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番外編

騎士団長の憂鬱

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ガレウスがはじめてフィリーとあったのは約4年前だった。



騎士団に入団したての新人騎士ラリーが、森の見回り業務中に倒れその後たった半日で意識不明のまま死んでしまった。前代未聞のことだった。
治療にあたった医務局の医師からは理由はわからないと言われ、死亡理由は原因不明の熱病とされた。まれにそういうものがいるのだと。

感染するものかどうかもわからず、とりあえず同行していた騎士たちを隔離したが誰も発症しなかったため、ラリーの体内でのみ何かが起こったのだと推測された。

それらの報告に上がったのはラリーの上官であったジークレストだった。
ラリーの家族について尋ねると、ツガイを得たばかりだったと言う。そしてその相手が少し困ったことになっている、と。

「困ったこと?」
「ラリーのツガイ相手はフィリーという名の黒ウサギなのですが、ツガイを亡くしたばかりだというのに家に押し掛けてまでしつこく求愛するものが後をたたないのです」
「なんだと?」
「ラリーがツガイになる前も同じような状況だったらしいのですが、ラリーが守り抜いていたようです。ですがいまは…」
「ラリーはいない」
「…はい」
「家はどこだ」
「西の森の入り口辺りです。そこで野菜や花を育てて市場に卸していたようです。ですがそれも邪魔者共のせいで世話がままならず、このままでは生活していけないのではと心配なのです」

ではどうする、と目で問う。

「森の巡回がてら毎日フィリーの様子を確認しにいきたいのです。できたらしばらくは見張りのものをそばに置きたいのですが…」
「が?」
「そこまでしてもらうのは心苦しいと本人に言われました」
「だが生活がままならないのだろう?」
「そのように見受けられます」

畑の世話が難しいなら外出も出来ないのだろう。

「食事はとれているのか?」
「われわれ団員のツガイたちが交代で差し入れをしたり畑の手伝いをしています。ですがこのさき一生そういうわけにはいきませんので…」

なるほど、なにか対策が必要だ。

「…実は騎士団内にあったラリーの私物をフィリーに届けてやりたいのですが、誰が届けるかで団員同士が揉めてしまいまして」
「……なに?」
「私はこれから街の警ら業務に行かねばなりません。なのでこれを団長にお願いしたく」

足元においていた布袋をガレウスの机の上にドサッと置く。

「…ラリーの私物か」
「はい。フィリーのもとへ届けてください」

ついでに状況を確かめてこいということか。そのうえできればフィリーの説得をして警備の騎士を置く算段をまとめてほしいのだろう。

団長という任にありながら、騎士としての仕事はほとんどしていないガレウスだ。毎朝の朝議にはかならず出席しているが、何かあったときに部下から報告があるだけであとは有能な士官たちがそれぞれ仕事を分担し万事滞りなくこなしてくれている。
日々城内をふらふらしているだけなので、断る理由がない。

わかった、と了承するとジークレストのしっぽが満足げにゆらりと揺れた。





さっそく私物を手に向かうと、フィリーの家は簡単に見つかった。
かなりはなれた場所からでも人々の言い争う声が聞こえてきたからだ。
少し離れた所で足を止め、腕を組んで様子を伺った。手に鍬をもった女が花束をもった男(それぞれ獣種はわからない)に詰め寄り啖呵を切っているようだ。

「フィリーはツガイ持ち以外とは誰とも会わないって言ってるでショ! その花を置いてさっさと帰りなさいッ」
「なんだよ! オレはラリーに花を手向けに来たんだぞ!」
「なによ今さら白々しイ! ラリーが亡くなってもう半月はたってるのヨ!」
「出稼ぎに行ってて知らなかったんだっ」
「花だけ供えてすぐに帰るのね? それならラリーのお墓はすぐ後ろにあるわ」

手振りで墓を示すのはジークレストのツガイのアンバーだ。
花束を手にした男はすがるようにアンバーを見た。

「ひ、ひとめでいいから会ってお悔やみを…」
「ダメだって言ってるでショ!」
「そうよ、あきらめなさい。どうしてもフィリーに会いたいならツガイを連れてきなさいな」

目をつり上げる女の横からアンバーが優しく言い添える。ガレウスに気づくと「あら」と微笑んだ。

「こんにちは、団長様」
「ひいっ」

腕を組み険しい顔のガレウスに、花束男は飛び上がった。背を向け走り去ろうとする。

「待て」
「ぐっ!」
「花を供えに来たんだろう?」

首に腕を回しラリーの墓前に引きずっていった。
腕をはなす直前に「団員のツガイたちを困らせるな」と耳元でうなると、男はぶるぶる震えながら激しく上下に首をふった。
その様子に満足し、ガレウスはアンバーたちのもとへ歩み寄った。手にしていたものを家の軒先に置く。

「ラリーの私物だ」
「まぁまぁ。団長様みずからお届けに?」
「騎士団一の暇人だからな」
「まぁ。ふふふ」
「なあに言ってるんですカ! 団長様が一日も休まずお城を守ってくださってるから他のものは外の警備に専念できるんだって、ウチの人がよく言ってますヨ」
「そうか」

花束男はとっくに姿を消していた。他に悪さをしそうなものがいないかあたりを見て回ろう。
じゃあな、と背を向けるとアンバーが引き留めてきた。

「お待ちください。フィリーの様子を確かめにいらしたのでしょう?」
「だが、ツガイ持ち以外は会えないのだろう」

自分はまだ独り身だ、と生真面目なガレウスにコロコロと笑い「団長様は特別です」と言ったアンバーがドアをノックした。

「フィリー? 団長様がラリーの私物を届けに来てくださったわ」
「…………」

家の中の気配が動き、戸口に立つものがいるのはわかったが、返答はなく扉も動く様子はない。もう一度呼び掛けようとするアンバーを制し、ガレウスは首をふった。

「フィリー、騎士団長のガレウスだ。悔やみを伝えるのが遅くなってすまない。そのままでいいから聞いてくれ。ラリーの私物と医務局からの報告書を届けにきた。ここに置いていくから、」

ガチャッと突然扉が開いた。

眼前に迫る扉をとっさに押さえると、まずはじめに目に飛び込んできたのは黒く艶やかな長いウサギ耳。それから煌めく夜空のような漆黒の瞳だった。

フィリーは一見するとオスかメスかわからなかった。艶やかな黒髪は肩のあたりまで伸びており、首も肩も華奢な作りをしている。差し出してくる手もほっそりとしていた。

「報告書を」

ガレウスの目をまっすぐに見据え、挑むようなものの言い方だった。挨拶も礼もない。愛想すらない。無礼といっていい態度だ。
横でアンバーが息を呑む音がしたが、初対面のものにはオドオドされることが多いガレウスには新鮮な反応だった。なにより、真っ赤に泣き腫らした瞳の相手に腹を立てるほど狭量ではない。半月たってもなお悲しみに暮れる愛情深さに、団員のツガイとして好感を持てた。

黙って報告書を差し出すと、ペコリと頭を下げ受け取った。どうぞ、と部屋の中に招き入れられたが首を振って辞退した。

「しつこく言い寄ってくるものたちがいるそうだな。困っているなら団員たちが力を貸すぞ」
「けっこうです」

報告書から目も上げず言う。

「団員のツガイが困っているのを放ってはおけん」

フィリーは無言で背を向けてきた。話は済んだ、もう帰れということだろう。
ガレウスは団員たちが誰がラリーの私物を届けるかで揉めたというジークレストの言葉を思い出した。まさか…。

「騎士団員のなかにも言い寄るものがいるのか?」

ピクリと耳が揺れるのを見て、ガレウスは内心呻いた。なんということだ。フィリーを好ましく思うのはそれぞれの自由だが、ツガイを亡くしてまだ半月なのだ。浅ましいにもほどがある。

そのときフィリーが「原因不明…?」とつぶやいた。ラリーの死因のことだろう。
さっと食卓に歩み寄るとそこにあった本をめくり、なにか探している。本はほかにも数冊あり、どれも医術に関するもののようだった。

「医術に関心があるのか」
「あまり詳しくはありません。…薬草を少し育てているくらいです」

ちらりと目にした畑の葉のどれが薬草かはガレウスにはわからない。だが、自力で育てるものは少ないように思う。たいていは森に自生しているものを採取するか、加工済みのものを市場で購入するかだ。

「これから学ぶ気はあるか?」
「学ぶ…。医術をですか?」

怪訝そうな顔で振り向くフィリーにガレウスは頷いた。
年老いた王医が雑用をする助手を欲しがっているのだ。騎士団員で興味のあるものはいないかと問われたのは今朝のことだ。菜園の薬草を王医の代わりに育て、研究し、加工作業をするものが欲しいと。

そう伝えると、即答せず考え込む様子を見せた。あとひと押しか。

王医の面談を経て無事採用されれば城内にある菜園近くに部屋を与えられるだろう。そうなれば一日中城をうろついているガレウスがそれとなく見守り庇ってやれる。あまりにも目に余るようなら秘密裏に処理さえしてやろうと思う。フィリー本人さえ気づかぬ間に。

「医務局の担当医師はラリーの死の理由がわからず、原因不明の熱病として処理してしまった。それ以上追求する気がないんだ。納得できずとことん答えをつきつめたいのなら、自分でやるしかない」
「………」
「王医さまは国でも有数の医師だ。本に載っていない事例や経験をお持ちかもしれない」
「……なんの経験もない素人ですが」
「誰でも初めはそうだ」

キラリとフィリーの目に闘志が宿った。
報告書と本を食卓に置くとガレウスに深く頭を下げる。

「王医さまへの面談を取り付けてください」
「……日時が決まったら見張りの団員から伝えるよう指示しておく」
「見張り?」

断ったはずだと言いたげなフィリーに強く視線をあてた。

「警護の見張りは必要だ。夜きちんと寝てその目の下のクマを消さなければ面談で良い印象を与えられないぞ」
「ですが」
「ツガイのいる真面目なものを寄越す。三日我慢しろ。その間に必要な荷物はまとめておくように」

部下に指示を与えるように言うとフィリーはおかしそうに微笑んだ。

「まるで受かるのが決まっているような物言いですね」
「受かる自信がないのか?」

キラリとまた瞳に闘志が宿った。間違いない。フィリーは簡単に諦めるような軟弱者ではない。華奢な見た目と違い、そうとうな頑固者だ。

ニヤリと笑い、ガレウスは満足げに頷いた。そして背を向け城に向かう。

なんとしても王医に面談を取り付けなければならない。そこから先はフィリーの器量しだいだが、きっと大丈夫だろうとガレウスは思った。








その二日後に用意された面談の席で、フィリーはすぐに王医に気に入られ助手として採用された。部屋も事前にガレウスの指示で用意してあり、さりげなく警護の人員も配置しておいた。

はじめの1~2年は菜園の世話ばかりで城内を歩くことはほとんどなかった。一日のほとんどを畑ですごしていたからだ。
その様子を遠くから見守り、不届きものがいないか目を配るのがガレウスのひそかな日課であったが、ただフィリーを見つめるだけの時間が増えていき、長く見つめるうちに本能がツガイと認識し執着し始めていることに気づき愕然とした。

ラリーが死んで数年たってもあいかわらずフィリーはツガイを探そうとせず、発情のそぶりもない。
言い寄る相手はガレウスが排除してもあとからあとから湧いてきて、フィリーは好意を向ける相手に一瞬で心の壁を築く日々を淡々と送っている。


団員のツガイとして守ってやると誓った手前口説く訳にもいかず、こうしてガレウスはジレンマに陥ることとなるのであった。






のちに人化してこれらの経緯を知ったヒロキが、団長さん真面目だな~とニヤつき、ヨッシャいっちょ一肌脱ぐか! と騒ぎ始めるのだが、それはまた別の話。




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