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第7話 歓喜の報告

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 鉱山復帰をしてからコウの生活はいつもの通りに戻りつつあった。

 と言っても、以前と違い、『半人前』から、『半人前のコウ』という呼び名に代わり、さらにはその日に貰える給金も仕事の内容を加味して以前よりも多くなったからそれが嬉しかった。

 その日も、日中の仕事が終わり、鉱山広場の集会所前にはドワーフの列が出来ていた。

「──次。お疲れさん、ほらよ。毎回、ありがとうな」

「おう! 当然さ!」

 これはその日の給金が配られる列である。

 一日に昼組が夕方に、夜組が朝方に給金を貰おうと列に並ぶのだが、配る係員のドワーフの横には樽が置いてあり、そこにドワーフ達が貰った給金の中から一部を投げ入れて家族のもとに帰っていくのが、この鉱山集会所前のいつもの光景であった。

 それはつまり、募金である。

 何の募金かと言うと、ドワーフ全体の生活改善を目的としたものであった。

 この鉱山の所有権は人間の領主のものであり、ドワーフはそこで雇われている状況なのだが、この街に住むドワーフ達のリーダーが仲間のドワーフが騙されて安い給金で働かされないように、上と掛け合って一定の額を貰えるように交渉してある。

 しかし、それでも差別対象であるドワーフだから、人間と比べたらその報酬は安いものであった。

 それをわかっているドワーフのリーダーがみんなに提案したのだ。

「みんなでお金を出し合い、その貯めたお金で自分達の鉱山と誰にも気兼ねする事なく住む為の土地を買わないか?」と。

 これに夢を持ったドワーフ達は全員がこの樽募金に賛同して、毎日、誰もが少ない給金の中から募金をしているのだ。

 だが、コウは日頃から『半人前』として、給金は他のみんなより少なく、カツカツの生活を送っていたので、一人前の証明の一つであるその募金も出来ずにいた。

 だから仕事を認められ、給金が少し増えた事でこの募金が出来るようになったのだ。

 もちろん、その募金をすると以前と変わらないカツカツの生活のままだから、変化は何一つないのだが、ドワーフ族の将来の夢の為と思えば、希望が持てた。

「お? 『半人前』のコウもいよいよ募金できるようになったか」

 係員のドワーフが樽募金に小銭を放るコウの姿に軽く驚いて茶化す。

「僕もドワーフの一員なので!」

 コウも今や名持ちのドワーフだから、それを強調するのであった。

 そこに、集会所の外からざわめきが起こる。

 それは給金を貰う為に並んでいる列にも伝わっていき、コウも何かと思ってその方角を見た。

「ヨーゼフが帰ってきたぞ!」

「おお!」

「今回は長かったな!」

「どうだった? 見つかったか!?」

 ドワーフ達から一斉にそのヨーゼフと呼ばれるドワーフに声を掛ける。

 ヨーゼフとはこのマルタの鉱山の街でドワーフのリーダーを務める男の事だ。

 ヨーゼフは黒髪に黒髭の精力に溢れる隻眼のドワーフで、旅から戻ったばかりである事がわかるように、大きなリュックを背負い、戦斧を引っ下げたまま、集会所に入ってくる。

 コウもヨーゼフの事は当然ながら知っていた。

 憧れの人物だ。

 頭がよく仲間思いで差別する事を嫌い、コウの事も目をかけてくれていた。

 最近はこの街を留守にしている事が多かったのだが、それはドワーフの為の鉱山と住む場所を探すべく全国を旅していたからである。

 それはつまり、十分な資金が貯まり、候補を探す余裕ができた事を意味した。

 もちろん、候補を見つけてもそこを売ってもらえないと意味がない。

 その交渉もこのヨーゼフが任されていた。

 そのヨーゼフは、無言で集会場の少し高い壇上に向かう。

 その時、コウは視線がヨーゼフと交差した。

 ヨーゼフが少し驚いた表情でコウを見て、壇上に上がる。

「みんな、少し残ってくれ! 急で悪いが良い知らせだ!」

 その一言でドワーフ達は何かを察した。

 ヨーゼフが良い知らせと言ったら、一つしかないからだ。

「ま、まさか!?」

「ついにか!」

「おい、誰かみんなを呼んで来い!」

 ドワーフ達はすぐに大きくざわめきだした。

 ヨーゼフの帰還というだけで、ドワーフの一部は家から走って集会所に飛び込んでくる者もいるくらいだ。

「落ち着けみんな! そう慌ててくれるな……。俺が言う事は、みんながここにいない連中に伝えてくれればいい。──それで……、だ。……みんな待たせたな。今回の旅でついに……、俺達ドワーフの新天地となる土地を見つけて契約を結んで来たぞぉぉぉ!!!」

 ヨーゼフの言葉に集会所にいた全員から歓声が巻き起こる。

 それも特大の歓声だ。

 鉱山で夜組の連中もこの歓声に気づいて手が止まり、何事かと集会所に集まって来た。

 集会所では土埃で汚れたドワーフ達がその場で抱き合って泣いているから、奇妙に見えるはずだが、すぐにその理由もヨーゼフの姿を見つけてすぐに理解する。

 そして、察した他のドワーフ達からも歓声が上がり、それは伝播していく。

 鉱山全体にその報は瞬く間に流れ、鉱山作業は完全にストップしてみんなが喜びに抱き合う。

 コウもその中に入って他のドワーフ達と喜びの涙を流して抱き合うのであった。

 そこへ、この鉱山を任されている人間の鉱山長がいつもより遅い出勤で集会場に入ってくる。

「この騒ぎは何事だ! お金が欲しければとっとと仕事に戻らんか!」

 その叱咤する息からは酒の匂いがした。

 と言ってもこれはいつもの事であり、現場責任者にも拘らず、この鉱山長は昼間から飲み屋通りで酔っ払っているのが常である。

 給金を配る時間になると、監視の為に夕方と朝、部下を連れてやってくるだけで、一年中飲んでいた。

 ドワーフ達もそれはわかっていたが、彼らにしたら、現場で口を出されないだけマシだと思っていたから、領主に告げ口せずにいたのだ。

「うん? 貴様ヨーゼフか? ドワーフはみんな同じに見えてわからんが、その隻眼には見覚えがあるぞ! 何だ今更、仕事が欲しくて舞い戻ってきたのか? 貴様がいなければもっと安くで労働力が手に入ったのに……。それはそれとして、この騒ぎの原因はお前か!」

 人間の鉱山長はヨーゼフに気づいて酒臭い息で悪態を吐くと、騒ぎの原因がヨーゼフとわかって嫌な顔をする。

「お騒がせしました。旅から帰って来てみんなに挨拶をしたかったものですから。鉱山長明日からまた、通いますのでよろしくお願いします。──それじゃあ、みんなそのつもりでこれからも働いてくれ!」

 ヨーゼフは何事もなかったように、挨拶をすると、他のドワーフ達に声を掛ける。

「「「おう!」」」

 ドワーフ達は、先程までの喜びが嘘のように、ピタリと歓喜の渦は収まり、すぐ仕事に戻っていく。

「……よくわからんが、給金を貰ったならとっとと出て行け!」

 鉱山長は不機嫌に近くのドワーフ達に怒鳴るのであった。


 コウは足取り軽く自分の家へと帰っていた。

 街の郊外にある家は、この時間、周囲は真っ暗で、急いで貴重なランタンに火を点けて室内を照らす。

 その室内は狭くて小さい粗末なもので、室内にある荷物と言えば、入院時のお見舞いで貰った鉱山仕事道具セット(中古)に、一人用の木のお椀やスプーンフォークなど最低限のものだけである。

 それがコウの全財産であった。

 厳密には鍛冶屋で作った超魔鉱鉄製鉱山セットが、床の下に隠しているから、それ相応の財産を持っている事になるが、売れないので宝の持ち腐れ状態ではある。

 だが、それも新しい新天地までの我慢であった。

 それまでにこの土地でドワーフのみんなの役に立ち、信用を得てから新天地で新たな生活を迎えたいと思うコウであった。
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