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特殊なオメガ
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お茶を飲み終えた秀兎は、茶器を端に避けて授業を開始する。
「昨日は華族のオメガ子息の教養についてお話しましたね。内容を覚えていますか?」
「覚えてるよ。華族言葉を雅やかに使いこなし、家の中のことを取り仕切り、楽器の演奏や書道などの芸事に秀でているのがよいオメガなんだよね」
華族の奥方が求められることを主に行うものなんだそうだ。白露の知っている里のおばさん達とは、ずいぶんやっていることが違うんだなあと感心してしまった。
皇帝の番としてのお仕事も基本的には似たようなものらしい。お客様をもてなすとか、旦那様の仕事を手伝うとかを想像していたから拍子抜けだった。
秀兎は白露の答えを聞いて、よくできましたとばかりににこやかに頷いた。
「そうですね。ただ、大事なことを一つお忘れです」
「うっ……そ、それも覚えてるよ。つまりその……子どもを産むんだよね?」
赤ちゃんはコウノトリが運んできてくれるものではないと、実地でも知識でも思い知らされた白露だけれど、未だにそれを口にするのは抵抗があった。
自分は男で、将来は里のみんなと同じようにお嫁さんをもらうと思っていたから尚更だ。
里の誰もオメガの知識を持っていないことが仇となった。白露は自分がオメガだということはわかっていても、オメガがどういった存在なのか知らなかったのだからしょうがないと自分を慰める。
秀兎は密かに落ち込む白露を前にしても、全く顔色を変えることなく首肯した。
「ええ、そうです。特に皇帝の番となれば、周囲の期待も大きいでしょう」
「あうう……そうだよね」
「白露様。私はぜひ、貴方様の助けになりたいのです。正直に申し上げていただきたい、発情期の兆しはまだないのでしょうか?」
ずいっと小さな瞳を近づけられて、小柄な彼の真剣な眼差しを正面から受ける羽目になる。白露は気まずげに視線を逸らした。
「ないよ……この前ちょっとだけなりそうな予感がしたけど気のせいだったし。やっぱり僕は琉麒の言っていたとおり、特殊なオメガなんだ」
「特殊なオメガ? なんですかそれは」
「あれ、言っていなかったっけ? 僕はオメガが使えないはずの術を使えるらしいんだ」
「そうなのですか⁉︎ どういった術ですか、系統は? 即時型ですか遅行型ですか、詳しく知りたいです!」
「うわわわ……」
白露は意図せず秀兎の知識欲を刺激してしまったらしい。矢継ぎ早に聞かれて目を白黒させていると、ハッとしたように秀兎は居住まいを正した。
「申し訳ありません、失礼しました。よろしければ、その術とやらを披露していただくことはできますか?」
「え、でも寝ちゃうよ?」
「寝る? そのような作用を及ぼす術は聞いたことがありませんね。ますます興味が湧いてきました。白露様に負担が及ばないのでしたら、ぜひご披露いただきたい。術を詳しく分析すれば、発情期がこない原因がわかるかもしれません」
歌うだけだから別に負担はない。秀兎は瞳をキラキラと輝かせて見つめてくる。
発情期が来ない原因がわかるかもしれないと言われて心が揺れ、白露は枯れ草にも縋るような気分で子守唄を歌いだした。
歌い始めると気分が乗ってきて気持ちよく旋律をなぞっていると、魅音がハッとしたように声を荒げる。
「白露様! 聞いたもの全てに作用……する、術、は……危険が……」
「え、どうしたの? ……魅音? 寝てる」
気がついた時には、秀兎も魅音も眠ってしまっていた。みんな寝るのが早いなあと苦笑する。琉麒に何度か子守唄を試した結果、疲れている時ほど眠るのが早くなるとわかっている。
きっと二人とも働きすぎなんだと思って、しばらく寝かせてあげることにした。寝室から掛け布を持ってきてあげて二人にかけてやる。そうするとやることがなくなってしまい、さてどうしようと白露は首を捻った。
(竹林に行きたいなあ)
一番最初に頭の中に浮かんできたのは、心安らぐ竹の葉だ。宇天に会うのを気まずく感じてからというものの、この半月一度も竹林に行けていない。それに竹林に向かおうとすると魅音が渋い顔をするのもあって、遠慮をしていた。
今、魅音は安らかに眠っていて起きる気配もない。白露はぎゅっと手を握りこみながら扉の外を確認してみた。なんと、狐獣人と猪獣人の護衛も寝こけているではないか。
ゴクリと唾を飲み込んで、白露はそろりそろりと足音を立てないように移動しながら部屋を抜け出した。
(ちょっとだけでいいんだ。一人の時間がほしい。誰にも邪魔されずに、ただ笹の葉が風に擦れる音を聞きながらのんびりしたいだけなんだ。それだけしたらちゃんと戻るから)
今は午前中だし、宇天と会うのはいつも午後だったからこの時間は竹林に来ないはずだ。そう考えながら、足早に竹林へと向かう。
「昨日は華族のオメガ子息の教養についてお話しましたね。内容を覚えていますか?」
「覚えてるよ。華族言葉を雅やかに使いこなし、家の中のことを取り仕切り、楽器の演奏や書道などの芸事に秀でているのがよいオメガなんだよね」
華族の奥方が求められることを主に行うものなんだそうだ。白露の知っている里のおばさん達とは、ずいぶんやっていることが違うんだなあと感心してしまった。
皇帝の番としてのお仕事も基本的には似たようなものらしい。お客様をもてなすとか、旦那様の仕事を手伝うとかを想像していたから拍子抜けだった。
秀兎は白露の答えを聞いて、よくできましたとばかりににこやかに頷いた。
「そうですね。ただ、大事なことを一つお忘れです」
「うっ……そ、それも覚えてるよ。つまりその……子どもを産むんだよね?」
赤ちゃんはコウノトリが運んできてくれるものではないと、実地でも知識でも思い知らされた白露だけれど、未だにそれを口にするのは抵抗があった。
自分は男で、将来は里のみんなと同じようにお嫁さんをもらうと思っていたから尚更だ。
里の誰もオメガの知識を持っていないことが仇となった。白露は自分がオメガだということはわかっていても、オメガがどういった存在なのか知らなかったのだからしょうがないと自分を慰める。
秀兎は密かに落ち込む白露を前にしても、全く顔色を変えることなく首肯した。
「ええ、そうです。特に皇帝の番となれば、周囲の期待も大きいでしょう」
「あうう……そうだよね」
「白露様。私はぜひ、貴方様の助けになりたいのです。正直に申し上げていただきたい、発情期の兆しはまだないのでしょうか?」
ずいっと小さな瞳を近づけられて、小柄な彼の真剣な眼差しを正面から受ける羽目になる。白露は気まずげに視線を逸らした。
「ないよ……この前ちょっとだけなりそうな予感がしたけど気のせいだったし。やっぱり僕は琉麒の言っていたとおり、特殊なオメガなんだ」
「特殊なオメガ? なんですかそれは」
「あれ、言っていなかったっけ? 僕はオメガが使えないはずの術を使えるらしいんだ」
「そうなのですか⁉︎ どういった術ですか、系統は? 即時型ですか遅行型ですか、詳しく知りたいです!」
「うわわわ……」
白露は意図せず秀兎の知識欲を刺激してしまったらしい。矢継ぎ早に聞かれて目を白黒させていると、ハッとしたように秀兎は居住まいを正した。
「申し訳ありません、失礼しました。よろしければ、その術とやらを披露していただくことはできますか?」
「え、でも寝ちゃうよ?」
「寝る? そのような作用を及ぼす術は聞いたことがありませんね。ますます興味が湧いてきました。白露様に負担が及ばないのでしたら、ぜひご披露いただきたい。術を詳しく分析すれば、発情期がこない原因がわかるかもしれません」
歌うだけだから別に負担はない。秀兎は瞳をキラキラと輝かせて見つめてくる。
発情期が来ない原因がわかるかもしれないと言われて心が揺れ、白露は枯れ草にも縋るような気分で子守唄を歌いだした。
歌い始めると気分が乗ってきて気持ちよく旋律をなぞっていると、魅音がハッとしたように声を荒げる。
「白露様! 聞いたもの全てに作用……する、術、は……危険が……」
「え、どうしたの? ……魅音? 寝てる」
気がついた時には、秀兎も魅音も眠ってしまっていた。みんな寝るのが早いなあと苦笑する。琉麒に何度か子守唄を試した結果、疲れている時ほど眠るのが早くなるとわかっている。
きっと二人とも働きすぎなんだと思って、しばらく寝かせてあげることにした。寝室から掛け布を持ってきてあげて二人にかけてやる。そうするとやることがなくなってしまい、さてどうしようと白露は首を捻った。
(竹林に行きたいなあ)
一番最初に頭の中に浮かんできたのは、心安らぐ竹の葉だ。宇天に会うのを気まずく感じてからというものの、この半月一度も竹林に行けていない。それに竹林に向かおうとすると魅音が渋い顔をするのもあって、遠慮をしていた。
今、魅音は安らかに眠っていて起きる気配もない。白露はぎゅっと手を握りこみながら扉の外を確認してみた。なんと、狐獣人と猪獣人の護衛も寝こけているではないか。
ゴクリと唾を飲み込んで、白露はそろりそろりと足音を立てないように移動しながら部屋を抜け出した。
(ちょっとだけでいいんだ。一人の時間がほしい。誰にも邪魔されずに、ただ笹の葉が風に擦れる音を聞きながらのんびりしたいだけなんだ。それだけしたらちゃんと戻るから)
今は午前中だし、宇天と会うのはいつも午後だったからこの時間は竹林に来ないはずだ。そう考えながら、足早に竹林へと向かう。
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