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13 一つの決意

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 暗い部屋の中、アレッタは手探りで床の上に落ちた花びらを求めて探し回った。

「ユース……! ユース、ユース、ユース!」

 アレッタが呼びかけてもなにも起こらない。フェアリーサークルは父の手によって失われてしまった。

 アレッタは床の上でうずくまり膝を抱える。
 私はやっぱりこうなる運命なの? 誰かの言うことを聞いて、気に入られようとがんばって、でもどうにもならなくて……

「嫌……」

 そんなのは嫌だった。もううんざりだ。今後も貴族令嬢として生きていくなら、また同じことの繰り返しになるような気がした。
 アレッタは貴族らしい振る舞いが得意ではない。きっと新しい婚約者ができたところで、アレッタの出来の悪さにガッカリされるだけだろう。

 だったら私は、妖精さんと共に生きたい。本当は、ずっと前からそう思っていた。
 嘘のひとつ、お世辞のひとつもまともに言えないようなアレッタは、妖精からは素直でかわいいと歓迎されるが、貴族からは敬遠される。

 レベッカ、あなたの言う通りだわ。私に貴族令嬢は向いていない。私……妖精さんと生きるよ。

 アレッタは立ち上がる。涙は出なかった。
 泣いている暇はない。アレッタは早速脱出の手段を考えることにした。

 手始めに窓を調べようと、窓枠に指を沿わせてみる。

「この窓、どうなってるの……」

 どこにも隙間はなく、光の一筋も射しこんでこない。完全に板で塞がれているようだった。

 次にアレッタは、扉の方に歩み寄った。ガチャガチャとドアノブを回そうとするが、やはり開かない。

「ねえ、誰かいないの!?」
「お嬢様、どうかされましたか?」

 扉の側にはメイドが控えているようだ。御用聞きなのか、それともアレッタの見張りも兼ねているのかもしれない。

「喉が渇いたから、お水が一杯ほしいの」
「かしこまりました。水を煮沸した後冷ましてから持ってまいりますので、少々お待ちください」

 井戸水には水妖精が宿ることがあるから、アレッタには触れさせたくないらしい。なかなか徹底している。

 メイドの足音が去っていく。アレッタはもう一度扉の外に声をかけてみた。

「ねえ、誰かいる?」

 返事は帰ってこなかった。よし、今のうちに窓が破れないか試してみよう。

 妖精さんを頼れないなら、私がなんとかするしかない。幸い父は私が窓を割るなんて大胆な行動をするなど、思ってもみないはずだ。

 失敗したら警戒されてもっと逃げにくくなるだろうから……この一回に懸けて、全力で逃げだすわ!!

 アレッタは椅子を持ち上げると、思いきり窓に向かって振り下ろした。

「えいっ!」

 パリーン! 甲高い音を立てて窓が割れる。外側の板は割れなかったので、もう一度振りかぶって椅子の足を板に打ちつける。

 ガッと重い音がして、板がパキリと半分に割れた。外の光が差しこんでくる。いける! アレッタはもう一度椅子を振り下ろす。

 何度か振り下ろすと椅子の足が欠けてしまった。振動で痺れた手をなんとかなだめて、直接板に手をかける。

 なんとか人一人通れそうな空間ができたところで、アレッタは机から手紙箱を持ちだすとそれを胸元に抱え、部屋から脱出した。

 ドキドキと心臓がうるさい。領地で野原を駆け回っていた頃だって、こんなお転婆なことはやった試しがなかった。

 アレッタは周囲を素早く見渡す。
 殺風景な庭には誰もいない。だけど大きな音を立ててしまったから、じきに誰かがここに駆けつけるだろう。急いで離れなくっちゃ。

 今日に限ってこんな目立つ色のドレスを着ていることを後悔した。
 ドレスの裾は汚れて、板にひっかけたせいで破れているし、このまま王都の町を歩いたらいらぬ注目を浴びそうだ。でも、やるしかない。

 アレッタが決意も新たに一歩踏みだすと、庭にどこからか風が吹きこんだ。
 風は紫混じりの白い花びらを運んできて、その花びらは円を描きながら地面の上に着地する。

 まさか、これって……祈るような気持ちでアレッタが魔法の構築を見守っていると、フワリと花の合間から現れたのはユースだった。

「ユース! 来てくれたんだ」
「アレッタ、大丈夫か? 異変があったようだから駆けつけたんだが……」

 小さなユースは花弁の羽を羽ばたかせてアレッタの方に飛んでくると、そっとアレッタの頬を触った。

「血が出ている」
「え? ほんとだ、気づかなかった」

 頬に一筋の傷がついて、そこから血が滲みでていたようだった。
 ああでも、そんな細かな傷にかまけている場合じゃないわ!

「ユース、私わけあって部屋に閉じこめられていたの。父に見つかったら連れ戻されてしまうから、妖精の国に匿ってほしいんだけど、いいかな?」

 ユースはひとつ瞬きをすると、真剣な顔つきで頷いてくれた。

「ああ、もちろんだ。だがこの庭はあまりにも魔力が少ない、来ることはできてもここから妖精界に渡ることはできそうにないな」
「歩いていけるところに公園があるわ。そこなら妖精さんも住んでいるし、魔力もあるんじゃない?」
「そうだな。ではそこに行ってみよう」

 ユースはフワリとアレッタの周りを飛び回り一周した。ふわんと不思議な匂いの粉に包まれる。

「これは?」
「幻惑の粉だ。なるべくアレッタに人の意識が向かないようにしておいたが……体質的に効きにくい者もいるかもしれない。警戒は怠らないほうがいい」
「わかった」

 アレッタはこそこそと、なるべく足音をたてないように移動した。
 こちらに向かってくるメイドを見つけて、慌てて木の影に隠れる。

「ま、窓が……お嬢様!」

 逃げだしたことがバレてしまった、門が閉じられる前にすり抜けなくちゃ。

 アレッタは走って門の側までたどり着く。門番は二人とも外を向いていた。

「いけるかな?」
「少し待っていてくれ」

 ユースが門番に向かって飛んでいく。飛びまわりながら粉を振りまくと、門番はあくびをしながら柵にもたれかかり、眠りこんでしまった。

「アレッタ、今のうちだ。門を抜ける時は息を吸わないようにな。アレッタまで眠くなるぞ」
「うん、ありがとうユース」

 眠る門番の横を息を詰めたまま通り抜けたアレッタは、ユースと共に町の中を走った。

 ユースのまいた幻惑の粉のおかげで、アレッタは誰からも見咎められることなく公園まで移動することができた。

「あっ、馬車が停まってる。誰か来てるのね」

 しかもなんとこの馬車には王家の紋が入っている。今の時期は狩猟に訪れる人はいないはずなんだけど、一体誰が?

 訝しみながらも、御者や森の見張り番に見つからないように、息を潜めて木々の間に身を隠した。

 その時、場違いに弾んだ可愛らしい声がアレッタの鼓膜を揺らす。

「妖精妖精、出てらっしゃいー?」
「カロリーナ、もう少し奥に行った方が出やすいんじゃないか?」
「んー、どうなんでしょう? 見えないって不便ですねえ」

 籠を抱えたテオドールとカロリーナが仲良く手を繋ぎながら妖精探しに勤しんでいるのを見て、アレッタは叫びださないように自分の口を覆った。

「な、なんであの二人が公園に来ているの?」

 こちらに近づいてくる二人を見て、ユースが難しい顔をする。

「距離が近いな、見つからないように……あの木陰まで移動できるか? あそこで妖精界に飛ぶ準備をしよう」

 ユースが指を指した馬車まで、アレッタはそろりそろりと音をたてないように気をつけながら移動した。

「ここでいい?」
「そうだな……ここなら魔力は足りそうだ」

 ユースは一通り周りを見渡すと、魔法を使った。どこからともなく飛んできた花びらがアレッタの周りに集まってくる。

「あ! あそこに不自然に花びらが舞っていますわ! きっと妖精がいるのです!」

 やだ、カロリーナに気づかれちゃった!

「まずい、飛ばすぞ!」
「ユース!」
「俺もすぐに飛ぶ、心配するな!」

 アレッタが叫んだ次の瞬間には景色が切り替わり、気がついた時には赤い花畑の中に立っていた。
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