上 下
34 / 41

34 風邪を引く

しおりを挟む
 妖精界に戻ったアレッタは、倒れたプリーケを医務室に連れていってもらえるようにルーチェとジェレミーに託した後、ユースとマイムに促されるまま入浴することにした。

 妖精界はちょうど昼を少し過ぎた頃で、温かな常春の空気がアレッタの冷えた心と体を癒す。

 蓮の花を模した大きな浴槽に浸かったアレッタは、ゆるゆると体の力を緩めた。

 ああ……本当にこうするしかなかったのかな。悲しいよ、ロイス……

 アレッタは温かい湯に肩まで浸かってため息を吐いた。
 これでアレッタが妖精界で害されることはなくなったかもしれない。けれどユースの気持ちを考えると素直に喜べなかった。

 百年間もずっと側にいたってことは、たしかユースが百七歳ってこの前聞いたから、ほとんど生まれた時から一緒にいたってことだよね。

 生まれた時から一緒にいた人と仲違いして離れてしまうのは……辛いよね……

 アレッタは妹レベッカのことを頭に思い浮かべだ。
 あんな風に嫌味しか言わなくて自分のことを馬鹿にしてくる妹でも、アレッタにとっては共に育った大切な妹なのだ。
 罪を犯したロイスのことだって、ユースにとっては人生の大半を一緒に過ごした大切な人なんだろうな。

 アレッタは鼻まで湯に浸かって、ブクブクと息を吐きだした。なんだか疲れたし、眠いし、まだ足の痺れが残っているような感じもする。

 うう、このお湯、だんだん熱くなってない? ああダメ、体に力が入らないよ……

「アレッタ様、ご入浴がずいぶん長いようですが……アレッタ様!?」

 マイムの声を聞いたのを皮切りに、アレッタの意識は途絶えた。





 目が覚めると寝台に寝かされていた。石の上じゃなくてさらさらなシーツの上にいるのがわかって、心底ホッとした。けれどなんだか、体がだるい……

「アレッタ様、お目覚めですか? 飲めそうだったらお水を飲んでください」

 マイムが水を持ったコップを差しだしてくれたので、アレッタは緩慢な動作で上体を起こしてそれを受けとった。なんだか体が重く感じて、ふらふらしてしまう。

 水を飲み終えるとまたベッドの上に体を横たえた。喉が痛いし頭も痛い……風邪をひいちゃったみたいだね。

「お風邪を引かれたようですね。お医者様の見立てでは、安静にして水分をとってお薬を飲んで寝ていれば三日もすれば治るそうです」
「そう、な……ゴホッ」
「ああ、無理に話さなくても大丈夫ですよ! 後で殿下もお見舞いにいらしてくださるそうですから、今のうちに寝ていてください」

 アレッタはマイムの言葉に甘えてしっかりと上かけを被りなおした。

 マイムが部屋の中でパタパタと立ち働く音を聞きながら、アレッタは安心して眠りについた。

「……タ、アレッタ。調子はどうだ?」
「……ううん、ユース?」

 起きたらユースの美麗な顔が真上にあって、熱のせいで視界が霞むアレッタはぽやっと彼を見つめた。
 つい先程まで昼間だったのに、一眠りしたら夜になっていたらしい。優しいランプの光がユースの横顔を照らしている。

「顔が赤いな、まだ熱があるのか。やはりあの時すぐに帰っておけばよかったな」

 あの時って、ロイスに罰を与えている場面だよね? アレッタははしっとユースの腕を掴んだ。

「ん、どうした?」
「ユース、辛い?」

 ユースは一瞬言葉に詰まったが、フッと息を吐いて困ったように笑うとアレッタの前髪をそっと指先で揃えた。

「辛いのは君の方だろう? 俺は……まったく気にしていないと言うと嘘になるが、君を取り返せたという安堵の気持ちの方が大きい」

 ユースはアレッタに袖を掴まれた指を握りこむ。ヒヤリとした手が熱い体には気持ちよかった。

 ユースは指をそっと絡ませながら、労わるように指先を撫でた。ユースが苦い表情でポツリと呟く。

「君がロイスに拐われたのは俺の落ち度だ。なにか近いうちに事を起こすだろうとわかっていたのに防ぎきれなかった」
「ううん、私……あまりにも眠かったから窓を閉め忘れたの。きっと私が油断したせいだわ」
「いや、そもそも俺が部屋の中まで君を送っていれば異変に気づけたはずだ。アレッタの部屋には眠り粉が撒かれていたんだ」
「ああ、それであんなに眠かったのね」

 ユースはアレッタの手を握りながら、優しい表情で熱で上気した顔を見下ろした。

「とにかく、今日は休むといい。眠るまで側についているから」

 ユースの落ち着いたトーンの声にアレッタの後悔も落ち着いていき、また瞼が重くなる。





 次の日の朝目覚めると、だいぶ気分がよくなっていた。その翌日にはすっかり元気になったアレッタは、スッキリとした気分で窓の外を見た。

 ロイスのことやユースの気持ちを想像して、あんなに落ちこんでいたのが嘘みたいに心が凪いでいる。
 やっぱり私、風邪を引いて調子が悪かったのね。

 真昼の庭には花が咲き乱れ、テラスからテラスへと妖精が空を飛び交い蝶や花弁が舞っている。
 美しくて穏やかで、そして最早アレッタの日常となりつつある光景だった。

 ああ、帰ってこれた……私もうここでの生活以外考えられないわ。
 いつの間にか、人間界じゃなくてここが帰ってくる場所になっていたみたい。

 穏やかな外の景色を見て、アレッタの心は決まった。

 ……うん、決めた。私、今日こそユースの求婚を受けるわ。

 私はユースが好き。それに妖精さん達が生きるこの世界が好き。
 だから……ユースと一緒に、妖精界で暮らそう。私もこの花と水の王国をユースの隣で守っていきたいの。

 女王様から妖精界の王族の責務を聞いても、ロイスに毒を盛られて彼が追放された後でも、アレッタの気持ちは変わらなかった。
 変わらずユースのことが好きだし、この国のことも好きだ。人間界ではなく妖精界で暮らしたいと思う。

 だけどその前にしておかなきゃいけないことがある。もうロイスのことで私ができることはないけれど、家族に対してはまだできることがある。

 きっと父やレベッカ、それにケネットと話をしないままだと後悔する時が来るような気がする。ううん、必ずそうなると思う。

 一度人間界に戻って話をしにいこう。ユース……着いてきてくれるかな?

 アレッタがそこまで考えた頃に、部屋にマイムが訪れた。彼女は青い目を瞬かせて、ベッドの上に起き上がっているアレッタを見つけて安心したように息を吐いた。

「おはようございますアレッタ様、今日は顔色がだいぶよくなりましたね」
「おはようマイム。もうすっかり元気になったわ、ありがとう」
「いいえ、とんでもないです! 殿下もお喜びになりますね」

 ちょうどユースの話が出たので、彼の様子を聞いてみることにした。

「もうユースは朝ご飯食べちゃったよね? 今日は忙しいのかな」
「この時間ですと朝食はおそらく召し上がった後でしょうね。予定を聞いて参りましょうか?」
「ううん、大丈夫。また夜に会えると思うから、その時に話すわ」

 アレッタはユースに思いを馳せた。アレッタが寝込んでいる間も折をみてやってきてくれて、おかげで安心して眠ることができた。

 早く会いたいな……今日は無理をせずベッドの上で字の勉強をして過ごすことにしたアレッタは、夜が来るのを待ちきれないと思いながらも大人しく過ごした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

嫌われ者の【白豚令嬢】の巻き戻り。二度目の人生は失敗しませんわ!

大福金
ファンタジー
コミカライズスタートしました♡♡作画は甲羅まる先生です。 目が覚めると私は牢屋で寝ていた。意味が分からない……。 どうやら私は何故か、悪事を働き処刑される寸前の白豚令嬢【ソフィア・グレイドル】に生まれ変わっていた。 何で?そんな事が? 処刑台の上で首を切り落とされる寸前で神様がいきなり現れ、『魂を入れる体を間違えた』と言われた。 ちょっと待って?! 続いて神様は、追い打ちをかける様に絶望的な言葉を言った。 魂が体に定着し、私はソフィア・グレイドルとして生きるしかない と…… え? この先は首を切り落とされ死ぬだけですけど? 神様は五歳から人生をやり直して見ないかと提案してくれた。 お詫びとして色々なチート能力も付けてくれたし? このやり直し!絶対に成功させて幸せな老後を送るんだから! ソフィアに待ち受ける数々のフラグをへし折り時にはザマァしてみたり……幸せな未来の為に頑張ります。 そんな新たなソフィアが皆から知らない内に愛されて行くお話。 実はこの世界、主人公ソフィアは全く知らないが、乙女ゲームの世界なのである。 ヒロインも登場しイベントフラグが立ちますが、ソフィアは知らずにゲームのフラグをも力ずくでへし折ります。

婚約破棄された枯葉令嬢は、車椅子王子に溺愛される

夏海 十羽
恋愛
地味な伯爵令嬢のフィリアには美しい婚約者がいる。 第三王子のランドルフがフィリアの婚約者なのだが、ランドルフは髪と瞳が茶色のフィリアに不満を持っている。 婚約者同士の交流のために設けられたお茶会で、いつもランドルフはフィリアへの不満を罵詈雑言として浴びせている。 伯爵家が裕福だったので、王家から願われた婚約だっだのだが、フィリアの容姿が気に入らないランドルフは、隣に美しい公爵令嬢を侍らせながら言い放つのだった。 「フィリア・ポナー、貴様との汚らわしい婚約は真実の愛に敗れたのだ!今日ここで婚約を破棄する!」 ランドルフとの婚約期間中にすっかり自信を無くしてしまったフィリア。 しかし、すぐにランドルフの異母兄である第二王子と新たな婚約が結ばれる。 初めての顔合せに行くと、彼は車椅子に座っていた。 ※完結まで予約投稿済みです

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

妹に婚約者を取られましたが、辺境で楽しく暮らしています

今川幸乃
ファンタジー
おいしい物が大好きのオルロンド公爵家の長女エリサは次期国王と目されているケビン王子と婚約していた。 それを羨んだ妹のシシリーは悪い噂を流してエリサとケビンの婚約を破棄させ、自分がケビンの婚約者に収まる。 そしてエリサは田舎・偏屈・頑固と恐れられる辺境伯レリクスの元に厄介払い同然で嫁に出された。 当初は見向きもされないエリサだったが、次第に料理や作物の知識で周囲を驚かせていく。 一方、ケビンは極度のナルシストで、エリサはそれを知っていたからこそシシリーにケビンを譲らなかった。ケビンと結ばれたシシリーはすぐに彼の本性を知り、後悔することになる。

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

【完結済】冷血公爵様の家で働くことになりまして~婚約破棄された侯爵令嬢ですが公爵様の侍女として働いています。なぜか溺愛され離してくれません~

北城らんまる
恋愛
**HOTランキング11位入り! ありがとうございます!** 「薄気味悪い魔女め。おまえの悪行をここにて読み上げ、断罪する」  侯爵令嬢であるレティシア・ランドハルスは、ある日、婚約者の男から魔女と断罪され、婚約破棄を言い渡される。父に勘当されたレティシアだったが、それは娘の幸せを考えて、あえてしたことだった。父の手紙に書かれていた住所に向かうと、そこはなんと冷血と知られるルヴォンヒルテ次期公爵のジルクスが一人で住んでいる別荘だった。 「あなたの侍女になります」 「本気か?」    匿ってもらうだけの女になりたくない。  レティシアはルヴォンヒルテ次期公爵の見習い侍女として、第二の人生を歩み始めた。  一方その頃、レティシアを魔女と断罪した元婚約者には、不穏な影が忍び寄っていた。  レティシアが作っていたお守りが、実は元婚約者の身を魔物から守っていたのだ。そんなことも知らない元婚約者には、どんどん不幸なことが起こり始め……。 ※ざまぁ要素あり(主人公が何かをするわけではありません) ※設定はゆるふわ。 ※3万文字で終わります ※全話投稿済です

王子からの縁談の話が来たのですが、双子の妹が私に成りすまして王子に会いに行きました。しかしその結果……

水上
恋愛
侯爵令嬢である私、エマ・ローリンズは、縁談の話を聞いて喜んでいた。 相手はなんと、この国の第三王子であるウィリアム・ガーヴィー様である。 思わぬ縁談だったけれど、本当に嬉しかった。 しかし、その喜びは、すぐに消え失せた。 それは、私の双子の妹であるヘレン・ローリンズのせいだ。 彼女と、彼女を溺愛している両親は、ヘレンこそが、ウィリアム王子にふさわしいと言い出し、とんでもない手段に出るのだった。 それは、妹のヘレンが私に成りすまして、王子に近づくというものだった。 私たちはそっくりの双子だから、確かに見た目で判断するのは難しい。 でも、そんなバカなこと、成功するはずがないがないと思っていた。 しかし、ヘレンは王宮に招かれ、幸せな生活を送り始めた。 一方、私は王子を騙そうとした罪で捕らえられてしまう。 すべて、ヘレンと両親の思惑通りに事が進んでいた。 しかし、そんなヘレンの幸せは、いつまでも続くことはなかった。 彼女は幸せの始まりだと思っていたようだけれど、それは地獄の始まりなのだった……。 ※この作品は、旧作を加筆、修正して再掲載したものです。

処理中です...