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プロローグ
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かぐわしい伽羅の香りが鼻先をくすぐって、白露は顔を上げた。玉座には麒麟獣人の皇帝が座している。
貴色である黄金色の髪と立派な黒角を持つ彼は、目を見開いて白露を凝視していた。
(あ、しまった。勝手に顔を上げてはいけないのだった)
黒いパンダの耳も顔と一緒に伏せて恭順を示す。辺境出身の白露でも、皇帝がどれほど高貴な存在かわかる。どうか怒っていませんようにと祈りながら沙汰を待った。
視線を下ろすと赤い絨毯が目に飛び込んでくる。赤を基調とした高貴さに溢れた空間にいることを改めて自覚して、緊張感が高まっていく。
衣擦れの音と共に周囲がざわめく。前方向から誰か近づいてきているけれど、まさか皇帝様が来ているのだろうか。ドキドキしながら金の刺繍が美しい絨毯の模様を眺めていると、赤い紐で編まれた黒靴が目の前で止まった。
「顔を上げて」
涼やかな声が耳朶をくすぐり、促されるままそっと上を見た。豪奢な金の髪と共に青玻璃の瞳が目に飛び込んでくる。白露が今までに見たことがないくらいに美しい人だった。
真っ直ぐに通った鼻筋、杏仁の実の様に形の整った左右対称の瞳には、職人が端正込めて作製した硝子細工が嵌め込まれている様にも見える。動かないでいると本当に生きている人なのかと疑うくらいに綺麗で、白露は瞬きも忘れて彼に見惚れた。
声もなく見つめあっていると、皇帝の薄い唇が信じられないといった様子でわななく。そして次の瞬間には華やかに綻んだ。
「ようやく見つけた、私の運命の番よ」
「運命の番……僕が?」
発情期を迎えておらずオメガである自覚の薄い白露には、皇帝の運命の番である事の重大さがよくわかっていなかった。ただ皇帝から発せられる天上の香りは心地よく、いつまでも嗅いでいたいと思った。
*****
「白露、準備はできたかい?」
自室の外から母が声をかけてくる。
「うん、ばっちりだよ母さん」
外衣を帯で縛った白露は元気よく返事をする。竹を編んで自作したかごを背負い、厨房に移動した。かめの水に映った姿を確認する。
穏やかな内面を映したような垂れ眉も垂れ目もいつも通りだが、黒い瞳は希望に満ちてキラキラと輝いていた。
黒髪と同じ色のパンダ耳をひと撫でして毛並みを整え、小さな口に笑みを乗せて門口へと向かう。
両親は家の前で白露を待っていた。里の出口まで見送ってくれるつもりらしい。笹林の小径を家族三人で歩くさなか、父はのんびりとした口調で白露に言い聞かせた。
「父さん達は外のことはよくわからないが、大きな街道に沿ってずっと歩いていけばそのうち皇都へと辿りつけるはずだ。いいか、寄り道せずまっすぐ行くんだぞ」
「わかったよ父さん」
惹かれた物に目移りしてしまい道に迷う自覚があったので、白露は素直に返事をした。母もうんうんと呑気に頷く。
「皇都は人が多いと聞くし里の外であれば、あるふぁーとやらもいるんじゃないかね」
「そうだね、いるといいなあ」
白露はパンダ獣人で唯一のオメガだ。パンダ獣人は人里離れた竹林の中に居を構え、ほとんど外と交流しないで生きている。
昔はパンダ獣人の中にもオメガやアルファが生まれることもあったらしいが、今ではベータばかりだ。
オメガについて詳しい知識を持つ者はおらず、白露自身も自分はいい匂いがするらしいとだけわかっている状態だ。
半年に一度現れる行商人に聞いた話によると、オメガには発情期という期間があり、抑制剤がないと大変辛く、周りの雄を誘うため危険であるらしい。
無差別な発情を抑えるためには、アルファと番になる必要がある。白露にはまだ発情期が来ていないが、いつくるかわからない。
十八になり大人だと認められた白露は、里から出て番を探すことにした。
貴色である黄金色の髪と立派な黒角を持つ彼は、目を見開いて白露を凝視していた。
(あ、しまった。勝手に顔を上げてはいけないのだった)
黒いパンダの耳も顔と一緒に伏せて恭順を示す。辺境出身の白露でも、皇帝がどれほど高貴な存在かわかる。どうか怒っていませんようにと祈りながら沙汰を待った。
視線を下ろすと赤い絨毯が目に飛び込んでくる。赤を基調とした高貴さに溢れた空間にいることを改めて自覚して、緊張感が高まっていく。
衣擦れの音と共に周囲がざわめく。前方向から誰か近づいてきているけれど、まさか皇帝様が来ているのだろうか。ドキドキしながら金の刺繍が美しい絨毯の模様を眺めていると、赤い紐で編まれた黒靴が目の前で止まった。
「顔を上げて」
涼やかな声が耳朶をくすぐり、促されるままそっと上を見た。豪奢な金の髪と共に青玻璃の瞳が目に飛び込んでくる。白露が今までに見たことがないくらいに美しい人だった。
真っ直ぐに通った鼻筋、杏仁の実の様に形の整った左右対称の瞳には、職人が端正込めて作製した硝子細工が嵌め込まれている様にも見える。動かないでいると本当に生きている人なのかと疑うくらいに綺麗で、白露は瞬きも忘れて彼に見惚れた。
声もなく見つめあっていると、皇帝の薄い唇が信じられないといった様子でわななく。そして次の瞬間には華やかに綻んだ。
「ようやく見つけた、私の運命の番よ」
「運命の番……僕が?」
発情期を迎えておらずオメガである自覚の薄い白露には、皇帝の運命の番である事の重大さがよくわかっていなかった。ただ皇帝から発せられる天上の香りは心地よく、いつまでも嗅いでいたいと思った。
*****
「白露、準備はできたかい?」
自室の外から母が声をかけてくる。
「うん、ばっちりだよ母さん」
外衣を帯で縛った白露は元気よく返事をする。竹を編んで自作したかごを背負い、厨房に移動した。かめの水に映った姿を確認する。
穏やかな内面を映したような垂れ眉も垂れ目もいつも通りだが、黒い瞳は希望に満ちてキラキラと輝いていた。
黒髪と同じ色のパンダ耳をひと撫でして毛並みを整え、小さな口に笑みを乗せて門口へと向かう。
両親は家の前で白露を待っていた。里の出口まで見送ってくれるつもりらしい。笹林の小径を家族三人で歩くさなか、父はのんびりとした口調で白露に言い聞かせた。
「父さん達は外のことはよくわからないが、大きな街道に沿ってずっと歩いていけばそのうち皇都へと辿りつけるはずだ。いいか、寄り道せずまっすぐ行くんだぞ」
「わかったよ父さん」
惹かれた物に目移りしてしまい道に迷う自覚があったので、白露は素直に返事をした。母もうんうんと呑気に頷く。
「皇都は人が多いと聞くし里の外であれば、あるふぁーとやらもいるんじゃないかね」
「そうだね、いるといいなあ」
白露はパンダ獣人で唯一のオメガだ。パンダ獣人は人里離れた竹林の中に居を構え、ほとんど外と交流しないで生きている。
昔はパンダ獣人の中にもオメガやアルファが生まれることもあったらしいが、今ではベータばかりだ。
オメガについて詳しい知識を持つ者はおらず、白露自身も自分はいい匂いがするらしいとだけわかっている状態だ。
半年に一度現れる行商人に聞いた話によると、オメガには発情期という期間があり、抑制剤がないと大変辛く、周りの雄を誘うため危険であるらしい。
無差別な発情を抑えるためには、アルファと番になる必要がある。白露にはまだ発情期が来ていないが、いつくるかわからない。
十八になり大人だと認められた白露は、里から出て番を探すことにした。
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