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本戦

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 一夜明けて本戦二日目。土埃で視界が煙る中、俺達はダンジョン最奥に少しでも近づこうと、懸命に足を運んだ。

 四十階のボス部屋前で事件は起こった。激しい戦闘音と怒号、そして鉄のような匂いを、扉の向こう側から感じとれる。

「おい、避けろ!」
「駄目だ、歯がたたない!」
「待って、こっちに来ないでくれ!!」

 扉の隙間から中をのぞくイツキ。俺も彼の後ろから、部屋の様子をうかがった。

 トビアスと、彼のパーティメンバーの姿が確認できた。身の丈が大型獣人の三倍はありそうな、巨大狼のモンスターと対峙している。

 もう一チームが共闘している。予選を二位で通過した虎獣人、タイリー・ガルミアのチームだ。

 トビアスは長剣を手に握りしめたまま、敵に攻撃を加えられないでいる。巨大で獰猛な狼相手に、攻めあぐねているようだ。

 タイリーは肩を押さえて荒い息をしている。彼の前にいる探索者が噛みつかれた。大きな牙を持つ大浪が、侵入者を食い殺そうと暴れている。

 ダメだ、このままでは。彼らの実力ではあのモンスターには歯が立たない、全滅してしまう!

「どうする?」
「助太刀しよう」

 イツキの問いに即座に呼応すると、テオが恐怖に震えながらも扉を開け放った。鬼のように強い悪魔が、大狼をめがけて駆ける。

「テメェら邪魔だ、退いてろ」

 レジオットもカイル君の動きにあわせて雷撃を撃つが、狼には弾かれてしまった。

「え」

 驚愕の声音が狐少年の口から漏れている。俺も同じように驚きたい気持ちでいっぱいだ。なにあれ、魔法を弾くなんて、強すぎじゃない?

 勢いのまま加勢してしまったけど、これはピンチなのでは? さすがのカイル君でも、あの狼相手じゃ剣が通らないんじゃないかな……

 驚きのあまり動けない俺だったが、共闘中の彼らはカイル君の言葉に迅速に反応した。

 トビアスも後退しながらカイル君に道を譲り、続いて俺の姿を視認する。

「君は……クイン、来たのか!」

 助けにきたよ、トビアス。

「ここは俺たちが食い止めるから、君たちは回復に努めてくれ!」

 一声かけてから、全体の戦況把握に努めた。

 カイル君とイツキにも仕留められない相手なら、速やかに撤退しなければ。引き際を見誤れば、最悪死人が出るだろう。

「シッ!」

 カイル君がモンスターに肉薄し、剣を横なぎに振るう。刃は硬い毛皮に阻まれて、傷をつけることができなかった。

「イツキ、俺が動きを止めるから、目を狙え!」
「わかった!」

 カイル君は、イツキと息のあった協力攻撃をくり出す。いつも一緒にダンジョンに潜っている二人は、戦闘でも息がぴったりあっていた。

 狼はイツキの土魔法により目を負傷して、けたたましい叫び声を上げる。空いた口の中を目がけて、カイル君が剣を突き入れた。

「終わりだ」

 グッと剣を押しこまれた狼は、ブルリと痙攣した後、急に立っていられなくなり倒れこんだ。ゆっくりと砂へと変わり、ダンジョンの床へ流れていく。

「す、すごいな……助かった」

 タイリーは、カイル君に恐れと尊敬がないまぜになった目を向けている。

 いやあ、すごいよね。あんなにみんなの歯が立たなかったモンスターを、あっさりと屠るなんて。やっぱりカイル君は絶対に怒らせちゃいけない。

 トビアスは苦笑しながら、カイル君に語りかけた。

「助かったよ、お礼を言わせてくれ」
「命拾いしたな」

 大したことでもなさそうに、返答するカイル君。トビアスは続いて俺にも声をかけてきた。

「助力に感謝するよクインシー、お陰で命拾いをした」
「間にあったようでよかったよ」
「本当にな。危ないところだった」

 長いため息をついたトビアスは、やるせないと言いたげに首を横に振った。

「私達はどうやら実力不足のようだ。ここで引き返すとしよう。クイン、君はまだ潜るのか?」
「もちろん。俺には頼れる仲間がいるからね」
「そうか」

 彼は俺の仲間を目だけ動かして検分した後、小声で俺に注意喚起をした。

「君のチームが強いことは十分わかったが、さっきからボスが急に出現したり、通常より強力な個体が出たりとダンジョンの様子がおかしい」
「やっぱりそうなんだ? 俺達も二十階層でボスを倒してきたところだよ」
「私が通過した時にはいなかった。やはり変だな……気をつけてくれ」
「そうだね。助言をありがとう」

 トビアスとタイリー、そして彼らのチームメンバーは、一足先にダンジョンを後にした。

 ボスの残骸を眺めていたイツキは、カバーに包まれた垂れ耳のつけ根をピクリと動かしながら、腕を組んで考えを伝えた。

「ここにもボスが出現していたな。もう一組は、まだ奥に進んでるのか?」
「うーん、そんな感じがするっスねえ。土埃でだいぶ匂いが消し飛んでるけど」

 先に進んだ一チームは、ヴァレリオ達で間違いないだろう。

「ヴァレリオ、今はどこまで……」

 無事だろうか。こんな、様子がおかしいダンジョンの奥地に、ためらわず進んでいくなんて……

 一番先を進んでいるから、ボスが復活することを知らなくて、異変に気づかないのかもしれない。

 追いかけなくては。追いかけて、無事を確かめないと。

 懐に入れたままの魔通話を、服の上から触って確かめる。いざとなったら、これを使うことも視野に入れておこう。

 ヴァレリオが持ち歩いているとは限らないが……その時はその時だ。とにかく今は全力で追いつこう。迷いを振り払うように、首を横に振った。

「俺達も、これまで以上に慎重に進もう」

 行けども行けども、ヴァレリオの姿形は見えない。四十六階層まで足を運んだ頃、ついにテオが根を上げた。

「もー、なんも鼻が効かなくなってきたっスよー、土埃が邪魔すぎて困るー!」
「テオ、落ちついて」

 レジオットがそんな彼を宥めているが、そんなレジオット自身にも疲労が色濃く出ている。少し先を急ぎすぎたね、ここいらで休憩させないといけないなあ。

「四十九階層に、湧水が湧く場所があるそうなんだ。そこに行ってみないか?」

 休憩を提案すると、イツキがちょうどいい場所を教えてくれたので、話に乗っかることにする。

「湧水か、いいねイツキ、賛成だよ。ついでにそこで水も補給していこう」

 究極に足場が悪く視界もきかない中、すいすい先を行くイツキの背中を追いかける。

 行ったことがなさそうな口振りだったけれど、地図か何かで行き先を把握してあるのだろうか。遅れないようにピッタリ背後についていった。

 湧水は、腹ばいになって通り抜けた岩の向こう側にあった。小部屋のような場所で、モンスターの襲撃も防げそうな作りだ。

「はー、やっと着いたッス……」
「綺麗な水……」

 地面の下から湧きだしている泉は、透き通っていて美しかった。こんな場所でなきゃ、観光スポットになっていそうだな。

「これ、飲めるのかな」
「問題ないらしいけどな」

 イツキと水の安全性について話していると、カイル君が一足先に、両手で水をすくって飲んでいた。

「美味い」

 へえ、大丈夫そうだね。飲める水を前にすると、急に喉の渇きを自覚する。テオが近寄ってきて、先に毒味をしてくれた。

「わっ、冷たくて美味しいっス!」
「なんだか元気になれそう」

 レジオットもテオを真似して泉の水を飲んだ。なんともなさそうだったので、俺も両手で水をすくい、飲みこんだ。

「へえ、意外といけるね」

 泉の水は澄んでいて冷たい。これまでの疲労が癒やされそうなくらいに、とても美味しかった。

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