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1話

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 起きたら見慣れない、やけに豪奢な部屋だった。
 金糸が織り込まれた重そうなカーテンから、朝の光が差し込んでいる。

 どことなくアールヌーボーな雰囲気の、白と金色を基調とした部屋。

「……は? いやまて俺。落ち着こう。確かゼミのやつらと酒飲んで、馬鹿騒ぎして……それからどうなった? ここどこだ」

 これまたずっしりした濃い緑の上掛けをまくると、ガチャリと音がして扉からメイドが出てきた。
 メイド喫茶にいるようなやつじゃなくて、長い紺色のスカートで装飾もほとんどない本格的な方のメイドだ。
 茶色の髪を引っ詰めていて、いかにも真面目そう。

「おはようございます、ユール様。朝のお茶をお持ちしました」

 楚々とした所作で隙なく動き、ベッドの横にあった装飾過多の真っ白なサイドテーブルに、紅茶らしきものを注いでくれる。

 意味もわからず固まっていると、メイドは一礼して一歩さがった。

「本日は天候に恵まれましたので、ガレル様との遠乗りは予定通り行われるということでよろしいでしょうか」

 よろしいでしょうかって、なにもよろしくないが!?

 不安を吐きだすように思いのまま話そうとすると、キンと耳鳴りと頭痛が一気に襲ってきた。

「……っ!」
「ユール様? どうなさいましたか、ご体調が優れませんか? すぐに主治医を……」

 メイドが踵を返そうとするのを、手を挙げて止めるジェスチャーをする。

「いや、心配には及ばないマシェリー。体調はいいよ、ガレル兄様との遠乗りはもちろん行こう」
「そうでございますか……かしこまりました。ではそのように手配します」

 メイド……マシェリーが部屋から下がると、はあっとため息を吐きだした。

「えーっと、つまりどういうことだ……俺は塔野ただしだけど、ユール・エレド・ラ・リーファウスでもあるわけで……んー?」

 ベッドから降りて、唐草模様の主張が激しい姿見の前に立ってみた。
 プラチナブロンドの髪に、アメジストの瞳の十四才くらいの見た目の美少年が、困惑した顔で見返してくる。

 いや、自分で言うのもなんだけどすっごい美少年。
 女顔だけど眉が凛々しいからちゃんと男ってわかる。

 顔の輪郭を撫でると、鏡の中の人物も同じ動きをした。

 やっぱ俺、あれだわ。ユールで間違いない。

「けど昨日まで匡の記憶なんてなかったし、こんな下町の平民みたいな喋り方、できなかったはずだけどな……」

 今度はユールの方の昨日の記憶を思いだしてみる。

 確か昨日は才能のない剣の稽古を内心涙目になりながら頑張った後、日課である結界への魔力譲渡をこなした。

 昼食後に勉強をして、その後癒しの図書館にこもって本を読んでいたら、通りがかったガレル兄様に今日の予定である遠乗りに誘われたんだっけかな。

 それから兄様と夕食を共にして、部屋に戻って湯浴みをして寝た。

 特別変わったことはなかったし、ベッドから落ちて頭打ったりとかもなかった。

 魔法をかけられたら誰かの魔力を感じるはずだが、自分の魔力しか感じとれない。

「ということは、なんだろうな……まあでも、順当に考えるといわゆる前世の記憶ってやつか?」

 匡の記憶は鮮烈で色鮮やかで、正直自分はユールであるというよりも匡であると思った方がしっくりくる。

 大学に通いながら、日々ジャズサークルに入り浸り青春を謳歌する大学二年生。

 正直勉強なんて単位が取れれば問題ないとばかりに、バイトがない日は頻繁に友達と飲み歩いている。

 人格もそちらに引っ張られているようで、訳のわからない事態に白金の髪をボリボリと掻きむしった。
 ユールだった時はそんな仕草をしたことないのに、気がついたら自然としていた。

「これはちょっと気をつけないとな。第四王子が急にガサツになったなんて噂になったら、ガレル兄様になんと言われるか……」

 めちゃくちゃ心配されてしばらく軟禁されそうだ。うん、隠そう。
 今まで通り、なにもなかったかのように過ごすんだ。

 ユールの記憶を辿ってガレルのことを思いだそうとすると、なにやら違和感を感じたが、それを言語化する前にメイドが三人部屋に入ってきた。

「失礼しますユール様。お召し替えを手伝わせていただきます」
「いや、結構だ」

 姉ちゃんぐらいの年の女性に着替えを手伝われるなんて、どんな羞恥プレイだよ! と内心ツッコミながら、持ちこまれた着替えの中から無難な上下セットを見つけて手にとる。

「出ていていいよ、自分で着替えるから」
「それは……かしこまりました、そのように致します」

 メイド達は戸惑いながらも部屋を出ていく。
 ユールはその背中を見送りながら、あちゃーと心の中で呟いた。

「ついやっちまった……ま、このくらいいいだろ。王族でも、軍に所属してたりしたら自分で着替えることもあるような……俺入ってないから知らんけど」

 うっかり匡の感覚で物を言わないようにもうちょい気をつけないとな、とユールは頷きながら、着替えを開始した。

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