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出張帰りニキ、クマになる。
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ある日の昼下がり、秋田県の山奥を走るローカル線電車に向けて、夢中でスマホのシャッターを切る男性がいた。
電車が通り過ぎるやいなや、すぐさまチェック開始。
「おっ、わりと良い感じなんじゃない?」
男性のスマホに、美しい草木の中を駆ける電車の写真が追加された。
トンビの鳴き声がする。
林から小鳥が飛び立つ。
突風に倒れるペットボトルを直して、男性は背伸びと深呼吸をした。
「なるほど、“空気が美味しい”ってこういう事なのか。」
どちらかというと理系の自分は以前まで、空気なんか味がするわけ無いだろうと思っていた。
確かに排気ガスは少ないだろう。
男性の後ろを車が一台通り過ぎたが、後続車はいない。
恐らくマイナスイオンか何かも出ているのだろうが、そんなの機械じゃあるまいし知った事では無い。
しかし今ならわかる。
今日は平日だが自分だけ休みだ。
それに、出張帰りという解放感。
寄り道で電車の写真も増えたし。
普段意識して聞くことのない、木と風の音がとても心地よい。
“空気が美味しい”は“空間に満足する”という事なんだな。
男性は目をつむって、日の光を楽しんでいた。
「天国ってこんな感じなのかなー。」
ガタンゴトン…。
遠くから聞こえる音に男性は眉をひそめ、目を開けた。
「おかしい…。」
ここはド田舎で、電車の本数が一時間に一本程度のローカル線である。
こんなに短時間で二度目のシャッターチャンスが訪れるのだろうか。
上り電車と下り電車が近くの駅ですれ違って来た可能性もあるが、さっき確認した時刻表を見る限り、それはなさそうである。
男性は気になって、立っている車道から少し線路側へ身を乗り出した。
トンビの鳴き声がする。
林から小鳥が飛び立つ。
突風に倒れるペットボトル。
「…?デジャヴ?」
さっきまで暖かかった日差しが急に強くなってくる。
というか、強くなりすぎてどんどん辺りが白くなっていった。
次の瞬間、男性の目の前には光をまとったような、神々しい電車が現れた。
電車は風を切って…と言うより、風に乗って進んでいるように見える。
白い体に赤いラインが入った模様は、くまどりのようだ。
車両を包む霧が男性の方まで流れる。
鳥肌が止まらない。
ファーン!!
汽笛と電車のオーラに足がすくんでしまった男性は、よろよろと後退りをした。
「やべっ。」
バランスを崩して車道に転びそうになる。
「うそだろ。」
手をつこうとして道路に目を向けた男性は絶句した。
そこには、先ほど後ろを通ったはずの車が男性目掛けて走っていたのだ。
(間に合わない!)
転がって行ったペットボトルを、タイヤがぐしゃりと潰す。
次は自分の番だ。
男性の頭に“死”という一文字がよぎった。
だが、自分はまだ死ぬわけにはいかない。
(命だけは!!)
男性は心の中で大きく叫び、歯をくいしばった。
すると突然、去り際の不思議な電車から光の玉が飛び出し、猛スピードで男性の体に入って行った。
「クマになりますように。」
どこからか幼い声が聞こえる。
ああ、死ぬ間際というのはこんなにも脳がテンパるのか。
自分の感覚がどうもおかしい。
周りがスローモーションに見えるし、自分の体が大きくなった気がする。
爪もどんどん伸び、体は黒い体毛に覆われていく。
どうやら目もおかしくなったらしい。
まあ、元々視力は良くないのだけれど…。
(これじゃあ、まるでクマじゃないか。)
ドン!!
キキーッ!!
男性をはねた車が急ブレーキをかけて止まった。
「あいー、しかだねぇ!人ひいてしまった!救急車呼ばねば!」
携帯を片手に車を飛び降りた運転手は駆けだしたが、すぐに足を止めた。
「あの兄ちゃん、どごいっだ?」
道路上にも、車の下にも、道路脇の林にもいない。
道にはただ、潰れたペットボトルと水たまりがあるだけだった。
電車が通り過ぎるやいなや、すぐさまチェック開始。
「おっ、わりと良い感じなんじゃない?」
男性のスマホに、美しい草木の中を駆ける電車の写真が追加された。
トンビの鳴き声がする。
林から小鳥が飛び立つ。
突風に倒れるペットボトルを直して、男性は背伸びと深呼吸をした。
「なるほど、“空気が美味しい”ってこういう事なのか。」
どちらかというと理系の自分は以前まで、空気なんか味がするわけ無いだろうと思っていた。
確かに排気ガスは少ないだろう。
男性の後ろを車が一台通り過ぎたが、後続車はいない。
恐らくマイナスイオンか何かも出ているのだろうが、そんなの機械じゃあるまいし知った事では無い。
しかし今ならわかる。
今日は平日だが自分だけ休みだ。
それに、出張帰りという解放感。
寄り道で電車の写真も増えたし。
普段意識して聞くことのない、木と風の音がとても心地よい。
“空気が美味しい”は“空間に満足する”という事なんだな。
男性は目をつむって、日の光を楽しんでいた。
「天国ってこんな感じなのかなー。」
ガタンゴトン…。
遠くから聞こえる音に男性は眉をひそめ、目を開けた。
「おかしい…。」
ここはド田舎で、電車の本数が一時間に一本程度のローカル線である。
こんなに短時間で二度目のシャッターチャンスが訪れるのだろうか。
上り電車と下り電車が近くの駅ですれ違って来た可能性もあるが、さっき確認した時刻表を見る限り、それはなさそうである。
男性は気になって、立っている車道から少し線路側へ身を乗り出した。
トンビの鳴き声がする。
林から小鳥が飛び立つ。
突風に倒れるペットボトル。
「…?デジャヴ?」
さっきまで暖かかった日差しが急に強くなってくる。
というか、強くなりすぎてどんどん辺りが白くなっていった。
次の瞬間、男性の目の前には光をまとったような、神々しい電車が現れた。
電車は風を切って…と言うより、風に乗って進んでいるように見える。
白い体に赤いラインが入った模様は、くまどりのようだ。
車両を包む霧が男性の方まで流れる。
鳥肌が止まらない。
ファーン!!
汽笛と電車のオーラに足がすくんでしまった男性は、よろよろと後退りをした。
「やべっ。」
バランスを崩して車道に転びそうになる。
「うそだろ。」
手をつこうとして道路に目を向けた男性は絶句した。
そこには、先ほど後ろを通ったはずの車が男性目掛けて走っていたのだ。
(間に合わない!)
転がって行ったペットボトルを、タイヤがぐしゃりと潰す。
次は自分の番だ。
男性の頭に“死”という一文字がよぎった。
だが、自分はまだ死ぬわけにはいかない。
(命だけは!!)
男性は心の中で大きく叫び、歯をくいしばった。
すると突然、去り際の不思議な電車から光の玉が飛び出し、猛スピードで男性の体に入って行った。
「クマになりますように。」
どこからか幼い声が聞こえる。
ああ、死ぬ間際というのはこんなにも脳がテンパるのか。
自分の感覚がどうもおかしい。
周りがスローモーションに見えるし、自分の体が大きくなった気がする。
爪もどんどん伸び、体は黒い体毛に覆われていく。
どうやら目もおかしくなったらしい。
まあ、元々視力は良くないのだけれど…。
(これじゃあ、まるでクマじゃないか。)
ドン!!
キキーッ!!
男性をはねた車が急ブレーキをかけて止まった。
「あいー、しかだねぇ!人ひいてしまった!救急車呼ばねば!」
携帯を片手に車を飛び降りた運転手は駆けだしたが、すぐに足を止めた。
「あの兄ちゃん、どごいっだ?」
道路上にも、車の下にも、道路脇の林にもいない。
道にはただ、潰れたペットボトルと水たまりがあるだけだった。
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