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第2章

くちづけ

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───私とツガイになるのは嫌か?


アランの問いかけが浴室内に静寂をもたらした。
息を詰め、愛してやまないアメジストの瞳を見つめる。

答えは「嫌だ」か「嫌じゃない」のどちらかだろう。
アランはヒロキの口から「嫌じゃない」という言葉が出るのを祈るような気持ちで待った。

どのくらい時間が経ったのか、ヒロキが小さなため息をついた。そして言った。

「──それな!」

…ソレナ?

言葉の意味がわからず戸惑うアランにヒロキは水風呂から出るよう促した。そろそろ体が冷えてしまう、と。

「タオル取ってくる!」

ザバッと飛沫をあげ立ち上がるとヒロキがあわてて浴室から出ていった。アランはうわの空で濡れた衣服を脱ぎ捨てていった。頭の中ではヒロキの言った「それな」がこだましている。
全裸でたちつくし、ヒロキがタオルを持ってくるのを待っていたがなかなか戻ってこない。

「ヒロキ?」

不審に思い声をかけると、浴室の入り口からにょきっとタオルを差し出してくる。伸ばした腕以外はアランからは全く見えない。
タオルを受け取らずそのまま浴室を出て、隠れているヒロキの顔をまじまじと見た。

「ちょ、拭いてから出てこいよ!」

焦ったように言うヒロキの顔は真っ赤に染まっていた。ぐいっと胸にタオルを押し付けてくる。アランにはヒロキの反応は不思議だった。

「何をそんなに恥ずかしがってるんだ? 毎日一緒に入っていただろう」

「別に恥ずかしがってねーし!」

「恥ずかしがってない? 本当に?」

「……っ」

壁を背に立つヒロキを両腕をついて囲い、顔をのぞきこむ。ぷいっと横を向く相手のうぶな反応にアランは気をよくした。

「ヒロキ。ソレナとはなんだ」

「は?」

「さっきの質問の回答だ」

「あ…」

「どういう意味なんだ? わかるように説明してくれ」

「意味。うーん…。そうそうそうだよな、とか、それ聞かれると思ったんだよな。の、略?」

「…………。なるほど」

なぜ略したのかは問題ではない。よくわからないが、つまりは質問への回答ではなかったのだ。

「だがそれでは答えになっていないぞ」

「わかってるよ。……わかってるけどさ」

口をとがらせ言いよどむ。

「まだよくわかんないんだよ。自分がどうしたいのか」

「わからない? …つまり嫌ではないのだな」

「う」

「キミは嫌なことなら嫌だとはっきり言うだろう」

「う~」

「ヒロキ?」

「だからまだわかんないの!」

アランには「わからない」と言うヒロキの心理がわからない。獣人はツガイになりたいかどうかの判断を初見で瞬時にくだすものだ。本能同士が決めるから迷う暇がないのだ。相手の人となりがどうとかはあとからついてくる問題なのだが、たいていは波長が合い末永く添い遂げる。

「ツガイの意味は知っているか」

「わかってるよ。王医のじいちゃんとフィリーが何度も説明してきたし。つまり結婚するってことだろ?」

「ケッコン?」

またアランの知らない言葉だ。ニンゲンはツガイという言い方はしないのだろうか。

「結婚っていうのは、えーと、好き合ったもの同士が永遠の愛を誓ってずっと一緒にいることだよ。同じ家に暮らして子供を作って、なにもなければそのまま死ぬまで家族として過ごすんだ」

「なにもなければ、とは?」

「なんかあったら離婚だよ。んー、つまり、結婚をやめて離れるんだ。もう二度と会わなかったり。ツガイも離婚できるの?」

「出来るわけないだろう」

顔をこわばらせるアランにヒロキがため息をついた。

「だよな…。だから迷うんじゃん。あーあ、答えがちゃんと決まるまでは人化すべきじゃないって思ってたのに…」

フィリーめ、とつぶやく。アランはヒロキが人化の瞬間に叫んだ言葉を思い出した。

「だから、しまった、と言ったのか」

「ん…」

「私とツガイになるかどうか、ちゃんと考えてくれていたんだな」

「あたりまえだろ。選択肢のひとつとしてだけど」

「……他の選択肢はなんだ。いや、やっぱりいい」

きっとアランの気に入る答えではないだろう。

「ヒロキ、私が好きか?」

「好き、じゃないわけないだろ。なんだよいきなり」

「きちんとキミの気持ちが知りたいんだ」

「……嫌いなやつに飼われたりしないし。すりよったりゴロゴロしたりもしないよ」

素直じゃない言い方にアランは微笑んだ。
人型のヒロキは相当な照れ屋だ。

「どうしたらツガイになってくれるんだ。私は何をすればいい?」

「ええ、そんなのわかんないよ…。今までもすごく良くしてもらってたし」

「だが、何かが足りないからなのだろう? ツガイになる決心がつかないのは」

「うう」

困り顔のヒロキが可愛くて耳元に顔を寄せた。ピクッと緊張するピンクの耳に口づけると、ぎゅっと固く目を閉じてしまう。ほほの赤みが増してきた。

「た、足りないのは時間っ!」

「……そうかな? 私は時間ならたっぷりあったと思う」

「オレ的には足りてないの! ニンゲンは結婚するまで何年も考えるもんなの!」

「そんなに考えるな、ヒロキ。感じろ」

「ブルース・リーかよ!」

「なんだそれは」

ああ、もうっ! とヒロキがうめき、上目使いでにらんでくる。
アランは口元がニヤつくのをとめられなかった。パタパタとしっぽも揺れている。

「なにニヤついてんだよっ」

「いいだろう。嬉しいんだ。こうして会話ができるのが」

「うっ」

「時間はどのくらい必要なんだ?」

「わ」

「わからない、は無しだ」

「ええっ、そんな」

「ヒロキ。人型になったからにはもうあまり時間はない。もうすぐ本当の発情期がくるんだ」

「あ…」

「すまないがそんなに長くは待ってやれない。本当なら今すぐにでもキミを奪いたいんだ」

ぐっと、猛ったモノを押し付けるとヒロキの顔に怯えが走った。それを切ない目で見つめる。

「か、覚悟ができたら、ちゃんと言うから…」

「覚悟」

この世の終わりでもあるまいし。大げさな言い方におかしさがこみ上げてくる。

「楽しみに待っているよ」

「う…」

「それから、ただ待ってるだけでは物足りないから」

ちゅっと素早く口づけた。
突然のことに目を見開くヒロキに微笑む。

「口づけは好きにさせてもらう。拒むことは許さない。…いいね?」

目を見つめて念をおすと、ボンッとヒロキの顔が真っ赤になった。湯気が出そうな勢いだ。

「……えっろ」

「? どういう意味」

「もういいから!」

口元を両手で押さえられたのでぺろりと手のひらをなめると「ひゃあっ」とヒロキが飛び上がる。パッと離れた手をつかんで壁に縫いとめ、覆い被さるように口づけた。

何度も向きを変えてくちびるをこすり付けると、ヒロキの息があがり徐々にすきまが開いてきた。差し込んだ舌で舌の先端をつつくと「んんっ」と艶っぽくうめく。

「言っておくが、ツガイの絆を結ぶのは苦痛でもなんでもない。待っているのはむしろ極上の快楽だ」

「…それは突っ込む方の話だろ!」

「違う。発情したオメガの…キミの話だよ」

「そ、そうなの…?」

「そう。ここを私に噛まれながら絶頂に達するとき、キミは──」

うなじをするりと撫でるとヒロキの顔がうっとりし、瞳が潤んできた。

「──この世のものとは思えないほどの快感に気を失うんだよ」

「……っ、」

息を呑んだヒロキの股間が立ち上がっているのにアランは気づいた。そして、アランが気づいたことによってヒロキも気づいた。

「わあっ、ちょっと待った……!」

ぐっといきり立ったものを押し付けると、羞恥によりパニックを起こしたヒロキがもがきはじめた。
離してやるべきなのだろうが、アランも興奮しておりそのまま快楽を追いたい欲求に逆らえない。
ぐっぐっと腰をすり付けこね回すと、ヒロキが甘い声をあげ始めた。

「ん、あっ、…あぁっ。アラン……んんっ」

「ヒロキ…、ヒロキ…ッ」

「や、め…ッ、ああっ! ちょ…無理!」 

「!」

突然パアッと光がはじけ、掴んでいた手が消えた。
獣型である白猫姿でスタッと足元に着地したヒロキと目が合うと、キッとにらまれた。

「口づけだけって言っただろ! アランのバカっ!」

と叫んで浴室から走り出ていく。
それを呆然と見ていたアランはやがて肩を震わせこみあげてくる笑いの発作に身を折った。
クックックと声をおし殺しひとしきり笑った。
それらがおさまると、もて余した熱を下げるためまた水風呂に浸かる。

ちょっと口づけただけで簡単に理性の箍がはずれた自分に呆れ、ヒロキの反応に気をよくし、これからの日々が楽しみでもあり憂鬱でもあった。

ヒロキにツガイとなることを拒否されるとは思っていない。あれは単に踏ん切りがつかないだけで、嫌がっているわけではないのだ。現にアランが期限をほのめかしたら拒否しなかった。要はタイミングの問題だ。

きちんと了承をもらえる前に押し倒してしまいそうな自分に、そしてそうなったらヒロキの信頼を裏切るかもしれない不安にアランは目を閉じた。





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