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12 俺日記好きなんだ。だって忘れても読めるだろ?
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目覚めたカリオスは、本棚の前で立ち尽くしていた。一冊の本を手に持っている。
俺が部屋の扉を少し開けて彼と視線を交わすと、カリオスは困惑したように瞳を揺らした。
「ツカサ」
「カリオスごめん! ちょっと強く衝撃を与えすぎたみたいなんだ。どこも痛いところはないか?」
俺は先手必勝とばかりに、パンと手を打ち鳴らしながら潔く謝罪した。
カリオスは無駄にキリッとした表情で俺に答える。
「痛かったです。とても鋭く、生きていることを実感できるいい拳でした。ぜひもう一度」
「却下」
やめてくれよ、俺にトラウマを植えつける気か?
「そう言うと思いました。今は痛いところはどこもないですよ、少し残念なくらいに」
「あっそう」
心配して損するような台詞をサラリと言ってのけたカリオスは、半眼で呆れる俺に向かって一冊の本を差し出した。
「こちらこそ、勝手に手にとってしまいすみません。もし迷惑でないならお聞きしたいのですが……それはツカサが書いた本、いえ、日記でしょうか」
文字は読めなかったようだが、筆跡から俺の書いた物だと察したらしい。
カリオスが遠慮がちに差し出した本を俺は気負いもなく受け取ると、パラパラと流し読みをする。
カリオスの言う通り、これは日記だ。全て日本語で書かれている。
この本棚の本は全て日記である。その隣の本棚も、またその隣も。
「そうだよ」
カリオスは俺の答えに息を呑んだ。彼は壁一面に備えつけられた本棚に素早く視線を走らせる。
「日記……この部屋の本全てがそうなのですよね? こんなにたくさん……」
「だって、書いておかないと細かいことは忘れちゃうだろ?」
俺の友達、大切な仲間。いなくなった後だって、ちゃんと覚えておきたいから。
ああ、懐かしいなあ。これ、俺が王様やってた頃の日記だわ。当時の俺は既に女性不信だったから、家臣に世継ぎを望まれても結婚なんてしなかった。
だから次に国を任せる人材も、当然自分の子どもってわけじゃなかった。
公爵家から養子をとって、選りすぐりの教育係を選んで、俺自身も色々魔法の心得なんかを教えこんだ。俺が王国を発った後も立派に国を継いでくれて、後世になっても賢王だなんだと讃えられたよなあ、あの子。
……そんなヨロレイヒ王国も既に滅亡して久しい。本当に虚しくなるよなあ。
物思いに耽りため息をつく俺を、カリオスは呆然と見つめた。
「……こんなにも莫大な時間を、貴方は生きてきたのですか」
「だって神様だからね。自分で死のうと思わなきゃ死ねないしさ」
カリオスは感極まったように、俺の背をギュッとかき抱いた。
「僕が側にいますから」
「ああ、うん。いるな」
「そうじゃなくて! そうではなくて……諦めないでくださいよ。僕はずっと貴方の側にいたい。貴方の孤独を癒したいんです」
俺は言葉の意味を理解して、じわじわと目を見開く。期待と諦めの狭間で、心が激しく揺れ動いた。
俺と一緒に生きようとしてくれた仲間達の顔が次々と脳裏に蘇る。
本当にいいやつらだった。大好きだった、友として、人として……けれど、もう、誰も。
……結局俺が下した結論は、諦めだった。そっと目を伏せる。
「ありがとうカリオス。そう言ってくれて嬉しいよ。けどな」
「けどなじゃありませんよツカサ。いいですか? 僕は諦めが悪いんです。それはもうとんでもなく。十年前に一目会っただけの貴方にもう一度会いたいと願って、魔王を倒してまで魔大陸から脱出し、並居る権力者共を蹴散らし、十年越しに会いにくる程度にはね」
力強い声につられて顔を上げると、カリオスの瞳が真っ直ぐに俺の目を射抜く。緑の瞳は決意に燃えていた。
「貴方のことだって、振り向いてもらうまで何十年だって口説くつもりです」
「なんで、そこまで」
「はじめて会った時には気がつかなかった、けれどきっと最初から貴方に惹かれていた。知らず知らずのうちに貴方ともう一度会うことが、心の拠り所となりました。そして十年越しに貴方と会い、言葉を交わし、本気で欲しくなってしまったんです……ツカサ」
カリオスの大きな手で、そっと顔の淵を両手で包みこまれる。だんだん近づいてくる唇、俺は抵抗も忘れてただただ、カリオスの美しく煌めく瞳を見ていた。
そっと触れるだけのキスを受ける。触れた唇は驚くくらいに熱かった。
しばらくの間口をくっつけていたカリオスは、ゆっくりと顔を離して真剣な表情で俺を見下ろした。
「わかりましたか?」
「……えっ、なにが?」
「だから、僕が絶対に諦めないってことをです。貴方と生きるためになら不老不死になる魔法だって開発してみせますし、なにがなんでも口説き落としてみせますから」
「あ、そう。うん」
なにがなんだかわからないなりに、カリオスの熱意に押されて返事をした俺。当然カリオスはそんな俺の生返事に不満そうな顔をした。
「なんですかその気の抜けた返事は。僕が本気だと信じられない? ふむ、たしかに今までは貴方が神だという話を信じはしても、実感はしていませんでした。これからは不老不死の魔法を探して実際に行動しましょう」
「いや、不老不死の魔法ならあるけど」
「あるんですか!?」
驚愕するカリオスに、俺はこくりと頷いた。
「ある。けど……カリオスにはまだかけない」
「何故?」
だって、裏切られたら嫌じゃん? この期に及んで尻込みする俺相手に、カリオスはフッと自信あり気に笑った。
「なるほど、まずは貴方の心を落としてみせろということですね? いいでしょう。ツカサにずっと未来永劫一緒にいたいと思ってもらえるくらいに、惚れさせてみせますから」
「お前いつもそんな自信たっぷりだけど、その自信はいったいどこから湧いてでてんの?」
「どこでしょうね、考えたこともなかったですが。今までだいたいのことは実力で叶えてこれたからでしょうか? だからツカサのことも絶対に振り向かせてみせます」
「わー、すごーい」
「本気にしていませんね? 覚悟していてください」
いやー、君は本当にやりとげるかもしれないよカリオス君? 現に俺はかなり絆されてきてる自覚がある。この心の奥を支配する怖さを乗り越えられるほどじゃないけれど。
俺が部屋の扉を少し開けて彼と視線を交わすと、カリオスは困惑したように瞳を揺らした。
「ツカサ」
「カリオスごめん! ちょっと強く衝撃を与えすぎたみたいなんだ。どこも痛いところはないか?」
俺は先手必勝とばかりに、パンと手を打ち鳴らしながら潔く謝罪した。
カリオスは無駄にキリッとした表情で俺に答える。
「痛かったです。とても鋭く、生きていることを実感できるいい拳でした。ぜひもう一度」
「却下」
やめてくれよ、俺にトラウマを植えつける気か?
「そう言うと思いました。今は痛いところはどこもないですよ、少し残念なくらいに」
「あっそう」
心配して損するような台詞をサラリと言ってのけたカリオスは、半眼で呆れる俺に向かって一冊の本を差し出した。
「こちらこそ、勝手に手にとってしまいすみません。もし迷惑でないならお聞きしたいのですが……それはツカサが書いた本、いえ、日記でしょうか」
文字は読めなかったようだが、筆跡から俺の書いた物だと察したらしい。
カリオスが遠慮がちに差し出した本を俺は気負いもなく受け取ると、パラパラと流し読みをする。
カリオスの言う通り、これは日記だ。全て日本語で書かれている。
この本棚の本は全て日記である。その隣の本棚も、またその隣も。
「そうだよ」
カリオスは俺の答えに息を呑んだ。彼は壁一面に備えつけられた本棚に素早く視線を走らせる。
「日記……この部屋の本全てがそうなのですよね? こんなにたくさん……」
「だって、書いておかないと細かいことは忘れちゃうだろ?」
俺の友達、大切な仲間。いなくなった後だって、ちゃんと覚えておきたいから。
ああ、懐かしいなあ。これ、俺が王様やってた頃の日記だわ。当時の俺は既に女性不信だったから、家臣に世継ぎを望まれても結婚なんてしなかった。
だから次に国を任せる人材も、当然自分の子どもってわけじゃなかった。
公爵家から養子をとって、選りすぐりの教育係を選んで、俺自身も色々魔法の心得なんかを教えこんだ。俺が王国を発った後も立派に国を継いでくれて、後世になっても賢王だなんだと讃えられたよなあ、あの子。
……そんなヨロレイヒ王国も既に滅亡して久しい。本当に虚しくなるよなあ。
物思いに耽りため息をつく俺を、カリオスは呆然と見つめた。
「……こんなにも莫大な時間を、貴方は生きてきたのですか」
「だって神様だからね。自分で死のうと思わなきゃ死ねないしさ」
カリオスは感極まったように、俺の背をギュッとかき抱いた。
「僕が側にいますから」
「ああ、うん。いるな」
「そうじゃなくて! そうではなくて……諦めないでくださいよ。僕はずっと貴方の側にいたい。貴方の孤独を癒したいんです」
俺は言葉の意味を理解して、じわじわと目を見開く。期待と諦めの狭間で、心が激しく揺れ動いた。
俺と一緒に生きようとしてくれた仲間達の顔が次々と脳裏に蘇る。
本当にいいやつらだった。大好きだった、友として、人として……けれど、もう、誰も。
……結局俺が下した結論は、諦めだった。そっと目を伏せる。
「ありがとうカリオス。そう言ってくれて嬉しいよ。けどな」
「けどなじゃありませんよツカサ。いいですか? 僕は諦めが悪いんです。それはもうとんでもなく。十年前に一目会っただけの貴方にもう一度会いたいと願って、魔王を倒してまで魔大陸から脱出し、並居る権力者共を蹴散らし、十年越しに会いにくる程度にはね」
力強い声につられて顔を上げると、カリオスの瞳が真っ直ぐに俺の目を射抜く。緑の瞳は決意に燃えていた。
「貴方のことだって、振り向いてもらうまで何十年だって口説くつもりです」
「なんで、そこまで」
「はじめて会った時には気がつかなかった、けれどきっと最初から貴方に惹かれていた。知らず知らずのうちに貴方ともう一度会うことが、心の拠り所となりました。そして十年越しに貴方と会い、言葉を交わし、本気で欲しくなってしまったんです……ツカサ」
カリオスの大きな手で、そっと顔の淵を両手で包みこまれる。だんだん近づいてくる唇、俺は抵抗も忘れてただただ、カリオスの美しく煌めく瞳を見ていた。
そっと触れるだけのキスを受ける。触れた唇は驚くくらいに熱かった。
しばらくの間口をくっつけていたカリオスは、ゆっくりと顔を離して真剣な表情で俺を見下ろした。
「わかりましたか?」
「……えっ、なにが?」
「だから、僕が絶対に諦めないってことをです。貴方と生きるためになら不老不死になる魔法だって開発してみせますし、なにがなんでも口説き落としてみせますから」
「あ、そう。うん」
なにがなんだかわからないなりに、カリオスの熱意に押されて返事をした俺。当然カリオスはそんな俺の生返事に不満そうな顔をした。
「なんですかその気の抜けた返事は。僕が本気だと信じられない? ふむ、たしかに今までは貴方が神だという話を信じはしても、実感はしていませんでした。これからは不老不死の魔法を探して実際に行動しましょう」
「いや、不老不死の魔法ならあるけど」
「あるんですか!?」
驚愕するカリオスに、俺はこくりと頷いた。
「ある。けど……カリオスにはまだかけない」
「何故?」
だって、裏切られたら嫌じゃん? この期に及んで尻込みする俺相手に、カリオスはフッと自信あり気に笑った。
「なるほど、まずは貴方の心を落としてみせろということですね? いいでしょう。ツカサにずっと未来永劫一緒にいたいと思ってもらえるくらいに、惚れさせてみせますから」
「お前いつもそんな自信たっぷりだけど、その自信はいったいどこから湧いてでてんの?」
「どこでしょうね、考えたこともなかったですが。今までだいたいのことは実力で叶えてこれたからでしょうか? だからツカサのことも絶対に振り向かせてみせます」
「わー、すごーい」
「本気にしていませんね? 覚悟していてください」
いやー、君は本当にやりとげるかもしれないよカリオス君? 現に俺はかなり絆されてきてる自覚がある。この心の奥を支配する怖さを乗り越えられるほどじゃないけれど。
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