乗り鉄けもニキ

鷹尾(たかお)

文字の大きさ
上 下
35 / 41

秋田の昔話“かさ石”

しおりを挟む
「おにいちゃんたちは、どこのイスにすわる?」

「んー。どうしよ。( ´∀`)」
「ここにしようかなー?(о´∀`о)」

子ダヌキに手を引かれて車内を歩く男性とモトクマは、目尻を下げながら答えた。

「わかった!じゃあ、ぼくはあっちのイスにいるから!おしごとがんばってねー!」

そう言うと、子ダヌキは手を振りながら母狸がいる座席の方へと歩いて行った。

「ありがとうねー!」

「いい子だなぁ~。」

あんな可愛い子に“お仕事頑張って”なんて言われれば、やる気が出ない訳がない。
男性はさっそく、昔話のあらすじをモトクマに確認した。

「モトクマ。最後の七不思議石は、どういう話なの?」

「んとねー。題名は“かさ石”って言うの。」

「かさ石?青電車の時みたいな、傘かぶり石っぽい話?」

「そっちの傘じゃないよ。かさぶたの“かさ”だよ。病気の子供を連れた母親が、出稼ぎに出て帰らない夫を探しに山に入って、倒れて石になる話だよ。」

「は?」

両手を合わせて合掌するモトクマを、男性はただ見つめた。

「まーた石になるのかよ。傘かぶり石みたいだな?」

遅れてやってきたギンが、椅子に座りながら会話に混ざる。

「それで…。倒れるのは母親の方?子供は助かる?」

男性が静かに聞いた。

「お母さんは倒れて死んじゃうし、子供は冷たくなって石になっちゃうの。兄ちゃんが嫌いな“バッドエンド”ってやつだねー。」

モトクマは淡々と説明しながら、窓際に夢のかけらの石をセットする。

ガタン…ゴトン。

紫色の電車が、次の駅に向けてゆっくりと動き出した。

「マジで子供も犠牲になる話なの?」

そう聞きながら男性は、少し離れた席にいる狸親子を見た。
手に持っている報告書の紙が、クシャッと歪む。

「モトクマ!助けに行くよ!」

シワの付いた報告書を座席に置くと同時に椅子へ乗り、男性は電車の窓目掛けて素早くダイブした。

「ほぇ?でも兄ちゃん、この話はーー」

仮想空間に引っ張られたモトクマの声が、途中で切れた。

「…熊兄は子供好きなんだなぁー。」

ギンはそう言いながら、窓に映る全力疾走の男性を見つめた。






今回の仮想空間は夜だ。
もう少しで朝になるのか、空が若干明るくなりつつある。
しかし、街灯も何も無い木々が生い茂る山は、人間にとっては暗闇だ。
熊の目を持っていなかったら、足元が見えずに転んでしまうかもしれない。
男性は以前よりも格段に良くなった嗅覚を使って、旅の親子の所までやって来た。

「あ!兄ちゃん。あれ、そうじゃない?」

モトクマが指し示す方を見ると、そこには女性が1人いた。
ゆりかごほどの大きさの石を、大切そうに抱える様にして眠っている。
全力疾走していた男性は、呼吸を整えてゆっくりと近づいてみた。

(「もしかしたら、まだ生きているかもしれない」)

少しの期待を持って恐る恐る近づく男性。
すると女性の腕の中で、何かが動いている事に気がついた。
女性の子供だろうか。
よかった。
子供はまだ生きている。
そう思った男性だったが、すぐに可能性は無くなってしまったのだと分かって足を止めた。
起き上がった子供が、そのまま宙に浮き始めたのだ。
よく見ると、少し透けている様にも見える。

「間に合わなかったね。」

モトクマが残念そうに言った。
悔しい。
昔話でも悔しい。
たとえ目の前の子供が、最初から生きていなくても。
最初から魂すら無い、仮想空間の映像だとしても悔しい。

「仮想空間……。」

そう呟くと、男性は回れ右をして元来た道を全速力で戻って行った。

「どわぁーー!兄ちゃん、いきなりどうしたの!?」

男性と繋がっているモトクマは、山の中を引っ張り回されながら、ぶつかりそうな木々を避けつつ聞いた。

「この話をリセットするんだよ!俺らが窓から電車に戻れば、リセットされるんだろ?また物語は初めからスタートするんだろ?」

「…確かに、前にそう言ったけども…。」

全速力で走ったので、仮想空間の出入り口である窓には、あっという間に着いた。
そして男性は、電車内に戻るとすぐさま、きびすを返して仮想空間へ戻った。

「熊兄。気持ちはわかるが、たぶんやり直してm」

紫電車に戻った時に、ギンが何か言おうとしていたが、男性は耳を貸さずにかさ石へと引き返した。

さっきの場所は覚えたから、今度は匂いで場所を探らなくても大丈夫だ。
もっと早く到着できるに違いない。
男性は風を切って、あっという間にかさ石へたどり着いた。
しかし……。
状況は何も変わらなかった。

「スタートが…。遅すぎる…。」

男性が息を切らしながら言った。
モトクマとこの空間に入る頃にはすでに、親子は倒れている。
ならば助けるためには、物語冒頭の山に入るシーンからやり直さなければならない。
なぜ今回は冒頭シーンが無いのか?
男性は少し苛立ちながら、再び紫電車へと向かった。

3度目のスタートのために電車へ戻った男性は、「物語冒頭のシーンへお願いします!」と夢のかけらに手を合わせてから仮想空間に入ってみた。
その際、紫電車にいるギンとモトクマの目があった。
2人は何も言わず、ギンはただ腕組みをしているだけだった。

男性の願いが反映されたのか、次は物語冒頭シーンへの転送が叶った。

「ここどこだろうね?転送位置が変わってよくわかんないや。」

モトクマと男性が辺りを見回す。
空の色が赤い。
夕方だ。
カラスも人間も家に帰る時間である。

「すみませーん!」

男性は村人に声を掛けた。

「あの。旅の親子を見ませんでしたか?小さな子供を連れた女性なんですが。」

「あぁ!あの、顔中がただれている赤ちゃんと女性ね?会ったよ。今晩は泊まっていきなって言ったんだけどね?一刻も早く旦那に会いたいからって聞かなくてさ。あっちに歩いて行ったよ。」

「ありがとうございます!」

男性はお礼を言うと、急いで走った。
今度は間に合うかも知れない。
少しの希望が見えて来た気がする。

しかし男性は、山の植物の影が異様に速く伸びている事に気がついた。

「なんか、太陽沈むのはやくね?」

男性は足を止めて、空を見上げた。

「これ、早送りになってるね?兄ちゃん。」

星々の早い動きを見たモトクマが、口に手を当てて言った。

「何でだよ!!」

男性は再び走り出した。
仮想空間の早送りを見るのは、これが初めてでは無い。
“はり木石”の昔話の時に、経験している。
物語ではよく「そして翌朝。」といった具合に、一つの文章だけで時間があっという間に過ぎてしまう。
今回の仮想空間の変化も、物語の場面転換のために行われているのだ。

「止まれよ!俺がやり直している意味が無くなるでしょうが!!」

男性は空に向かって抗議するが、反応は無い。
少しだけでもいいから、速度が落ちないものだろうか。

「ねえ、モトクマ。昔話は新旧地元民や読者の人の願いが反映されているんでしょ?」

「そうだよ。」

「じゃあ何で、時間が止まって欲しいっていう俺の願いは反映されないんだよ。他の昔話では、なんだかんだ上手くいっていたのに。」

「……。」

モトクマは何も答えなかった。

「それはな、熊兄。ユメノ鉄道は“人間の夢”を解析する電車だからだよ。」

紫電車の車内から見ていたギンは、黙ってしまったモトクマの代わりに答えた。
もちろん、電車と仮想空間は音声が遮断されているため、その声が男性に届く事は無い。

ユメノ鉄道は“人間の夢”を解析し、天へ届ける乗り物である。
つまり、男性の願いが反映されづらくなってきたと言うことは、それだけ男性が人間ではなくなってきたと言う意味だ。
モトクマとの融合が、最終段階に入りつつあったのだ。

自分の体がそんな状態だとはつゆ知らず、男性はただひたすらに子供の元へと走った。










しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

多産を見込まれて嫁いだ辺境伯家でしたが旦那様が閨に来ません。どうしたらいいのでしょう?

あとさん♪
恋愛
「俺の愛は、期待しないでくれ」 結婚式当日の晩、つまり初夜に、旦那様は私にそう言いました。 それはそれは苦渋に満ち満ちたお顔で。そして呆然とする私を残して、部屋を出て行った旦那様は、私が寝た後に私の上に伸し掛かって来まして。 不器用な年上旦那さまと割と飄々とした年下妻のじれじれラブ(を、目指しました) ※序盤、主人公が大切にされていない表現が続きます。ご気分を害された場合、速やかにブラウザバックして下さい。ご自分のメンタルはご自分で守って下さい。 ※小説家になろうにも掲載しております

婚約者の浮気相手が子を授かったので

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。 ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。 アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。 ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。 自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。 しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。 彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。 ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。 まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。 ※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。 ※完結しました

キャンピングカーで往く異世界徒然紀行

タジリユウ
ファンタジー
《第4回次世代ファンタジーカップ 面白スキル賞》 【書籍化!】 コツコツとお金を貯めて念願のキャンピングカーを手に入れた主人公。 早速キャンピングカーで初めてのキャンプをしたのだが、次の日目が覚めるとそこは異世界であった。 そしていつの間にかキャンピングカーにはナビゲーション機能、自動修復機能、燃料補給機能など様々な機能を拡張できるようになっていた。 道中で出会ったもふもふの魔物やちょっと残念なエルフを仲間に加えて、キャンピングカーで異世界をのんびりと旅したいのだが… ※旧題)チートなキャンピングカーで旅する異世界徒然紀行〜もふもふと愉快な仲間を添えて〜 ※カクヨム様でも投稿をしております

婚約者の幼馴染?それが何か?

仏白目
恋愛
タバサは学園で婚約者のリカルドと食堂で昼食をとっていた 「あ〜、リカルドここにいたの?もう、待っててっていったのにぃ〜」 目の前にいる私の事はガン無視である 「マリサ・・・これからはタバサと昼食は一緒にとるから、君は遠慮してくれないか?」 リカルドにそう言われたマリサは 「酷いわ!リカルド!私達あんなに愛し合っていたのに、私を捨てるの?」 ん?愛し合っていた?今聞き捨てならない言葉が・・・ 「マリサ!誤解を招くような言い方はやめてくれ!僕たちは幼馴染ってだけだろう?」 「そんな!リカルド酷い!」 マリサはテーブルに突っ伏してワアワア泣き出した、およそ貴族令嬢とは思えない姿を晒している  この騒ぎ自体 とんだ恥晒しだわ タバサは席を立ち 冷めた目でリカルドを見ると、「この事は父に相談します、お先に失礼しますわ」 「まってくれタバサ!誤解なんだ」 リカルドを置いて、タバサは席を立った

(完結)お姉様を選んだことを今更後悔しても遅いです!

青空一夏
恋愛
私はブロッサム・ビアス。ビアス候爵家の次女で、私の婚約者はフロイド・ターナー伯爵令息だった。結婚式を一ヶ月後に控え、私は仕上がってきたドレスをお父様達に見せていた。 すると、お母様達は思いがけない言葉を口にする。 「まぁ、素敵! そのドレスはお腹周りをカバーできて良いわね。コーデリアにぴったりよ」 「まだ、コーデリアのお腹は目立たないが、それなら大丈夫だろう」 なぜ、お姉様の名前がでてくるの? なんと、お姉様は私の婚約者の子供を妊娠していると言い出して、フロイドは私に婚約破棄をつきつけたのだった。 ※タグの追加や変更あるかもしれません。 ※因果応報的ざまぁのはず。 ※作者独自の世界のゆるふわ設定。 ※過去作のリメイク版です。過去作品は非公開にしました。 ※表紙は作者作成AIイラスト。ブロッサムのイメージイラストです。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

婚約者を想うのをやめました

かぐや
恋愛
女性を侍らしてばかりの婚約者に私は宣言した。 「もうあなたを愛するのをやめますので、どうぞご自由に」 最初は婚約者も頷くが、彼女が自分の側にいることがなくなってから初めて色々なことに気づき始める。 *書籍化しました。応援してくださった読者様、ありがとうございます。

処理中です...