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10話

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 俺の名前は招待客に含まれていないから、いくらなんでも普通に行って入れるとは思っていない。

 確か、ユールとはあんまり関わりのない王太子がこのパーティに参加してる……らしい。
 その辺の招待客が噂してた、王太子様のなんちゃら祝いがなんちゃらって。

 ほとんど聞けてないじゃないかって? 細けえことはいいんだよ!

 とにかく、兄様にお祝いの品を渡しにきた設定にして潜りこむことにしようと思う。
 大丈夫だって、堂々としてればいけるだろ!

 ツェリンに借りた薄紫色の夜会服の袖を引っ張り (ちょっと俺には小さかった)気合いを入れ直してから衛兵の元に突撃した。

「君、少しいいかい」
「貴方は……? も、もしかして第四王子殿下!?」

 衛兵が大きな声を上げるのを、シーッと制して小声で話す。

「大事にしたくないんだ、声を抑えてくれ」
「はっ、失礼しました」
「実は、兄上に預かり物があってね。入れてくれないか」
「それは……」

 チラリと衛兵が隣の兵士に視線を寄越す。ん?
 あ! ザスじゃないか!?

 ヤッベ、こいつがいたのか……!!
 気づかないで声をかけるとか、俺相当テンパってんな!

「ユール! どうしたんだ、ガレル様におつかいでも頼まれたのか!?」
「おつかい……まあ、そのようなものだよ、うん」
「ガレル様は王太子殿下と仲がいいからな! いいぞ、渡したらすぐ戻ってこいよ!!」

 ザスは快く夜会会場に入れてくれた。……こんなんで大丈夫なのか、警備。

 まあ入れたからよしとするか……気をとりなおして辺りを見渡す。
 ドレスを着たご令嬢方がたくさんいるな、狙い通り。

 そう、俺は決意した。ガレルから逃れる方法はもはやただひとつ。
 どっかの貴族のご令嬢を押し倒して既成事実を作るしか、俺に活路はない!

 ……でも本当にそんなことするとかわいそうだし、俺ビビリなんで。
 悲鳴とか上げられたらそれだけで体が固まっちゃって、ご令嬢の護衛とかに速攻で捕らえられることだろう。
 それはもう、そうなる自信がめっちゃある。

 なので、そういうフリをしてくれそうなノリのいいご令嬢を探してだな……そんな子いるか?

 親の決めた婚約者とかガレルの意向に逆らってまで、俺と両思いのフリをしてくれる子……いや、絶望的でもなんとかするしかないんだって!

 壁側に寄りつつ、目ぼしい顔を物色する。

「……あ、あれは確かモーリア公爵家のご令嬢……男つきか。あっちは侯爵家の……だめだ、親がピッタリ張りついて離れそうにないぞ」

 だよな、嫁入り前の大事なご令嬢なんて、変な男が近づかないように当然ガードしてるわな。

 ……ていうか、王子って肩書きはもうちょいご令嬢ホイホイだと思っていた時期が俺にもあったんだが。
 来ねえよ! 俺んとこには一人も来ねえ!

 現在人だかりの中心にいるのは、王太子とその妻、それとあそこのモテ男……あ、第二王子じゃんあれ。

 ……王子はご令嬢ホイホイであってたわ。俺にその効果が付属してないだけだった。

 せっかくガレルのもの主張が激しい金糸刺繍の服じゃなく、ツェリンの夜会服を借りて来たのにな……

 急になにもする気が起きなくなって、壁際に寄りかかる。
 まあそうだよな、わかってたさ。俺が足掻いたって今更どうにもならないことだって。

 というより、なんでガレルから逃げる必要あったんだっけって思えてきた。

 いやまあ、昨日のことが恥ずかしすぎてさ……男の嫁になるってのも、現実を認められなかったっていうかさ。

 まあでもアイツかっこいいし、いいやつだし、それに好き……だし。
 アイツが結婚相手でも、案外悪くないんじゃねぇの?

 ふわ、と口から出てきた欠伸を噛み殺す。気が抜けたら眠くなってきた。

 もう撤退するか、とぼんやり考えていると、知らない顔が声をかけてきた。

「もし、そこのお方。具合が悪いのでは?」
「なんともないよ、少し寝不足が祟っただけだ」

 ニコリと王子スマイルをプレゼントすると、目の前の中年男も笑顔を返してくる。
 んー、見たことない顔、どこの誰だろう。着ている物の質を見るに、中流貴族っぽいけど。

「さようですか、眠いのであれば中庭の散策などされては? 外の風に当たれば目が覚めることでしょう、よろしければ私も同行致します」
「ああ、それはいいな。だが行くとしても僕一人で行くから、君はこの会場でもう少し夜会を楽しむといい」
「いえいえ、貴方のような顔色の悪いお方を一人にするなんて、私にはできません」

 ああ、顔色が悪いから身分差とか気にせず声をかけてくれたのか?
 って、そうだ。俺は今、ツェリンの服を借りてるから第四王子って認識されてないのかも?
 うーん、わからん。

 眠気を自覚すると同時にいろいろ考えるのも話をするのも面倒になってきたので、いとまを告げる。

「そんなに顔色が悪く見えるのなら、そろそろ帰るよ」
「では、入口までご一緒しましょう」

 腰に手を添えられエスコートをされて、違和感を覚える。
 ガレルの手じゃない、なんか歩きにくい。

「足元が不安定だ、大丈夫ですか? そうだ、そこの者、水をくれないか」

 いや、足元が揺れるのはアンタの歩き方にあわせようとしたらそうなっただけだから。

 中年男は給仕から水を受けとり、俺に差しだした。

「どうぞ」
「ああ、ありがとう」

 水をもらうと同時に、そういえば喉が乾いていたなと自覚する。

 知らない人からもらったものは口にするな、とガレルのお小言が頭の中をよぎったが……そんな注意を受けるような子どもじゃないという反抗心から、グラスに口をつける。

 ゴクゴクと飲み干してグラスを中年男に返す。中年男は目尻の皺を深くしながら、グラスを受けとった。

「いい飲みっぷりでございました」
「喉が乾いていたんだ。ああ、これ以上僕に付き添わなくても知りあいがいるから、お前はここに残っていい」
「まあまあ、心配ですし最後までつきあわせて下さいよ」

 急に馴れ馴れしくなった中年男を怪訝な顔で見上げる。なんなんだ?
 まあいいや、なんかこいつ胡散くさいし、会場の入口にいたザスに追い払ってもらってとっとと帰ろう、そうしよう。

 しかし会場の入口にはザスがいなかった。

「あれ?」
「どうなさいました?」
「いや……」

 あいつどこ行きやがった……もう一人の見張り番が一人で仕事してるぞ、トイレか?

 んー、しゃあねえなあ、だったらここから近いガレルの部屋に行くか。もう部屋までもちそうにないくらい眠い……

「ふわあ……」
「眠たいのですね? そこに休憩室がありますから、寄っていきましょう」
「いや、いいってば。僕に構うな……」
「まあまあ」

 まあまあじゃねえんだよ。
 だけど手を引かれると眠気で力の入らない体は簡単に引かれて、中年男についていってしまう。

 その手が腰を撫でまわすように動いて、俺の背筋は凍った。

 あ、これついてったらダメなやつ。

「離せ……!」
「ほら、ここですよ。入りましょう」

 手を振り払おうとした俺のなけなしの抵抗はアッサリ封じられて、男に部屋の中に連れこまれそうになる。
 俺は閉まるドアに足を捻じこむと、精一杯叫んだ。

「助けて! ガレル兄様、ガレル!!」
「チッ! 大人しくしろ!!」
「もがっ!」

 口を塞がれてグッと部屋の中に引き寄せられる。
 ヤツの足で俺の足を蹴飛ばされ、強引にドアの隙間を閉められそうになった、その時。

「ユール!」
「んむ!!!」
「なっ!?」

 ライオンのたてがみのような朱金の髪を持つ男が俺の元にかけつけ、中年男の腕を捕らえて捩じりあげた。

「痛い痛い痛い! ヒィ!!」
「貴様、ユールになにをしようとした!?」
「ごごご、誤解です! ただ私は、おおお王子殿下を保護して差しあげただけで」
「ユールの腕を拘束し、足を蹴っていたのを見たが?」
「ぐっ……」

 言い訳は厳しいと踏んだのか、中年男が押し黙る。
 厳しい顔をしたガレルは、背後についてきていた騎士に告げる。

「独房へ連れていけ」
「ハッ」
「な!? そ、そんな無体な……私は無実です!!」
「無実かどうかは牢の中でじっくり聞かせてもらおう。行け」

 騎士達が中年男を連れていくと、あたりは急に静かになる。
 気が抜けた俺はもはや立っていられなくて、床にへたりこんだ。

「ユール! どうした、なにをされた!?」
「なにもない、けど、眠い……眠いよ、ガレル……にい、さま……」

 ガレルがしゃがんでくれたので、俺は遠慮なく彼の腕に縋りつく。
 ガレルは素早く俺の様子を観察し、ひょいと俺のことをお姫様抱っこした。

「手首にアザがついている、かわいそうに。それに顔が妙に赤いな、なにか口にしたか?」
「ごめんなさい……」
「ユール……お前になにかされる前で本当によかった……」

 ガレルは泣きたいような笑いたいような、複雑な表情で俺のことを見つめていたが、その顔がだんだんぼやけてくる。

 なにか話しかけてきているのはわかるが、意味を理解する前に急速に俺は眠りの中に落ちた。
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