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第一章 領主の屋敷と青嵐の導き

14 徹夜明けで大事な話はしちゃいけない

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 ヘルは煤だらけのクロノスさんの上着を脱がせて頭を軽く払うと、自分のベッドをクロノスさんに譲って寝かせた。

 俺は布を水で濡らしてきて、クロノスさんの汚れた顔を拭う。
 拭っている間、クロノスさんは今にも目蓋が落ちそうな有様だった。

「すみませんスバル、ヘルムート、急激な睡魔が……限界です」
「いいから、もう寝ろ。お前は十分働いた」
「う……ですが、まだ」
「ヘルの言う通りだよ、クロノスさん! ごめんね、俺、加減がわからなかったから、クロノスさんに無理させちゃったんだ」
「……だ……、ぅ……」

 最後の方は言葉にならず、クロノスさんの意識は眠りの中に落ちて行った。

「……クロノスさん、寝た? 大丈夫?」

 ヘルはクロノスさんの腕を取り、口元に軽く手を当て呼吸を確かめると、無愛想に告げた。

「なんもねーよ。しばらく寝てりゃよくなる」

 ヘルムートはテキパキとクロノスさんの衣服を寛げ、墨色に汚れた手袋を脱がせた。脱がせる時、クロノスさんは少し呻く。

「っ、クロノスさん、痛そう」

 クロノスさんの指先は真っ赤で、手の甲には水ぶくれができていた。火の中に手を突っ込んだりしたのかもしれない。

 消火は間に合ったのかな、クロノスさんがこんなにまでなって必死に探していたお父さんの形見、無事だといいけれど……

 ヘルは手の状態を検分すると、一階から手桶を持ってきて、クロノスさんの両手をそれに浸した。

「このくらいなら、冷やしゃ問題ねぇよ。……それにしてもこいつ……」

 ヘルは眠っているクロノスさんの眼鏡を外すと、目蓋をこじ開けて瞳孔を確認した。なんだかお医者さんみたい。

 順番に両眼を確認して、訝しげに眉を顰めるヘル。

「こいつ、まさか、いやでも……もしかして魔力切れか……? 才無しのはずだろ?」
「ヘルも瞳の中の魔力が見えるの!?」

 俺が飛びつくようにヘルに食い下がると、驚いたように後ろに下がって怪訝な顔をされる。

「そ、そんな訳ねえだろ。今のは魔力不足の兆候を確かめただけだ。発動直前時以外に魔力が見えるなんて夢物語かよ…お前今なんつった?」
「あ」

 こうして俺は、魔力を持つ人物の目に属性が見えること、魔法発動直前どころか数秒前から魔力が見えること、人の魔力を引き出して使えること、更には、気がついたらこの町にいて帰り方がわからないことまで、洗いざらい話すハメになった。

 徹夜明けに重大な話をしたら駄目だね、うっかり異世界から来たことまで口から滑り出ちゃいそうだった。

 異世界人がどういう扱いを受けるかわからない以上、話したら危険だよね。

 ……ヘルなら大丈夫そうかなって思わなくもないけど……うーん、やっぱりまだ怖いや。もう少し様子見で。

「で、どこから来たんだ? ここマーツェロじゃねぇなら、イエルトか、ククルードか、それともゼシアか? アンガスもあり得るな」

 知りませんよー、俺はなんにも知りませんーっ!
 首を左右に振りまくって追及を逃れようとするが、ヘルの視線はじっとりと俺に注がれたままだ。

「黒髪に黒目だろ、そうなるとマーツェロの貴族の血を引いてる可能性が高いわけだよな。やっぱり訳ありか?」
「俺は貴族じゃないよ!」
「どうだかな」

 頑なに真実を口にしない俺に一つため息を吐いて、ヘルはベッドの端で胡座をかいた。

「ま、いいけどな。話したくなったら話せよ。俺はもう寝る、お前も寝とけ」

 ヘルは欠伸を噛み殺しながらクロノスさんが使っていた簡易ベッドに向かった。俺も後をついて行く。

「あのさ、ヘル。寝る前に一つだけ教えてほしいんだけど。俺の体質って少し変わってるだけで、他にも同じような人がいるのかな?」

 ヘルは顎に手を当てて少し考えた後、おもむろに振り返る。

「いや、少なくとも俺は、そんな風に魔力が見えるヤツも、他人から引き出せるヤツの話も聞いたことはねえな。あんま言いふらさない方がいいぜ」
「そっか……」

 薄々感づいてたけど、普通じゃないんだ……黙り込んだ俺の眉間には自然と皺が寄っていたらしく、ヘルは人差し指でそこを突いた。

「わっ!?」
「んな悩むなよ。難しいことは起きてから考えろ」

 ぷい、とそっぽむくヘルの整った横顔。時折伺うように視線が俺へと動く様子に気遣いを感じて、自然と笑みが溢れた。

「……うん、そうする。ありがとう」
「別にこれはお前を慰めた訳じゃなくて、俺が早く寝たいからであってな……」

 いつものツンデレな言い訳がゴニョゴニョと聞こえたが、ふとヘルはまっすぐに俺を見つめた。その手が俺の頬をそっと、壊れ物でも扱うかのように触る。

 いつものような強引さも勢いもない触り方だったので、俺は騒ぐことなくスキンシップを受け入れた。

 ヘルの手が、遠慮がちに俺の頬を撫でる。なになに? 顔に煤が残ってたのかな?

「お前、俺が触っても嫌がらないのな」

 ヘルは眩しい物でも見るかのように目を細めた。
 ユラユラと心の中を映す鏡のように揺らめく海色の瞳に魅せられていると、彼はフッと一瞬笑みを浮かべた。

 自然でリラックスしていて、内面の優しさが表情に滲みでているような大層魅力的な笑顔だった。
 それは瞬きの間に消え失せ、元のムスリとした気難しそうな表情に戻ってしまう。

 ヘルは失敗したとでも言いたげに手で顔を隠しながら、わざと厳しい表情を作り、メレの部屋のベッドを指差した。

「スバル、自分のベッドに行け。早く寝ないと俺のベッドに引きずりこむぞ?」
「えっ!? いやもう寝るよ! おやすみ!」
「フッ……ああ」

 忍び笑いと共に扉は閉まった。俺は自分の身体もざっと布で拭って綺麗にした後、フラフラとベッドに辿り着くと、ボスリと身体を投げ出すように横たえた。

 ああ、なんで俺こんなに心臓が高鳴ってるんだろう? さっきの笑顔とからかう声音が頭の中でリフレインしている。
 イケメンって狡いな、同性の俺までこんなにドキドキさせるなんて。

 まだまだ頭は冴えていたけど、身体は限界だったみたいでうつらうつら目蓋が下がり始める。
 今日はとっても濃い一日だったな、とにかく今は寝てしまおう。

 後のことは、起きてから。



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