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ヤキモチとことわざ

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 太狼と話していると、琉麒が会話に割り込んできた。

「ずいぶんと打ち解けているんだね。白露を連れて旅をしている間は、一体どういう話をしたんだ?」

 太狼はおや、と片眉を上げ腕を組んで、ニヤニヤしながら琉麒をからかった。

「皇上ともあろう者が、まさか臣下の忠誠を疑うのか?」
「疑っている訳ではない」
「そうだよな、ヤキモチ焼いてるだけだな、ははっ!」

 腹を抱えて笑う太狼を、虎獣人が鋭い口調で叱る。

「太狼! 口が過ぎるぞ。君子くんしは器ならず、皇上をからかうなど言語道断の恥ずべき行いだ、反省したまえ」

 吠えるように迫力のある叱責なのに、太狼は狼の尾を機嫌良さげに揺らしてどこ吹く風といった調子だ。

「人みな人に忍びざるの心ありという言葉を知らないのか? もちろん俺にもある」

 白露は二人の顔を順番に見ながら、一体何の話をしているんだろうと疑問符で頭をいっぱいにした。華人の言葉には例え話やことわざが多くて、意味を知らないと理解できない。

 琉麒はもちろん知っているようで、さらりと太狼に返答をよこす。

「どうだろうね」
「うわ、酷え! 聞いたか虎炎、皇上が俺のことを人でなし扱いをするんだ!」
「さもあらん」
「アンタもかよ!」

 太狼は大袈裟に嘆いてみせるが、本気で悲しんでいるわけではなさそうだ。すぐにパッと顔を上げて、棒立ちしている白露に気づいて声をかけてくれた。

「ああ、悪いな白露。まあ座れよ」
「白露、こっちにおいで」

 太狼は甲斐甲斐しく白露の手を引く皇帝を見て、ひそひそと虎獣人に耳打ちする。

「見たか、あの砂糖菓子に蜂蜜をぶっかけたような顔を。運命の番ってすげえな、どんな絶世の美男美女オメガが迫ってきても一線を引いていた琉麒を、あそこまで骨抜きにするなんてさ」
「喜ばしいことだ。これで皇上の治世もより磐石ばんじゃくになることであろう」
「君たち、いつまでも話をしていないで早く座ったらどうなんだ」
「御意」
「はいはいっと」

 全員が座り終えると虎獣人が口髭を撫でて整えた後、鋭い目を和ませながら白露に挨拶をしてくれた。

「番様、自分は虎炎という。畏れ多くも将軍の位を皇上から賜っておる。以後よろしく頼む」
「あ、ご丁寧にありがとうござ……ありがとう。白露って呼んでね」

 白露のもの慣れない様子を見て、虎炎は口元に弧を描いた。

「なんとも初々しいことだ。我が番に会った頃のことを思い出すな」
「虎炎には番がいるの?」
「左様。白露様が会いたいとお望みでしたら、いつでも馳せ参じることでしょう」

 他のオメガに会ってみたい気持ちはもちろんあるけれど、そんな風に呼びつけていいものかためらって口をつぐむ。白露はまだ、皇帝の番という地位について図りかねていた。

(無理矢理呼びつけられたって思われたらギクシャクしそうだし、琉麒に聞いてからにしよう)

 口調も姿勢もキッチリとした虎炎と違い、背もたれにダラリともたれかかった太狼は呑気に茶々を入れた。

「いいよなあ虎炎は、家格も相性もピッタリなオメガと番えて。俺も早く番を迎えたいもんだ」
「お前は軽薄なように見せかけて、選り好みが激しすぎるのだ」

 里では見かけなかったアルファもオメガも、皇城にはたくさんいるようだ。

 他人事のように二人のやりとりを聞いていると、太狼の釣り上がった目が不意に白露を見つめて片目をつぶった。

「アンタみたいに擦れていなくて可愛いオメガに、出会えるといいんたけどなあ」

 隣にいた琉麒は白露の腰を引き寄せて、半眼で太狼を牽制する。

「私の番をそのような目で見るな」

 ドキッと胸が高鳴る。低い声で太狼を威嚇する琉麒は、いつもの穏やかな様子と違って少し強引でときめいてしまう。

 太狼はますます楽しそうにニヤけて、虎炎の肩を肘で突いた。

「見たか、あの琉麒が! しばらくこのネタでからかえそうだ」
「やめたまえ、意地が悪いぞ」

 食事が運ばれてきた。桃が円卓の中央に運ばれるのを見つけて、白露は目を輝かせる。

「わあ、桃だ!」
「食べさせてあげよう。白露、口を開けて」
「え、いいよ……自分で食べる」

 甘やかそうとする琉麒の手から逃れて、白露は頬を染めながらパクリと取り分けられた桃を口に運んだ。こんな衆人環視の中で食べさせられるなんて恥ずかし過ぎる。

 太狼は二人の仲良さげなやりとりを見るたびに、終始にこにこと頬を緩めていた。虎炎も厳つい顔を和ませている。

「白露、ここにいる二人は君の絶対的な味方だ。困ったことがあれば遠慮なく声をかけるといい。もちろん私を一番に頼ってほしいが、そうはいかない場合があるかもしれないからね」
「よろしくね太狼、虎炎」
「おう、任せろ」
「御意」

 絶対的な味方がいるということは、逆に言えば敵もいるということなんだろうか。気になった白露だったが、食事中に緊張するような話題を振るのはよくないかなと配慮し、ひたすら食事に集中した。

 決して食べたくてたまらなくて夢中になって食べていた訳ではない。確かにものすごく美味しかったけれど、それとこれとは別の話だ。
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