上 下
7 / 41

7 現実に帰る

しおりを挟む
 アレッタが現実を思いだして落ちこみそうになったところで、新たにユースに話しかける妖精がいた。

「殿下、こちらにおいででしたか」
「ロイス。どうかしたか?」
「少々急ぎの案件がございまして、お時間をいただきたいのですが……」

 ロイスと呼ばれた妖精は紫の髪に紫の瞳をしていて、スラリとしたシルエットで黒いシャツに身を包んでいた。
 彼は長身を少しかがめながらユースに何事かを耳打ちすると、ユースは頷き返す。

「そうだな、アレッタを送り届けたら執務に戻ろう」
「かしこまりました」

 ロイスはユースに一礼すると、アレッタの方に向き直り会釈をした。

「アレッタ嬢ですね? 私は花妖精のロイス・コランバインと申します。ユスティニアン殿下の参謀役のような者です。以後お見知りおきください」
「ロイスは頭も切れるしとても頼りになる、アレッタもなにか困ったことがあれば彼に頼るといい」

 上品に微笑むロイスには、どことなく色気があった。大人の男性という感じだ。アレッタは気後れしながらもなんとか言葉を返す。

「あの、ご丁寧にありがとうございます。アレッタ・ユクシーです、こちらこそよろしくお願いします」
「いずれ俺の花嫁となる女性だ」

 横からそうユースが口を挟みながら、アレッタの茶色の髪を一房手にとり口づけた。
 アレッタは仰天して飛び上がってしまう。

「えっ、ええ!?」
「そう言ってはいけないか?」
「えっと、その……」

 気が早いよユース!! そんなこと言って、ロイスさんに本気にされちゃったらどうするの!?

 そうツッコミを入れたかったが、花嫁だと言われるのが全然嫌じゃないことにも同時に気づいてしまったアレッタは、それ以上の言葉が出てこなかった。

 ロイスは一瞬ポカンと面食らった顔をしたが、にこにこと微笑むユースと二の句が告げない様子のアレッタを見比べ、にっこりと笑った。

「私は王子の幸せを祝福しますよ」
「ちが! その、待ってロイスさん、私その、まだ花嫁になるとは決まっていなくて!!」
「おや、そうなんですか? 私のことはロイスと呼び捨ててください、アレッタ嬢とはこれからもつきあいがありそうですから」
「は、はいぃ」

 もう、顔から火が出ちゃいそう。アレッタは赤くなった頬を隠しながら、ユースを見上げた。

「ご、ごめんなさいユース、私……」
「いいや、俺の方こそからかって悪かった。そうなったらいいと思う願望を口にしただけだから、気にしないでくれ」
「そうじゃなくて、それもなくはないけど、私もう帰るわ……」

 これ以上は心臓がもたない。本気で。
 アレッタが帰ると告げると、ユースはアレッタの手を取り直した。

「そうか、名残惜しいな。アレッタ、また会ってくれるだろうか?」
「うん、よかったらまた妖精の国を案内してくれる?」

 アレッタの提案に、ユースは朗らかに微笑んだ。

「ああ、もちろん。そうだ、少し待ってくれ」

 ユースが宙に手をかざすとふわりと風が吹いて、先程花畑でみた白と紫の花弁のアルストロメリアのブーケが手の中に現れた。

「ロイス」
「はい」

 ロイスはどこからか薄紫色の包装紙を取りだすと、手際よくブーケを包む。あっという間に仕上げられたそれはユースの手に返され、アレッタの手元に渡った。

 ブーケは丸っこく形が整えられていて、艶々の白い百合のような花弁が満開になっている。

「わあ、素敵」
「この花が枯れるまでには、必ず会おう」
「ええ、ありがとう。また会いましょう」

 アレッタはブーケを胸元に引き寄せた。

「アレッタ、君がもし俺に会いたくなったら、この花束に向かってユースと三回唱えてほしい。花束は決して損なわないでくれ、形が崩れるとフェアリーサークルが機能しなくなってしまうから」

 フェアリーサークルって、本で見たことがあるわ。確か、妖精の世界への入り口なんだよね。

「わかったわ。そうだ、ドレスはこのままで大丈夫?」
「人間界でも使えるように妖精の魔法がかかっているから問題ない。では、屋敷へ送ろう」

 ユースがブーケに手をかざすと、アレッタは花の香りのする風に包まれる。目を閉じてしばらくすると、周りの空気が変わったのがわかった。

 そっと目を開ける。アレッタは屋敷のすぐ側の小さな庭に立っていた。
 初夏だというのに花の一つも咲いていない殺風景な庭を見て、先程までの花いっぱいな空間との落差に思わずため息をついてしまう。

 時間を確認しようと空を見上げた。ガーデンパーティーに呼び出されてからだいぶ時間が経っているらしく、時刻はもう夕方だ。
 赤く染まりはじめた緑の少ない庭の中で、摘みたてのアルストロメリアと贈られたドレスのビジューがキラキラと輝いて見えた。

「ふふっ、早速ブーケを部屋に飾らなくちゃ」

 夢のような時間だった。だけど夢じゃなかった。アレッタの手の中に咲き誇るブーケがそう教えてくれた。

 弾むような足取りで屋敷の中に入ると、会いたくない人物に会ってしまう。

「あら、お姉さま。珍しくマシなドレスをお召しになって……どうされたのそのブーケ」
「レベッカ……今日は家にいたのね」

 艶めくブルネットを結い上げ、吊り目が強調されるような化粧を施した一つ年下の妹、レベッカが扇で顔を隠しながら嫌味ったらしく姉に語りかけた。

「そのようなものを持ちこんだら、またお父様に文句を言われますわよ? まさか、また花妖精とやらに会っていたのかしら。いい年して妖精、妖精と人ならざる者にばかりかまけているから、婚約破棄なんて不名誉なことをされるのよ」
「! もう知っているのね」

 ガーデンパーティーが終わってからそう時間は経っていないだろうに、家にいたはずの妹はどうやってそのことを知ったんだろう。
 いや、赤いフリルドレスを身につけているから、もしかしたら外出した後だったのかも? 着ているのは夜会風のドレスだけれども。

「先程屋敷に連絡がきましたわ。第二王子の従者が直々に、わたくし宛に手紙を届けてくださいましたの。アレッタはどうしようもなく愚鈍な女なので婚約を破棄させてもらったが、妹のお前にはなんの咎もないから今後も王宮へ遊びにきてほしい、ですって!」

 ほほほと高笑いするレベッカ。アレッタは言葉もなく立ちすくんだ。

「お姉さま、お可哀想に。殿下に見捨てられたら、ろくな嫁ぎ先はありませんわよ? わたくしのように身の丈にあった婚約者を用意してもらえばよかったのにね、本当にお可哀想」

 レベッカは同じ爵位である侯爵の令息と婚約している。猫を被るのが上手いレベッカは婚約者の前では殊勝な態度でいるため、義実家から可愛がられており仲は良好だと聞く。

「仕方がないわ……私が口下手で社交が苦手なのは事実ですもの。どんなにがんばっても認められなかった……」

 テオドールははじめて会った時からアレッタのことを嫌っていた。いつも兄である王太子の、后であるシルビアとアレッタを比べてコケ下ろしていた。

 テオドールはきっとシルビアのような女性が好きだったのだろう。だからアレッタのことはいらなかったし、カロリーナのように守ってあげたくなるような人を新しい婚約者に据えたのだ。

 婚約者に冷遇されるアレッタに優しく声をかける人もいるにはいた。しかしアレッタが婚約者の地位を失うとガーデンパーティーの伯爵令嬢のように、簡単に手のひらを返される始末だ。
 今のアレッタには、社交界での味方が誰もいない。

「お姉さまが貴族令嬢に産まれたことはなにかの間違いだったんじゃなくて? いっそ貴族でいるのは諦めて、商家にでも嫁げばよいのではないかしら。作法も社交もなにも必要なくってよ。あら、でも口下手じゃすぐに事業を傾けてしまうかもしれませんわね」

 レベッカは楽しそうに笑うと、ふと窓の外を見上げる。

「まあ大変。お姉さまなんかにかまけていたら、約束の時間に遅れてしまいますわ。わたくし、今日はリード公爵家の夜会にお呼ばれしておりますの。お姉さまは行ったことがありませんものね? 煌びやかで豪華なシャンデリアは圧巻ですのよ、まあ今後もご覧になることはないかもしれませんけど」

 レベッカはパシリと扇を閉じると、アレッタに青い瞳で流し目を送りながら隣をすり抜けた。

「では、ご機嫌よう。ああ、お花は捨てておいた方がよくってよ? 忠告はしましたからね?」

 真っ赤なフリルドレスを見事に着こなしたレベッカは、ドレスを上手に捌いてアレッタの元から去っていった。

 アレッタは花束を隠すように左手に持ち替えると、誰にも見つからないよう気をつけながら部屋に戻った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

嫌われ者の【白豚令嬢】の巻き戻り。二度目の人生は失敗しませんわ!

大福金
ファンタジー
コミカライズスタートしました♡♡作画は甲羅まる先生です。 目が覚めると私は牢屋で寝ていた。意味が分からない……。 どうやら私は何故か、悪事を働き処刑される寸前の白豚令嬢【ソフィア・グレイドル】に生まれ変わっていた。 何で?そんな事が? 処刑台の上で首を切り落とされる寸前で神様がいきなり現れ、『魂を入れる体を間違えた』と言われた。 ちょっと待って?! 続いて神様は、追い打ちをかける様に絶望的な言葉を言った。 魂が体に定着し、私はソフィア・グレイドルとして生きるしかない と…… え? この先は首を切り落とされ死ぬだけですけど? 神様は五歳から人生をやり直して見ないかと提案してくれた。 お詫びとして色々なチート能力も付けてくれたし? このやり直し!絶対に成功させて幸せな老後を送るんだから! ソフィアに待ち受ける数々のフラグをへし折り時にはザマァしてみたり……幸せな未来の為に頑張ります。 そんな新たなソフィアが皆から知らない内に愛されて行くお話。 実はこの世界、主人公ソフィアは全く知らないが、乙女ゲームの世界なのである。 ヒロインも登場しイベントフラグが立ちますが、ソフィアは知らずにゲームのフラグをも力ずくでへし折ります。

婚約破棄された枯葉令嬢は、車椅子王子に溺愛される

夏海 十羽
恋愛
地味な伯爵令嬢のフィリアには美しい婚約者がいる。 第三王子のランドルフがフィリアの婚約者なのだが、ランドルフは髪と瞳が茶色のフィリアに不満を持っている。 婚約者同士の交流のために設けられたお茶会で、いつもランドルフはフィリアへの不満を罵詈雑言として浴びせている。 伯爵家が裕福だったので、王家から願われた婚約だっだのだが、フィリアの容姿が気に入らないランドルフは、隣に美しい公爵令嬢を侍らせながら言い放つのだった。 「フィリア・ポナー、貴様との汚らわしい婚約は真実の愛に敗れたのだ!今日ここで婚約を破棄する!」 ランドルフとの婚約期間中にすっかり自信を無くしてしまったフィリア。 しかし、すぐにランドルフの異母兄である第二王子と新たな婚約が結ばれる。 初めての顔合せに行くと、彼は車椅子に座っていた。 ※完結まで予約投稿済みです

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

妹に婚約者を取られましたが、辺境で楽しく暮らしています

今川幸乃
ファンタジー
おいしい物が大好きのオルロンド公爵家の長女エリサは次期国王と目されているケビン王子と婚約していた。 それを羨んだ妹のシシリーは悪い噂を流してエリサとケビンの婚約を破棄させ、自分がケビンの婚約者に収まる。 そしてエリサは田舎・偏屈・頑固と恐れられる辺境伯レリクスの元に厄介払い同然で嫁に出された。 当初は見向きもされないエリサだったが、次第に料理や作物の知識で周囲を驚かせていく。 一方、ケビンは極度のナルシストで、エリサはそれを知っていたからこそシシリーにケビンを譲らなかった。ケビンと結ばれたシシリーはすぐに彼の本性を知り、後悔することになる。

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

【完結済】冷血公爵様の家で働くことになりまして~婚約破棄された侯爵令嬢ですが公爵様の侍女として働いています。なぜか溺愛され離してくれません~

北城らんまる
恋愛
**HOTランキング11位入り! ありがとうございます!** 「薄気味悪い魔女め。おまえの悪行をここにて読み上げ、断罪する」  侯爵令嬢であるレティシア・ランドハルスは、ある日、婚約者の男から魔女と断罪され、婚約破棄を言い渡される。父に勘当されたレティシアだったが、それは娘の幸せを考えて、あえてしたことだった。父の手紙に書かれていた住所に向かうと、そこはなんと冷血と知られるルヴォンヒルテ次期公爵のジルクスが一人で住んでいる別荘だった。 「あなたの侍女になります」 「本気か?」    匿ってもらうだけの女になりたくない。  レティシアはルヴォンヒルテ次期公爵の見習い侍女として、第二の人生を歩み始めた。  一方その頃、レティシアを魔女と断罪した元婚約者には、不穏な影が忍び寄っていた。  レティシアが作っていたお守りが、実は元婚約者の身を魔物から守っていたのだ。そんなことも知らない元婚約者には、どんどん不幸なことが起こり始め……。 ※ざまぁ要素あり(主人公が何かをするわけではありません) ※設定はゆるふわ。 ※3万文字で終わります ※全話投稿済です

王子からの縁談の話が来たのですが、双子の妹が私に成りすまして王子に会いに行きました。しかしその結果……

水上
恋愛
侯爵令嬢である私、エマ・ローリンズは、縁談の話を聞いて喜んでいた。 相手はなんと、この国の第三王子であるウィリアム・ガーヴィー様である。 思わぬ縁談だったけれど、本当に嬉しかった。 しかし、その喜びは、すぐに消え失せた。 それは、私の双子の妹であるヘレン・ローリンズのせいだ。 彼女と、彼女を溺愛している両親は、ヘレンこそが、ウィリアム王子にふさわしいと言い出し、とんでもない手段に出るのだった。 それは、妹のヘレンが私に成りすまして、王子に近づくというものだった。 私たちはそっくりの双子だから、確かに見た目で判断するのは難しい。 でも、そんなバカなこと、成功するはずがないがないと思っていた。 しかし、ヘレンは王宮に招かれ、幸せな生活を送り始めた。 一方、私は王子を騙そうとした罪で捕らえられてしまう。 すべて、ヘレンと両親の思惑通りに事が進んでいた。 しかし、そんなヘレンの幸せは、いつまでも続くことはなかった。 彼女は幸せの始まりだと思っていたようだけれど、それは地獄の始まりなのだった……。 ※この作品は、旧作を加筆、修正して再掲載したものです。

処理中です...