

(「今回の車掌さんは、他の車掌さん達よりも難しい事を言うなー。かさ石の子供が言った事も、いまいちピンとこないし……。」)

熊は頭の中で考えながら、何気なく前方にいる動物3人組をぼんやりと見た。
これから上京でもするのだろうか。
大きな荷物を持った1匹を、2匹が見送りに来ている感じだ。

「そしたら、下界に降りてもしっかりやれよ!?俺らの事忘れるだろうけど、俺らはお前の事ずっと見てるからな!」

「何言ってんだよw頭では忘れても、お前らの事は心が覚えてるから、きっと。相談に乗ってもらった下界での目標も、絶対魂が覚えてるから!お前らちゃんと見とけよ?」

「おう!」
「もちろんだよ!」

そう話しながら3匹は、グータッチをして別れを惜しんでいた。


「そうか、そういう事か。」

熊は、かさ石の子供の言葉を思い出した。

“もし何かに迷ったら、あなたの中の、子供心に耳を傾けてみて下さい。”

恐らく純粋な“子供心”の中には、産まれる前からの本当の望みが反映されているのではないか。
つまり頭では忘れている、産まれる前に決めた地球上での使命っぽいもの。
その使命を心の目印にして、人生を進んで行けばいい。
迷ったら子供心の声を聞くといい……。

そういう意味で、あの子は言ったのではないだろうか。

「まじであの子何歳よ…。」

熊は後ろを振り返り、困惑した表情を紫電車へ向けた。
電車からはまだ、乗客を案内するネズミ車掌の声が聞こえてくる……。


「ご乗車ありがとうございました。紫色は第七チャクラの色です。魂や自然・宇宙との霊的繋がりに困ったら、またいつでもご乗車ください。」


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

キャンピングカーで往く異世界徒然紀行

タジリユウ
ファンタジー
《第4回次世代ファンタジーカップ 面白スキル賞》 【書籍化!】 コツコツとお金を貯めて念願のキャンピングカーを手に入れた主人公。 早速キャンピングカーで初めてのキャンプをしたのだが、次の日目が覚めるとそこは異世界であった。 そしていつの間にかキャンピングカーにはナビゲーション機能、自動修復機能、燃料補給機能など様々な機能を拡張できるようになっていた。 道中で出会ったもふもふの魔物やちょっと残念なエルフを仲間に加えて、キャンピングカーで異世界をのんびりと旅したいのだが… ※旧題)チートなキャンピングカーで旅する異世界徒然紀行〜もふもふと愉快な仲間を添えて〜 ※カクヨム様でも投稿をしております

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

処理中です...