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12 キノコの胞子屋さん

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 店内は外に比べてずいぶん暗い。店の奥のテーブルの上、ガラスの中に光が閉じこめられているのを見つけ、アレッタはそれをまじまじと見つめた。

「これ、もしかしてランプ?」
「正解! 綺麗でしょ?」
「うん、すごい……明るいね」

 蝋燭の灯りと全然違うわ、黄色っぽくて暖かそうな光……

「光っているところを触ってみたいな、蝋燭みたいに熱いのかな?」
「触れないよ? だって光妖精の魔力だもん」
「ああ、そっか、そうだよね」

 ランプに夢中になるアレッタの隣で、ユースはいくつかのキノコを手に取り見比べていた。

「なかなか面白いな、これは幻惑系か」
「ユースはキノコが好きなの?」
「そうだな、生態が興味深い上に薬や攻撃手段にもなる」
「攻撃……?」

 キノコには毒があるものもあるし、それで攻撃するってこと?
 アレッタの疑問が顔に出ていたのか、ユースは説明を補足してくれた。

「妖精界ではほとんど必要ないが、人間界では必要になることがあるからな」
「ユースは人間界にはよく行くの?」
「たまにな。人間界で何かトラブルに巻きこまれている妖精がいないか、見回りのために行くこともあるが、単に息抜きのためにも訪れることがある」

 ユースは鷹揚に頷き、フッと悪戯っぽく微笑んだ。

「ロイスは人間界には決して行きたがらないから、執務から逃れてゆっくりしたい時に人間界へ行くのは、なかなかいい選択肢なんだ」
「ユースにも息抜きしたい時があるんだね」
「誰だってそうだろう? だからアレッタも無理して笑わなくていい。俺の前では力を抜いて、自然体な君を見せてくれ」
「……うん」

 優しいユース、華やかで美しい世界、アレッタに親しみをこめて接してくれる妖精達。
 どうしようもなく嬉しくて、今までがんばってきたことはどれも無駄じゃないと言われているようで、アレッタは不意に泣きたくなった。

 うつむくと、大きな手のひらがそっと頭を撫でた。ユースはアレッタが落ち着くまで静かに髪を撫でながら、側にいて待っていてくれた。

 ……困ったなあ。本気で好きになっちゃいそう。

 数分してやっと気分が落ち着いたので、アレッタはおずおずと顔を上げる。切れ長の紫色の瞳を甘やかに細めて、ユースはアレッタに微笑んだ。

「いくつか買い物をしたら店を出ようか。そろそろ頃合いだ」

 ユースは毒々しい色のキノコをいくつか購入する。携えていたポーチにそれを押しこむと、アレッタの背に手を添えてエスコートしてくれた。

 店を出ると、外はすっかり夕闇色に染まっていた。街灯に次々と街灯りが灯っていくのを、アレッタは夢見心地で見上げる。

「わあっ……! 光が、こんなにたくさん!」

 ポワッふわんと灯った光は、夜の町をキラキラと照らす。幻想的な光景にアレッタは歓声を上げた。

 ふと後ろを見ると、ニコニコ顔のルーチェがアレッタを見守っていた。視線があうとさらに笑みを深くするルーチェ。

 さっきから静かだなと思ったら、空気を読んでくれていたのね……!

 気恥ずかしくなって、にこっと笑い返してからすぐ顔を背ける。

 改めて町を見ながら、少しユースの隣を歩いてみる。階段に沿って街灯の光が灯り、窓からも暖かい光が漏れでて窓辺の花をふんわりと照らす。
 時折フワンと揺れる街灯の光を見上げて、アレッタは夢を見ているような気分でうっとりと笑った。

 アレッタのそんな様子を見て、ユースは優しい声音で告げた。

「やはり自然に笑う君はとても愛らしい。アレッタには、たくさんの綺麗なものを見せてあげたくなる」

 ユースの言葉になんて返答すればいいのかわかりかねたアレッタは、そっとユースの手を握ってみた。

 ユースは一瞬ピクリと手を跳ねさせたが、しっかりとアレッタの手を握り返してくれた。

 アレッタには、宝石よりも金の輝きよりも、この優しい夢のような時間をユースと共有できることが貴重に思えた。





 夜遅くなりすぎないうちにアレッタは屋敷に送り帰してもらった。
 一晩経ってもまだ覚めやらぬ興奮を深呼吸とともに整えて、アレッタは寝台から身を起こす。

 メイドに手伝ってもらって身支度をする。今日はいつもの地味なドレスではなく、ユースが私のために用意してくれたドレスを着ようと思った。

「ねえ、今日はオレンジ色のドレスを着ようと思うの。それに似合うよう髪も整えてくれる?」
「かしこまりました」

 鮮やかなオレンジ色を身に纏うと、心も浮きたつ感じがする。
 お前には地味なドレスがお似合いだ、出会った頃にテオドールに投げつけられた言葉が脳裏に蘇る。

 それからずっと地味なドレスを着続けて、なんとか気に入られるようにと勉強をしたり社交をがんばったりしていたけれど。
 もうそういうのは全部やめる。これからは、私のしたいようにして生きていこう。

 アレッタが決意も新たに朝食の席に着くと、向かい側に着席する人物がいた。

「お父様……お帰りなさいませ、いつ帰っていらしたのですか?」

 気難しい顔をした父ブライトンは、アレッタより暗い色彩の茶色の髪を後ろに撫でつけていた。緑の瞳が眼光鋭くアレッタを捉える。

「昨夜のうちにな。アレッタ、朝食の後に話をするから私の部屋に来なさい」
「わかりました」

 父の声は固い。それもそうよね、殿下との婚約破棄の知らせを受けて、わざわざ王都までお越しになったのでしょうし。

 重苦しい空気の中、なんとか朝食を胃の中に押しこんだアレッタは、ブライトンの書斎の扉をノックした。

「入れ」
「失礼します」

 父は窓際に立ったまま、腕を組んでアレッタを見下ろした。

「用件は既にわかっているだろうな」
「はい」
「全く、殿下の身勝手には手を焼かされる。アレッタのためには第二王子が一番婚約者として適当だったのだが……こうなっては仕方ない。次の手を探そう」

 父は特にアレッタに対して怒っているわけではなさそうだった。内心ホッとしたアレッタだったが、続いた言葉にごくりと唾を飲みこんだ。

 次の手って……つまり、次の婚約者を探すってことだよね? それは嫌だわ。だって私、私には……

 アレッタは勇気を出して、父に意見してみることにした。

「あの、お父様……私、気になる方がいるのです」

 ブライトンは意外そうに片眉を跳ねさせた。それはそうだろう、アレッタは今まで父の言うことに陰で嫌がることはあっても、表向きは決定されたことに従順に従ってきた。

 こんな風に意見を言うのはアレッタにとってもはじめてのことだ。緊張からジワリと手に汗が滲む。

「なに? どの令息だ。一応参考にはしてやろう」
「貴族の令息ではなくて、その……」
「市政の者だとでも言うのか?」
「そうでもなくて。妖精、なのですが」

 妖精嫌いな父を怒らせてしまうかもしれない。それとも、なにを幼稚なことをと鼻で笑われるかも。
 アレッタは身を固くして父の言葉を待った。

 父は信じられないとでも言いたげに目を見開いた後、わなわなと震えながら大声で怒鳴る。

「ならん! お前を妖精などにくれてやるものか!!」

 ブライトンが振り上げた手が椅子に当たり、大きな音を立てて倒れる。予想よりもずっと苛烈な父の反応に、アレッタは慄いた。
 ブライトンはギラギラとした瞳でアレッタを睨みつける。

「いいか、妖精の国に連れ去られると二度とここには戻ってこられんのだぞ! お前の祖母の姉も妖精が見える目を持っていて妖精の国に行った、そして二度と帰ってはこなかった」
「そんな、お父様……」

 私は妖精の国を訪れたけれど、ちゃんと帰ってきたわ! そう言いたいけれど、言ったところで火に油を注ぐ結果になりかねない。

 ブライトンはアレッタの手首を掴むと、大股で部屋の外に出て近くにいた使用人に言い放つ。

「そこの者! 屋敷の全員に通達しろ。家中の花を捨てるんだ。井戸水も日の光も全ての自然物をアレッタの部屋には入れてはならん!」
「は、はい、かしこまりました旦那様」
「妖精が宿る物は全て排除しろ! アレッタ、お前は部屋から出てはならん! 新しい婚約者との顔あわせまで部屋でじっとしているんだ」

 ギリギリと手首が締めつけられて痛い。アレッタは力の限り抵抗を試みたが、父の力に敵うはずもなく部屋へと引きずられていく。

「嫌、嫌ですお父様!」

 父はアレッタを部屋まで連れ帰ると、部屋の中を見て回った。机の下に隠していたアルストロメリアの花束を見つけると、父はそれを踏みつけた。

「ふんっ、こんなもの!」
「ああっ!」

 無惨に花びらを散らしたブーケを見て、アレッタは悲鳴を上げる。

「そこのメイド、部屋を片づけておけ」

 落ちた花びらも回収され、井戸水が入ったガラスのカップも持っていかれた。部屋に自然光が入らないように、窓の外から板まで打ちつけられる。

「くれぐれも余計なことは考えるな。これはお前のためなんだ」

 父ははぁとため息を吐きだすと、アレッタを部屋に置いて去って行ってしまう。

 ばたんと扉が閉められ、外から鍵をかけられた。暗くなった部屋の中で、アレッタは膝をついた。
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