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人魚姫
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浩介の逞しい腕から逃れた栞は、暁斗を蔑まれ悔しい気持ちを抑え切れず、その大きな瞳から涙を溢れさせながら病院へと走った。
怒りに任せた勢いのまま病室の前まで来てしまったが、こんなボロボロの泣き顔を暁斗や真樹に見せる訳には行かない。ドアの前で立ち止まり深呼吸をして、ハンカチで薄く濡れた目元を拭った。
(一生目覚めないなんて決まった訳じゃない。暁斗が生きようと頑張っているんだから、私に出来ることを精一杯やろう)
そして栞は今日も祈りながら病室のドアを開けた。どうか暁斗が目覚めています様に、と。
※※※
「…昨日、警察から連絡があったの。暁斗を轢いた犯人、捕まったって」
「え!?本当ですか?!」
栞は真樹の話が暁斗の状態についてのものだと思っていたので、想定外の内容に真樹の方へと身を乗り出した。
しかし、それにしては真樹の様子がおかしい。愛する暁斗を植物状態にした憎むべき犯人が逮捕されたというのに、真樹はずっと俯いたまま栞と目を合わそうとせず、表情は暗かった。まるで犯人について深く話すことを拒むかの様に。栞はそんな真樹に対してどう対応するべきか迷ったが、ベッドで眠る暁斗を見ると、やはりこの悔しさをそのままには出来なかった。
「…お義母さん、犯人はどんな奴なんですか?私、許せないんです。どんな事情があろうとも、轢き逃げなんて…。すぐに救急車を呼んでくれていれば、もしかしたら暁斗も意識が戻ったかもしれないのに…!」
「そうね、許せないわよね。…犯人、若い女の人だって。…でも、詳しくは教えて貰えなかったのよ。新聞には名前も乗ったりするかもしれないけれど、私はもう今さら暁斗がどうなるわけでもないし、犯人なんてどうでもいいのよ」
真樹の言葉に、栞は思わず絶句した。
(どうでもいいはずないでしょ。そいつのせいで暁斗はこんなひどい目にあって、私も、お義母さんだって本当に苦しんでいるのに…!)
「お義母さん、何かあったんですか?どうか私には何でも話して下さい」
「違うの、何かあったとかではないのよ。私は犯人については詳しくは分からないの。ただ、捕まったということだけ栞ちゃんにも伝えておきたかったのよ」
「…分かりました。お義母さんがそう仰るのなら、それで良いです。犯人については自分で調べます」
栞は真樹の気持ちがまるで理解出来なかった。このままでは激昂して真樹を責めてしまいそうな自分が怖くなり、どうにか感情を抑える為に一旦話を切り上げることにした。真樹は栞の言葉に俯いてそれでも何も語ろうとはしなかった。その態度に栞はどうすることも出来ず、荷物を片付けると暁斗のベッドに近付き、いつもの様に「今日は帰るね。また来るから」と声を掛けてから病室を出ようとした。その時。
「…ダメよ!!」
「え?」
「犯人のこと、調べないで欲しいの。どうかお願い…」
真樹は振り絞る様な声でそう言うと、椅子から崩れ落ちて伏せた。まるで土下座の様な状態の真輝は泣いているらしく、床から嗚咽が漏れている。
栞はそんな真樹にどう声を掛ければ良いのか分からず、暁斗と真樹を交互に見つめながらしばらく立ち尽くすしかなかった。 暁斗が事故にあったあの日から真樹とは深い付き合いをしてきたつもりだったが、ここまで困惑させられたのは初めてだった。事故のすぐ後は真樹も憔悴しきっていて精神的に不安定なところも見られたが、いつからか栞と少しずつ暁斗の話などをするようになり笑顔も見せるようなった。それはきっとお互いの暁斗を想う気持ちを確かめ合えたからこそだと思う。
栞自身も、もし真樹の存在がなければ自殺を考えていたかもしれない。真樹と二人で暁斗の思い出を語り合い彼の回復を祈ることが、栞の生きる糧になっていた。
だからこそ。
女手一つで暁斗を育て上げ、誰よりも暁斗のことを愛している筈の真樹が、なぜ。
(どうして犯人の事を隠そうとするの…?)
※※※
半ば放心状態になりながら寮の自室へと戻ると、階段を上がった所から廊下の薄暗い電灯の下に人影が見えた。嫌な予感がして栞の身体はギクリと強張ったが、どこへ逃げることも出来ずその暗い直感へと進んで行くしかなかった。
「お疲れ様」
低く耳障りの良い声が栞を待ち伏せていた。声の主はやはり浩介で、廊下は暗く表情までは伺えないが栞の部屋の扉に背中を預けている様だった。
仕方なく近付くと、浩介が愛用している整髪剤の甘い香りに一瞬目眩がした。栞はもう暁斗の体臭を思い出すことが出来ない。栞の両手に染み付いているのは、病室に充満する消毒剤の鼻の奥をツンとさせる匂いだけだった。
「…何のご用ですか?ここ寮ですよ?誰かに見られたらどうするつもりですか!」
「別にどうもしないよ。俺が栞ちゃんを口説いてることなんて従業員のほとんどが知ってるし、今更困ることはない」
「そっちが困らなくても私は迷惑です!恋人がいるって言ってるでしょ。変な噂立てられたくないのよ!!」
そこまで言うと栞はハッとして口を両手で塞いだ。大きな声で怒鳴ってしまった為、きっと寮に在宅している誰かに聞こえてしまっているだろう。早く浩介を追い払って暁斗をひき逃げした犯人について詳しく調べなくてはいけないのだ。帰り道のバスの中でネットニュースなどの記事を探したが、事件の記事はいくつか見つけても、どれも犯人の名前までは載っていなかった。それを知っているとすれば被害者である暁斗の家族である真樹か警察関係者くらいだろうが、真樹があれほど頑なに知らないと主張する以上、警察に聞いてみても被害者の血縁でない栞が教えて貰えることはないだろう。頼みの綱としては以前病室を尋ねて来た記者に名刺を貰ったことがあり、そこに連絡してみようと栞は考えていた。
それにはまず目の前に立ち塞がる浩介をどうにか追い払わなくては。今日ばかりはこの男に好き勝手に弄ばれる訳には行かない。栞は早く部屋へ上げろと言わんばかりの浩介を見上げるとキッと睨み付けた。
「申し訳ないですが、今日はお付き合い出来ません。やらなければいけないことがあるんです。また後日にしてください」
「は?ああ、まあ栞ちゃんにも色々あるんだろうけどさ、取り敢えずもう来ちゃったし待ってたんだからコーヒーくらい飲ませてよ」
「…すいません、本当に忙しいんです!」
栞の頑なな態度に浩介は一瞬不機嫌そうに眉を寄せたが、すぐにまたいつもの人を食った様な嫌な笑顔を見せた。
「…そういえば栞ちゃん、例の犯人、捕まったんだって?」
「…!何で知ってるんですか?」
「さあ?俺も今日知ってさ、だからその話もしたくて待ってたんだ。ちなみに、栞ちゃんはどこまで聞いたの?」
「…どこまでって、どういうことですか?」
「ふっ、取り敢えず、部屋入れて?」
その悪魔の様な取引に似合わぬ仕草で小首を傾げる男を前に、栞は降参して項垂れるしかなった。
※※※
栞の部屋は若い女性が暮らす場所にしては質素なものだった。ブラウン系で統一されたシンプルな家具類と、生活をしていく為に必要最低限のモノだけで構成されている様だった。囚人とまでは言わずとも、心が冷えきっている人間の住む部屋だと感じて浩介はこっそりとため息を吐いた。
部屋全体をぐるりと観察しながらちらりと家主の方を伺うと、彼女は無言で浩介に振る舞うためのインスタントコーヒーをカップに注いでいるところだった。
「あー、ありがとう。でもごめん、俺コーヒー飲めないんだよね」
「…じゃあ麦茶か水道水しかないですけど」
「麦茶がいいです…」
栞は感情を読ませぬ顔で食器棚からグラスを取り出すと、冷蔵庫で冷やされていた麦茶を注いでくれた。
「…このくそ寒いのに冷たい麦茶いらなくね?おしっこしたくなっちゃう」
「飲むって言ったのそっちでしょ。トイレは貸したくないので催したくなったら帰って下さいね」
「何でトイレNGなの?ていうか、あったかい緑茶とかないの?」
「トイレも緑茶も面倒だから嫌。…もう、そんなことより教えて下さい。あなたが知ってること」
栞がいつもより強めの口調で浩介を問い詰めると、浩介は彼女とのやり取りが楽しいんだと言わんばかりに目を細めていやらしい表情を作って笑った。 「なによ!」と栞が食って掛かると、浩介の大きな手が勢い良く伸びて細い手首を捕まえた。二人きりの空間でまるで警戒していない訳ではなかったが、栞はひき逃げ犯のことで頭がいっぱいで血が上ってしまっていた。そしてこれまでの度重なる凌辱に心も身体も悪い意味で浩介という男に馴染んでしまい、少しばかり気を許してしまっていたのだ。
栞は手首を拘束されて反射的に小さく悲鳴を上げて逃げようともがいたが、浩介はそれ以上特に何も動くことはなかった。いつもならばあっという間に服を脱がされてひたすら好き勝手にされるだけなのだが、今日の浩介はどこか様子がおかしい。手首を掴んだまま栞の顔を覗き込み、何か言葉を探しているのか口をもごつかせている。
「聞こえない。なに?ああ、犯人のこと教えて欲しかったらヤらせろっていつもの脅しですか?」
「…まあ、そうだね。栞ちゃんの部屋でヤるの初めてだから興奮するわー」
「クズですね。じゃあさっさと早く終わらせてください」
「…栞ちゃんてさあ、マジで男運悪過ぎるよね」
どういう意味だと吠えようとした唇は、男に身体ごと強く引き寄せられ食らいつかれて音を成すことが出来なかった。その代わり、栞の小さな2DKの部屋ではぐちゅりと唾液を交換する卑猥な音が響いた。
※※※
嫌いな男の匂いに支配された部屋は、まるで初めて訪れた場所の如く別物に感じた。一人用の小さなベッドがまるで壊れそうな音を立てて軋んでいる。シーツは波立つ様に乱れて肌にまとわりつく。栞は長く正常位で貫かれていた。折れそうに細い腰をアザが出来そうな程強く掴まれ、ガツンと身体中に響く程にペニスを打ち込まれ続けていた。いつもより激しい性交に乱されて恐ろしくなり、栞は浩介の美しい形の後頭部を抱いて媚びる様に喘いだ。
「っあ、はあぁ、あ、ああぁ~、そこっ」
「ん、どこ?」
「んっ、んやぁ、あっ、あっ、またイクっ」
「何回目だよ、一人でイきまくってんじゃねーよおらっ」
「あっ、あぁっ!!いやっ、う、あっ、ゆるして、またイっちゃう!!!」
栞が細く白い首を反らして激しく絶頂すると、浩介は最奥まで迫ろうと逞しい腰をぐりぐりと回して攻め行った。その度に栞は泣き喘いで逃げようともがいたが浩介はその様子を食い入るように見つめて更に腰を振った。栞はこの快楽地獄から逃れる為に自分を責め抜く男を早く宥めようと必死で絞り上げたが、やはり遅漏の気があるのか耐えているのか浩介が達する気配は無かった。
「あぅっ、もうゆるして、あっ、あぁ、だめなの、ほんとにしんじゃうっ!」
「あーきもちい、まじで俺らカラダの相性良いよね。結婚したら毎日ヤりまくりたい」
「はあっ、あっ、あっ!結婚なんてしないっ!やだぁっ、ふぇっ、あぁっ!イクぅっ!」
「っ!はぁ、あ、ん、はいはい、ごめんって。怒ったらすごい締まったね。あー、イっちゃいそう」
「あっ、あんっ!ひっ、そこだめ、いやあぁ!もうきもちいいのやだあ!もうイって!イってよぉ!!」
浩介は栞のすらりと長い脚を限界まで開かせると、ぐっと上体を倒して細くしなやかな身体を身動き出来ない様に押さえ付けた。栞は最後の抵抗と言わんばかりに「離せ!」と喚いたが、それは男の征服欲を煽ってしまい逆効果だった。
どちらのものとも言えぬ汗で濡れた乳房を荒々しく揉み抜かれ、桃色の乳首はくすぐるようにされたかと思えば爪先で弾かれる。その度に栞の身体はビクンっと大きく跳ね、浩介は反応を楽しむように意地悪く笑った。浩介の男らしい低く色っぽい声が耳元を掠める度に、栞の胸は何故か締め付けられた。この男の精子を欲しているかの様に子宮が蠢く。頭と身体がまるで切り離されているかのような感覚だった。このまま身体と離れて意識を失くしてしまえればと思い瞼を閉じれば、思惑が透けてしまったのか浩介に一等感じる場所を責められてまた泣かされた。仕方なく目を開ければ、自身を掻き抱く男と視線が交わった。
(泣いているみたいな眼だな…)
不思議に思った瞬間、深く口付けられて息が出来なくなった。もう既に栞の体力はほとんど残っておらず、その唇も熱い舌もただ受け止めることしか出来なかった。ただ一瞬見止めた浩介の目があまりにも小さな子供のように放っておけなかったので、何とか腕を伸ばしてその背中を抱いてやった。
「っはあ、栞、しおりっ」
「っ、っふぁ、あぅ、あっ、ぁっ」
「出る、しおりっ!ぐっ…」
「っはあぁ、あぁ、いっちゃう、っあ、ああ!」
思い切り締め付けてお互い達した後も、浩介はまだゆるゆると腰を振り続けて栞から出ていく様子は無かった。
栞は今までのどのセックスよりも感じてしまった事をぼんやりと自覚していて、浩介の整った顔の輪郭を人差し指でゆるゆるとなぞった。
そのまま意識を手放す瞬間、ふと逸らした視線が窓へと移り、そこから覗いた月がとても美しく、何故かそれがとても怖かった。
怒りに任せた勢いのまま病室の前まで来てしまったが、こんなボロボロの泣き顔を暁斗や真樹に見せる訳には行かない。ドアの前で立ち止まり深呼吸をして、ハンカチで薄く濡れた目元を拭った。
(一生目覚めないなんて決まった訳じゃない。暁斗が生きようと頑張っているんだから、私に出来ることを精一杯やろう)
そして栞は今日も祈りながら病室のドアを開けた。どうか暁斗が目覚めています様に、と。
※※※
「…昨日、警察から連絡があったの。暁斗を轢いた犯人、捕まったって」
「え!?本当ですか?!」
栞は真樹の話が暁斗の状態についてのものだと思っていたので、想定外の内容に真樹の方へと身を乗り出した。
しかし、それにしては真樹の様子がおかしい。愛する暁斗を植物状態にした憎むべき犯人が逮捕されたというのに、真樹はずっと俯いたまま栞と目を合わそうとせず、表情は暗かった。まるで犯人について深く話すことを拒むかの様に。栞はそんな真樹に対してどう対応するべきか迷ったが、ベッドで眠る暁斗を見ると、やはりこの悔しさをそのままには出来なかった。
「…お義母さん、犯人はどんな奴なんですか?私、許せないんです。どんな事情があろうとも、轢き逃げなんて…。すぐに救急車を呼んでくれていれば、もしかしたら暁斗も意識が戻ったかもしれないのに…!」
「そうね、許せないわよね。…犯人、若い女の人だって。…でも、詳しくは教えて貰えなかったのよ。新聞には名前も乗ったりするかもしれないけれど、私はもう今さら暁斗がどうなるわけでもないし、犯人なんてどうでもいいのよ」
真樹の言葉に、栞は思わず絶句した。
(どうでもいいはずないでしょ。そいつのせいで暁斗はこんなひどい目にあって、私も、お義母さんだって本当に苦しんでいるのに…!)
「お義母さん、何かあったんですか?どうか私には何でも話して下さい」
「違うの、何かあったとかではないのよ。私は犯人については詳しくは分からないの。ただ、捕まったということだけ栞ちゃんにも伝えておきたかったのよ」
「…分かりました。お義母さんがそう仰るのなら、それで良いです。犯人については自分で調べます」
栞は真樹の気持ちがまるで理解出来なかった。このままでは激昂して真樹を責めてしまいそうな自分が怖くなり、どうにか感情を抑える為に一旦話を切り上げることにした。真樹は栞の言葉に俯いてそれでも何も語ろうとはしなかった。その態度に栞はどうすることも出来ず、荷物を片付けると暁斗のベッドに近付き、いつもの様に「今日は帰るね。また来るから」と声を掛けてから病室を出ようとした。その時。
「…ダメよ!!」
「え?」
「犯人のこと、調べないで欲しいの。どうかお願い…」
真樹は振り絞る様な声でそう言うと、椅子から崩れ落ちて伏せた。まるで土下座の様な状態の真輝は泣いているらしく、床から嗚咽が漏れている。
栞はそんな真樹にどう声を掛ければ良いのか分からず、暁斗と真樹を交互に見つめながらしばらく立ち尽くすしかなかった。 暁斗が事故にあったあの日から真樹とは深い付き合いをしてきたつもりだったが、ここまで困惑させられたのは初めてだった。事故のすぐ後は真樹も憔悴しきっていて精神的に不安定なところも見られたが、いつからか栞と少しずつ暁斗の話などをするようになり笑顔も見せるようなった。それはきっとお互いの暁斗を想う気持ちを確かめ合えたからこそだと思う。
栞自身も、もし真樹の存在がなければ自殺を考えていたかもしれない。真樹と二人で暁斗の思い出を語り合い彼の回復を祈ることが、栞の生きる糧になっていた。
だからこそ。
女手一つで暁斗を育て上げ、誰よりも暁斗のことを愛している筈の真樹が、なぜ。
(どうして犯人の事を隠そうとするの…?)
※※※
半ば放心状態になりながら寮の自室へと戻ると、階段を上がった所から廊下の薄暗い電灯の下に人影が見えた。嫌な予感がして栞の身体はギクリと強張ったが、どこへ逃げることも出来ずその暗い直感へと進んで行くしかなかった。
「お疲れ様」
低く耳障りの良い声が栞を待ち伏せていた。声の主はやはり浩介で、廊下は暗く表情までは伺えないが栞の部屋の扉に背中を預けている様だった。
仕方なく近付くと、浩介が愛用している整髪剤の甘い香りに一瞬目眩がした。栞はもう暁斗の体臭を思い出すことが出来ない。栞の両手に染み付いているのは、病室に充満する消毒剤の鼻の奥をツンとさせる匂いだけだった。
「…何のご用ですか?ここ寮ですよ?誰かに見られたらどうするつもりですか!」
「別にどうもしないよ。俺が栞ちゃんを口説いてることなんて従業員のほとんどが知ってるし、今更困ることはない」
「そっちが困らなくても私は迷惑です!恋人がいるって言ってるでしょ。変な噂立てられたくないのよ!!」
そこまで言うと栞はハッとして口を両手で塞いだ。大きな声で怒鳴ってしまった為、きっと寮に在宅している誰かに聞こえてしまっているだろう。早く浩介を追い払って暁斗をひき逃げした犯人について詳しく調べなくてはいけないのだ。帰り道のバスの中でネットニュースなどの記事を探したが、事件の記事はいくつか見つけても、どれも犯人の名前までは載っていなかった。それを知っているとすれば被害者である暁斗の家族である真樹か警察関係者くらいだろうが、真樹があれほど頑なに知らないと主張する以上、警察に聞いてみても被害者の血縁でない栞が教えて貰えることはないだろう。頼みの綱としては以前病室を尋ねて来た記者に名刺を貰ったことがあり、そこに連絡してみようと栞は考えていた。
それにはまず目の前に立ち塞がる浩介をどうにか追い払わなくては。今日ばかりはこの男に好き勝手に弄ばれる訳には行かない。栞は早く部屋へ上げろと言わんばかりの浩介を見上げるとキッと睨み付けた。
「申し訳ないですが、今日はお付き合い出来ません。やらなければいけないことがあるんです。また後日にしてください」
「は?ああ、まあ栞ちゃんにも色々あるんだろうけどさ、取り敢えずもう来ちゃったし待ってたんだからコーヒーくらい飲ませてよ」
「…すいません、本当に忙しいんです!」
栞の頑なな態度に浩介は一瞬不機嫌そうに眉を寄せたが、すぐにまたいつもの人を食った様な嫌な笑顔を見せた。
「…そういえば栞ちゃん、例の犯人、捕まったんだって?」
「…!何で知ってるんですか?」
「さあ?俺も今日知ってさ、だからその話もしたくて待ってたんだ。ちなみに、栞ちゃんはどこまで聞いたの?」
「…どこまでって、どういうことですか?」
「ふっ、取り敢えず、部屋入れて?」
その悪魔の様な取引に似合わぬ仕草で小首を傾げる男を前に、栞は降参して項垂れるしかなった。
※※※
栞の部屋は若い女性が暮らす場所にしては質素なものだった。ブラウン系で統一されたシンプルな家具類と、生活をしていく為に必要最低限のモノだけで構成されている様だった。囚人とまでは言わずとも、心が冷えきっている人間の住む部屋だと感じて浩介はこっそりとため息を吐いた。
部屋全体をぐるりと観察しながらちらりと家主の方を伺うと、彼女は無言で浩介に振る舞うためのインスタントコーヒーをカップに注いでいるところだった。
「あー、ありがとう。でもごめん、俺コーヒー飲めないんだよね」
「…じゃあ麦茶か水道水しかないですけど」
「麦茶がいいです…」
栞は感情を読ませぬ顔で食器棚からグラスを取り出すと、冷蔵庫で冷やされていた麦茶を注いでくれた。
「…このくそ寒いのに冷たい麦茶いらなくね?おしっこしたくなっちゃう」
「飲むって言ったのそっちでしょ。トイレは貸したくないので催したくなったら帰って下さいね」
「何でトイレNGなの?ていうか、あったかい緑茶とかないの?」
「トイレも緑茶も面倒だから嫌。…もう、そんなことより教えて下さい。あなたが知ってること」
栞がいつもより強めの口調で浩介を問い詰めると、浩介は彼女とのやり取りが楽しいんだと言わんばかりに目を細めていやらしい表情を作って笑った。 「なによ!」と栞が食って掛かると、浩介の大きな手が勢い良く伸びて細い手首を捕まえた。二人きりの空間でまるで警戒していない訳ではなかったが、栞はひき逃げ犯のことで頭がいっぱいで血が上ってしまっていた。そしてこれまでの度重なる凌辱に心も身体も悪い意味で浩介という男に馴染んでしまい、少しばかり気を許してしまっていたのだ。
栞は手首を拘束されて反射的に小さく悲鳴を上げて逃げようともがいたが、浩介はそれ以上特に何も動くことはなかった。いつもならばあっという間に服を脱がされてひたすら好き勝手にされるだけなのだが、今日の浩介はどこか様子がおかしい。手首を掴んだまま栞の顔を覗き込み、何か言葉を探しているのか口をもごつかせている。
「聞こえない。なに?ああ、犯人のこと教えて欲しかったらヤらせろっていつもの脅しですか?」
「…まあ、そうだね。栞ちゃんの部屋でヤるの初めてだから興奮するわー」
「クズですね。じゃあさっさと早く終わらせてください」
「…栞ちゃんてさあ、マジで男運悪過ぎるよね」
どういう意味だと吠えようとした唇は、男に身体ごと強く引き寄せられ食らいつかれて音を成すことが出来なかった。その代わり、栞の小さな2DKの部屋ではぐちゅりと唾液を交換する卑猥な音が響いた。
※※※
嫌いな男の匂いに支配された部屋は、まるで初めて訪れた場所の如く別物に感じた。一人用の小さなベッドがまるで壊れそうな音を立てて軋んでいる。シーツは波立つ様に乱れて肌にまとわりつく。栞は長く正常位で貫かれていた。折れそうに細い腰をアザが出来そうな程強く掴まれ、ガツンと身体中に響く程にペニスを打ち込まれ続けていた。いつもより激しい性交に乱されて恐ろしくなり、栞は浩介の美しい形の後頭部を抱いて媚びる様に喘いだ。
「っあ、はあぁ、あ、ああぁ~、そこっ」
「ん、どこ?」
「んっ、んやぁ、あっ、あっ、またイクっ」
「何回目だよ、一人でイきまくってんじゃねーよおらっ」
「あっ、あぁっ!!いやっ、う、あっ、ゆるして、またイっちゃう!!!」
栞が細く白い首を反らして激しく絶頂すると、浩介は最奥まで迫ろうと逞しい腰をぐりぐりと回して攻め行った。その度に栞は泣き喘いで逃げようともがいたが浩介はその様子を食い入るように見つめて更に腰を振った。栞はこの快楽地獄から逃れる為に自分を責め抜く男を早く宥めようと必死で絞り上げたが、やはり遅漏の気があるのか耐えているのか浩介が達する気配は無かった。
「あぅっ、もうゆるして、あっ、あぁ、だめなの、ほんとにしんじゃうっ!」
「あーきもちい、まじで俺らカラダの相性良いよね。結婚したら毎日ヤりまくりたい」
「はあっ、あっ、あっ!結婚なんてしないっ!やだぁっ、ふぇっ、あぁっ!イクぅっ!」
「っ!はぁ、あ、ん、はいはい、ごめんって。怒ったらすごい締まったね。あー、イっちゃいそう」
「あっ、あんっ!ひっ、そこだめ、いやあぁ!もうきもちいいのやだあ!もうイって!イってよぉ!!」
浩介は栞のすらりと長い脚を限界まで開かせると、ぐっと上体を倒して細くしなやかな身体を身動き出来ない様に押さえ付けた。栞は最後の抵抗と言わんばかりに「離せ!」と喚いたが、それは男の征服欲を煽ってしまい逆効果だった。
どちらのものとも言えぬ汗で濡れた乳房を荒々しく揉み抜かれ、桃色の乳首はくすぐるようにされたかと思えば爪先で弾かれる。その度に栞の身体はビクンっと大きく跳ね、浩介は反応を楽しむように意地悪く笑った。浩介の男らしい低く色っぽい声が耳元を掠める度に、栞の胸は何故か締め付けられた。この男の精子を欲しているかの様に子宮が蠢く。頭と身体がまるで切り離されているかのような感覚だった。このまま身体と離れて意識を失くしてしまえればと思い瞼を閉じれば、思惑が透けてしまったのか浩介に一等感じる場所を責められてまた泣かされた。仕方なく目を開ければ、自身を掻き抱く男と視線が交わった。
(泣いているみたいな眼だな…)
不思議に思った瞬間、深く口付けられて息が出来なくなった。もう既に栞の体力はほとんど残っておらず、その唇も熱い舌もただ受け止めることしか出来なかった。ただ一瞬見止めた浩介の目があまりにも小さな子供のように放っておけなかったので、何とか腕を伸ばしてその背中を抱いてやった。
「っはあ、栞、しおりっ」
「っ、っふぁ、あぅ、あっ、ぁっ」
「出る、しおりっ!ぐっ…」
「っはあぁ、あぁ、いっちゃう、っあ、ああ!」
思い切り締め付けてお互い達した後も、浩介はまだゆるゆると腰を振り続けて栞から出ていく様子は無かった。
栞は今までのどのセックスよりも感じてしまった事をぼんやりと自覚していて、浩介の整った顔の輪郭を人差し指でゆるゆるとなぞった。
そのまま意識を手放す瞬間、ふと逸らした視線が窓へと移り、そこから覗いた月がとても美しく、何故かそれがとても怖かった。
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