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紅葉なり

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今までほしいと思えば
何でも手に入った.

それが
東宮の俺にとって
当たり前だった。

だけど、
それが嘘だと
教えてくれたのは
紅葉だった.


初めて会ったのはいつだっただろうか。
それすらもう覚えてない。

ただ、東宮になりたての頃だったと思う。

たまたま近くにいただけで
俺が従者に怒っていた。
そんな時だった。

『あなた大丈夫?』

そんな女の声がしたのは。
そこの言葉は
俺に向けた言葉じゃなくて
従者に向けてだった。

「なんだよ、おまえ。
 俺が誰だかわかってやってんのか」

って俺はその女に
怒った。

一国の帝の跡取りを
ないがしろにされた気分になったのだ。

「知るわけないじゃない。
 だけど、この人は悪い事してなかったわ」

恰好は
ただの芸者なのに
貴族の姫君が言いそうな
言葉を発する
不思議な少女に
俺は目を奪われた.

「俺を怒らせることは
 悪いことじゃないというのか」

って素直に慣れなくて
もっと嫌われそうなことを
言っていることさえ気づけていなかった。

「身分なんて簡単に
 変わってしまうわ。
 誰かが嘘の言葉を言えば 
 信じてしまう人ばかりの
 世なのだから。

 それを知らずに
 生きる人間ほど
 馬鹿なものはいないと
 思うの。

 そんなので
 今上帝になるつもりなら
 やめた方がいいわ」


東宮の俺に向かって
言う言葉じゃない。

普通なら
従者を叱り
俺に謝る。

そんな人間ばかりだった。

「人のせいにする人など、
 国を治められませんわ」

そう言って消えた
白拍子を憎む気になれなかった.


泣いていないのに
泣いているように見える
その笑みが
俺の心に
深く刻まれた。

この笑みを
明るくさせたい。

そして、
この女に認められたい。

そう思えたのだ。


そんな事初めてで
あの時の女を
捜したいと思うのも
初めてだった。

だから、
一番信用できる征人に
探し人を頼んだ。

その女の名は紅葉。

ただそれだけを頼りに。


征人はよくやってくれた。

聴くと

「私も行方知らずの
 婚約者を探していて」

とだけ呟いた。

征人の探し人も
紅葉とともに
見つかればいいと思う。

しかし、
征人は
紅葉を見つけたはずなのに
報告してこない。

不信感が
胸を過った。


婚約者とは
紅葉の事なのだろうか。

でも、紅葉が
渡せない。




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