上 下
2 / 43

旅立ち

しおりを挟む
 春風が竹林を吹き抜けて、さわさわと葉が擦れる音が聞こえる。白露はこの音を聞くと、安らかな気持ちになる。

 初めての長旅に出るということで早起きしてからずっと気が逸っていた白露だったが、葉擦れの音を耳に捉えるとたちまち気分が穏やかになった。

 里の外にも竹林はあると聞くが、そうでないところも多いらしい。今日からしばらく聞けなくなるかもしれないと思うと、自然と足の速度は落ちた。

 とうとう里の入り口まで来てしまった。ようやくだという思いと、別れたくないと叫ぶ心が入り混じる。

 それでも白露は里に留まろうとは思わなかった。なぜかわからないけれどオメガに生まれついたからには、アルファと番って両親のように温かな家庭を築きたいという夢があったから。

 白露は振り返って両親に別れを告げる。

「それじゃ、行ってくるよ」
「気をつけてな」
「元気でね」

 ゆったりと手を振る二人に、白露も手を振り返した。竹垣の側で寄り添い手を振る両親は仲良く寄り添っていて、白露はそれを見てにっこりと笑顔になる。

(父さんと母さんみたいに協力しあってのんびり暮らしていけるような、そんなアルファの番が見つかるといいな)

 白露は父と母が仲良くしているのを見るのが好きだ。里には別れて片親になってしまったり、いつも喧嘩ばかりしている夫婦もいるが、白露の両親はいつもお互いに助けあっている。

 将来白露の番になる人とも、そんな風に仲良く助けあって暮らしていきたい。

 美味しい笹の葉を分けあって二人で食べるような、鳥を見つけて一緒に眺めて楽しむような、そんな穏やかな時を共に過ごせるような番関係が理想的だ。

(どんなアルファと出会えるのかな。オメガとしてちゃんとやっていけるのかわからないけれど、とにかく会ってみればなんとかなるよね)

 二人の姿と思い出深い竹林を目に焼きつけながら気が済むまで手を振った後は、竹籠を背負い直して細い小径を歩いていく。

(この道をずっと行くと、竹林を抜けて他の村に着くって聞いてる。パンダ獣人以外の人を見るのって行商の馬おじさん以外では初めてだから、楽しみだなあ)

 外にはどんな獣人がいるんだろうか。虎や牛、犬猫に鼠など、たくさんの種の獣人がいると聞いている。わくわくしながら弾むような足取りで進むと、予想していたよりも早く竹林の端にたどり着いた。

 危険な野生動物に出会うこともなく竹林を抜けられて安心した白露は、しばし休憩をとることにした。笹の葉の柔らかい部分をぷちりと抜いて、もぐもぐと食べはじめる。

(この先にも竹林があるといいんだけれど。今のうちにたくさん食べておこうっと)

 時々木の実や新芽、果実などをかじることもあったけれど、里では基本的に笹を食べていた。馴染んだ食べ物が調達できなくなると考えると心細い。

 竹籠の中に入るだけ笹の葉を入れると、竹水筒の水を飲んでからまた歩を進めた。

 普段はのんびり屋の白露だけれど、村にたどり着けずに野宿になると危険だと聞いていたので、できる限り急いだ結果夕暮れ前には村に辿り着くことができた。

 立ち昇る煙を見て、もうお風呂の時間なのかなと首を捻った。なにか美味しそうな匂いが漂ってきている。

 興味の惹かれるまま家の側まで赴いた。灰色のかわら屋根は年月を経て色褪せている。酒の詰まった大きな黒いかめが店先にゴロゴロと並べられていて、家の中にはたくさんのテーブルがあり、そして笑い声が聞こえる。

(なんだろう、初めて嗅ぐ匂いだ)

 スンスンと鼻をならし匂いを堪能していると、小さな耳をしたひょろっと背の高い獣人が店の中から出てきた。彼は白露の耳に目を止めて瞳を丸くする。

「ん? なんだお前、熊獣人の子どもか?」
「こんにちは。僕はパンダ獣人の白露といいます」
「へえっ? パンダ獣人? 実在したのか」

 彼は無遠慮にジロジロと白露を上から下まで眺めた。そんなに珍しいのだろうかと、居心地悪く思いながらも問い返す。

「お兄さんは、何獣人なんですか?」
「俺はイタチ獣人さ。見りゃわかるだろ、珍しくもない」
「そうなんですか、初めて会いました」

 イタチ獣人はニヤリと笑って、白露の肩に後ろから手をかけてくる。急に触られて肩を竦めた。

「お前、なかなかの世間知らずだなあ」
「そうですね。里を出てきたばかりですから」
「ふうん。だったらさ、ちょっとこっちに来てくれないか。色々教えてやるよ」

(なんだろう、馴れ馴れしい人だなあ……このままついて行って大丈夫かな?)

 不安に思ってイタチ獣人をじっと見上げると、彼は白露を睨みつけながらまくしたてた。

「なんだよ、俺を疑ってるのか? 失礼なやつだな、せっかく親切にしてやろうと思ったのに。俺の助言を聞かないなんて一生の損だぞ」
「あ、すみません。疑ったわけじゃなくて」
「だったら今すぐに来いよ。ほら、こっちだ」

(うーん、なんとなく焦っているような……里の子がこういう素振りを見せる時って、大体隠し事をしてる時なんだよねえ)

 何を隠しているんだろうと考えてみるが、イタチ獣人の彼とは初めて会ったばかりだ。理由なんて想像もつかなかった。

 手を引かれながら、ひょっとしたら何かのっぴきならない事情で困っていて、助言をするなんて言っているけれど、本当は助けてほしいんじゃないかと閃く。

(何か困っているなら、話くらいは聞いてあげてもいいかな)

 それに彼の申し出ている通り、本当に外の世界のことを詳しく教えてくれる気なのかもしれない。戸惑いはあったものの、イタチ獣人を信じてついていくことにした。

「どこに行くんですか?」
「こっちだ」

 彼は建物の裏口に回ると荷車に近づいていく。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。 ※どんどん年齢は上がっていきます。 ※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

世界一大好きな番との幸せな日常(と思っているのは)

甘田
BL
現代物、オメガバース。とある理由から専業主夫だったΩだけど、いつまでも番のαに頼り切りはダメだと働くことを決めたが……。 ド腹黒い攻めαと何も知らず幸せな檻の中にいるΩの話。

次男は愛される

那野ユーリ
BL
ゴージャス美形の長男×自称平凡な次男 佐奈が小学三年の時に父親の再婚で出来た二人の兄弟。美しすぎる兄弟に挟まれながらも、佐奈は家族に愛され育つ。そんな佐奈が禁断の恋に悩む。 素敵すぎる表紙は〝fum☆様〟から頂きました♡ 無断転載は厳禁です。 【タイトル横の※印は性描写が入ります。18歳未満の方の閲覧はご遠慮下さい。】 12月末にこちらの作品は非公開といたします。ご了承くださいませ。 近況ボードをご覧下さい。

【完結】利害が一致したクラスメイトと契約番になりましたが、好きなアルファが忘れられません。

亜沙美多郎
BL
 高校に入学して直ぐのバース性検査で『突然変異オメガ』と診断された時田伊央。  密かに想いを寄せている幼馴染の天海叶翔は特殊性アルファで、もう一緒には過ごせないと距離をとる。  そんな折、伊央に声をかけて来たのがクラスメイトの森島海星だった。海星も突然変異でバース性が変わったのだという。  アルファになった海星から「契約番にならないか」と話を持ちかけられ、叶翔とこれからも友達として側にいられるようにと、伊央は海星と番になることを決めた。  しかし避けられていると気付いた叶翔が伊央を図書室へ呼び出した。そこで伊央はヒートを起こしてしまい叶翔に襲われる。  駆けつけた海星に助けられ、その場は収まったが、獣化した叶翔は後遺症と闘う羽目になってしまった。  叶翔と会えない日々を過ごしているうちに、伊央に発情期が訪れる。約束通り、海星と番になった伊央のオメガの香りは叶翔には届かなくなった……はずだったのに……。  あるひ突然、叶翔が「伊央からオメガの匂いがする」を言い出して事態は急変する。 ⭐︎オメガバースの独自設定があります。

エリートアルファの旦那様は孤独なオメガを手放さない

小鳥遊ゆう
BL
両親を亡くした楓を施設から救ってくれたのは大企業の御曹司・桔梗だった。 出会った時からいつまでも優しい桔梗の事を好きになってしまった楓だが報われない恋だと諦めている。 「せめて僕がαだったら……Ωだったら……。もう少しあなたに近づけたでしょうか」 「使用人としてでいいからここに居たい……」 楓の十八の誕生日の夜、前から体調の悪かった楓の部屋を桔梗が訪れるとそこには発情(ヒート)を起こした楓の姿が。 「やはり君は、私の運命だ」そう呟く桔梗。 スパダリ御曹司αの桔梗×βからΩに変わってしまった天涯孤独の楓が紡ぐ身分差恋愛です。

処理中です...