21 / 43
ヤキモチとことわざ
しおりを挟む
太狼と話していると、琉麒が会話に割り込んできた。
「ずいぶんと打ち解けているんだね。白露を連れて旅をしている間は、一体どういう話をしたんだ?」
太狼はおや、と片眉を上げ腕を組んで、ニヤニヤしながら琉麒をからかった。
「皇上ともあろう者が、まさか臣下の忠誠を疑うのか?」
「疑っている訳ではない」
「そうだよな、ヤキモチ焼いてるだけだな、ははっ!」
腹を抱えて笑う太狼を、虎獣人が鋭い口調で叱る。
「太狼! 口が過ぎるぞ。君子は器ならず、皇上をからかうなど言語道断の恥ずべき行いだ、反省したまえ」
吠えるように迫力のある叱責なのに、太狼は狼の尾を機嫌良さげに揺らしてどこ吹く風といった調子だ。
「人みな人に忍びざるの心ありという言葉を知らないのか? もちろん俺にもある」
白露は二人の顔を順番に見ながら、一体何の話をしているんだろうと疑問符で頭をいっぱいにした。華人の言葉には例え話やことわざが多くて、意味を知らないと理解できない。
琉麒はもちろん知っているようで、さらりと太狼に返答をよこす。
「どうだろうね」
「うわ、酷え! 聞いたか虎炎、皇上が俺のことを人でなし扱いをするんだ!」
「さもあらん」
「アンタもかよ!」
太狼は大袈裟に嘆いてみせるが、本気で悲しんでいるわけではなさそうだ。すぐにパッと顔を上げて、棒立ちしている白露に気づいて声をかけてくれた。
「ああ、悪いな白露。まあ座れよ」
「白露、こっちにおいで」
太狼は甲斐甲斐しく白露の手を引く皇帝を見て、ひそひそと虎獣人に耳打ちする。
「見たか、あの砂糖菓子に蜂蜜をぶっかけたような顔を。運命の番ってすげえな、どんな絶世の美男美女オメガが迫ってきても一線を引いていた琉麒を、あそこまで骨抜きにするなんてさ」
「喜ばしいことだ。これで皇上の治世もより磐石になることであろう」
「君たち、いつまでも話をしていないで早く座ったらどうなんだ」
「御意」
「はいはいっと」
全員が座り終えると虎獣人が口髭を撫でて整えた後、鋭い目を和ませながら白露に挨拶をしてくれた。
「番様、自分は虎炎という。畏れ多くも将軍の位を皇上から賜っておる。以後よろしく頼む」
「あ、ご丁寧にありがとうござ……ありがとう。白露って呼んでね」
白露のもの慣れない様子を見て、虎炎は口元に弧を描いた。
「なんとも初々しいことだ。我が番に会った頃のことを思い出すな」
「虎炎には番がいるの?」
「左様。白露様が会いたいとお望みでしたら、いつでも馳せ参じることでしょう」
他のオメガに会ってみたい気持ちはもちろんあるけれど、そんな風に呼びつけていいものかためらって口をつぐむ。白露はまだ、皇帝の番という地位について図りかねていた。
(無理矢理呼びつけられたって思われたらギクシャクしそうだし、琉麒に聞いてからにしよう)
口調も姿勢もキッチリとした虎炎と違い、背もたれにダラリともたれかかった太狼は呑気に茶々を入れた。
「いいよなあ虎炎は、家格も相性もピッタリなオメガと番えて。俺も早く番を迎えたいもんだ」
「お前は軽薄なように見せかけて、選り好みが激しすぎるのだ」
里では見かけなかったアルファもオメガも、皇城にはたくさんいるようだ。
他人事のように二人のやりとりを聞いていると、太狼の釣り上がった目が不意に白露を見つめて片目をつぶった。
「アンタみたいに擦れていなくて可愛いオメガに、出会えるといいんたけどなあ」
隣にいた琉麒は白露の腰を引き寄せて、半眼で太狼を牽制する。
「私の番をそのような目で見るな」
ドキッと胸が高鳴る。低い声で太狼を威嚇する琉麒は、いつもの穏やかな様子と違って少し強引でときめいてしまう。
太狼はますます楽しそうにニヤけて、虎炎の肩を肘で突いた。
「見たか、あの琉麒が! しばらくこのネタでからかえそうだ」
「やめたまえ、意地が悪いぞ」
食事が運ばれてきた。桃が円卓の中央に運ばれるのを見つけて、白露は目を輝かせる。
「わあ、桃だ!」
「食べさせてあげよう。白露、口を開けて」
「え、いいよ……自分で食べる」
甘やかそうとする琉麒の手から逃れて、白露は頬を染めながらパクリと取り分けられた桃を口に運んだ。こんな衆人環視の中で食べさせられるなんて恥ずかし過ぎる。
太狼は二人の仲良さげなやりとりを見るたびに、終始にこにこと頬を緩めていた。虎炎も厳つい顔を和ませている。
「白露、ここにいる二人は君の絶対的な味方だ。困ったことがあれば遠慮なく声をかけるといい。もちろん私を一番に頼ってほしいが、そうはいかない場合があるかもしれないからね」
「よろしくね太狼、虎炎」
「おう、任せろ」
「御意」
絶対的な味方がいるということは、逆に言えば敵もいるということなんだろうか。気になった白露だったが、食事中に緊張するような話題を振るのはよくないかなと配慮し、ひたすら食事に集中した。
決して食べたくてたまらなくて夢中になって食べていた訳ではない。確かにものすごく美味しかったけれど、それとこれとは別の話だ。
「ずいぶんと打ち解けているんだね。白露を連れて旅をしている間は、一体どういう話をしたんだ?」
太狼はおや、と片眉を上げ腕を組んで、ニヤニヤしながら琉麒をからかった。
「皇上ともあろう者が、まさか臣下の忠誠を疑うのか?」
「疑っている訳ではない」
「そうだよな、ヤキモチ焼いてるだけだな、ははっ!」
腹を抱えて笑う太狼を、虎獣人が鋭い口調で叱る。
「太狼! 口が過ぎるぞ。君子は器ならず、皇上をからかうなど言語道断の恥ずべき行いだ、反省したまえ」
吠えるように迫力のある叱責なのに、太狼は狼の尾を機嫌良さげに揺らしてどこ吹く風といった調子だ。
「人みな人に忍びざるの心ありという言葉を知らないのか? もちろん俺にもある」
白露は二人の顔を順番に見ながら、一体何の話をしているんだろうと疑問符で頭をいっぱいにした。華人の言葉には例え話やことわざが多くて、意味を知らないと理解できない。
琉麒はもちろん知っているようで、さらりと太狼に返答をよこす。
「どうだろうね」
「うわ、酷え! 聞いたか虎炎、皇上が俺のことを人でなし扱いをするんだ!」
「さもあらん」
「アンタもかよ!」
太狼は大袈裟に嘆いてみせるが、本気で悲しんでいるわけではなさそうだ。すぐにパッと顔を上げて、棒立ちしている白露に気づいて声をかけてくれた。
「ああ、悪いな白露。まあ座れよ」
「白露、こっちにおいで」
太狼は甲斐甲斐しく白露の手を引く皇帝を見て、ひそひそと虎獣人に耳打ちする。
「見たか、あの砂糖菓子に蜂蜜をぶっかけたような顔を。運命の番ってすげえな、どんな絶世の美男美女オメガが迫ってきても一線を引いていた琉麒を、あそこまで骨抜きにするなんてさ」
「喜ばしいことだ。これで皇上の治世もより磐石になることであろう」
「君たち、いつまでも話をしていないで早く座ったらどうなんだ」
「御意」
「はいはいっと」
全員が座り終えると虎獣人が口髭を撫でて整えた後、鋭い目を和ませながら白露に挨拶をしてくれた。
「番様、自分は虎炎という。畏れ多くも将軍の位を皇上から賜っておる。以後よろしく頼む」
「あ、ご丁寧にありがとうござ……ありがとう。白露って呼んでね」
白露のもの慣れない様子を見て、虎炎は口元に弧を描いた。
「なんとも初々しいことだ。我が番に会った頃のことを思い出すな」
「虎炎には番がいるの?」
「左様。白露様が会いたいとお望みでしたら、いつでも馳せ参じることでしょう」
他のオメガに会ってみたい気持ちはもちろんあるけれど、そんな風に呼びつけていいものかためらって口をつぐむ。白露はまだ、皇帝の番という地位について図りかねていた。
(無理矢理呼びつけられたって思われたらギクシャクしそうだし、琉麒に聞いてからにしよう)
口調も姿勢もキッチリとした虎炎と違い、背もたれにダラリともたれかかった太狼は呑気に茶々を入れた。
「いいよなあ虎炎は、家格も相性もピッタリなオメガと番えて。俺も早く番を迎えたいもんだ」
「お前は軽薄なように見せかけて、選り好みが激しすぎるのだ」
里では見かけなかったアルファもオメガも、皇城にはたくさんいるようだ。
他人事のように二人のやりとりを聞いていると、太狼の釣り上がった目が不意に白露を見つめて片目をつぶった。
「アンタみたいに擦れていなくて可愛いオメガに、出会えるといいんたけどなあ」
隣にいた琉麒は白露の腰を引き寄せて、半眼で太狼を牽制する。
「私の番をそのような目で見るな」
ドキッと胸が高鳴る。低い声で太狼を威嚇する琉麒は、いつもの穏やかな様子と違って少し強引でときめいてしまう。
太狼はますます楽しそうにニヤけて、虎炎の肩を肘で突いた。
「見たか、あの琉麒が! しばらくこのネタでからかえそうだ」
「やめたまえ、意地が悪いぞ」
食事が運ばれてきた。桃が円卓の中央に運ばれるのを見つけて、白露は目を輝かせる。
「わあ、桃だ!」
「食べさせてあげよう。白露、口を開けて」
「え、いいよ……自分で食べる」
甘やかそうとする琉麒の手から逃れて、白露は頬を染めながらパクリと取り分けられた桃を口に運んだ。こんな衆人環視の中で食べさせられるなんて恥ずかし過ぎる。
太狼は二人の仲良さげなやりとりを見るたびに、終始にこにこと頬を緩めていた。虎炎も厳つい顔を和ませている。
「白露、ここにいる二人は君の絶対的な味方だ。困ったことがあれば遠慮なく声をかけるといい。もちろん私を一番に頼ってほしいが、そうはいかない場合があるかもしれないからね」
「よろしくね太狼、虎炎」
「おう、任せろ」
「御意」
絶対的な味方がいるということは、逆に言えば敵もいるということなんだろうか。気になった白露だったが、食事中に緊張するような話題を振るのはよくないかなと配慮し、ひたすら食事に集中した。
決して食べたくてたまらなくて夢中になって食べていた訳ではない。確かにものすごく美味しかったけれど、それとこれとは別の話だ。
340
お気に入りに追加
745
あなたにおすすめの小説
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが
五右衛門
BL
月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。
しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──
転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる
塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった!
特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
既成事実さえあれば大丈夫
ふじの
BL
名家出身のオメガであるサミュエルは、第三王子に婚約を一方的に破棄された。名家とはいえ貧乏な家のためにも新しく誰かと番う必要がある。だがサミュエルは行き遅れなので、もはや選んでいる立場ではない。そうだ、既成事実さえあればどこかに嫁げるだろう。そう考えたサミュエルは、ヒート誘発薬を持って夜会に乗り込んだ。そこで出会った美丈夫のアルファ、ハリムと意気投合したが───。
僕の番
結城れい
BL
白石湊(しらいし みなと)は、大学生のΩだ。αの番がいて同棲までしている。最近湊は、番である森颯真(もり そうま)の衣服を集めることがやめられない。気づかれないように少しずつ集めていくが――
※他サイトにも掲載
初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
【完結】運命の番に逃げられたアルファと、身代わりベータの結婚
貴宮 あすか
BL
ベータの新は、オメガである兄、律の身代わりとなって結婚した。
相手は優れた経営手腕で新たちの両親に見込まれた、アルファの木南直樹だった。
しかし、直樹は自分の運命の番である律が、他のアルファと駆け落ちするのを手助けした新を、律の身代わりにすると言って組み敷き、何もかも初めての新を律の名前を呼びながら抱いた。それでも新は幸せだった。新にとって木南直樹は少年の頃に初めての恋をした相手だったから。
アルファ×ベータの身代わり結婚ものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる