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第四章 アンガス海の運び屋と元海賊の古傷

47 嵐の終わり

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 開いたままの扉から話し声が聞こえた。メレの声だ。

「で、どうするの? その目を見られたからには、アタシも消したりするわけ? スバルちゃんみたいに」

 腕を組みながら物騒な言葉を切り込むメレに、ヘルは空気を裂くような鋭い一声を上げる。

「違う!! 俺はスバルを殺してねえ……殺せ、なかった」
「じゃあどうするの?」

 沈黙が場を支配し、俺はゴクリと唾を飲み込んだ。これ……今入ってもいいタイミングじゃないよね? このままじゃ盗み聞きになっちゃうけど……

 迷っている間にも、メレは言葉を続ける。

「スバルちゃんはアンタを化物扱いして攻撃したり排除しようとしたり、しないと思うけど……もちろんアタシも、さっきソレを見たクロちゃんもね。スバルちゃんを傷つけた件に関しては……正直許せねえけどな!」

 メレは思いっきり手を振りかぶると、ヘルの横っ面をビンタした。ヘルは普段のように避けなかったせいで、大きな音と共に頬に赤い手形がつく。

 メレは手首をプラプラさせて、ため息を吐いた。

「……ったく、もう。……二度とすんな」

 ドスの効いたメレの低い声に、ヘルは一瞬沈黙して、小さな声で返答する。

「……ああ」

 メレは腕を組みなおして、ヘルを見おろす。

「二度としないって言うならこれで手打ちにしてあげる。二度目はないから」
「わかってる」
「だとしたら後は、アンタがアタシ達を信じられるかどうかっていうのが問題よ」

 再び沈黙。今度の沈黙は長かった。ヘルはやがて、小さな声で話し出す。

「……俺、は……たとえお前らを信じたところで何も変わらねえよ。この目のせいで時々抑えがたい衝動が湧くことがあって、なにもかもぶっ壊してしまいたくなっちまうんだ」
「でもアンタ、今までなんとかやり過ごしてきたんでしょ? これからもそうすればいいじゃない」

 はあ、と重苦しいため息が聞こえた。

「んな、簡単なモンじゃねーんだよ……寝れねえし、イラつくし」
「それじゃ諦めて、スバルちゃんからも離れて一人寂しくしてればいいじゃない。ふふ、ライバルが減ってせいせいするわぁー、ありがとねー?」
「……」
「ホントにそれでいいわけ? 一回スバルちゃんとお話しておきなさいよ。ちゃんと謝って、決めつけたりしないで、素のアンタを見せてきなさい。……ってことで」

 目の前で、扉が大きく開いた。目をかっ開くヘルを尻目に、メレの軽やかなウインクが飛んでくる。

「スバルちゃん、いらっしゃーい! アタシは扉の外でクロちゃんと一緒に待ってるわ、何かあったらすぐ駆けつけるから話を聞いてあげて? このバカがスバルちゃんに謝りたいんですって」
「ス、スバル!? なんでそこに」

 わたわた慌てるヘルを尻目に、メレは俺の背中を押して中に進むように促す。

 俺はされるがままに押されて、ヘルの目の前に立った。
 赤と青の瞳と目があうと、バッと風が吹くんじゃないかって速度で目を逸らされる。

「ヘル……」
「……っ」

 ヘルはスクッとベッドから立ち上がる。
 そのまま俺の脇をすり抜けようと足早に走り抜けた瞬間、クロノスが素早く立ち塞がり、ヘルの身体をクルッと背負い投げした。う、えっ!?

 宙を舞うヘルを、俺は間抜けにも口をパカっと開けながら見送った。

 ダァン! 大きな音と共に、背中から床に叩きつけられたヘルを、クロノスは冷めた瞳で見下ろす。

「往生際が悪いですよ、ヘルムート。スバルが慈悲と勇気をもって貴方と向き合おうとしているのです、逃げ出すなどもっての他」
「やるじゃないクロちゃん! もっとやっちゃって!!」

 もはや趣旨の変わっているメレにツッコミを入れる人は誰もいない。俺? びっくりし過ぎてそれどころじゃないよ?

「ってぇ……なにしやがる!!」
「私は謝りませんよ。これ以上何もされたくなければスバルに謝罪をしてください」
「そーよ、ちゃんと話しあわないとアタシ達でアンタのことボッコボコにしちゃうんだからね? スバルちゃん、任せたわよ!」
「う、うん! がんばる!!」

 ヘルはふらつきながらも身を起こし、ドカリと床の上に座った。どうやら逃げるのは諦めてくれたみたいだ。

「んだよ、お前ら……俺は仲良しごっこがしたいわけじゃねえんだ、どうしようもねえ俺のことなんて放っておけよ」
「嫌だよ。俺は、俺のこと守ってくれて優しくしてくれたヘルと仲良くなりたいし、ヘルの力になりたいもん。そのヘルが傷ついているのがわかっててほっとけない」
「……俺にはもう、スバルの傍にいる資格なんてねえ」

 片膝を抱えるようにして顔を伏せるヘル。その姿が俺には、今にも泣きだしそうな子どもに見えた。

「なんで? 俺は気にしてないよ。そりゃ、怖かったけど……だけどそれが原因でヘルとさよならする理由にはならない」
「……」

 眉根を寄せたまま黙りこくるヘルに、俺は慎重に言葉をかける。

「ヘルは、怪物扱いされるのが嫌だったんだよね?」

 俺もしゃがみこんでヘルの顔を覗き込む。ヘルはボンヤリと床の木目に目の焦点をあわせたまま、ボソボソと呟いた。

「嫌っつうか、殺らないと殺られるっつーか……どいつもこいつも俺のことを理性のない魔人扱いしやがるから」
「ヘルは狂ってなんていないよ。ちゃんと優しいとこあるし、考えてるし、普通に暮らせてるじゃんか」
「今はそうでも……この先どうなるかなんてわからねえ。俺がコイツに呑みこまれる日が来るかもしれねえ」

 ヘルは震える右手で右目の赤を覆った。

「それは……そうならないように一緒に考えようよ! 俺は魔力の扱いが上手いみたいだし、きっとヘルの魔力がこれ以上暴走しないための力になるから。だからさ……一人になるなんて、そんな寂しいこと言わないで」

 そっとヘルの右手に手を添えると、やっとヘルの青い瞳と視線が交わった。キラキラと波打つ青の光は、こんな場合なのに見惚れてしまいそうなほど美しい。

「……スバル」
「うん」
「スバル、スバル……好きだ。好きなんだスバル、お前を失いたくない、傍にいたい。お前の隣で、お前の笑う顔を見ていたいんだ……っ!」

 勢いよくかき抱かれて、ギュッと背骨がしなる。うっと息が詰まりそうになったところで、あっという間に部屋の中にかけつけたクロノスにヘルは引き剥がされた。

「誰が触れていいと言いましたか。スバルへの謝罪がまだです」

 腕を組んでヘルを睥睨するクロノスに、ヘルは罰が悪そうに顔を歪めた。

「テメェ……チッ、その通りだけど、正論を言われるとなんかムカつくぜ。後で覚えてろよ」

 へ、ヘル、そのセリフ雑魚の悪役みたいだよ?
 ヘルは視線を左右に揺らしながら、しどろもどろに言葉を放った。

「その、スバルには悪いことをした、と、思ってる……悪かった」
「うん。もうしないでね」
「ああ、二度とやらねえ」

 ヘルが深々と頷くのを見て、クロノスは組んでいた腕をやっと解いた。

「よっし! これで解決ね!!」

 メレがパンッと手を叩いてその場の空気を一掃する。

「騒いだらお腹空いちゃったわね。食堂に行ってお茶にしましょ。ヘル、アンタはいい加減着替えなさい、風邪ひくわよ?」
「うるせぇ、着替えるから出てけよ、っくし!」

 指摘した途端にクシャミをするヘル。俺はメレと顔を見合わせて、ついつい笑ってしまった。

「笑ってんじゃねーよ!」
「いった! だからなんでアタシを蹴るわけ!?」

 いつもの調子に戻ったヘルに、俺はホッと胸を撫で下ろす。
 クロノスはいつもどおりのヘルの様子にやれやれと苦笑していた。
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