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4話
しおりを挟む数日後、俺は図書館で本を読んでいた。
今までのユールは本を読むこと自体が好きで通っていたが、匡は別に本は好きではないし勉強だって面倒くさい。
勉強するくらいならベースの練習をしたいのだが、残念ながらここにベースはない。
調べたいこともあったため、仕方なくここに日参していた。
「お、あったあった。これとこれは関係ありそうか? あってくれよなー」
ユールはいままで興味のなかった召喚魔法や憑依魔法について調べていた。
魔法の気配はなかったので正直期待薄だが、もしも魔法が原因だとすれば、手がかりはこの書庫から得られるかもしれない。
神隠しやら呪術やら関係ありそうな本も含めて、片っ端から本棚から引っぱりだして調べているが、今のところ手がかりらしき手がかりは見当たらない。
「んだよ、これもハズレか、ちぇっ」
ため息を吐きながら本を戻していると、背後に人の気配を感じた。
「どうしたユール、ため息なんぞついて」
「うわ!? ガレル兄様!」
ポンと肩を叩かれてびくりと体が跳ねる。金色混じりの赤毛の偉丈夫が、顔を近づけてユールを覗きこんでくる。
ちょ、近い近い。
「その、なんでもありません。お元気でしたか? 兄様」
さりげなく距離をとろうとするが、肩から手が離れなくて内心焦る。
「ああ、元気だとも。それよりもユール、最近のお前はどうしたんだ? 連日早駆けの誘いも茶の誘いも乗ってこないと思ったら、読書に勤しんでいたのか?」
「そうですね、その、急に学ぶ意欲が湧いてきまして」
「そうだったか。では俺も今日はユールと共に読書でもしよう。なにかわからないことがあればなんでも聞いてくれ」
ユールは肩に乗った手を押しのけつつ、困った顔で首を横に振った。
「いえいえそんな、お忙しい兄様を煩わせるわけにはいきませんので」
「今は火急の要件などないから、お前が思い煩うことなどなにもないぞ。さあ、どの本を読みたいんだ? 高いところにあるならとってやる」
日本人的な婉曲表現では、断り文句として不足のようだ。ユールは思いきってきっぱりと断ることにする。
「いいえ兄様。一人で集中したいのです。兄様がいると読書に集中できませんので、執務にお戻りください」
キリリと凛々しい眉を吊りあげて主張するユールに、ガレルは首を傾げた。
「どうした、ユール……今日は頑なだな。俺はなにかお前の機嫌を損ねることをしただろうか」
「いえ、その……僕ももうすぐ十七になります。成人です。大人になるなら、今までのように兄様に頼りすぎず、距離を置いた方がいいのかとっ!?」
言葉の途中でガレルが力強くユールを腕の中に閉じこめた。
ひえっ、逃げられなかった! 腕も胸板も硬いー! 怖いーっ、掘られるー!!
内心パニックになりながらぎゅうぎゅう胸板を押し返してみるも、びくともしない。
おのれ! 筋力の差が憎い!!
「悲しいことを言うなユール……距離を置くなどすれば、俺の心が折れてしまう。どうかそばにいてくれ」
「や、その……ですね……うぐ、苦しい……!」
「ああ、すまん!」
ゲホゲホと咳込むユール。
あー、筋肉ヤベェ、締め殺されるかと思った!
ダメだ、この路線は危険すぎる。方向性を変えよう! プランその二だ!
そう、ユールはなんとかしてガレルとの婚約秒読み状態から逃れようとしていた。
そのためには一に離れること、それがダメなら……
「あー、では兄様。あの一番上の本を取ってもらえますか?」
「ああ、これか」
「いえ、違います、右のです」
「これか?」
「じゃなくて、その緑の背表紙です」
「二つあるな、どっちだ?」
ここでユールの渾身の舌打ちが炸裂した。
チッッッッ!!!
「!?」
作戦その二。離れたく、ないというなら、嫌われよう! 作戦!!
「左のやつですよ……あーそれです、どぉもありがとうございます兄様」
ペラッペラな返事をすると、ユールは本を受け取りドカリと音を立てて行儀悪く椅子に座った。
あまりのことにガレルは本を渡したままの姿勢で固まっていたが、そのうちクックックと背を丸めて笑いだした。
「反抗期なのかユールよ、ハハハ、いいぞ。俺はどんなユールでも受けとめる自信がある」
いやそこは自信失っとけよ兄さんよ、と内心ツッコミながら、黙々と本を読んで無視を決行する。
適当に選んだ本は恋愛小説だった。それも男×男。うげ……と思いながら読んでいるフリをしていると、ガレルが話しかけてくる。
「それは二年ほど前に市井で流行った恋物語だったか。母の趣味だな」
「……」
「俺もつきあわされて読んだことがある。勉強すると聞いたが、市井の流行でも調べているのか?」
読書に集中しているフリで無視を決めこんでいると、不意に耳に息が吹きかけられた。
「ユール、無視はよくないな?」
「ふぁ!?」
ぞわりと背を電流が駆け抜ける。パッと耳を押さえると、ガレルは困ったように笑ってクシャリとユールの髪をかき混ぜた。
「悪かったな、読書に集中したいと聞いたのに構いすぎたか。お前が目の前にいるとつい構いたくなるな……また来る」
ガレルはユールを優しく引き寄せ頬にキスをすると、図書室を出ていった。
「……」
俺はその頼りがいのある背中を、不覚にも赤面しながら見送った。
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