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9 無駄にはりあうカリオス君

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 大人しく転移させられたダークレイは、ドカリと椅子に座ると長い足を組んだ。俺が茶を出すと鷹揚に頷く。

「ふむ、ニギリ草か」
「それ好きだったろ」
「ああ。いただこう」

 ダークレイが我が物顔で茶をすすっているのを、カリオスはまだ警戒した様子で見つめていた。
 俺は手招きしてテーブルに着くよう促す。

「お前も来いよカリオス、ダークレイはちょっとばかし喧嘩っ早いところがあるけどいいやつだぞー」
「……失礼します」

 カリオスは観念したかのように、俺の席の隣に腰かけた。
 ちょっと緊張してるっぽいな。さっきまで剣を抜いて戦おうとしていた相手だし、しょうがないか。

 カリオスは紅茶が好きなんだっけなーと出してやると、彼は短く礼を言って口をつけた。
 俺も緑茶を出して椅子に腰かけ、ついでに適当に茶菓子を用意すると早速ダークレイに問いかけた。

「何十年ぶりだっけ。あんまりに音沙汰ないもんだから、どこかで死んでんのかと思ったわ」
「最後にここを訪れたのは八十年ほど前か? しばらく世界を見て回っていただけだ。勝手に我を死んだことにするな」
「ふーん。番探し?」
「ああ。見つからなかったがな。そもそも死にそうになったらコレを使っている」

 ダークレイは懐から鳴らない鈴を取りだした。
 これは昔、まだダークレイが幼竜だったころに渡したお守りだ。
 普段は鳴らない鈴だが、緊急事態になった時だけ鳴り響き、世界中どこにいても俺に知らせるようになっている。

 ダークレイにコレを渡した時、我は子どもではないのだぞと嫌がってたから、どこかに捨てられた可能性もあると思っていたけれど。

「まだ持ってたのか、それ」
「薄情な誰かと違い、我は物ですら大切にする性質でな」
「あー、わかったわかった、悪かったって。とにかく、ダークレイが無事でよかったよ」

 これ以上ヤブを突かれるのはゴメンだと、俺は強引に話を打ち切った。

 ところでドラゴン種は、年頃になると番を探して世界中を見てまわるらしい。
 ダークレイも例外ではなかったようだ。それまで一年に一回は顔を見せていたのに、けっこうな長時間帰ってこないもんだから、死んだかどうかはともかく、とっくに俺のことなんて忘れ去ってたと思った。

「番、そのうち見つかるといいな」
「そうだな。なに、我もお前程ではないが長命だ。あと二百年以内に見つかればよい」

 ドラゴンは八百年から千年ほど生きる種族だから、嫁さん探しも子作りものんびりしている。

 俺もせっかくならドラゴンに転生してればよかったのかなー? そしたら番を作って仲睦まじく生を終えていたかもしれない。

 俺がぽやぽやと夢物語を想像していると、ダークレイはニヤリと笑って爆弾発言を投下した。

「して、そこの人族はお前の番候補か?」
「そうですね、その理解で間違いありません」
「いやありまくりだけど!? ……って、ついツッコミ入れちゃったけどもしかしてそれであってる……!?」
「ん? どっちなんだ。ハッキリするがいい」

 一応番候補っていうか恋人候補ではあるのか……今のところ恋人というか、スキンシップの多い同居人の関係に落ちついているけども。
 俺は腕を組んで鼻息を吐いているダークレイに向かって、カリオスのことを簡単に説明した。

「えーと、番候補の同居人、カリオス君です」
「ご紹介にあずかりましたカリオスです。ツカサに振り向いてもらうためにあの手この手で口説いている最中です」
「そうか。ツカサは優柔不断だからな、下手に口説くと百年かかっても落とせんぞ」
「ご忠告をどうも。ですがご心配なく、そんなに時間をかけるつもりはありません。ね、ツカサ」
「いや、俺に振られてもだな」

 カリオスは甘さを含んだ瞳でフワリと笑いかけてきた。そんな甘い顔をしても、うーむイケメンの微笑みは眼福だなあって感想しか抱けないけど?

「フッ。前途多難だな」
「貴方に心配されることではありません」
「おいおい喧嘩するなよ? ダークレイ、ほらこれを食ってみろ。うまいぞー」

 俺は不穏な空気を払拭するため、ニギリ草を練りこんだクッキーをヤツの口に押しこむ。
 お前ら腹減ってるからカリカリするんだよ、せっかく出したんだから茶菓子を食え。

 ダークレイは大人しく口を開けて、カリッと一口食べた。

「うむ、なかなかの味だ」
「俺が直々に作ってやったんだから、ありがたーく食べてくれ」

 ダークレイがまたそのうち来るかもって思って、作っておいた特製クッキーだ。肉でも草でもなんでも食べる雑食ドラゴンだが、このニギリ草を混ぜこむのが美味しいらしい。

 神の力は大抵の食べ物は出せる。だがこのニギリ草クッキーは人間が食べるような物じゃないため、食べ物のくくりに入らないのか、自分で焼くしか用意する方法がなかった。

 作り過ぎたまんまで時を止めた異空間に死蔵されてたから、活躍の機会があってよかったよ。

「……ツカサ、僕もそれ食べたいです」
「カリオスもか? カリオスにはこっちの人間用のクッキーの方がオススメだけど」
「ではそちらを」
「ほれ」

 カリオスの手にクッキーを置いてやると、彼は不満そうに眉を寄せる。

「どうしてダークレイにはあーんするのに、僕にはしてくれないんですか」
「あーんなんてしたか?」

 無理矢理口に押しこもうとしただけだけど。しかしカリオスは主張を譲らない。口を開けて俺がクッキーをあーんするのを待っている。

「えー」
「そのくらいの望み、聞いてやったらどうだ?」

 ニヤニヤとダークレイがテーブルに肘をついて見つめてくる。んー、まあ減るもんでもないし、それでカリオスの気が済むならいっか。

「はいあーん」
「むぐ……美味しいです」
「そりゃよかった。それは俺のお手製じゃなくて、数百年前の王都の店のめっちゃうまいクッキーを神の力で再現したやつだから、美味しいよなー」

 自分で作ったやつもいいけど、やっぱプロの味には敵わないからなー。俺も一枚かじっておいしさを実感していると、カリオスはまたしても要求してくる。

「ツカサお手製のクッキーが食べたいです」
「やー、それはオススメしないぞ? ニギリ草は人間には激シブだから。しかも高確率で腹を下す」

 いくら砂糖を入れても口の中に苦味が残る仕様だ。しかも強烈な下剤にもなるから、むしろ人間の間では腹下しの薬として流通している。
 それでもカリオスは食べたがった。

「構いません」
「いややめとけって。お手製がいいなら後で作ってやるから」
「本当ですか? ぜひ。でもそれはそれとして、このクッキーも是非とも食べてみたい。貴方の作ったもの全てに興味があります」
「そこまで言うなら……ちょっとかじるだけにしとけ? はい、あーん」

 一口かじると、カリオスの目が見開かれる。バッと口を押さえたまま二、三回噛み砕き、紅茶で喉に流しこんでいた。

「……独創的な味ですね」
「素直に激マズって言っていいんだぞ?」
「ククッ……なんと愚かな真似を……これだから人間は」

 ダークレイが俺達の様子を見てニヨニヨしていた。その笑い方、まるで魔王みたいに邪悪でカリオスに喧嘩売られそうだからよした方がいいぞ?

「……お手洗いに行ってきます」

 カリオスが腹を押さえてトイレに駆けていった。ほらー言わんこっちゃない。すげー強烈な即効性の下剤なんだから。
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