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運命との出会い
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絨毯が厚手だったので膝が痛くならずに済んでよかったと呑気な感想を抱いていると、芳しい香りが鼻先をくすぐる。
あまりにも魅力的な伽羅の香りにつられて、白露は顔を上げてしまう。
玉座には麒麟獣人の皇帝が座している。貴色である黄金色の髪と立派な黒角を持つ彼は、目を見開いて白露を凝視していた。
(あ、いけない。勝手に顔を上げてはいけないのだった)
黒いパンダの耳も顔と一緒に伏せて恭順を示す。辺境出身の白露でも、皇帝がどれほど高貴な存在かわかる。どうか怒っていませんようにと祈りながら沙汰を待った。
衣擦れの音と共に周囲がざわめく。前方向から誰か近づいてきているけれど、まさか皇帝様が来ているのだろうか。ドキドキしながら金の刺繍が美しい絨毯の模様を眺めていると、赤い紐で編まれた黒靴が目の前で止まった。
「顔を上げて」
涼やかな声が耳朶をくすぐり、促されるままそっと上を見た。豪奢な金の髪と共に青玻璃の瞳が目に飛び込んでくる。白露が今までに見たことがないくらいに美しい人だった。
(なんて綺麗なんだろう……天の国に住む神様のように神々しい人だ)
声もなく見つめあっていると、皇帝の薄い唇が信じられないといった様子でわななく。そして次の瞬間には華やかに綻んだ。
「ようやく見つけた、私の運命の番よ」
「運命の番……僕が?」
皇帝の一言を受けて、周囲の兵や重鎮達のざわめきがより大きくなった。立派な髭を蓄えた虎獣人が皇帝に尋ねる。
「皇上、誠に間違いはございませぬか」
「ああ、間違いない。この少年だ」
白く形のいい手が白露の前に差し出される。戸惑っていると手を取られて、起立するように促された。立ち上がるとちょうど目の前に皇帝様の鎖骨がある。緩やかに波を描く金の髪が一房、胸の前にかかっていた。
目線を上げると、眩しいくらいの美貌が白露を一心に見つめていた。その瞳に吸い込まれそうな気分になりながらも見つめ返す。
(この人、すごくいい匂いがする。嗅いでいるだけでうっとりして、夢を見ている気分になれちゃうような匂い……)
伽羅の香りが脳髄まで染み込み、複雑に混ざりあった天上の香りが、白露の体中を包み込んでいるかのような錯覚を起こした。
すんすんと本能のままに香りを吸っていると、皇帝は白露の首筋に顔を近づけてくる。
(わ、近い……!)
「匂いが薄いな、発情期が来ていないのか」
運命の番に会うとすぐに発情期を迎えるのかもと思っていたが、どうやら何も起こらなかったらしい。
固くなった肩の力が抜けると同時に、眉尻もへにょりと落ちる。残念なような安心したような、なんとも言えない気分だった。
皇帝は一度体を離すと、優しい口調で白露に語りかけた。
「我が名は琉麒。私の唯一無二の番よ、貴方の名前を教えてくれないか」
大切な者を扱うような優しげな視線を向けられて、トクトクと胸が高鳴りだす。
「白露です」
「春の雪解けのような柔らかな響きの名前だね。貴方によく似合っている」
秀麗な顔に親しみを滲ませた琉麒は、白露の手を引いて移動しはじめた。
「私の部屋に案内しよう。虎炎、太狼、後は任せた」
「はっ! 心得ました」
「え、ちょっと待ってくださいよ皇上」
焦った声が背中から追いかけてくるが、琉麒は白露にだけ視線を注ぎながら謁見室を出ていこうとする。白露も琉麒に見惚れながら彼についていった。
琉麒は涼しげな声音に熱を織り混ぜながら、白露の黒耳にそっと耳打ちする。
「貴方のことをもっと知りたい。私に全てを見せてくれないか」
「見せる? えっと、聞いてくれたらなんでもお答えします、皇帝様」
「そのような他人行儀な話し方をしないでおくれ、愛しい人。貴方と私は番になるのだから。琉麒と呼んで、白露」
「琉麒……」
「そう、それでいい」
甘い声で口説かれて、夢見心地で足を進める。気がつくと装飾彫りと金細工が施された立派な扉の前に来ており、腰を抱かれてそのまま入室した。どうやらここが皇帝様の居室らしい。
琉麒は部屋の前に立っていた護衛に、番と交流するから誰も入れないようにと伝える。命令を聞き入れた門番の手によって、扉がしっかりと閉じられた。赤い天幕と飾り紐で装飾された豪華な寝台に、連れられるままに腰掛ける。
皇帝は息がかかりそうな至近距離で白露の黒い瞳に焦点を当てた。青玻璃の宝石細工のような瞳が眼前に迫る。熱に浮かされたような声音で琉麒はそっと告白した。
「白露、私は君に出会える日をずっと待ち望んでいた」
「そうなんですか? 光栄です琉麒」
頬を紅潮させながらそう答えた白露だったが、皇帝の目の下に隈があることに気づいた。そっと指先でなぞるとくすぐったそうに笑われる。
「どうした?」
「酷い隈ですね」
よく見ると顔色も蝋のように白く、体調が悪いのではないかと心配になる。琉麒はなんでもなさそうに告げた。
「ああ、三日寝ていないからね」
「三日も⁉︎ 大変ですね、今すぐ寝た方がいいですよ。僕が子守唄を歌ってあげます」
「子守唄? いや、そのようなもので寝かしつけられる歳ではないのだが」
琉麒は白露の言葉に困惑の表情を浮かべていたが、白露が靴を脱いで寝台に乗り上がりぽんぽんと膝を叩くと、同じように靴を脱ぎはにかみながら膝の上に頭を乗せた。
「ふ、このように甘やかされて心地よく感じるのは久方ぶりだ」
「琉麒はおいくつなんですか?」
「今年で二十八になった」
「そうなんですね、僕より十歳も大人だ」
そんな大人の人の頭を膝の上に乗せたのは初めてだ。格子窓から差し込む午後の日の光を浴びてキラキラ輝く金の髪や金色の耳、黒く立派な麒麟角に見惚れていると、腰に回った手が白露の帯を引っ張りはじめた。
あまりにも魅力的な伽羅の香りにつられて、白露は顔を上げてしまう。
玉座には麒麟獣人の皇帝が座している。貴色である黄金色の髪と立派な黒角を持つ彼は、目を見開いて白露を凝視していた。
(あ、いけない。勝手に顔を上げてはいけないのだった)
黒いパンダの耳も顔と一緒に伏せて恭順を示す。辺境出身の白露でも、皇帝がどれほど高貴な存在かわかる。どうか怒っていませんようにと祈りながら沙汰を待った。
衣擦れの音と共に周囲がざわめく。前方向から誰か近づいてきているけれど、まさか皇帝様が来ているのだろうか。ドキドキしながら金の刺繍が美しい絨毯の模様を眺めていると、赤い紐で編まれた黒靴が目の前で止まった。
「顔を上げて」
涼やかな声が耳朶をくすぐり、促されるままそっと上を見た。豪奢な金の髪と共に青玻璃の瞳が目に飛び込んでくる。白露が今までに見たことがないくらいに美しい人だった。
(なんて綺麗なんだろう……天の国に住む神様のように神々しい人だ)
声もなく見つめあっていると、皇帝の薄い唇が信じられないといった様子でわななく。そして次の瞬間には華やかに綻んだ。
「ようやく見つけた、私の運命の番よ」
「運命の番……僕が?」
皇帝の一言を受けて、周囲の兵や重鎮達のざわめきがより大きくなった。立派な髭を蓄えた虎獣人が皇帝に尋ねる。
「皇上、誠に間違いはございませぬか」
「ああ、間違いない。この少年だ」
白く形のいい手が白露の前に差し出される。戸惑っていると手を取られて、起立するように促された。立ち上がるとちょうど目の前に皇帝様の鎖骨がある。緩やかに波を描く金の髪が一房、胸の前にかかっていた。
目線を上げると、眩しいくらいの美貌が白露を一心に見つめていた。その瞳に吸い込まれそうな気分になりながらも見つめ返す。
(この人、すごくいい匂いがする。嗅いでいるだけでうっとりして、夢を見ている気分になれちゃうような匂い……)
伽羅の香りが脳髄まで染み込み、複雑に混ざりあった天上の香りが、白露の体中を包み込んでいるかのような錯覚を起こした。
すんすんと本能のままに香りを吸っていると、皇帝は白露の首筋に顔を近づけてくる。
(わ、近い……!)
「匂いが薄いな、発情期が来ていないのか」
運命の番に会うとすぐに発情期を迎えるのかもと思っていたが、どうやら何も起こらなかったらしい。
固くなった肩の力が抜けると同時に、眉尻もへにょりと落ちる。残念なような安心したような、なんとも言えない気分だった。
皇帝は一度体を離すと、優しい口調で白露に語りかけた。
「我が名は琉麒。私の唯一無二の番よ、貴方の名前を教えてくれないか」
大切な者を扱うような優しげな視線を向けられて、トクトクと胸が高鳴りだす。
「白露です」
「春の雪解けのような柔らかな響きの名前だね。貴方によく似合っている」
秀麗な顔に親しみを滲ませた琉麒は、白露の手を引いて移動しはじめた。
「私の部屋に案内しよう。虎炎、太狼、後は任せた」
「はっ! 心得ました」
「え、ちょっと待ってくださいよ皇上」
焦った声が背中から追いかけてくるが、琉麒は白露にだけ視線を注ぎながら謁見室を出ていこうとする。白露も琉麒に見惚れながら彼についていった。
琉麒は涼しげな声音に熱を織り混ぜながら、白露の黒耳にそっと耳打ちする。
「貴方のことをもっと知りたい。私に全てを見せてくれないか」
「見せる? えっと、聞いてくれたらなんでもお答えします、皇帝様」
「そのような他人行儀な話し方をしないでおくれ、愛しい人。貴方と私は番になるのだから。琉麒と呼んで、白露」
「琉麒……」
「そう、それでいい」
甘い声で口説かれて、夢見心地で足を進める。気がつくと装飾彫りと金細工が施された立派な扉の前に来ており、腰を抱かれてそのまま入室した。どうやらここが皇帝様の居室らしい。
琉麒は部屋の前に立っていた護衛に、番と交流するから誰も入れないようにと伝える。命令を聞き入れた門番の手によって、扉がしっかりと閉じられた。赤い天幕と飾り紐で装飾された豪華な寝台に、連れられるままに腰掛ける。
皇帝は息がかかりそうな至近距離で白露の黒い瞳に焦点を当てた。青玻璃の宝石細工のような瞳が眼前に迫る。熱に浮かされたような声音で琉麒はそっと告白した。
「白露、私は君に出会える日をずっと待ち望んでいた」
「そうなんですか? 光栄です琉麒」
頬を紅潮させながらそう答えた白露だったが、皇帝の目の下に隈があることに気づいた。そっと指先でなぞるとくすぐったそうに笑われる。
「どうした?」
「酷い隈ですね」
よく見ると顔色も蝋のように白く、体調が悪いのではないかと心配になる。琉麒はなんでもなさそうに告げた。
「ああ、三日寝ていないからね」
「三日も⁉︎ 大変ですね、今すぐ寝た方がいいですよ。僕が子守唄を歌ってあげます」
「子守唄? いや、そのようなもので寝かしつけられる歳ではないのだが」
琉麒は白露の言葉に困惑の表情を浮かべていたが、白露が靴を脱いで寝台に乗り上がりぽんぽんと膝を叩くと、同じように靴を脱ぎはにかみながら膝の上に頭を乗せた。
「ふ、このように甘やかされて心地よく感じるのは久方ぶりだ」
「琉麒はおいくつなんですか?」
「今年で二十八になった」
「そうなんですね、僕より十歳も大人だ」
そんな大人の人の頭を膝の上に乗せたのは初めてだ。格子窓から差し込む午後の日の光を浴びてキラキラ輝く金の髪や金色の耳、黒く立派な麒麟角に見惚れていると、腰に回った手が白露の帯を引っ張りはじめた。
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